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・ねぇ、うちくる?

 魔大陸マク・メルはついに内海を越えて、向こう岸の手前までやって来た。

 当然ながら対岸の国々は大騒ぎだ。


 楽しい盗み聞きによると――


「なんだあれはっ!?」

「国王陛下、あれが報告にあったマク・メルでは……。スヴェルのホワイトパレスを、一撃で灰燼に帰したという、あの報告の……」


 魔大陸マク・メルが復活し、ホワイトパレスを吹き飛ばしたとの報告が既に対岸王家にも伝わっていた。


「信じられぬ……あんなものが、本当にこの世界に存在しているとは……」

「陛下、それよりも急ぎ避難を! このままではこの城も……! 魔大陸の新王レグルスは、廃嫡と幽閉により性格がねじくれ曲がっているとの噂です!」


「くっ……なぜ、なぜそんな男が世界最強の力を……こ、交渉は出来ぬのか!?」

「交渉しようにも連絡の手段がありません!!」


 そうなんだよね……。

 こっちからも、向こうからも、意志疎通の手段が全くない。というのが大問題だよね……。

 もちろんあの城にマスドライバーをぶっ放す動機なんて、そんなの耳クソ一欠片すらない。


 予定ならばこのまま突っ切って、引き続きのんびりと統星の故郷を探すつもりだった。

 だけど――その後にちょっとだけ俺たちは心変わりをすることになった。


 それはこのマスドライバーの望遠装置で、統星と二人で対岸の世界を見物していた際に、ある一部始終を見てしまったせいだ。


 とある貧しい漁村に、一人の少女が暮らしていた。



 ・



 その海辺の村をクローズアップしたのは、ただそこの浜辺が入り江になっていていい雰囲気だったからだ。

 町の方にはいくつもの漁船が停泊していて、中には過積載にしか見えない中型の輸送船もあった。


 栄えている町から反対側に映像を動かすと、岸は断崖となってその奥に高台の村が現れた。

 村の一角には同じ敷地に栄えた大きな家と、物置も同然の小さな家が立てられていて、画面に気味の悪いババァと、プラチナブロンドの小さな女の子がいた。


「これが全部売れるまでっ、戻ってくるんじゃないよっ! いいね!?」

「で、でも、こんなにたくさん……無理だよ……」


「親に口答えするんじゃないよっ、また鞭でぶたれたいのかい!?」

「い、嫌……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……私、がんばるから、止めて……」


「だったらさっさと行くんだよっ、この役立たず!」


 その子に注目を始めたきっかけは、そんなヒステリックなやり取りを見てしまったせいだった。

 こんなもの見せられたら、俺も統星も目が離せなくなる。


 ここからじゃどうにもならないことはわかっていたけれど、それでも見守らなければならない義務感にかられた。


「お母さん……行ってきます……」


 村で取れた貝の乾物や塩漬け魚を抱えて、まだ13歳ほどにしか見えない少女がしょぼくれながら浜辺の道を進む。

 目的地はその先にある町だ。直接貿易商人や市民に売り込めば、それだけ儲けの幅が大きいのだろう。


「あの……干し貝柱はいりませんか? 見るだけでも、お願いします……」


 名前も知らない少女は品物を売ろうと必死だった。

 けれどあまり売れていない。


 彼女は泣きそうな顔をして、それでも気丈に品物を売ろうと努力した。

 結局、その日だけでは売り切れずに、彼女は町の裏路地で一晩を過ごした。

 きっと地上では寒々しい潮風が吹いているのだろう。


 どうしても心配で、俺も統星も映像の前を離れられず、その場で一晩を過ごすことに決めた。


「げひっ……か、かかか、かわいいなぁ、プラチナちゃんわぁ……。こんばんは、おじさんのこと、覚えてるぅ……?」

「ひっ、あ、あなたは……嫌っ、こっち来ないで……!」


「寒いならおじさんと温め合おうよぉ? ほら、おじさんのコートの中に……」

「嫌です! わ、私は、私はっ、うっううっ……こ、来ないで……っ」


 少しでも温かい寝床を選んだ結果、少女プラチナは袋小路で寝泊まりしていることに今さら気づくことになった。

 逃げ道はない。彼女は固く目をつぶり、己の運命を覚悟した。


「そんな小さな子に何やってんだよ、この変態野郎」

「最低……その子から離されなさいよっ、離れないなら人を呼ぶからっ!」


 布告システムを使えば、こちらから声をかけることが出来る。

 そう統星に説明したら『なんでもっと早くそれを言わないのよっ』と怒られた。


「く、くそ……通報は止めろよっ、俺はまだ手を出してねーぞっ!? プラチナちゃぁん……へへへ、また会おうねぇ……。覚えてろ、このチクリ野郎っ!」


