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・天空の管理者ニアを直そう

 技師にしてはあまりに可憐で手足が細いので、実際に統星がニアの背面パネルとやらを開くまでは半信半疑だった。

 まさか背中の表面が取り外せるだなんて、気づく以前に俺にはそういった発想にはならない。


「どうだ、直せそうか?」

「うわ、酷い……可哀想……」


「そ、そんなに悪いのか……?」

「ほらこれ見てよ、埃がこんなに入り込んでる……。フィルターも砂だらけで、もう酷い状態……」


 背面パネルの内側には、ビッシリと砂埃が詰まっていた。

 統星がその砂埃に指を立てると、パラパラと床へとこぼれ落ちる。素人目でも良くないことがわかった。


「コレとコレとコレッ、悪いけど洗って来て!」

「わかった」


「あ、終わったら軽く水気も払ってね!」

「技師さんの仰せのままにしよう」


 身体の中の部品を取り外せるのだから、やはりニアは変な生き物だ。

 俺は砂埃まみれのフィルターを両手に抱えて、近所の用水路まで走った。


 よくない部分を取り外して、洗浄出来るとは便利な身体をしている。

 この砂埃を綺麗に取り除けばニアが直ると俺は期待をしながら、冷たい用水路でフィルターを洗った。


 それから要求通りに水気を払って、軽くだけ日に当てて干した。

 清らかな用水路は涼しげなせせらぎを響かせて、人を少しだけリラックスさせてくれる。……そろそろ戻ろう。


「戻った。どうだ、直っ――うわっ、なんだこりゃっ!?」

「あ、お帰り……」


 干し草しか家具のない家に戻ると、床に砂埃がうずたかく積もっていた。

 統星はこちらに振り返りもせずに、ニアの中身ばかりを見つめている。


 しばらく様子を見ると、困ったようにその首がひねられた。


「それで、直せそうか……?」


 彼女はこちらに振り返らない。返事も鈍かった。


「ごめん、これは、きっと無理……」

「……頼む、諦めないでくれ。コイツはいいやつで、ずっと人間に会いたがっていたんだ! 助けてやりたいんだ! 統星にも会わせてやりたい!」


「レグルス……無理なものは無理なんだよ」

「だが……!」


 目が熱くなると統星が俺の隣にやって来て、背中を軽く叩いてくれた。

 それでも俺が元気にならないので心配させてしまったのか、その次は両手まで握ってくれた。


「あのね、詰まりはどうにかなったんだけど、エネルギーがないの……」

「エネルギーとはなんだ?」


「燃料。この子のご飯みたいなものだよ。それでたぶん、この構造からすると、あれが原料のはずなんだけど……」


 そう言って統星が部屋の隅に置かれたニンジン、ジャガイモ、トマトを指さした。

 俺にはよくわからない。


「ニアに野菜を食べさせればいいのか?」

「そうじゃないの……。あの野菜を、燃料に変えたやつを、ここに入れてたんだと思う……」


「わかるような、わからないような……」

「この子の身体には、作物を燃料に変える力がないみたいなの。きっと別の装置がこの子のためのエネルギーを作って、母乳みたいにこの子に栄養を上げてたの……」


 ミルクを失った乳児は餓死する。いや、餓死した状態が今なのか。

 落胆のあまり俺はフィルターを床に落とし、すがるもの欲しさに窓辺へと寄りかかった。


「ごめんね、レグルス……。直してあげたかったって気持ち、技師として、よくわかるよ……」

「ニアは、俺に会えて喜んでたんだ……。700年間……人間が帰ってくると信じて、ずっとここを守っていたんだ……」


「ゆっくりやっていこうよ、レグルス。マク・メルって超技術の塊なんだから、きっと見つかるよ、この子を直せる方法」

「それは、気の遠くなるような話だな……」


 きっとニアに母乳を与える装置は壊れている。

 だからニアに栄養を供給できなくなって、ニアは止まった。


 いかに統星が優秀な技師でも、アーティファクトは直せない。それがこの世界の常識だ。

 俺はコップを取って水瓶から水を少量すくうと、そこにジャガイモを一つ入れた。


「レグルス……な、何やってるの……?」

「やけ酒だ……」


 続いて変換の力を使って、ジャガイモと水の組成を酒に組み替えて、それを一気に口へと含んだ。


「はぁっ……辛いときはやっぱ酒だな……」

「えっえっ、さっき入れたジャガイモはっ!? なんで消えたのっ!?」


「なんでも何も、俺は物資の組成を少しだけ組み替える力を持っているんだ。言わば、酒造りが俺の特技だ」


 なかなかジャガイモの酒というのも悪くない。

 昼間からこんな物を飲むなんて、彼女からすれば減点対象だろう……。独りで乾杯して見せてから、また飲んだ。


「ちょ、ちょっと……ちょっとレグルス……ッ」


 ところが統星は指を震わせながら、情けない俺ではなくコップばかりを見つめている。

 こんなに驚くやつを久々に見た。

 監獄の連中は元気かな……。


「それだよっそれっ! それが燃料!!」

「何を言っている……。これは燃料じゃない、ただのジャガイモ酒だよ」


「ソレもっと精製できるっ!? アルコールだけ残るくらい!」

「あるこーる? わからんけど、酒気だけ抽出したことならあるが……」


「それっ、やってみて!」

「疲れるからあまりやりたくないんだけどな……。ま、そこまで言うならわかったよ」


 俺は酒気でポカポカとする身体で、さらにジャガイモ酒の構造を組み替えていった。

 水と酒気を切り離して、水を分解して空気に変える。


「こんなものか?」

「それ貸してっ!」


 超高純度の酒気を抽出したものを差し出すと、彼女はコップごとそれをふんだくった。

 さすがに有り得ない。酒で動く機械人形なんているわけないだろ、統星……。


「なぁ、そんなの入れて、ホントに大丈夫か……?」

「やってみなければわからないよっ、そんなの当然でしょ!」


 統星が俺が作った酒気――アルコールと呼ばれるものを、ニアの中へと流し込んでいった。

 これは胃か何かだろうか、ニアの中には銀ピカの容器があった。


「まあ、言われてみればその通りかもね。セニョリータ」

「へ? なんなの、そのセニョリータって……?」


「異国の男が女を口説くときに使う言葉らしい。詳しい意味は知らないけど、なんとなく付け加えてみた」

「な、なんとなくで口説かないでよ……っ」


 統星が目を見広げて、こちらに赤面しやすい綺麗な顔を向けてくれた。

 だがすぐに彼女の興味はニアへと移ったらしい。


 テキパキとフィルターを戻し、背面パネルをはめ込んで元通りにすると、彼女はまた首を傾げた。


「ねぇ、レグルス。この子のスイッチって、どこ……?」

「統星にわからないなら、俺にわかるはずがないよ」


「そうなんだけど……。む、むぅぅー……昔の人って、どうやってこれ動かしたんだろう……」

「起こせばいいのか?」


「え? ああうん、そうなんだけど……」

「ならやってみるよ」


 統星はニアの中の目詰まりを清掃して、エネルギーとやらの代替品も入れてくれた。

 だったらここから先は俺の役目だ。


 片手をニアの肩へと当てて、1日3回限定の力『覚醒』を発動させた。

 どうか目覚めてくれ、ニア。そう心の中で祈りながら。


 すると――ニアの光る一つ目に光が灯った。


「オハヨウ、ゴザイマス、レグルス様。(・_・)」

「ニア……!」

「き、起動したぁっっ!? ええっ、なんでーっ!?」


「ニアハ、ズット、見テマシタ。レグルス様ガ、ズット、ニアヲ、直ソウト、シテクレタ……。(T_T)」

「当然だろ。いきなり目の前であんな壊れ方されたら、誰だってこうなる……」


 ああ、良かった……直ってくれて、本当に良かった……。

 統星と出会って独りぼっちではなくなったけれど、ニアの代わりはどこにもいない。


「コンナニ、ニアヲ、想ッテクレル、人……生マレテ初メテ。嬉シ……(u_u*)」


 2mの巨体は身をかがませたまま、恐る恐ると俺の背中へと両手を回した。

 ゴツゴツとしているけれど、ニアの感激と喜びを感じた。


「うっううっ……あたし、なんか、こういうの……ダメなのかも……っ。あっ、レグルスはこっち見ちゃダメ……!」

「もらい涙くらい誰だってするよ」


「わかってるけど、恥ずかしいから見ないで……っ!」

「わかった」


 これで元通りだ。というよりも、少し情緒のないことを言ってしまうと、ニアが壊れたままだと将来的に見てかなりまずかった。


 ニアという管理者がいなければ、この楽園は徐々に荒廃していってしまうからだ。

 感情抜きにしても、ニアは最優先で直さなければならない存在だった。


「ハジメマシテ、統星様。ニアヲ、直シテ下サリ、アリガトウゴザイマス(*・ω・)」

「あっ、うん……凄いね、ニアって。まるで生きてるみたい……」


「ソノ言葉ハ、人ニ作ラレタ者トシテ、光栄ノ極ミ、デス。アア、身体ガ、軽イ……。統星様ノ、オカゲデ、最高ノ、コンディション……。嬉シ……生キ返ッタ、ミタイ……ヾ(*´∀`*)ノ」

「わっわっ……。えへへっ、見てレグルスッ、あたしもニアに抱き締められちゃった!」


 きっとニアは、統星のような技師をずっと待ち望んでいたに違いない。

 ニアの統星への態度は感謝であり、尊敬でもあった。


「統星様、好キ。レグルス様ト、同ジクライ、好キ、大好キ……(u_u*)」

「あたしもニアが好き! 意思を持ったロボットと友達になれるなんて、光栄なんてもんじゃないよっ!」


 俺を若干蚊帳の外に置きながら、二人は次々と好意の確認を重ねて仲良くなっていった……。

 ニア、もう少し俺を構ってくれてもいいんだぞ……?


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