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翼ある者達  作者: 天野 月子
9/17

~永遠に想う~


13、


足元から溢れ出る七色の光――――。

足から腰へ、胸へ…首へ…


『光に溺れちゃう……!!』


助けて…。助けて…。

お願い……の…力…


あれ?

これって?

この、虹の光って…?!


「サラサ?」

ハッと目を開けると先程の転移装置の内側に居て、レトが心配そうにこちらを見ていた。

まるで白昼夢を見ていたような気分で、意識が飛んでいた。


目の前の扉はゆっくり開いて行く。

「うん。…大丈夫。」

多分、あれは、あれだ。

()()()()()()()()()()()()()

それと同じ物だ。

私は、()()()()()()


《パーン!》

パーティーのクラッカーがはじける。

「ようこそいらっしゃいました!お客様!歓迎いたしまーす!!」

「「「いらっしゃいませぇ~♪♪」」」


二度程瞬きをした。

目の前の光景に、面食らって立ち竦む。

一瞬の場面転換。

…ここはハワイか?!

軽快でリズミカルなBGMが流れ

ボデイラインピッチピチ、原色ド派手な花柄ワンピースの豊満なお姉さま方が、一列に並んで、レイならぬ何かのネックレスを首から下げ、頬にキスをしてくれる。

「え?!ハイ?」

「…サラサ様、後程詳しくご説明致しますので、とりあえず到着カウンターへ移動致しましょう。」

「あ、ハイ。」

サンガに促されて、また操り人形のようにギクシャクと移動を始める。

なんだ?なんだったんだ?今のは。

「…サンガ、"姉さん"には休憩が必要のようだ。先に個室を手配してきて。」

「かしこまりました。」

ねえさん?

ねえさん…ワタシか。そっか、エンギだ。

「いいから。姉さん、こっち。」

レトが手を引き、角の籐編みのソファーへ導いてくれる。

出国ゲートを出ると、フードコートのように椅子やソファーがたくさん設えられていた。

奥にはお土産屋さんや、カフェ、レストランなどが立ち並んでいる。

「ハァイ!ウェルカム!ガール?コレ飲んで、気分アゲてねぇ~♪」

急に滑る様に近付いて来たバニーさんに、赤とオレンジのグラデーションのトロピカルドリンクを渡される。

今いるスペースは、古き良きアメリカ映画でみるようなアメリカンバー宜しく、

()()()()()()()()()()()()()の様な靴を履き、正真正銘バニーガールのかっこうをしたお姉さまが、片手にトロピカルドリンクのトレーを乗せて、到着客にウェルカムドリンクを配って回っている。

空いたスペースには『歓迎!○○御一行様 ~○○トラベル~』などという垂れ幕、旗、横断幕などを手にした、これまた()()ビジネスマンスーツを来た人達が、人待ち顔して群れていた。

入国を告げるベルが分刻みで鳴り、歓迎のクラッカーと、先程の洗礼の儀式 (キス)が何度も繰り返されている。

周りを見渡せば、ソファーで寛いでいる人々は実にカラフルで、この世界では異色の()()()感。

皆一様に左頬に真っ赤なキスマークを付けている。

あ。レトもだ。

人・物・音にまみれ"排他主義"なんて微塵も感じられない大盛況ぶり。

どこに突っ込みを入れて良いやら、全く解らない。

バニーにスーツは既にピックアップしたが、他にも、ダメージデニムやスウェット、ナイロンリュックやハイテクスニーカー。

ビジネスマン必携のアタッシュケースやノートパソコンとおぼしき機械、スマホモドキや、ワイヤレスイヤホン (?)まで…。

等間隔に連なる柱には、四面ぎっしり電子ポスターが、10秒広告を次々に流していた。

ナニコレ…。


『…更紗ちゃんの居た世界に一番近いかも知れんのぅ。』


先生の言葉がふいに脳内再生された。

産業の在り方の話だと思っていたが、こういう?!

確かにほぼ8割近くの服装、店舗ディスプレイ、商品などが、"地球"に在る物だ。

でも、そこはかとなく散りばめられた"異質感"が、余計に"違い"を強調している。

全く違ったセルトレーンでは"異世界"だと納得していたのだが、

…てゆうか、ここまで似る?!と思う物に溢れているのだ。

もしかして…どこかで"地球"と繋がってるの?


