・飛行機研究者ガラントをマク・メルに連れてゆこう
「でさ、爺さんはどうしてそんなに空を飛びたいの?」
いきなりマク・メルに来いと言ったところで信じるバカはいない。
まずは前置きから入った。
「おう、透明人間! 人間が空を飛びたがって悪いかよっ!」
「悪いなんて言ってないよ。ただ理由がちょっと気になっただけかな」
「けっ、恩を着せたつもりなら勘違いじゃぞ! わしゃ1人であの連中をぶっ倒せたからなっ!」
「嘘吐けよ……」
「年上にその口の利き方はなんだ、このクソガキがっ!」
「それよか、爺さんは本気で空を飛べると思ってるのか?」
「なんだとぉぅ!? 当たり前じゃろうっ、理論上は飛べる、人は飛べるのじゃっ!」
「とか言いながら、さっき飛行機を木っ端みじんにしてなかったか?」
「黙れクソガキ! いいか、推進力さえあれば飛べるはずなのじゃ! じゃが……その推進力が、問題での……」
完全にそこで詰まっているらしく、爺さんは途端に言葉を詰まらせた。
そこで俺は隣の統星に意見を聞いてみて、そのままの質問をジジィに送った。
「人力じゃ無理があるんじゃねーの?」
「黙れクソガキ! ならどうしろと言うのじゃ!?」
「いやどうしろって聞かれても……」
「このドアホッ! 意見もねーのに人の努力を否定すんじゃねーぞっ!」
才能はさておき、壮絶にめんどくせー性格のジジィだな、コイツ……。
空を飛ぶという叶わぬ夢を目指しているからこそ、常識的な発言がムカつくってのはあるだろうけどな……。
「意見か……。そうだな、じゃあ例えばだけど。今から爺さんのところに、有翼種の女の子を向かわせて、あの空を滑る飛行機を引っ張らせるとか?」
特に狙いがあって言ったわけではないが、ジジィはその一言がよっぽど衝撃だったのか、カナヅチを足下に落としていた。
しばらく返答を待っても、ジジィは黙り込むばかりだ。
いやそれにしても、変な髪型だ……。心の中でジジィ・クレセントと呼ぶことにしよう。
「なぁ、その髪――」
「まさか、お前も有翼種なのか!?」
「いいや、俺はただの人間だよ。だけど隣の相棒には翼が生えている」
「ど、ども……。有翼種です、お爺さん……」
複数の姿の見えない者に声をかけられても、相手は混乱するだけなので一人が代弁することになっている。
今回は例外ということで、統星の声を聞かせた。
「おぉ、おぉ……有翼種と言葉を交わすのは、何十年ぶりのことじゃろうか……。こんな日が、また来ようとはなぁ……」
「爺さん、有翼種に知り合いがいるのか?」
「うむ……若い頃に、ちょっとな……」
爺さんは懐かしい思い出が蘇ったのか、空を見上げて微笑んだ。
「ま、まさか、貴様は……っ?!」
そろそろ向こうからもマク・メルが小さく見えている頃だろう。
それが突拍子もない推測をひらめかせた。
「なあ、爺さん。有翼種が引っ張れば、本当に空を飛べると思うか? 具体的に、上空何mくらい行ける?」
「ふんっ、推進力さえあればいくらだって行けるわい! わしの研究は間違ってなどおらん! 推進力さえあれば、どこまでも行けるに決まっておるじゃろうがっ!」
「ふーん……。じゃあさ、爺さんさえよかったらだけどさ? ……うち、くる?」
爺さんは言葉に反応してマク・メルを、俺たちの方角を正確に見上げた。
画面越しに爺さんがこちらを厳めしく睨んでいて、その胆力にちょっと俺はビビった……。
「貴様……噂のレグルスだな?」
「ははは……なんでわかったの、ガラント爺さん?」
「ふん! 魔大陸マク・メルが復活し、姿の見えぬレグルス王子の布告の後に、ホワイトパレスを吹き飛ばしたとの話は海のこちら側まで伝わっておる。こんな芸当が出来るのは、マク・メルの魔王である貴様だけじゃろ……!」
性格に難ありで、おまけに油断するとポックリ逝きそうな高齢者だけど、このジジィはやはり使えるな。
このジジィをマク・メルに招きたい。
「降参だ。俺はレグルス・ヴェズン、空の上から爺さんに話しかけている。爺さんのやっている研究に、並々ならぬ興味があるからだ。……可能なら爺さんのパトロンになりたい」
「貴様……ワシの研究を、バカにせんのか……?」
「しないよ。そりゃ王子やってた頃は、変人の道楽かと思っていたかもしれないが……今は切実に、ガラント爺さんの才能が欲しい。こんなところで暮らしているからこそ、俺たちは飛行機が必要なんだ」
