06(夫人・貿易商)
「あらあら、まあまあ!」と、マスク夫人は満面に笑みを浮かべた。
先日はどうも……あら、やだ!
初めまして、マスク夫人でっす!
(咳払いと、居住まいを正す)
まず初めに。
文明があり、文化がある。
文化があり、文明がある。
美しいことは素晴らしいことよ。
伝統、文化。ええ、とても良いわ。大切よ。
でも、新しい風も必要。
維持は停滞。それは大変なこと。
成長はさらに大変なこと。
でも、立ち止まってはいけない。
年に何度も、あちらこちらで開催される。
伝統や文化を軽んじるつもりはありません。
伝統や文化があってこその今日であり、未来なのです。
変革には時間が必要です。急速な発展は、それだけ強い反発を招くものです。
手順と段階。一歩一歩確かに、
常に変わり続けること──何も変なことではありません。
変わらなければいけないのです。
それが本質。
変わることを畏れたら、それこそ画餅に帰すと云うものでしょう?
……絵だけに!
(夫人、太い鼻息)
*
「安く買えますから」と、貿易商は微笑んだ。
画商が値をつけ、版元が作品を商品にし、わたくしどもが販路を広げる。
そういう絵です。
誰が描いたのでなく、皆で顔を寄せ合い、話し合った結果です。
取り分に満足していれば問題はありません。
不満や疑問が出たら、絵を切り分けて、各々の得意とするところへ引っ込むだけです。
さて。
この色は、わたくしどもで扱っている絵の具のようですね。他にはない。
価格の割りに勝手が違うので、おいそれ動くものでない。
我々のような大きな商家でないと、扱うのは難しい。
──誰に売ったか。それはお答えしかねます。
物を売って代金を貰うまでが、わたくしどもの仕事です。代金を受け取ったら、所有が移ります。そこに責任を問われても困ります。
ええ、もちろん。こちらでは、非合法なものを扱うことはありません。
ただ、たまたま、扱っている商品の組み合わせ次第で、それが何かになってしまうことは、ないこともないのです。
道具が問題ではない。
使う者が問題なのです。
……。
まあ、そうは云っても、ですからね。
取り引きとは、誠実でなければなりません。
免許や認可の制度作りを進言し、運営を請け負う。名簿の管理をし、適宜、届け出または閲覧に供します。
面倒を作ることはない。仕事は作りますが。
……。
わたくしどもが芸術分野に参入したの随分前のことです。石鹸事業の成功が、転機でした。
始めは、初版本や稀覯本の蒐集でした。
やがて宝石や家具を取り扱い、芸術の分野に進出しました。
最近では時計も扱っています。(懐中時計を取り出し)装飾──宝石類の延長ですね。
初代アーサー・コリンズ卿は、商船の難破により胸の肉1ポンドを支払い、死亡。(?)
二代目で傾きを直し、三代目で軌道に乗る。この頃から、美術品の収集が始まりました。
最初はかわいいものです。それが、〝コリンズ・コレクション〟などと呼ばれるようになるとは。
思いも寄らないような、成金の道楽ですよ(おっと、失礼をば)。
そして化学、通信、海運、保険…さまざまな部門の独立。土木、建築、湾岸開発……資材と工具。道具の取り扱いも幅広い。
道具は、モノづくりの最初の一歩。よい道具が、よい仕事を生む。よい製品を作る。
石鹸は当時、(驚くことに!)まったくの無名であった錬金術師へ投資した結果です。
大賢者スペルマス師。おお、素晴らしい!
商会にとって、大きな飛躍です。
コレクションは、この頃から点数が増え、ほどなく一部門として独立しました。
美術を所有する意味。
それを考えてみてはいかがでしょうか。
私見を述べる立場にありません。
しかし乍ら、もし剣を突き付けられ、問われたら──そうですね、良いとは云えない、と答えます。
けれども、売れます、と続けます。
良い引き立て役になります。
うちは売れるものしか取り扱いません。
上手い、下手は論じません。論じるのは、正否と来歴。
でも、売れそうな絵、と云うのはあります。
サロンで受ける絵と、実際に売れる絵には乖離があります。
だから、サロンで評価されなかったことはうちにとっては得です。安く買えますから。
これを如何に売るのかが、我々の仕事でしょう。実際、値はつきます。
絵は、もっと身近であっていいですよ。
印刷してたくさん売る。みんな欲しがる。
もっと刷る。次々刷る。新作を刷って売って、また売って──とはなりません。
生産を管理します。市場の調整です。
それから旧作を再版する。
これが意外と売れるんです。
画家と原画を押さえるのは大きなことです。
契約で、がっちり囲います。
売れない頃から投資するのですから、相応に頑張っていただかないことには。
(笑う)
結果が出ない? またまたご冗談を。
(笑う)
結果は出すものです。絞り絞れば一滴くらい落ちるでしょう。ならば、絞りに絞って、二滴、三滴と出すのです。
初代の遺した教訓は大きい。
何事にも、相応の対価がある。
投資した分、それ以上を回収します。何があっても。どんな手を使っても。
稀にそれを非難する方がいらっしゃいますが、片方の手を洗えば、もう片方の手も綺麗になる。違いますか?
手は、洗うものです。
汚れた手で触ってはいけません。
洗うには、弊社の石鹸がおすすめです。
手にやさしいですよ。携行食にもなります。
(扉が開いて、寸胴の機械人形がお茶のお代わりを持ってくる)
これも投資のひとつです。
今は指示軌条に沿って、ただお茶を注ぐくらいしかできまんが、これに筆を持たせて、絵を描く機構を組み込んだらどうでしょうか。
わたくしどもが資金を出し、技師たちを雇い、改造させたら?
出来上がったものは誰のもの? 所有者?
誰に師事したと? 設計者? 組み立てた技師? 違いますね。
資金を出した我々に権利があると思いませんか?
我々が資金を出さなければ、そんな機械は生まれなかった。
ならば、我々の権利です。
販路なら用意できます。量産もしましょう。
美術界を席巻する仕掛けも、準備も広報も、全て用意しましょう。
故に、我々の作品です。
絵画の仲介していたら、自分でも描き始める。
何もおかしなことはありません。
何も、おかしくないのです。