「レト様、サラサ様。お部屋のご用意が整いました。到着手続きにつきましては、後程個室まで担当者様が来て下さるそうです。

まずはお部屋でおくつろぎ下さい。」

「はぁ。」

ある意味、魔法より驚いた。

サンガに案内されて個室へ向かう途中、

どう見ても"タピオカミルクティー"にしか見えない"タピカカ"なる物や、

"チーズハトック"なる揚げたスナックまでが屋台を出していた。

同じ"(シア)"なのに、国が違うとこんなにも違うものか…。

文化レベルと言うより、まったく異質の文明。


"クィンブルート"は、"そういう国"なのだ。

異世界から更なる異世界へ来たようで、もう考える事を放棄するしかなかった。


よし。

頭切り替えて行こう!

私は"セルストイの落胤"で、お嬢様よ。


「こちらでございます。」

サンガが慇懃な礼をし、ドアを開ける。

二部屋続きの広いスイートルームの様な豪華な部屋。

中に入ると中にいたメイド服の女の子が出迎えてくれる。

『いらっしゃいませ。少しお待ち下さい。』

そう言うと彼女の目から、ドライアイスの煙に映されたレーザー光線のような光が発射され、入室者の頭の先から爪先まで、一瞬で照射する。

…目が光ったよ?!


『お嬢様はお疲れです。奥のベッドルームへどうぞ。

執事様は、負傷箇所が痛むようでしたらメディカルスタッフをお呼びします。

ご主人様は緊張状態が続いているようです。ヒーリングミュージックを選曲します。』

すると直後、テンポのスローな自然音を混ぜた優しい曲がながれ始めた

「サラサ様。()()は、"コンパニオンロボット"です。

"ヒューマノイド"とも呼ばれるもので、クィンブルートでは人間の生活から仕事まで幅広くアシストしている"生活家電"のような物です。

先程の光線でバイタルサインを読み取ったのでしょう。

お疲れのようですので、コレの言う通り、お休みになられた方が宜しいかと存じます。」

「でも…まだやらなきゃいけないことあるでしょ?

それに、それを言うならサンガは"痛みを我慢してる"ってことになるし、レトだって休息しなきゃ。」

『皆様。お飲み物をお持ち致しました。お嬢様の分は寝室へお運びしますか?』

「いいえ。こちらで良いわ。」

応接ソファーに()()()()()()座ると、レトが隣に座り、サンガは脇に立つ。

まだ今日は終わってないんだから、最後までミッションを遂行しなきゃ!

「本当に大丈夫?姉さん。無理しないでね。色々な事があったんだから。」

レトは"演技"に合わせつつ本当に心配してくれている。

「大丈夫よ。レト。」

うん。

とりあえずは入国手続きをパスして、宿を探す。

それまでは気を抜かないで居よう。

『お客様がお見えにまりました。入出国管理官様、国務長官様です。お通しいたしますか。』

ええっ?!いきなり超大物来たよ?!

「はい。お願いいたします。」

サンガが答える。

ドアが開くと、

髪を七三に撫で付けた、恰幅のいい丸眼鏡のおじさんと、いかにも国会議員です!といった風貌のべっこう縁眼鏡のおじさんが入って来て、揉み手する勢いで全力で(へりくだ)って来た。

「いやぁ!この度は我がクィンブルートへ、ようこそお運び下さいました!

ワタクシはクィンブルートの入国管理官をしております、"タットン=マーロゥ"と申します。」

「ワタクシは国務長官の"ベンバー=ヤッシュ"。

まぁまぁ、大変利発そうなご令息に、輝かんばかりに美しいご令嬢でいらっしゃる!

セルトレーンの"セルストイ家"と言えば、その御高名は我が国にも轟き渡っております。

この度はそのご子息様方を、我が国にお預かり出来ます事、誠に光栄の極みでございます!」

おやまぁ…

なにやら凄く好意的…?

