・番外編 少女プラチナから見たマク・メル
朝、私は目を覚ますたびに、やさしい家族が出来た喜びを噛みしめる。
お母さんが死んでからの4年間、ずっと私はあの養母たちにいじめられていた。
同じ家族のはずなのに、奴隷も同然に扱われるのが悔しくて、惨めで、もう息が詰まりそうなくらい苦しい日々が続いて、心の安まる暇なんて一度だってなかった。
だけど私は今、天国にいる。
誰よりも高いところで暮らしている。
見上げればそこに雲一つない青空があって、夜になれば満天の星空が私をやさしく照らしてくれる。
私にとって夜は一番怖い時間だったのに、今は夜空の訪れが毎夕からの楽しみだった。
マク・メルは天国みたいに綺麗で、でもちょっとだけ不便で、だけどみんながやさしかった。
「あ、お帰り、ニア」
「タダイマ帰リマシタ。プラチナ様、コチラヲ……(*・ω・)」
「あっ、ほうれん草!」
「オ待タセシマシタ。喜ンデ貰エタヨウデ、光栄デス(*´∀`*)」
私が家でお昼の準備をしていると、ニアがほうれん草の束を片腕いっぱいに抱えて帰って来た。
ニアはご飯を食べられないけど、食事の時間になると必ず戻ってくる。
「まだ種を蒔いて一週間くらいしか経ってないのに、あのキラキラした柱って凄いんですね!」
「エッヘン、ソノ言葉ヲ、待ッテイマシタ。ニア、モ、ソウ思イマス(`・∀・´)」
「レグルスお兄ちゃんは地味って言ってたけど、そんなこと全然ないよ。これならパンが焼ける日もそんなに遠くないかも!」
「食料事情ノ方ハ、オ任セヲ。プラチナ様ノ笑顔ノ為ナラ、ニア、ハ、千年働ケマス┗(`・∀´・)┛」
お兄ちゃんは王子様なのに凄くストイックだ。
お姉ちゃんも食べ物と寝る場所さえあれば、特に気にしないタイプの人だった。
ニアに限っては、本当は睡眠も家も自分には必要ないと、本人が言っていた。
そんなみんなが私なんかのために、少しでも生活を良くしようと今もがんばってくれている。
お兄ちゃんは私のための簡単なベッドを作ってくれて、お姉ちゃんは手を痛めるのを承知で綿を集めて敷き詰めてくれた。
二人はまるで、本当の妹にするように私を大切にしてくれている。
だったら私だってがんばらなきゃいけなかった。
「それにしても、ニアもご飯とか食べれたらいいのにね……」
「イイエ、必要アリマセン。皆ガ、ニア、ノ育テタ作物ヲ、食ベテクレル。ソレヲ見テイルダケデ、ニア、オ腹イッパイデス(*´ω`*)」
「それって、まるでお母さんみたいです……。ニアはいい人ですね」
「ニア、ハ人デハ、アリマセン。ロボデス(*・ω・)」
私は炊事場にしている軒先を離れて、家から鉄鍋と鉄瓶を取って戻った。
銅の深鍋の方では今、いつものトマトスープを温めているので、私は水路から水を鉄鍋の方にくむ。
それからアルコール入りの鉄の瓶に火を移して、炊事場の台座で水を沸騰させていった。
急がないとみんな帰って来ちゃう。
その前にほうれん草を塩ゆでして、お兄ちゃんとお姉ちゃんに食べてもらいたい。
「茹デル、ノデスカ?(。╹ω╹。)」
「うん、ほうれん草はアクが凄いから。……ねぇニア、お兄ちゃん、今日は新しいオモチャ動かしてくれるかな……」
「頼メバ、レグルス様ハ、断リマセン(*・ω・)」
「わかってるよ……。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、私に気を使ってるから……。わがまま言ったら、全部叶えてくれると思う……」
「ニア、モ同感デス。デスガ、ソレハ、プラチナ様ガ、魅力的ダカラデス(^_^)」
「違うよ、そんなことないもん……。私なんて、ただの役立たずだよ……」
ニアが女の子みたいに首を傾げた。
「役立ッテイマス。プラチナ様ハ今モ、ニア、ノ作物ヲ、素敵ニ、シテクレテイマス。感激デス……(*´ω`*)」
「そ、そうかな……。ありがとう、ニア。ニアはやっぱり、お母さんみたい……」
塩ゆでしたほうれん草を鍋から取り出して大皿に移した。
独特の美味しい匂いが広がって、ついついお腹が鳴ってしまっていた。
ザルが欲しいって、お兄ちゃんたちにおねだりするのは、わがままかな……。
それとも丈夫なツルがあったら、私にも作れたりするだろうか。
「アノ、プラチナ様……ニア、カラ、オ願イガ、アルノデスガ……?|・ω・。)」
「お願い? もちろんなんでも言って下さい。みんなニアに感謝してます!」
「イエ、ソノ……平凡ナ、オ願イ、ナノデスガ……。レグルス様ハ、オ兄チャン。統星様ハ、お姉チャン。ニア、ハ、ニア……。統一性ニ、若干ノ不整合ガ、アリマス……」
「ええっと、つまり……私がニアのこと、ニアちゃんって呼べばいいのかな……? きゃっ!?」
私がそう答えると、ニアちゃんの身体から凄い音を立てて熱風が吹き出した。
ニアって――ニアちゃんって、不思議……。こんな変わった生き物、一度も見たことがない。
「ア、危ウク……オーバーヒート、スル、トコロデシタ……(*ノェノ)」
「えっ……。それってもしかして私がニアを、ニアちゃんって呼んだからですか?」
「ハ、ハウッ?! ア、熱イ……危険、危険……(。>﹏<。)」
「ええっ、だ、大丈夫ニアちゃん……っ!?」
もしかして、照れているの……?