マク・メルを捨てる気などないが、天空という枷に縛られる気はない。
この爺さんは、牢獄より頑丈な空の枷を解く鍵だ。
「頼むよ、ガラント爺さん。アンタが必要だ」
「ク、ククク、クカカ……ワーッハッハッハッ! あのスヴェル王国の、元王太子が、ワシの才能がなければ困ると言っているのじゃな!?」
「そうだよ」
「ワシの靴にチッスしてでも、空を飛ぶ研究をさせたいと言うのじゃな!?」
「いいぜ。靴にキスするだけで飛行機が完成するなら、いくらでもやってやるよ」
「口の減らないガキだ! ふんっ、そんなんだから廃嫡されたんじゃ!」
「ハッキリ言うなよ、クソジジィ……」
爺さんは乗り気だ。
生活を見たところ独身のようで、ヤクザにからまれる日々にもうんざりしているだろう。
「ってことでガラント爺さん、こっちの準備が整ったら使いを送るから、その飛行機で魔大陸に来いよ。うちの有翼種様がここまで引っ張ってくれるからさ」
「うむ、その話乗った! ワシをそこに連れてゆけ、クソ王子!」
「ホント口悪ぃのな、爺さん……。んじゃ決まりだ、そっちに針路を変えるから明日使いを送る。財産の処分しとけよ」
「ふんっ、上等じゃクソが!」
そういうことになったので、ニアに連絡を入れようとすると――
「レグルス様、来チャイマシタ……|・ω・。)」
そこに、身を屈ませて観測室の扉を抜けるニアの姿があった。
・
かくしてその翌日の昼過ぎ、爺さんの家を統星が叩いた。
「ガラントお爺ちゃん、迎えに来たよ」
「お、おおっ……待っておったぞっ、今出る!」
すぐに爺さんは小さなカバンと一緒に姿を現した。
「今日もすげー頭だな……」
「黙れクソ王子! お前もこうなっ――シ、シズク? お前、だったのか……?」
爺さんが我に返るのにそう時間はかからなかった。
これはどうやら、統星に別の有翼種を重ねて見てしまったようだな。
「ごめん、あたしは統星。その人のことは知らないかな……」
「すまん……。昔の知り合いに少し、似ておってな……。統星、良い名前じゃ……」
「へへ、ありがと、お爺さん」
「うむうむ、その黒い翼が知り合いにそっくりでのぅ。こんなにかわいい子が来るなら、言っておいて欲しかったところじゃ」
コロコロと人に合わせて態度を変えやがって、このジジィ……。
「それよか爺さん、計画の最終確認をするぞ」
「なんじゃ、妬いたかクソ王子?」
「マジで!? お爺さんに嫉妬してくれたのーっ!?」
「バカ話は後でな」
「案ずるでない統星ちゃん。こりゃ照れ隠しじゃよ?」
「へへへー、そうだったんだぁー!?」
女と男で態度を変えるスケベジジィか。ますます付き合いづらいわ……。
「この近辺に海はないが、幸運にも大渓谷が存在した。これから俺はその谷にマク・メルを降下させよう。後は爺さんのあの飛行機と、統星の牽引でマク・メルの高度まで這い上がって来い。以上」
「上等じゃ! ワシらの力、見せてやるぞ、統星ちゃん!」
「う、うん……」
飛べれば成功。大失敗すれば谷底。最悪の場合は爺さんを見捨てて統星だけ戻る。
ジジィも統星を案じた上での、合意の上の計画だった。
「うむ、では運搬を開始する。統星ちゃん、手伝っておくれ」
「がんばってね、お爺さん……」
まずは人力飛行機を谷の上へと輸送する。
爺さんが格納庫の飛行機に入って、それからニョキッとジジィの足が生えた。
何度見てもシュールというか、奇怪だ……。
「なぁ……その状態で谷の上まで行くのか……?」
「これでも軽い素材を使っておる。何か問題でもあるのか?」
「いや……その仕様、どうにかなんねーかなって……」
「近くで見ると、なんか凄いよ、レグルス……」
「いや、それを具体的に聞きたいとは思わんわ……」
「このお爺さん、ムキムキ……」
「よせやい、統星ちゃん。ワシの筋肉は見せ物じゃねぇ……。ワシの筋肉は、空を飛ぶための筋肉じゃ!」
それはまた、ボケたらますます大変そうなジジィだな……。
「お、お兄ちゃん……あれって、本当に飛べるんですか……?」
「爺さんはボケちゃいない。信じて見守ってやってくれ」
監視をプラチナにお願いして、俺はニアの背を借りて丘上の中枢を目指すことにした。
プラチナは爺さんのたくましい脚に首を傾げて、不安そうにその頼りない飛行機に目をやっていた。