すると、サンガがなにやらジュエリーケースのような物を胸ポケットから取り出し、それをレトの前のテーブルへ置く。

それを受けて、レトが話し始める。

「この度は我々姉弟(きょうだい)の亡命を快く受け入れて下さいまして、ありがとうございます。

先程ヴォーウィックが大要はお話したかと思いますが、まずはこれを。」

そう言ってレトは目の前のジュエリーケースを開けて、中味を

マーロゥさん、ヤッシュさんに見せる。

「「!これは!!」」

レトが、足を組みながら優雅に話し出す。

「私はまだ歳も若く、今すぐ家督を継ぐことはありませんが、

この通り、父"オーギュスト=セルストイ"は、私に"家銘証明の指輪"を託してくれています。

つまり、"セルストイ"の正当な継嗣は私であると言うことです。この度のクィンブルートの御厚配には、この証に掛けて感謝致します。」

「なんと!次期御当主様でしたか!!」

「これは、なんと…。」

うーん。

元々"セルストイの御隠居"なんていないのだから"家銘証明の指輪"とやらは、最初からレトのものなんだよね?多分。

しかし…他国の最高位の家柄ってだけで、こんなにも持ち上げられるものなの?

…色々と謎だわ。

「レト様!サラサ様!お二人の安全は、クィンブルートの国力にかけまして、全ッ力をもって御守り致します!!」

「本日より、この首都"クィラナ"で最高級ホテル"エクス・ベリントン"の最上階ワンフロア・インペリアルスイートをご用意致しております。」

「警備も万全。

最上階は専用エレベーターしか止まりませんし、一つ下から3フロアにはスタッフでさえ一切の立ち入りを禁じ、信頼のおける最高のSPスタッフを常時200人配備しております。

さらに、赤外線センサーやサーモセンサー、バイタルセンサーで、警備員として登録の無いものはすべて排除されます。

羽虫一匹たりとも通しません!」

「なお、お食事は同じフロアの専用厨房にて、ホテルのグランシェフが監修し、身分の確かな一流シェフ達が、30台の監視カメラの下でお作り致します。素材は産地より監視員がつき、搬送中にも異物混入などおきぬよう、カメラとセンサーで常に管理しております!」

これでもかと、自分たちの手柄をアピールしてくる姿が、 まるで"隠した玩具を見付けて持ってきた犬"が、誉めて誉めてとしっぽを振る姿のように見えてしまう。

いや、そこまで丁重に扱って頂いて、非常に恐縮ではあるのだが…。

「ありがとうございます。

正直、姉は一度私をかばって狙撃されましたので、階下3フロアを無人にしていただいた事は、非常にありがたく思います。

ですが、SPやシェフについては不要です。

料理はヴォーウィックがやりますし、警備は…この"オズワルド"がおりますので。」

レトの右手に緑の火の玉が出現する。

「「ひっ!!」」

あからさまにビクッと怯えたおじ様方は、あまり"モノノケ"を見たことがないのかしら?

『けっ!SPなんてたかが"人"ごとき、何人居たって役にたつかよぅ!オレっちが居れば、ご主人は安全だってんだぃ!』

「オズ、お世話になる方達だよ。口を慎みなさい。

…この通り、私には"セルトレーン特有"の力がついております。

クィンブルートの方には珍しいかもしれませんが…。」

そう言うと、レトは紅茶の入ったティーカップを()()()()()()手元に引き寄せ、ゆったりと口を付ける。

「「?!」」

またまた目を見開くお二人。

「もし仮に、私達に危害が及ぶような事でもあれば…

それは、今、私達を狙う手の者であっても()()()()…命の保証は出来かねます。

貴国の人間であろうともね。

"オズ"は口は悪いですが、護衛としてとても優秀でしてね。

先日は姉を狙撃した悪漢を塵一つ残さずに()()()()()()くれました。」

一瞬だが"オズ"の火力があがり、ボウッとあたりを緑色に染めて見せた。

『!!』「「っ!!」」

それは、"レイモンド"が…。


そこまで話して、レトはサンガに目線を送る。

するとサンガはまた胸ポケットから、なにやらワイン色の封蝋を施された封筒をヤッシュさんに渡す。

ヤッシュさんはまだ混乱しているらしく、直ぐに反応出来ない。

「ヤッシュ様。お納めください。我が主よりお礼の目録でございます。」

ヤッシュさんは金縛りがとけたように封筒を受け取り、マーロゥさんと目を見合わせてから慎重に封を開ける。

目録を開くと、二人揃って覗き込み、二人揃って()()()()()()()開口して沈黙した。

彼らの中で今日一ビックリリアクションだ。

いったい何が書いてあるのやら、私も覗きたくなってくるが、

交渉の詳細を知らない私は、大人しく"お嬢様"を振る舞うしかないのだ。

あくまで優雅さを装って、紅茶に口をつけてみる。


「仮に、()()()()()()()()、私達が()()()()()()死人が出ようとも、"貴国のルールで私達が裁かれることは無い"、と言うことで宜しいですよね?」

