~永遠に想う~
11、
先生のお屋敷は遠ざかるほどに縮んで、またコンクリートの平屋に戻った。
小走りでレトに追い付くと、彼は既にソランに騎乗し、ユーリーにも鞍が付いていた。
「サラサ、一旦屋敷に戻る。サンガを置いて行くわけには行かないからね。」
レトは探しに行くと決めたらしい。
私にも何かの役割があるならば、レトについて行こう。
トーヤは見付かるし、私は帰れるのだから。
…期限については、まだ不安はあるが。
「先生はああ言ったけど。…僕はトーヤを後回しにすることは出来ない。サラサ。それでいい?」
「もちろんだよ!私も、早くトーヤに会いたい。」
元々"探しに行く"事は決まっていた。
先生は、"疑問の答え"を探すようにと言っていたが…、
元より、何をどう探したらよいのかわからない旅だ。
ならば、一番は"大切な人"から探したい。
レトと私は逸る気持ちのままにソランとユーリーに乗り、今度は景色を見る余裕もなく家路を急いだ。
中庭に到着するやいなや、レトは急いで食堂のガラス窓から中へ入る。
もちろん、ブーツは勝手にスリッパになる。
私も続こうとして、私のブーツも変わるかドキドキしながら一歩室内に差し出すと、問題なくスリッパに替わった。
ブランチの時間は疾うにすぎていて、サンガさんは食堂の方で待っていたらしい。
「お帰りなさいませ、レト様。ブランチのご用意が出来て…」
「サンガ!屋敷を閉めるよ。トーヤを追いかける!」
食堂には美味しそうな匂いが立ち込めていた。
時計は12時を指している。
そういえば、レトは出かける前にフレンチトーストをたっぷり食べていたが、私は気付けば朝から紅茶しか飲んでいなかった。
うぅ。
お腹すいたよぅ。
でも、早くトーヤを追いかけたいレトの気持ちわかるし。
泣く泣く一食諦めようと思っていると、サンガさんがレトを優しく諭してくれる。
「レト様。僭越ながら、物事には順序がございます。
昨夜、サラサ様がレト様に、"食事の大切さ"を説かれたことをお忘れですか?
それに、サラサ様は今朝から何も召し上がっていないのではありませんか?」
「あ…。そっか。サラサ、ごめん。」
「ううん。」
普段のレトなら、きっとこういう気遣いは忘れないんだろうな。"紳士"だもんね。
窓から出入りする事も無かっただろう。
トーヤに注意してたくらいだし。
それくらい、早く探しに行きたいんだね。
「さぁ、お食事をなさってください。
サラサ様のレシピを拝見いたしましたので、フレンチ・トーストもお作り致しました。今朝はサラサ様は作られただけで、召し上がっておられませんでしたので。」
「ありがとう!サンガさん。」
うわぁ!うれしいよぅ。
促されるままに席について、サンガさんのフレンチ・トーストを見る。
完璧だ。専門店のソレだ。
表面は適度に香ばしさをまといながら、卵とミルクをたっぷり吸って、ふっくらとしたボリューミーな佇まい。
それでいて角が取れてやわらかそう。
ほのかなシナモンが鼻腔をくすぐり食欲をそそる。
キレイに飾られたホイップクリームには、ミントのような葉が飾られ、芸術的に美しくカットされた果物が並べられていた。
すっかり嬉しくなってメープルをかけていると、レトが不思議そうにサンガさんに話しかける。
「サンガ、珍しいね。僕のする事にストップをかけるなんて。」
そう言えば、あまり干渉されないって言ってたっけ。
私はもう食欲を押さえられずに、大きめの一口を頬張りながら、彼らのやり取りを見ていた。
ん―…やっぱり!つい目尻が下がっちゃう美味しさ!
「は。大変出過ぎたことを…申し訳ございませんでした。」
サンガさんは畏まってあたまを下げる。
「ちがうよ、サンガ!
僕だって間違う。意見を言ってくれて嬉しいんだ。
…これから、トーヤを探して旅をする。
サンガにも付いてきて欲しい。
サンガは今まで家令として接してくれていたけど、
旅をするなら食卓を一緒に囲まなきゃ。
それから"口調"もね。そんな丁寧な接し方されちゃうと『どこの貴族だ?』って、周りに馴染めない。」
「はい…いや、しかし…。」
サンガさんは戸惑ったように口に手をやり、どう対処したものかとなやんでいる。
「さ、今日からは"旅仲間"だ。席について一緒に食べよう。」
「いえ…はい。
かしこまり…わかりました。」
悩んだ末、レトの言う事に納得したのだろう。
敬語は取りきれていないが、うなずいた。
1つ余った席は、トーヤの席だ。
「あの…。こちらの席はトーヤ様の…宜しいのですか?」
「サンガ。"様"は禁止だよ。敬語も気を付けて。
…いいんだよ。それはただの椅子だ。」
もしかしたら"セルストイ邸"での食事はこれが最後かもしれない、なんて漠然と考えた。
ソランとユーリーは揃って優雅に食べている。
この世界で初めて囲んだ食卓。
ここにトーヤがいない事を、とても寂しく思った。
「それでは、失礼致し…。失礼します。」
サンガさんも席について一緒に食事を始めた。
私はレトと視線を交わして微笑む。
以前、サンガさんは"誘っても一緒に食事をしない"と拗ねていたトーヤ。
"変わらないもの"なんてないんだ。
それがどれだけの期間続いた現実であっても。
それがどれだけ不変に見えても、きっと。
"時"がくれば。
手早くブランチを終えると、レトは私とサンガさんに荷造りするように言い、ひとまずそれぞれの部屋に戻った。
とは言うものの…。
元々こちらの世界には、制服に学校指定のカバンしか持たずに来たので、荷造りと言ってもな。
とりあえず、スマホでしょ?
下着の替えはいるよね。
服は動きやすいヤツにして…って、
学生カバンに入らないよ?どう考えても。
…レトに借りよう。
《コンコン》
部屋を出ようとしたところで、ちょうどノックの音がする。
「はーい。」
入って来たレトは、私に小さめの革製ボディバッグ(斜め掛けで、ウエストにもベルトが付いているタイプ)と、小さなかぎを渡して言う。
「とりあえず直ぐに必要で、日中取り出したい物はバッグに入れて。あとの着替えなんかはクローゼットに入れて、この鍵をかけてね。」
「え?でも、このバッグじゃ、ちょっと小さいかな。
…着替え入らないよ?」
いくらなんでも、学生カバンより小さいのではないか。
「いや、入れてみて?
多分2,3日分は余裕で入るように出来てる。
それよりも、たまに必要なものなんかはクローゼットね。
どこか"鍵のある扉"から繋がるから。」
なんと!
これもそーいう物だったか。
まじまじと渡されたマジックアイテムを見詰めてしまう。
「何か他にも必要な物ってある?
僕らは男だし、…女性の身だしなみグッズとか…。」
「あ。」
そーいえば…。
どのくらいの期間の旅になるかはわからないが、半月後には必ず女の子の日がやってくる。
いつも学生カバンに予備は入れてあったが、やはりそれだけでは不安だ。
…でもな。相手は10歳の男の子。
そーