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・ニアを直すために工具を探そう

 空を見上げると、統星の翼が青に浮かぶ黒い影となって舞っていた。

 彼女は空からこのマク・メルを見下ろしては子供みたいに明るい嬌声を上げて、有翼種の縦横無尽な飛行能力で俺の目前へと降下してくる。


「凄いよ凄いよっ、あたしこんな綺麗な世界見たことない! ねぇ、知ってるっ!? 丘の上におっきなお花畑があるんだよっ!?」

「知ってるよ。……きっとそこもニアが管理してたんだと思う」


「だったら絶対直してあげなきゃ!」

「うん、君のことを頼りにしてるよ」


 人それぞれで受け止め方は千差万別だと、有翼の乙女を見上げながらふと思った。

 俺はマク・メルを寂しい墓標だと感じているけれど、彼女にとってここは夢と憧れの大地のようだ。


「ねぇ、どうかしたの? レグルスったら、さっきからずっとニコニコしてるよ?」

「なら、そっくりそのままお返ししてもいいかな? 統星もさっきからずっと笑ってるよ」


「だって……有翼種としても、技師としても、ここは夢でいっぱいだものっ! あたしあんなに高い空見たことない……っ!」

「そうだね。感謝するよ……心から」


 統星と出会って、ようやく俺は監獄から解放された気分になった。

 目の前の光り輝く世界を、彼女みたいに前向きに受け止めて、気分良く日々を過ごすべきだった。


「え、なんて言ったの?」

「……マク・メルの空を飛んでいる統星は、まるで天使みたいに綺麗だって言ったんだよ」


 統星がそこにいてくれるだけで、マク・メルで孤独と戦って来た俺には喜びであり感謝だった。


「ふーん、あなたって物好きね……。あたしの翼を褒めてくれる人なんて、レグルスが初めてかな……。ホントに変わってる……」

「綺麗なものを綺麗と言って何が悪い。空に影を作って舞い踊るその翼を、魅力的に感じない方がどうかしている」


 もう少し行ったら俺たちが出会ったあの崖だ。

 統星はまた天高く飛翔して、そこから俺のことを不思議そうに見下ろしていた。


 詳しく聞いたところ彼女のバッグはクリーム色で、中には金属製の工具が詰まっているそうだ。

 ニアの復活のためにも、どうにか見つかってくれないと困る。


「統星、あの辺りだ! ていうより、いい加減降りて来いよっ!?」

「あ、あなたが変なこと言うからよ……。あたし、さ、先に行ってるからっ!」


 あの黒い翼は彼女からすればコンプレックスだ。

 これは推測ではなく、これまでの反応からして断言してもいいだろう。


 それにしても今日はこっちまで足取りが軽い。

 彼女が飛び回る姿を見ていると、まるで自分まで重力のイカリから解かれたかのような気分になった。


 少し気が早いかもしれないけど、彼女とは上手くやっていけそうな気がする。

 統星を追って俺はマク・メルの大地を走って、ほどなくすると目的地の断崖絶壁に到着した。


「いい眺めだけど、ドデカいカルチャーショックを受けるだろ?」

「ぁ……うん、それわかる、凄く……」


 彼女はすぐにはバッグを探さずに、崖の手前に立ち尽くして、眼下に広がる光景を眺めていた。

 隣に寄ってみれば、そこから見えるのは一面の海原と白く輝く雲だ。


 しかし何度見ても、大地が空を飛んでしまっているな……。


「正面を見て。ほら、よく見ると地平線が丸いだろ」

「あっ、本当っ! でも、なんで? 不思議……」


「さあな。しかし有翼種でも、ああいうのは見たことがなかったんだな……」

「当たり前よっ、こんな高さまで飛べるわけないでしょっ!」


「そういうものか」

「そうよ。んんー、やっぱり不思議……。世界は平らなのに、なんで地平線があんなに丸いのかしら……?」


 彼女の興味はそこだそうだ。

 しかし俺から言わせると、地平線が丸い事実は既に揺るがないので、ありのままの光景を受け止めるだけだ。


「それより俺は世界の果てが見えないことの方が気になるな。もし行けるものなら、このマク・メルで最果ての世界まで行ってみたい」

「ふふ、男の子っぽい夢……。でもわかる、あたしだって世界の果てをこの目で見てみたい」


 なら付き合ってくれ。なんて軽々しく言えるほど、俺たちは近しい関係ではなかった。

 彼女は翼があるから、その気になれば俺を捨てて地上に戻ることも出来るはずだ。


「ねぇ、やっぱりレグルスって……神様っ!?」

「技師のくせに変に信心深いやつだな……。俺は元王太子のレグルス。いや、今となってはただの男だ」


「じゃあ、あたしもただの女! よろしくね、レグルス!」

「よろしく。それよりバッグを探そう。俺は地をはいつくばるから、統星は空から頼むよ」


「ふふふー♪ 飛べるの羨ましいでしょ~?」

「ああ、翼を羨ましがらないヒューマンはいない。断言したっていい」


 それから俺たちは手分けしてクリーム色のバッグを探した。


 最悪は見つからないまま昼飯を迎える覚悟をしていたが、ものの3分ほどで俺はズッシリと重い工具の詰まったそれを拾い上げていた。


「統星っ、あったぞ、さあ帰ろう!」

「あたしのバッグ! 良かったぁっ、もう戻って来ないかと思った……。ありがとう、レグルス!」


 大喜びで統星はバッグに飛び付いたが、こっちはそれを渡さずに肩に引っかけて、来た道を引き返した。


「これからニアを直してくれるんだ、これは俺が持つよ」

「さすが王子様、意外と紳士……」


「いや、ただ力仕事が好きなだけだ」

「ふーん……別に照れなくてもいいのに」


「照れてない」

「照れてるってば」


 帰り道の統星は空を飛ばなかった。

 ずっと俺の隣を歩きながら、危なっかしくも人の横顔ばかり見上げて、ご機嫌の笑顔で言葉を交わしてくれた。


 なんだかとてもいい気分だ。

 これでニアが直ってくれたら、そこで停滞と試行錯誤の日々が終わり、ここマク・メルでの未来が開けるような予感がした。


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