《ガチャッ…》

優雅に紅茶を飲むつもりが、動揺でカップを置く手が大きな音をたててしまった。

しまった。ここで"姉"が動揺するわけにはいかない。

不信がられたかとおじ様達をみると、目線をさ迷わせ、くちを戦慄かせ、動揺を隠しきれていない。

"かわいらしい、可哀想な亡命者達"に恩を売り利用して、強力なコネクションを得て私腹を肥やす、あるいは地位を磐石なものにする。

そのくらいにしか考えていなかったのだろう。


「…ここで頷いていただけなければ、私達は、自衛権を行使したことによる不条理な罪科から逃れるために、また()()()()()()()()()を用いなければならなくなってしまう。」


レトの要求は"治外法権"。

暗に"この国の法に縛るつもりなら、ただでは置かない。"といっている。

"オズ"は《ボウッボウッ》と、普段より火力強めに室内の光と影を踊らせている。

脅しだ。

「…もも、もちろんですとも!!セルストイの次期御当主が、は、犯罪だなんて、ありえません!!」

「…襲ってくる方が悪いんです!そんな者共、どうなったって、知ったこっちゃない!」

どもったり、声が裏返ったりしながら必死に首を縦に振り続けるおじ様達。

言っていることはとても国の重役とは思えない、保身に走った物だ。

レトは薄く微笑んで見せる。


「良かった。…犠牲は少ないほうがいい。」


"オズ"がレトの右手から消える。

いつもなら"エンジェルスマイル"に見えるそれは、今日は少し黒いものが混じっているようだ。


サンガが、皮の表紙に金の模様の入った"高級店のメニュー表"のような物を、万年筆とともにヤッシュさんに差し出した。

「では、それを(あか)して頂きましょう。」

横合いからサンガに低い声で促され、ヤッシュさんはぎこちなく万年筆を受けとる。

「…いたいっ!」

万年筆には細い針のような物がついており、それがヤッシュさんの指を傷つけた。

「ご心配なきよう。"血の署名"を頂くためです。万年筆をお返し下されば、傷は塞がります。」

ヤッシュさんは、ただカクカクと、その台紙に署名する。

「マーロゥ様には証人として、下にお名前をお願い致します。」

万年筆はマーロゥさんに渡される。

恐々とそれを受け取り一瞬痛みに顔をしかめたが、逃げどころはないと覚悟を決めたのか、脂汗を滲ませながら署名を終える。


その後は、クィンブルートの住民として私達の"戸籍"を作ること、

効力の強い"重役クラスのパスポート"を発行すること、

私達の行動に一切の干渉をしないこと、

など目的の交渉は、終始こちらの都合良いように進んだ。

最後に用意されたホテルのカードキーを受け取り、この極めて一方的な契約は締結された。


「それでは、どうぞ良しなにお取り計らい下さいますよう。」

一連の手続きが終わると、サンガは二人のくたびれ果てたおじ様達に、即座に退出を促した。

二人は"凶悪な亡命者達"とは目も合わさずに、ただ平身低頭しつつ、さいごまで恭しく辞去していった。


背中に一本通っていた緊張の糸が、プツッと途切れた。

「…ふぁぁ。」

盛大に重い呼気を吐き出し、ソファーの背もたれに沈みこむ。

あ。すごい沈み込み…。

「"姉さん"緊張したでしょう?ホテルに移動するまで、もうちょっと頑張って。」

「あ、うん。」

そっか、まだここでは"姉"なんだね!

あわてて姿勢を正す。

サンガが、セルトレーンでは使っていなかった"スマホモドキ"を使って、なにやら通話をしているようだ。

日本では当たり前の光景が、とても不思議なものに感じる。

「レト様、サラサ様、お車の手配が出来ました。移動をお願い致します。」

「わかった。」

よし。ミッション終了まであと一歩!


と、窓の外からサーチライトのような強い光が差し込む。

「え?!なに?!」

「姉さん、落ち着いて!"車"だよ。」

くるま…?