 どこかで聞いたような捨て台詞を吐いて、暴漢はしきりに左右を見回しながら逃げて行った。


「どなたか知りませんが、助けてくれてありがとうございます……」

「気にすんな。わけあって姿は見せられないけど、今夜は見守っててやるから安心して寝るといいよ」

「レグルスッ、何かあったらマスドライバーを撃って!」


「バカ言うなよな、おいっ!?」

「だって、こんなの見てられないのっ!」

「えっ、えっ……?」


 プラチナだって遙か空の上から、自分が注目されているとは思わない。

 とにかく少女を安心させて、統星と交代で悪党が近付かないように監視をした。

 なんだかんだ、統星も覗き見が好きなようだ。


 こうして二日がけでどうにか品物を売りきった彼女は――


「昨日のあの声は、神様だったのでしょうか……。神様、神様のおかげで、義母の言いつけをやり遂げられました。ありがとうございます……」


 さすがに二日がけの仕事に疲労困憊としていたけれど、なんとか無事に高台の村へと帰宅した。

 俺も統星も肩の荷が下りた気分だった。



 ・



 だがあのババァ――養母は最低だ。

 プラチナから売り上げをふんだくると、押し込めるようにボロ屋へと戻らせた。


 そして自分は綺麗で住みやすい大きな家に戻り、本当の家族と笑い合っていた。


「あのガキ、バカ正直にこんなに稼いできたよ!」

「母さんひどーい。あの子も私の妹なのにー」

「あの子っていつもオドオドしててムカつくわ。この前だって靴を隠してやったら、泣きそうな顔でこっちを見るのよ?」


「二人ともひっどーいっ!」


 少女は見下されていた。

 義理の姉も妹も、彼女に同情するどころか汚い者を見るような目だった。


「レグルスッ、あいつらムカつく!」

「んな当たり前のこと言われてもな」


「許せない……。あんなやつら、撃っちゃえば……?」

「おいおい、それ悪の神様視点になってんぞ。あんな家でもプラチナの保護者だ。大人になるまではどうにもならないよ」


 俺たちは声かマスドライバーしか送れない。

 あまりのもどかしさに、俺だって何度も唇を噛んだ。



 ・



 しょぼくれた少女は夜になると岬に向かった。


「お母さん……お母さん……っ。なんで死んじゃったの、お母さん……」


 そこは実の母親の墓で、彼女は墓前に向かってむせび泣いた。

 幸せだった頃の全てがそこにあったのだろう。


「もう嫌……誰か、助けて……」


 マク・メルはもうそこから目と鼻の先まで来ていた。

 それでも彼女は空に浮かぶ巨大な陸塊に気づかなかった。


「あのさ、そんなに辛いなら逃げちゃえば?」

「ぇ……?」


 古代人は宣戦布告のためにこのシステムを用意したらしいけど、俺たちからすれば違った。

 少女は俺の声に驚いて周囲を見回したけれど、そこに人間の姿はない。


「そうだよ、あんな酷い家族捨てちゃえばいいのよ!」

「その声、昨日の……。無理、私どこにも行くところがないの……」


 俺たちはどうしてもこの子を助けたかった。

 ここまで見守った以上、どうにかしないとスッキリとした気分で明日の朝日を迎えられない。


「あなたたちは誰? どうして姿が見えないの? もしかして、神様……?」

「いや……」


「だったら私を天国に連れてってっ! 天国に行けば、苦しいのは全部なくなるって、神父様が言ってたっ! お母さんも、天国にいるんだってっ! 私もそこに行きたいのっっ!」


 それは子供がしていい叫びではなかった。

 天国に行きたいだなんてそんなの悲しすぎる。統星なんて貰い涙に目を赤くしていた。


「残念だけど、俺は神様でも、天国の住民でもないよ」

「お母さんに会いたい……お母さんが生きていた頃はよかった……」


「でも、もし君さえよかったら――うち、くる?」

「ぇ……?」


 どこにも行くところがないというなら、こっちに来たらいい。

 寂しい浮遊都市に住民が増えたら、その分だけ俺たちも寂しくなくなる。俺たちは善良な住民に飢えていた。


「空を見上げて。海の彼方に、なんか空飛ぶ黒い影がない?」

「ある……。え、あれって、何……?」


「マク・メル。浮遊都市マク・メルから、俺は君に声をかけている。そして君さえよければ――あんなクソババァに見切りをつけて、うちにこない? というよりもう見てられないっ、うちに来なよっ!」


 俺たちは少女プラチナを手に入れるために、先日まで諦めていた地上降下計画を練った。

 俺はこの地を離れられない。だが統星の翼を使えば可能性がある。


「行く!! お願い、私を天国に連れてって!!」


 必ずこの子をマク・メルに連れ帰る。そう決めた。


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