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・毒殺なう

「うっ……まさか、これは……っ。う、うぐっ……」


 それから2日が経った昼過ぎ、俺は喉奥へと指を突っ込んで、いつもの味気ないシチューとパンを全て吐き出すはめになった。

 見ての通り食事に毒を盛られた。


 生きるために必死で空気を肺に送り込んでも、ちっとも楽になんかならなかった。

 いやヤバい、マジでヤバい、死ぬ、死ぬって! これって陸で溺れるコースだから……っ!


「父上か……バラン、か……。あるいは……うっ……」


 まさか弟が王位を継ぐ前に、一応のスペアである俺を消そうとしてくるなんて想定外だ。


 というか、これじゃなんのために獄中で筋トレしてたのかわかんねーよっ!?

 ああクソッ、ただただ純粋にムカつく!


 誰が俺に盛らせたか知らねーけどっ、ぜってーっここで死んでやらねーっ!


「ぁ……あれ、は……っ」


 俺は冷たい石の床を這い回り、運良く発見した松明の残骸を震える手で掴んだ。

 そしてその真っ黒な棒切れに毒死寸前の元王太子は、覚悟を決めてかじり付いて、噛み砕いて、生きるために炭を飲み干した。


 食事と一緒に出された水に毒が入っていた可能性もある。

 よってコップの残りで喉を流したい気持ちを堪えて、少しずつ焦げ臭い炭を喰らい、どうか胃の毒物を吸収してくれと、運命に逆らいたい一心で足がいた。


「誰が……こんなこと、を……。ここまでは、しないと、信じてたのに……。うっ、ううっ……」


 こんな時に限って監視が独房を離れているのは、彼らが毒殺を狙う共犯だからだろうか……。

 仮にそうだとすればこの状況は詰みだ。


「おい王子ーっ、聞いてくれよ、若いやつがホップが手に入れてくれたんだっ! 悪ぃけどよー、これでペールエールを――王子? おいっ、どうしたバカ王子っ!?」


 しばらくして外から扉の音が響いた。

 こっちは死んだふりでやり過ごそうと決断したところだってのに、いつもの監視(中年)(おっさん)の姿に笑ってしまった。


「ど、く……」

「誰だよふざけんなっ、俺たちの酒の神になんてことしやがるっ! おいっ、生きろよ王子っ!」


 おっさんの酔っぱらい根性に感謝だ……。

 彼は大騒ぎしながら俺を引きずって、医務室まで運んでくれた。


「ビールは、今度な……」

「ああ約束だ。だから死ぬな、この先お前の酒が飲めねぇなんて堪えられねぇ!」


 おっさんの励ましは心に深く深く響き渡って、俺の命をこの世に繋ぎ止めてくれた。……今のところは。



 ・



6日前――


 死ぬかと思ったが、俺はなんとか一命を取り留めた。

 こうなれば十中八九、犯人はアイツで間違いないだろう。


「余計な面倒をかけさせないで下さいよ……」


 毒殺未遂事件より3日後、俺が元の独房へと戻ると訪ねる前に本人が自白してくれた。


「いや生き延びちゃって悪いね……新顔くん」

「致死量の3倍を盛ったはずです。なのになぜ生きているのですか……」


 それは一国の王子である俺を、医者が必死で生かそうとしてくれたからだ。

 炭を喰らって毒の吸収を阻害したことも、医者は良い判断だったと褒めてくれた。


「お前の死に場所はここではない! って医者ががんばってくれたんだよ。で、そっち(・・・)の連中は買収でもされちゃったのかな?」


 新顔くんの左右には、ガラの悪い刑務官が二人並んでいた。

 俺の言葉に少しばかし動揺したようだがそれだけだ。顔がお前を殺すと言っていた。


「この期に及んでまだ大物ぶるのですか」

「大物? 別にそんなつもりはないけど。ああでも、死ぬ前にお決まりのあのセリフを言ってみたいな。……チクショウッ、誰に頼まれたっ!?」


「アルデバラン王子です」

「あ、やっぱり? ダメ元だったけど聞いてみるもんだね」


 とかやってると独房の鍵が開けられた。

 どうやら本気で俺をぶっ殺すつもりらしく、3人がかりで俺を壁際に追い込む。


「覚悟して下さい」

「覚悟? はははっ、そりゃ笑える」