だって、ここ…たしかクィンブルート入出国管理施設の"最上階"。

…たしか17階だったはず…。


カーテンと窓を開けるとビル風が吹き込み、室内を煽り、私達の髪を弄ぶ。

初めて見るクィンブルートの街並み。

すっかり辺りは暗闇だが、眼下にはネオンや建物の明かりが夜景となって広がり、乱立するビル軍、それに絡まるような透明なチューブ状の道路 (?)が、"東京より無秩序"な景色を作り上げている。

"未来都市"という言葉に矛盾はしないが、交錯するサーチライトに浮かび上がる筒状の建築物は、メタリックカラーに鈍色がまじり、消えかけたネオンやレトロな平屋の店、民家などが足元に埋もれている。

どちらかといえばノスタルジックな町並みに思えた。


開け放たれた窓から先には、蛍光グリーンの光のタラップが続き、その先に"ガルウィングの車?"が横付けしてきた。

空を飛んでいる。

風に交じって、微かに《フィーン》とモーター音のような音がする。

いや、見た目は"レトロカー"を大きく長くした物。

でも、"飛行機"では無かった。

「……………。」


目をありったけ見開いても、目の前の光景にはなんら変化はなく、

相変わらずキレイで幼い王子様にエスコートされ、

夢の中をフワフワと歩く気分でタラップを渡り、

リムジンタクシーでホテルの部屋の"階"まで移動した。

その間みんな無言で、きっとそれぞれに今日あった事を反芻していたのだろう。


14、


私達に用意された部屋は、"最高級"の称号にふさわしく、豪華な部屋だった。

先程の"地位と権力とお金"が大好きな人達が選んだとは思えない、趣味良くまとめられたインペリアル・スイート。

先ずは私の部屋の2倍程度のエントランス。

その向こうにバスケットコートが丸々入るほどのリビング。

左にそれよりは一回り小さめのダイニング。

それからキッチンが大小2つ。バーカウンターに、ワインセラー

キングサイズより大きなベッドが2つあるマスターベッドルーム。

その他に、普通に"エグゼクティブツイン"クラスのベッドルームが3部屋。

スパエリア、ジャグジー、スチームミストサウナに、バスルームも大小2つ。トイレは5つ。

スタディルーム、ビリヤード?のような卓上遊戯設備。

A V(オーディオビジュアル)ルーム。

トレーニングルーム。ウォークインクローゼット

パウダールーム。

下階の屋上部分にあたる広いバルコニーには、プールや観葉植物のテラスデッキなど。

言っておくが、はしゃいで探険したわけではない。

どこがベッドルームなのか分からず、無駄に歩き回ってしまったのだ。


「サラサ、疲れたでしょう?色々聞きたい顔してたし。

先にバスを使っておいで。それから夕飯にしよう。」

もう、体力的にというか精神疲労が激しく、

自分が消耗していることがわかったので、意地をはらずにお言葉に甘える事にした。


大きなバスルームは落ち着かないので、小さなバスルームへ向かった。

と言っても自宅の風呂よりははるかに広く、大理石に金細工の猫足バスタブ。

観葉植物や休憩用長椅子、全身が映る金縁の鏡。

とにかく豪華な作りだ。

汗を流し終わった後も、シャワーに頭から打たれながら考える。

少し、一人の時間が欲しかった。


"死人が出ようとも"


レトはそう言った。

その辺りから、急に頭が回らなくなった気がする。

私達は、今後そういう場面に沢山出会す(でくわす)のだろう。

今までの襲撃には、ナイフや銃、人を殺傷する凶器が用いられているのだ。


戦う覚悟ならしてきたつもりだった。

自分が傷付くのも、ある程度は仕方ないと思っていた。

だが、

"人を殺す覚悟"なんて…考えても見なかったのだ。

もちろん、自分が死ぬかもしれないなんて…。

今更ながら、自分の認識の甘さを嫌悪する。

当たり前だけど、ここは日本じゃないし、"地球上"ですらない。

私が当たり前だと思っている"命の尺度"は通用しないんだ。


私の決めた"覚悟"って、なんだったの?


絶対にトーヤを連れ戻す。

でも彼等は"命を狙われている"んだ。

"相手の殺傷能力を奪うだけ"なんて生易しい戦い方で、守りきれる?

