・拾った有翼種がくっそ明るい件
朝、あの陽気な音楽が急に聞こえなくなったような気がして、うっすらと目を開けた。
すると琥珀色の瞳を持った少女がこちらを見ていた。
どうやら付けっぱなしのコレを止めてくれたのは彼女で、間違いないようだ。
とにかく頭が回っていないので彼女の姿ばかり見つめると、恥じらい深い性質なのか、不覚にも少女を赤面させてしまっていた。
しかしどうも彼女は、小鳥のオモチャの方も気になっているようだ。
マジマジとそれを眺めては、交互にこちらを盗み見てくる。
「それはアーティファクトだよ。言うなれば、古代人の技術の結晶にして、究極の無駄づかいとも言えるかもね」
古代遺物の一言が、少女の目を途端にキラキラと輝かせた。
夢中で小鳥と睨めっこする姿は、何を考えているのかわからないが、ちょっとだけ愛らしい。
「まさか、有翼種って喋れないのか?」
「……喋れる」
「お、おお……っ」
今……俺、今……人と会話をしたよな……?
ああ、感慨だ……。誰かと言葉のやり取りをしたのは、かれこれで何日ぶりのことだろう……。
会話って、いいな……。
あっ、いかんっ、これは不審の目で見られてしまうやつだ……!
嫌われないように、俺のキャラを多少崩してでも、紳士的に接してこれから好かれていかなければならない……!
お喋りしてもらえない関係になるオチだけは、絶対に避けたい!
「ねぇ、あなたって、どこの誰……?」
「俺はレグルス! で、あそこにあるでっかい機械人形がニアだよっ! ただその、今は、壊れてるんだよな……」
ちょっと今の、声がでかかっただろうか……?
聞き取れないボソボソ声よりはマシだろうけど、これでは会話に舞い上がっているコミュ障風なので、もう少し落ち着かないとだ……。
「わらわ――あ、ちが……あ、あたしは統星。統べる星と書いてスバル」
「……星を統べる者か。少し大げさだが、綺麗で良い名前だな」
「え、ほんとう……?」
「ああ。その顔を見ていると、いかにも統星って感じがして来た」
好かれるためとはいえ、少しおべっかだっただろうか。
だが本心だ。俺はこの子に好かれたい。もっと楽しくお喋りしたい。人とお喋りがしたい!
「ねぇ、レグルス、質問いい?」
「喜んで! 今ならどんなデリケートな質問にも、包み隠さず赤裸々に答える自信ありだ!」
「そ、そんな変なこと聞かないよ……っ」
「まあそうだろな。で、何が聞きたい?」
「うん……ここはどこ? 君は何している人? というより、あたしって、なんでここにいるの……?」
「それは順に説明しよう」
そこまでやり取りして、俺は水瓶から廃墟で拾ったコップに水をくみ、同じく壷に入れておいたトマトを2つ取った。
「腹は減ってるか?」
うなづいた彼女にトマトを投げ渡し、コップを近くの床に置いた。
「なにこれ……?」
「何って、トマトだよ。知らないのか?」
「果物? ん、んっ……す、すっぱぁぁっ……!?」
「そうか? まあ、果物にしては酸っぱいだろうな」
俺もトマトをかじりながら、続いて蒸かしたポテトとニンジンを渡した。
後者は生だが、俺だって感激した美味さなので、食わず嫌いさえ起こさなければ喜んでくれるだろう。
「でも美味しいっ! 瑞々しくて、ちょっと甘くて、おとと……えへへ……」
「誰だってそうなる、気にするな」
あまりに水気が多いので、彼女のあごにトマトの果汁がたれ落ちた。
「で、最後の答えだが、ここはマク・メルだ。きっと驚くだろうから、どんな場所かは――」
「ええーっっ、ここがマク・メルッ?! あのっ、浮遊大陸マク・メルッ!?」
「あ、ああ……ずいぶんと詳しいね……。そうだ、ここは空の上の大地だ」
「わぁぁぁ……っ、どうりで空があんなに青いと思った!」
少し前まで慎ましげだった少女が、翼を羽ばたかせて機敏に立ち上がると、たったワンステップで窓辺に飛び寄った。
普通にしていると落ち着いたお嬢様だが、笑うと活発だな、この子。
「有翼種というのは、フットワークが信じられないほど軽いんだな……」
「それでそれで? レグルスは何をしている人なのっ!? もしかして、神様っ!?」
「なぜそうなる……」
「え、違うの?」
「違うな。俺は――いや、どうしたものか。正直に説明してもきっと信じないぞ?」
「信じる! 話してっ、あたしね、あなたの話が聞きたい! それにさっき、なんでも教えるって言ったよー!?」
うん、これはいい子だ。お喋りが好きというのもポイントが高い。
ああ、やはり感動だ。今俺は、人と話をしているんだな……。
「じゃあ、ホントに信じてよ?」
「信じるよっ! あ、もしかして、デリケートな話?」
「そうだな、まあまあデリケートだ。俺はレグルス・ウェズン。スヴェル王国の廃嫡された王子だ」
「え、王子様……? それって、神様の国の……?」
「だから、神様じゃないって言ってるだろ……」
「じゃあ、天使様?」
こうして少し会話して思った。素直だな、この子。つい笑ってしまった。
「というより天使はそっちじゃないか。その可憐な容姿に、黒く美しい翼。どこから見ても天使にしか見えない」
つい思ったままのことを口走れば、統星は隠すように翼を引っ込めて己の肩を抱いていた。
もしやこれは言葉を間違えたのか……?