「……何がおかしいのです。信じていた弟に裏切られたショックで、気でもおかしくなりましたか?」


 彼らは一斉に剣を抜いた。

 元王太子の暗殺なんて仕事を受けたら、近い将来に口封じされるに決まってるってのにな……。


「バランは言ってなかったか?」

「何をです?」


「注意して事を運べとか、油断するなとか、あるいは、そうだな……。レグルスには近付くな(・・・・)、とか」

「何を言って――ッッ……?!」


 本能で危険を察知したのだろうか。新顔は反射的に一歩下がるなり、標的を始末すべく袈裟懸けに剣を振り下ろした。

 対するこちらは、その刃を二の腕で受け止めた。


 俺の腕から、金属と金属がぶつかるヒステリックな高音と火花が上がって、彼はその目を大きく見開く。

 こんなこともあろうかと、ってやつだ。


 俺は鉄格子を少しずつ[変換]スキルで削り取って造った鉄片を、袖の下に仕込んでおいた。

 続いてそれを袖から引き抜き、一方的な不意打ちで暗殺者を狩る。


「ぇ……」


 まさかこれから処刑する相手の腕から、鋭利な刃物が飛び出すとは思ってもいない。

 やつらが剣を振る前に、こちらは狼藉者の排除を終わらせた。残酷だが、手加減が可能な状況ではなかった。


「許せ、これが――筋トレの力だ」


 返事はない。命を狙われた以上はもうこの監獄に残るわけにはいかなかったので、どっちにしろこうする他になかった。


 ってことで。さあ、一年ぶりのシャバが俺を待っている。脱獄のチャンスの到来中だ。


「んーー……さて問題。慎ましいコースと、ド派手なコース、選ぶならどっち?」


 遺体を漁って鍵束を確保すると、空っぽの詰め所までやって来れた。

 そこにはさらに沢山の鍵束が保管されており、使い方次第では監獄の天地をひっくり返すことだって出来そうだった。


 ここの犯罪者って政治犯が主らしいけど、中にはガチめのヤベー連中もいるとかなんとか……。


「ま、いっか」


 脱獄のチャンスをくれてやる代わりに、彼らには俺のための防波堤になってもらおう。

 俺は奥の監獄に入った。続いて今日まで顔すら知らなかったムショ仲間の前に躍り出ると、彼らが欲しくてたまらないであろう鍵束をクルクル回して挑発する。


 驚愕のてんこ盛り、って感じの注目が実に快感だった。


「そのふざけたニヤケづら……まさか、レグルス王子か……!?」

「正解。これ欲しい?」


 そう問いかけると、彼らは口々に『くれっ、下さいっ、お願いしますっ、ここはもう嫌だ!』と叫んだ。


「じゃあ交換条件な、ここの看守どもを殺さないと約束するならくれてやる。あいつらはそんなに悪い連中ばかりじゃない。いや、とはいえ、ガチめの悪党も混じってるよな……。そいつらのことは、ま、いいや、知らん」

「乗った!」

「約束する!」

「レグルス王子っ、どうか我々にもう一度チャンスを!」


「じゃ、君が臨時のリーダーだ。彼の指示に従うように」


 まともそうな白髪の学者風の男を指さして、俺は鍵束を四方の牢獄に全て投げた。

 俺を暗殺するために、監視を遠ざけたのが裏目に出たな。これよりお祭りの始まりだ。


「ありがとよっ、王子様! アンタ最高だぜ!」

「俺たちどこまでも着いて行きます、殿下!」

「いやそれパス。後は勝手によろしく」


「えっ!? ちょっと、ちょっと待って下さい、レグルス王子っ!? 貴方がいれば反乱のチャンスが――」

「だからそういうのはパス。ひとえにめんどい」


 鍵が合わないと彼らが悪戦苦闘している間に、俺は来た道を引き返した。

 実はこんな日のために、あの廊下の鉄格子に細工をしておいた。[変換]の力は脱獄の才能でもあったらしい。


 力を使って最後の腐食をさせると、鉄格子は出口に変わった。

 それから剣と服と靴と財布を新顔から奪い、現在位置である監獄の三階から眼下の水堀へと飛び降りた。


「うっへ、ゴミだらけじゃねーか……」


 こうして俺は1年を過ごした監獄から姿をくらました。

 彼らに脱獄をそそのかしておいたことだし、しばらくは追っ手がかからないだろう。


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