確実に敵を"殺さなければ"トーヤやレトが"殺される"。

そんなシーンだって訪れるかもしれない。


『迷ったら負ける。』

居合いの先生にいつも言われて続けている言葉。

だが、"仮想敵"相手に演舞をして、"負けても"死ぬことは無い。

だが、実体のある相手が"殺す"つもりで来ているのならば、

決着は"勝ち負け"ではないのだ。


命を奪われるか …奪うかの。


トーヤは、なんの覚悟もないまま"その時"を迎えてしまって、きっと自責の気持ちから姿を消した…。


レト。

あなたは、トーヤを取り戻すために、"その覚悟"をするの?

もしそんな事になったら、あなたまで消えてしまったり、しない?


シャワーを止めて、ブルブルッと(かぶり)を振って水滴を払う。

いや。

そんな事にはならないように、出来るだけの事をしよう。

私がここに来たことに理由があるのなら。

私にしか出来ないことがあるはず。


「よし!」

気合いを入れ直してバスルームがら出る。


ホテルで用意されたパジャマは女性用はうすピンクのシルク。

…着心地は良いが、下着を着けないと胸の形が出てしまう。

就寝時"ノーブラ"派の私は、仕方なく上に白モコガウンを羽織ってリビングへ戻った。

レトも大きい方のバスルームを使って来たようだ。

まだ襟足に水滴が滴っている。

「レト、ちゃんと乾かさないと。風邪引くよ?」

レトが首に掛けていたタオルで、髪を拭いてあげる。

「それは困るな…僕がひけば、…多分トーヤもひいちゃうから…。」

さっきまで、大の大人二人を手玉に取っていた人と、同一人物とは思えない、寂しげな瞳。

早く、1日でも早く。トーヤが見付かるといい。


「レト様、サラサ様。ダイニングの方にお食事のご用意が出来ております。」

となりのダイニングから声がかかった。

「あ!!サンガ、傷は大丈夫ですか?!

ごめんなさい。私、自分の事でいっぱいいっぱいで…。

私が作るべきでした…。」

サンガは今日ケガしたばかりだったのに、食事を作らせるなんて…。

「サラサ様。ホテル内では敬語はお控えを。

料理は(ワタクシ)の仕事です。取り上げられては困ります。」

「…サラサがシャワーに行ってから、僕もサンガに休むように言ったんだけどね。僕が作るからって。」

「こればかりは譲れません。」

「まったく、頑固なんだから。」

「さぁ。とにかく頂きましょう。食卓に一緒に付かせて頂く所は譲りましたよ?」

…なんだか、暖かいなぁ。

家族とこんなに離れるのは、中学の修学旅行以来。

当たり前の顔ぶれと"食卓を囲む"のは、精神安定上とても重要だ。

「仕込む時間もありませんでしたので、本日はこれでご容赦下さい。」

サンガが用意してくれたのは、"ポトフ"のような、野菜がゴロッと入っていて、厚切りベーコンと煮込んであるスープに、バケット。トマトのサラダ、切り分けたチーズ。

「十分よ!栄養満点じゃない。ありがとう。頂きます!」

3人で食事をする。

消化に悪い話題は後回しにして、クィンブルートについて聞いてみる。

「クィンブルートは資本主義国で、貴族階級など身分差はありません。まぁ、昔からの"地主"や"元貴族"といった、己を特権階級と思う輩はおりますが。

"シア"が割れて以降、この星には国家間の文明的交流のない時代が続きました。

皆、救世の女神"メイルーア"への信仰が厚いのは変わりませんが、それぞれの地で、閉鎖的に文明を築き上げたのです。

ですから"セルトレーン"では魔法を用いて生活をし、ここクィンブルートではエネルギー循環もインフラの確保も、全てはクィンブルート人が開発したテクノロジーで造り上げています。」


サンガの語るクィンブルートは、聞けば聞くほど地球と似ていた。いや、それより()()()()()世界だった。

地下資源を輸入し、発電し、エネルギーや水などのライフラインは国が配給。

工房で生活必需品を作りだし、通信業、商業、流通、小売り、娯楽などのカンパニーを、個人またはグループで営み、利益の一部を国中に還元。

一般市民は成人するとカンパニーに就職し、給金をもらい、商店で生活用品を買い求める。

一部地方の村や町では、土地を使った農業もしているが、

基本的には、野菜も食肉もほぼ全てが"工房"で()()()()()

