・ちゃんとしよう
「レグルスお兄ちゃん、統星お姉ちゃん……。二人って、もしかして……」
翌日の朝、ついに俺たちはプラチナに気づかれてしまった。
「自分でご飯とか作れない大人……?」
「うっ……だ、だって、あたしは技師だし……」
「酒なら作れるぞ」
昨日の夕食、晩飯、そして今日の朝食。
その全てが生トマトであり、ゆでたジャガイモであり、生だったり皮ごとゆでられたニンジンであることに、プラチナは俺たちがダメな大人であることに気づいた。
「やっぱり……」
しかし少女のジト目というのは、なかなか突き刺さるものがあるな……。
「こんなご飯ばかり食べてたら病気になっちゃうよ! 大人なんだから、ご飯はちゃんとしなきゃダメ!」
「あ、はい……。ごめんなさい、プラチナさん……」
「あたしも、レグルスと同じでそういうの、ずっと人任せだったから……」
前々からわかっていた。俺が二人に出していた物は、料理ではないということに。
だがそれ以上にニアの作るポテトもニンジンもトマトも、素材そのままの状態で美味いから悪いのだ。
「レグルス様。プラチナ様ノ、言イ分モ、モットモデス。チャントシテ下サイ(`・ω・´)」
「ニア、君も君で昨日からプラチナの肩持ち過ぎだろ……」
ニアは昨日からご機嫌だった。
プラチナが持ってきた豆や野菜、小麦の種で、農園の作物を増やせるからだ。
とはいっても、ニンジンと、ジャガイモと、トマトしかここにはないのが現実でもあった。
こんな素材では、誰がどう作っても同じなのでは……と思う。
今日はプラチナのためのイスを作りたい。
それから綿花をもっと集めて、簡易のベッドも用意したいところだ。
家を捨ててこのマク・メルに来てくれたのだから、この子には快適に過ごしてもらいたかった。
「朝ご飯、私に任せてっ」
「プラチナちゃん、料理出来るの……?」
「まあ、口振りからして料理上手い系のアレだったよな」
「お兄ちゃんっ、火の用意をしてくれる?」
「わかった」
廃墟で拾った鉄の花瓶に、いつものアレでアルコールを精製した。
ソイツに火を付ければ、燃焼力の安定したバーナーの完成だ。
プラチナは小さな身体で鍋に水をくみ、石の台座に乗せる。
続いて自分のバッグから塩と干し貝を取り出して、トマトとニンジンとジャガイモのスープを作っていった。
そうか、野菜を刻んだり、トマトを煮るという発想はなかったな……。
・
少し待つと本当の朝ご飯が食卓に並んだ。
「やべー、俺、文明の味をしばらく忘れてたわ……」
「凄い凄いっ、あたしこんな美味しいスープ食べたことないよっ! プラチナちゃんって料理の天才じゃない!?」
「もう、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、心配だよ、私……」
ポテトとニンジンと貝柱のトマトスープというのだろうか。
煮込まれたホクホクのポテトがやわらかく口の中で崩れて、ニンジンはより甘く引き立ち、旨味のあるトマトスープが朝から身体を温めてくれた。
最後のお楽しみの貝柱は、噛まないでずっとしゃぶっていたくなるほどに、身体が求めて止まない味わいだった。
「美味かった……。これは拾いものだな……」
「あたし感動しちゃった……。これが料理だよ! レグルスが作ってたのは多分、料理じゃなかったんだよ……。とにかくプラチナちゃん天才!」
「そ、そうかな……」
「ハイ、ニア、モソウ思イマス。コンナ笑顔ノ二人ヲ、初メテ見マシタ(*´ω`*)」
「こんなに褒められたの、久しぶり……。あ、そうだ。だったらご飯とか家事は私に任せてくれる?」
「うわぁーっ、天使だぁーっ!」
「天使はお姉ちゃんだよ……」
「まあ、有翼種に言われるとどうしてもな」
気づけば三人分の深皿が空になっていた。
こんなに食事を楽しめたのはいつ以来だろうか。
満足する俺たちの姿に、プラチナが嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「それじゃあたし、ちょっと綿花取ってくるねっ!」
「待て、統星っ、それは俺がやる!」
「いいよ、丘の上に行くならあたしの翼が一番早いし」
「君はこの前、手をボロボロにした矢先だろう……!」
「いいのいいのっ、あたしがやりたいからやるだけだし、気にしないで! じゃ、行ってきまーすっ!」
「お、お姉ちゃん、大丈夫……?」
「お昼ご飯楽しみにしてるね、プラチナちゃん!」
こんなことなら、昨日のうちに俺がやっておくのだった。
きっと統星は、あのとき俺に綿の枕をくれたように、プラチナにも作ってあげたいのだろう。
マク・メルは天国みたいな世界だけど、家具には全く恵まれていなかった。
「レグルス様、ニア、ハ、レグルス様ニ、オ願イガ……(*'ω'*)」
「ニアから俺にお願い? 珍しいな……」
ニアの巨体が身を屈めて、上目づかいを作ろうとしていたがそれでもニアは巨大だった。
「新シイ種、スグ使ウニハ、新シイ耕作地ガ必要。農園ノ、アーティファクトヲ、起動シテ、クレマセンカ?(*'ω'*)」
「なんだそのことか。もちろんいいに決まってるよ。そうだ、プラチナも一仕事手伝ってくれるか?」
「うん、邪魔じゃなかったら、私もお手伝いしたい。だって持ってきた種が芽吹くところ、見てみたいから……」
「しかし新しい耕作地となると、丘の方の管理を放棄していた辺りになるか?」
「放棄デハアリマセン。一帯ノ、アーティファクトガ、止マッテシマッテイル、セイデス。再起動、シテクレタラ、今スグ種ヲ蒔ケマス(^_^)」
今日までやり取りして来てわかったことがある。
ニアは植物が好きだ。マク・メルの管理者としてではなく、個人として植物を育てるのが好きなのだと、実感させる部分が度々あった。
「レグルスお兄ちゃん、あのね、私……こういうの、とうとつかもしれないけど、今楽しいよ……。マク・メルでの生活が凄く楽しい……。私を拾ってくれてありがとう、お兄ちゃん……」
「それはよかった。プラチナが内心で、ここに来たことを後悔してはいないかと、こっちもちょっと心配だったんだ。……その言葉は、統星にも聞かせてやってくれ」
「もう言ったよ!」
「それでこそプラチナだ。よし、行くぞ!」
「デハ、ニア、ノ背中ニドウゾ、プラチナ様(*・ω・)」
俺たちは止まってしまったアーティファクトを起動するために、住宅街を抜けて荒れ果てた耕作地へと出かけた。
「がんばろうね、レグルスお兄ちゃん」
「ま、そこはくたびれない範囲でほどほどにな」
つい先日まで不幸せに表情を曇らせていた少女が、マク・メルの青空を背負って無垢に笑っていた。
そんなにかわいい笑顔をされると、もっともっと幸せにしてあげたくなる。
まるで歳の離れた妹が出来たような気分になって、俺も彼女へと笑い返していた。




