・隠し通路を発見しました
ガラント爺さんは数ある住宅の中から、よりにもよって最もスリルのある家に住み着いた。
それは四方のうちの半分が崖に面している、いかにも不安定な三階立ての家だ。
さぞや偏屈なやつが暮らしていたんだろうな……。
と前々から俺は思っていたのだが、蜜に誘われるようにそこへと偏屈の世界チャンピオンが移り住むとは、納得は出来るのだが、ただただ酔狂な話だった。
ガラントの爺さんは食事だけ俺たちと食べて、悠々自適に研究生活を満喫している。
共同研究者である統星と、俺たちにはよくわからない専門用語のやり取りをしているが、今のところプロジェクトは難航しているようだ。
統星も爺さんも新型試作機の性能に納得がいかないそうで、ああでもないこうでもないと、飯の席でもところかまわず言い合っていた。
統星としては、飛行機から脚が生えるデザインだけは、絶対に嫌だそうだ。
そこはまあ、そうだな……俺も同感だ。
もしもあんなものが普及してしまったら、マク・メルは地上で最もシュールな世界となってしまう。
ところがそれからしばらくすると、俺たちの前にある転換期が訪れた。
それは爺さんが移住してより、一週間ほどが経ったある日のことだ。
俺たちは観測室の壁に、隠し扉らしきアーティファクトを見つけることになった。
・
「おい爺さん、下がってくれよ。怪我でもされたら困る」
「てめーこそ王子様じゃねーか、そっちこそすっこんでろ!」
『覚醒』の力で隠し扉を稼働させて、探索を始めたところまでは良かったのだが、ジジィが前を譲らない……。
「もう俺は王子じゃないよ。つーか頼むから下がってくれ、爺さんが怪我なんてしたら、誰が飛行機作るんだよ……」
「ふんっ、それもてめーの都合だろうが!」
「そうだよ、俺の都合だよ。だから交代な」
「嫌じゃ! ワシが先頭と言ったら先頭なんじゃ!」
「お子様かよ……っ。おりゃっ」
「ぬぁっ?!」
ガラントの爺さんが立ち止まった隙に、奥義・膝カックンを入れて俺は先頭へとすり抜けた。
それにしてもなんて足腰のしっかりしたジジィだ。見事に踏みとどまっていた。
「おめーはガキかっ! 王子が膝カックンとか聞いたことねーぞっ!」
「俺はもう王子じゃなくて、天空の住民Aだよ。ってことで探検再開だ」
「待ちやがれ、クソガキッ!」
「ははは、せいぜいついてこいよ、クソジジィ」
爺さんと一緒に軽くランニングをすると隔壁が道を塞いでいた。
「開けろ、クソガキ!」
「元よりそのつもりだよ」
自動で開く扉にもすっかり慣れた。
俺たちは本日2回目の『覚醒』を使って、隔壁を再稼働させた。
「レグルス・ウェズン、ヲ確認」
扉がマク・メルのマスターである俺を認識すると、大げさな物音を立てて開いていった。
「今日はプラチナに新しいオモチャをプレゼント出来そうもないな……」
「ならここで引き返すか? そんな気ないんじゃろ」
「まあな」
ところが隔壁の向こうは正方形をした広い部屋になっていて、四方に無数の扉がひしめいていた。
マク・メルの探索において、扉に『覚醒』の使用回数を奪われることなど日常茶飯事だけど、この部屋はその比ではなさそうだ。
「どれを開けるんじゃ?」
「それが問題だよな。ん……あの扉だけネームプレートがあるな」
統星もルーン文字を扱えるそうだが、古語となるとそうもいかないようだ。
曇ったネームプレートを擦って目を凝らしてみた。
「なんて書いてあるんじゃ?」
「権限レベル5以下の市民の通行厳禁。……入っちゃいけないところみたいだな」
「ガハハハッ、なら開けちまえよ、クソ王子!」
「いや、なんかきな臭くないか?」
とはいえ俺も引き返す気はない。
特別らしいその扉に本日最後の『覚醒』を使って、扉を再起動させた。
「レグルス・ウェズン、ヲ確認」
重要な扉らしいのにあっさりと開いていた。
さあ進もう、爺さんに前を奪われる前に俺は光る地下道を歩きだした。
「どうかしたか、クソ王子」
「ん……さっきのさ、権限レベル5以下の市民ってやつが気になって。……これって、同じマク・メルの市民なのに、入れる扉と入れない扉があったってことかな」
「クカカ、ワシらが思ってるほど、マク・メルは天国じゃなかったとでも言いたいんじゃろ?」
「まあ、そんなところかな……」
「魔大陸マク・メルを生み出した文明は滅びた。それが一つの状況証拠じゃろう」
つまりここが完璧な理想郷だったら、そもそも滅びていなかったと爺さんは言いたいのだろうか。
ならば俺たちは失敗しないようにしなきゃな。ニアを悲しませないためにも。
「お……あれは、扉か……」
「なんじゃとっ、明日までお預けかっ!? ええいっ、もっとがんばれ、クソ王子!」
「いや、あのさー。クソはいいんだけど王子はもう止めてくれないか?」
「このクソ!」
「それならいい」
「む、うむ……。つくづく変なやつじゃな……」
ここまで来たら扉だけでも拝んでおこうと俺たちは進んだ。
その扉は緑色の光が灯っていて、よくよく観察してみると――どうもこれは稼働状態にあるのではないかと期待が膨らんだ。
「爺さん、あの扉……まだ動いてるぞ!」
「おおっ、本当じゃ!」
「何かとんでもないものがありそうだな……。ここは慎重に行こう」
「おうっ、殺戮兵器でも爆弾でもなんでも来やがれ、この野郎っ!」
俺は剣、ガラント爺さんはカナヅチを取り出して、俺たちはその扉の前に立った。
やはり機能が生きていた。扉は俺たちを認識すると、さも当然と一般市民お断りの区画へと招いてくれた。
「アハハハハハハハッッ!」
扉が開かれるなり、いきなり聞こえてきたのは女の笑い声だ。
まさか、危険な魔女か何かが封印されていたのではないかと、俺は剣を身構えた。
「え、統星……?」
「なんじゃ、ここ見覚えあるぞ、ワシ?」
「うわっ、レグルスにお爺ちゃんっ!? な、なんで壁から現れてんのっ!?」
ところがそこはマク・メルのあの中枢で、統星がコンソール前の座席で笑い転げていた。
画面では生きているかのように絵が動いていて、統星はそれを見上げて腹を抱えていたようだ。
「ワシらはあのマスドライバー側から来たんじゃよ」
「これは使えるな……」
地上を歩くよりも、こっちの方がずっと近道で勾配もやさしい。
マク・メルの針路変更や降下命令は俺にしか出来ないのだから、この隠し通路は俺の心臓と肺の救世主だった。
「え、別に飛べばよくない?」
「素で言うなっての、俺たちは飛べねーよ……っ」
「ジジィになると、ますます羨ましいことこの上ない種族だわい……」
俺たちは中枢に通じる近道を手に入れた。
「それよりレグルスッ、見てみてっ、これ凄く面白いの!」
「凄いっていうより奇妙だな……。古代人って、絵まで動かせるのか……」
「これまた、とんでもない技術じゃの……」
統星につられて映像を見上げると、やがて俺たちまで一緒になって腹を抱えることになっていた。
700年前の古典作品恐るべし……。
まさか、こんな演劇の形があったとは……。