身分制度がないとはいえ、"持つ者と持たざる者"の差は大きく、カンパニーを経営したり政治に関わる人々。

一般から就職し一生を"サラリーマン"で終わる者。

職にあぶれ、日雇い労働で暮らす者。

アンダーグラウンドには違法な手段で生計を立てている人々もいるらしい。

「それって地球と、私の世界とほとんど一緒です!!」

思わず、行儀悪く立ち上がって叫んだ。

"入出国管理施設"から、なんとなくそんな気はしていた。

あの、違和感だらけの既視感。

「あのぅ…。サンガは、"シア"ではない世界と、このクィンブルートが繋がってる…とか言う話は、聞いたこと無いですか?」

希望(のぞみ)を込めて聞いてみる。

…だって、あの"タピカカ"に"チーズハトック"。

商品自体の質が似てしまうことは、万に一つあるかもしれない。だが、ネーミングまでとなると…

「いえ、残念ながら…。」

「ですよね…。」

ですよね…。そんなうまい話…。

「"繋がってる"可能性でしたら、サラサ様がいらしたセルトレーンの方が高いのでは?」

「…いや。僕が知っているのは"メイヤード"の逸話だ。」

「え?」

突然、重い口調でレトが割り込む。

「"メイルーア"が祈る神殿には稀代の女神が施した魔術印があり、次元に綻びを創る。と言われている。」

「え?!それって…。」

帰れる希望は"メイヤード"にあるって事?!

私の期待を遮るように、レトがうつむきながら続けた。

「ごめん、サラサ。

…今…"女神"の力はどんどん弱まっているんだ。

僕達(あとつぎ)を産んだから…。


だから、仮にそれが真実だとしても"魔術印を起動させる力"は、今のメイルーアには無い。

…かといって、僕達(次代)は"半分ずつの出来損ない"だ。

僕達が"メイヤードの神殿"に入る事は赦されないだろう。


…だから、云えなかった。」


帰れる期待。

レトとトーヤの、もしかしたら"トラウマの元"。

今フラッシュバックした、私が来た場所に落ちていた"メイヤードにしか咲かない無限華"。

条件は"二重日食""メイルーアの祈り"

メイヤードにあると()()()()()()次元に関する魔術印。

レト達を産んで、力を失いつつある"現女神"。

半分ずつになった力は、神殿に入れない。


色々な情報が、頭の中でぐるぐると回っている。


サンガが、レトの話に補足を入れる。

「レト様、トーヤ様がセルトレーンでなさっていらした"仕事"とは、"現女神"の力を補う事でした。

"現女神"は日々衰えて行かれますので、セルストイ邸の"仕事部屋"に"毎日お二人のうちどちらかが入られる事"。

ただ、その部屋にお二人のどちらかでも()()()()で、女神の力を補えるということでございました。

それが、お二人がセルトレーンに保護される条件でございました。」

「…え? 保護って…それ、最初から?」

「はい。」

「二人は、いつ…セルトレーンへ?」

「…お生まれになって……、一月も経たない頃でございました。」

生後、たった…一月…?

それで"仕事"が条件、て?


「レト様。サラサ様には…。」

「話してかまわないよ。

…探している謎にも関わってくる。たのむ。」


呆然と、新たに語られる事実を聞き続ける。


「まずは10年前、お二人との出会いからお話し致します。

……当時(ワタクシ)は、人を探して各国を宛土もなく旅しておりました。

たまたま…セルトレーンに入国した、その時でございます。

入国ゲートが開くと、目の前に、双子の赤ん坊を抱えてくずおれている女性がおりました。

その女性は"現女神(メイルーア)"でした。」

「?!」

女神が、直接?

