03(元宮廷画家・女給)
「好きに描くと決めた」と、元宮廷画家は憮然とした。
何を描いたでなく、誰が描いたなんだ。
それが駄目にした。
有り体にに云って、サロンは八百長だ。
何が描かれたかなんて、描いた奴が一席打てばそれで収まる。異論はあるまい?
いいのかそれは? それがいいのか?
サロンで名を上げれば、箔がつく。
画商、版元、画家の師。
彼らは周到に用意をする。
新時代の幕開けだ!
こうして、無名の画家は独り立ちをする。そういう仕組みだ。
ところが、いざ、名が売れると、画家は挑戦を畏れる。あるいは……怠る。
望まれるものを描く。
望まれるだろなぁと思いながら描く。
気付いたら、銭勘定している。
これでいいのか?
疑問が生まれる。
違う、そうじゃない。
嫌気が差し、新しい表現を探す。
すると叩かれる。欲しいのはそんな絵じゃない。
それはお前の絵じゃない。
飽きられる。仕事がなくなる。食えなくなる。馬鹿げた話だ。
画商どもは、画家を食い物にして骨の髄までしゃぶって捨てる。
持ち上げて持ち上げて、捨てる。
師弟関係? 独立したら、新弟子をとる。
椅子が奪われる。
お前の入る余地はない、とな。
画家は使い捨てだ。
しゃぶり尽くしたら、次の間抜けを担ぎ上げる。
手駒には困らない。幾らでも居るからな。
向こうからやって来るからな。
濡れ手に粟だ。
……。
わたしは好きに描くと決めた。
もちろん、金にはならん。
財産は減る一方だ。食えなくなるだけじゃない。画材が買えない。絵も描けなくなる。
わたしは、殺されたんだ。
ちやほやされて調子に乗って──そんなの一時のことだった。
寄ってたかって、わたしという画家は殺されたんだ。
殺した連中には、自分自身も含まれた。
……。
みんな自分の絵を描いていると思っている。自分だけの目を、筆を、表現を、持っていると信じている。
そんなものはなかった!
全部、つながっている。ずっとずっと引き継がれた過去の遺産と地続きだ!
幻想を捨てろ、独創性など存在しない。
いずれもが猿真似、ツギハギだ!
描き上がった瞬間は、間違いなく完璧だ。
それを最後に、色褪せていく。
仕上がった作品は、もう作品でない。
──もう、見たくもない。
*
「知ったこっちゃないね」と、酒場の女給は笑った。
ほら、あすこのテーブルのお客さん。知ってる?
勇者と拳銃使いと……腰巾着。
よく寄るわ、冒険の折々にね。
いい実入りがあったみたいね、景気が好いよ、羨ましい。
わたしはカントリー。本当の名前は捨てた。……置いてきた? いずれビッグなバウンティハンターになる予定。
今はここで働いてる。
このとってもお上品なお店、〝メロウ・メロンズ〟で働いてる。
お酒を作って、お料理を出して、それから歌う。お古のバンジョー。いい音が出るよ、聴いていってね。投げ銭、大・大・大歓迎。
お金が貯まったら、彼らみたいに冒険に出る。
冒険でお金を稼ぐのはその後。準備しなくちゃ。
あのパーティは伝説よ。酷すぎて女の子は誰も近づかない。
マイティ・勇者・ロジャーは無茶苦茶だし、いっつも銀の女が見張ってる。今夜、彼女は外につながれている。馬の格好してたから。彼は、ケチよ。
ゴールデン・拳銃使い・ゴールは、荒くれ者。あの首には、稼いだ賞金以上の額が掛かってる。あと、セコい。
ライト・お坊ちゃん・ボーイのことはいいわ。ふたりにくっついて、小銭を稼いでるだけ。ちっとも強くない。いつも素寒貧。あれは物好きの道楽者よ。どこかのボンボンね。酔狂よ。
彼らに話を訊きたいなら、テーブルに行けばいいわ、ね? お客さん。この一番いいボトルを持って。おカネ、あるでしょ? ないの? 出てけ! 文無しに用はない。
チップ? ありがと。ちぇッ、これだけ?
まあ、いいや。
みんな、間違いながら進むだけ。
そりゃあ、間違いはないほうがいいけれども、最短が正解なんてことたァないよね。
あれ? 正解って、なに?
そんなもの、今日の気分でころっと変わる。朝と夜とじゃ違って見える。
ひとつ事実があって、光の当たり具合を何処から見たかってことじゃないかな。
わたし? 真実はこれよ。
(人さし指と親指をこすり合わせる)
何か変なことでも? むしろ正直だと思うンだけどな。
で、何を知りたい?
ふうん?
知っちゃないわ。
だって、そうでしょ。
町娘がお城になんの関係があるって云うの。
あなたの代わりに、彼らに聞いたとしても、答えは同じと思うわ。
知ったこっちゃないね。
だって、そうじゃない?
ただの絵でしょ。
知ったこっちゃないね。
ところが。
まあ、こんな町酒場。
噂のひとつやふたつくらいはある。
よしよし。飲み込みが速いのね。少し足りないけれども、まあいいわ。
──あれはペテンよ。それこそ貴族の遊びって言葉が合うこともないわね。
それだけか、って。さっきの額なら、かなりはずんだンだけどな。
よしよし。次はもっと上手に出すのよ。そんな野暮ったい渡し方じゃ、門前払いか、ニセ情報を掴まされるわ。
うへー。あんた、物好きだね。それだけ渡されたとあれば、こっちもそれなりのネタを出さなきゃだ。
──ちょっと考えさせて。
(しばし沈黙の後、静かな声で)
──これを紹介するのは、どうかなって思うけれども、〝ドランク・コング〟へ行くといい。
あすこに、変なヒゲを生やしたヒトがいる。山羊みたいな。
彼ならワタリをつけてくれる。
名前? それは高くつくわ、払いきれないだろうし、わたしも受け取りたくない。
でも──その男には、コネがある。