何度も熱を吐き出す姿はちょっと心配だったけど、それ以上に好意を感じて嬉しかった。
「何やってんの、君ら……?」
「たっだいまーっ! あっ、それってもしかしてこの前のほうれん草っ!?」
「もう育ったのか、すげーなマク・メル……」
「あたしお腹空いちゃった! 早くご飯にしようよっ!」
「いや、技師ならもっと驚けよ?」
「だってここの技術って全部凄いんだもん! 全部に驚いてらんないよっ!」
「ま、それもそうだな」
ほうれん草の水分を少し絞って、それをクッキングナイフで食べやすい長さに刻むと、私たちは軒先の白木のテーブルに料理を並べた。
そのテーブルはレグルスお兄ちゃんがこの前、新しく作ってくれた物だ。
テーブルとイスを屋根のないところに野ざらしにするのを、お兄ちゃんは最初ためらっていたけれど、そんなお兄ちゃんに私がこう言ったら制作が決まっていた。
『マク・メルって、雨とか降るんですか……?』
『あっ……!?』
まだまだ私たちは、地上の常識に縛られている。
私たちは同じテーブルを囲んで、マッシュポテトを主食に、ニンジン入りのトマトスープと、塩ゆでのほうれん草を昼食にした。
「プラチナちゃんってやっぱり天才! あたしこんなに美味しいほうれん草食べたの初めて!」
「そこは俺も同感だな。宮廷で食ったどんな飯より美味いから恐れ入るわ」
「お、大げさだよ……。ほうれん草なんて、塩でゆでただけだもん……」
素材が良いのが一番の理由だけど、そこにしばらく葉物野菜を食べていないのも加わって、私たちはゆでた分の全てを平らげてしまった。
取らなければいけない栄養が、このほうれん草に詰まっていたのかもしれない。
「ああそうそう、例のプロジェクトはどうなったんだ?」
「どれもハズレ。今のところ、起動したアーティファクトで流用出来そうなのはないかな……」
「そうか、気長にやるしかなさそうだなー……」
「うん。だけど必要な研究だとあたしは思うよ」
昼食が落ち着くと、お兄ちゃんとお姉ちゃんはいつもの話を始めた。
プロジェクト・イカロス。そう二人は言っていた。
私にはちょっと難しいけれど、とにかく二人は空を飛ぶ方法を探している。
「まあな。ここで暮らす以上、地上との行き来は必須と言っていい。はぁ、肉食いてぇな……」
「同感……。次に降下したらさ、いっぱい干し肉買ってくるよ、あたし……」
「スミマセン……。オ豆ガ育ツマデ、モウ少シ、オ待チヲ……(´・ω・`)」
動機の一つは食糧事情で、私たちは今、肉や魚、豆に飢えている。
そしてもう一つの動機は、あの観測室から見える情景だった。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは、あそこから地上を観察するのが好きだった。
だけど私と似たような境遇の人を見つけるたびに、助けたいのに助けられない現状を悔しがっていた。
このマク・メルは海がなければ高度を下げられないらしい。
たまたま近くに海があったから、幸運な私は二人に天国へと運んでもらえた。
「なあニア、古代人はどうやって地上と行き来してたんだ?」
「ハイ、ソモソモ行キ来ナド、シテ、オリマセンデシタ。マク・メル、ノ民ハ、一生マク・メル、ヲ離レマセンデシタ(*・ω・)」
「……差し詰め、世界で一番高いところで暮らす引きこもりって感じか」
「じゃあやっぱり作るしかないよ。飛行機」
飛行機を作る。それが今、お兄ちゃんたちが進めているプロジェクト・イカロスの中身だった。
料理と家事しか出来ないけど、私は私のやり方でこのプロジェクトを支えよう。
世界中に、私と同じように苦しんでいる人たちがいっぱいいる。
私はそんな人たちに、この天国を見せてあげたい。