「最初は彼女を"女神"とは思いませんでした。

金髪に青目。メイヤード人だとはわかりましたが、背は小さく、髪は豊かに長く、可愛らしい"若い"母親だという印象をうけました。

彼女は転移装置よりゲート寄りに、身を潜めるようにしておりましたので、何事かと近付こうとしましたら、"何かの力"で足を止められました。

そして転移装置を操作していた者達は、みな"操られたように"去って行きました。

彼女と双子と(ワタクシ)だけになると、彼女は涙を流しながら(ワタクシ)に頼むのです。

『この子達の父親になってくれ』と。

訳が解りませんでした…。

彼女はただ必死で、とにかく『この子達を守りたい』のだと訴えて来ました。

そうこうするうちに彼女の呼吸は荒くなり、"何かの力"が弱まってしまい、入出国ゲートのスタッフが来て、(ワタクシ)は独房へ入れられました。

彼女は取り押さえられ、メイヤードへ帰されたと聞きました。

不正入国だったようなのです。それで、居合わせた(ワタクシ)にもスパイの嫌疑がかかったのかと。

とにかく3日後に解放されるまで、何一つ情報は入りませんでしたが、解放される日に(ワタクシ)は思いもかけない提案を"セルトレーン国"から持ち掛けられました。

…女神の産んだ"双子"を育ててくれと。

"メイルーア"と神の国(メイヤード)、セルトレーンの間で、何事か取引があったようです。

もちろん、(ワタクシ)には子育ての経験などございませんし、人探しの途中でした。さらには、何故、(ワタクシ)なのか…他にもっと良い人材が居るはずだと、お断り致しました。

ですが、お断りの理由の一つが失くなってしまったのです。

探し人は…すでに亡くなっていることが判明致しました。

探し人は、(ワタクシ)()()()()でした。

(ワタクシ)共は、クィンブルートの"最下層"に"産み落とされ"、物心ついた頃には親も親類もなく、兄と(ワタクシ)は浮浪児として、罪と汚れにまみれてアンダーグラウンドで育ちました。

(ワタクシ)の話しは別によいのですが…、そういった生い立ちでしたので、兄を喪った(ワタクシ)には、"訳ありの双子"を育てる事が、…レト様、トーヤ様には大変に失礼ですが…。

我々の身の上に重なり、兄を慰める手段に思えてしまったのです。

大変身勝手な理由でございました。申し訳ございません。」


「いや。いい。僕達の事は"セルトレーン"も持て余していた。サンガが引き取ってくれなかったら、どうなっていたか…。

感謝している。」


「もったいなきお言葉。ありがとうございます。

…続けさせて頂きます。

お二人をお預かりした時に言い渡された条件ですが、

①対外的に出自を伏せる。

②戸籍は作らない。

③"セルストイ"姓と最高位家格、財産を付与するかわりに、必ず"仕事部屋"にどちらか又は両方を1日6時間以上は滞在させること。

市井(しせい)に交わらせないようにすること。

⑤睡眠時は結界部屋で寝せる事。

⑥メイヤード及び母親(メイルーア)との、一切の接触禁止。

⑦父親については一切の詮索をしないこと。

そのような条件を飲む代わりに、"セルストイ"の名前に王と同等の権力を与える。

といった物です。

それ以降、まだお二人がお小さかった頃には、(ワタクシ)もご一緒に"仕事部屋"に入りましたし、病に伏せる時も、遊びたい盛りの折りにも…。一昨日まで1日たりとも欠かすことなく、"仕事部屋に入る"勤めをこなしておられました。」


「なによ…それ…。」


母親とも、父親とも、母国とも関係を断って?

世間に関わるな?

金と権力をやるから仕事しろ?

追い出して、関わるなと言っておいて、

"力"だけは貸せ?!

「ふざけてる!!!」《ばんっ!!》

余りの怒りにテーブルを叩く。

「…申し訳ございません。(ワタクシ)に交渉の余地はございませんでした。

…条件を飲み、(ワタクシ)が育てなければ、お二人のお命すら護ること叶わなかったかもしれないのです。」

「サラサ、サンガは悪くないよ。僕達は…」

「ちがう!!!そんな条件を出しやがった輩に言ってやりたいのよ!!!」

二人は、私の剣幕に揃って目を見開いた。

でも、止まらない!


「お母さんはいい"女神様"は。不法入国してまで"何か"から我が子を守ろうとしたんだもん。

問題は"メイヤード"と"セルトレーン"、あと何も言わない"父親"よ!!

何よ!女神様が双子の男を産んだからって、()()()()

なんで母子を引き離す必要があったの?!

なんで他人と関わっちゃいけないの?!

なんでお父さんの事を知りたいと思っちゃダメなの?!

そんな子供の当たり前の幸せを奪っておいて、何が"神の国"?!」


一気に言い切って、怒りの矛先が定まった。

「決めた!!私、メイヤードに行くわ!」

全ての元凶はきっとソコにある!

先程、シャワーをしながら"戦う覚悟"について考えた。

今なら、向かってくる敵の、全ての(ヤイバ)を折ってやろうと思える。

負けないし、迷わない!

「絶対に行って、そんなことになった元凶を暴いて締め上げてやる!!!」

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