今の、やや変態的な発言だったか……? 彼女の頬に朱がさしている。
「あたし、そんなふうに言われたの、初めて……。あたしの翼、カラスみたいに黒くて、不気味じゃないの……?」
「じゃあ聞くが、黒い犬はかわいくないのか? 白い犬以下か?」
「そんなことない! ワンコはみんなかわいいっ、区別しちゃ可哀想!」
この反応からすると動物がかなり好きなようだな。
それとそこまで話が進むと、逆にこっちの好奇心が湧いてきた。
「ところで統星、今度はこっちから質問なんだけど、君は転移装置を使ってここに来たの?」
「え、転移装置……?」
「実は昨晩、空に魔法陣が現れてね、君はそこから降って来たんだ」
「ウ、ウソ……」
その話をすると、彼女は再び窓辺に向かって外の世界を眺めた。
それから黙り込んでしまったので、こっちは腹を満たしながら返事を待った。
「思い出した……。あたし、新しい遺跡の調査をしていたの。そしたら、急に光があたしを包み込んで……あれ、でも、そこから記憶がない……」
「たぶんその遺跡が転移装置だったんだと思う。俺もそれと同じやつでここに飛ばされて来たから、つまり――俺たちはお仲間だな」
「凄い……あたし、空間を転移したんだっ!? ウソッ、これって感激っ!」
「それ、喜ぶところか? 言っちゃなんだが、ここに来て結構苦労――」
「だって転移だよっ、転移! 物質が瞬時に別の場所に移動したんだよ!? そんなの世界のルール無視じゃないっ! 転移装置といったら、技術者なら誰だって憧れるオーバーテクノロジーだよっ!」
「そ、そういうものか……? 俺は、そういう難しいのは、よくわからん……」
どちらかというと、ニアの育てた野菜の方が驚きだ。
俺がポテトをほおばると、つられて彼女も穀物の存在を思い出して口に運んだ。
「あ、美味しい……」
「そっちのニンジンも美味いぞ。生だけど騙されたと思って食べてみなよ」
「わっわっ……こっちも美味しい! なんで、なんで!? ニンジンなのに甘いっ!」
「それはニアが作ったんだ。直ったら美味かったと聞かせてやってくれ」
「それって、そこの大きな機械人形だよね……?」
「ああ……出会って早々に壊れてな、困っている……。こんななりだが、親しみがいのあるいいやつでな。もし直せるものなら、直してやりたい……」
またあの跳ねるような身軽さで、統星がニアに飛び付いた。
どうやら統星は機械が好きなようだ。
ニコニコと嬉しそうな笑顔を浮かべて、ニアの周囲をクルクルと軽く羽ばたきながら回っていた。
容姿は可憐で吊り目が魅力的なのに、興奮すると少年のような顔をする。
「そういうのが好きなのか?」
「えっへんっ! だってあたし、これでも技師だからっ。わぁっ、これって凄いよっ!? これ、どうやって溶接したんだろう……」
「夭折……? 早死にってことか?」
「違うよ、金属と金属を熱で溶かして繋げるの!」
「……すまん、あまり縁のない世界なのでよくわからん。だが、もしかして……統星ならニアを直せたりするのか?」
「え、それはわからないけど……。これ、直してみてもいいのっ!?」
「ああぜひ頼む。俺の友達を直してくれ」
「わかったっ、やってみる!」
ところがその明るい笑顔がキョロキョロと何もない家を見回し、やがて落ち着いていった。
「あれ……あたしのバッグ、知らない?」
「いや、見ていないな」
「えぇ……こ、困るよ……。アレがないと、あたし、技師としてなんにも出来ない……。ど、どうしよう……」
「だったら今から探しに行こう。きっと見つかる、大丈夫だ」
よっぽど代わりが利かないものなのか、可憐な乙女は翼ごとか弱く小さくなってしまった。
「そう、かな……? 本当にそう思う……?」
「もし見つからなかったら、代わりの工具を俺が探す。何も問題ない、俺を信じろ」
「ありがと……。はぁっ、マク・メルにレグルスがいてよかった……。ごめんね、悪いけど一緒に探すの、手伝って……?」
「そこは同感だよ。マク・メルに統星が来てくれてよかった。工具は俺が見つけだすから、どうか俺の友達を助けてくれ」
早く行こうと玄関を開くと、そこで紳士的になろうという初志を思い出した。
俺は扉の向こうに腕をかざして、いつだって快晴に包まれた天上の世界を彼女に見せる。
マク・メルの広く悠大な青空と白い町並みに、統星の黒い翼が興奮にパタパタと泳いでいた。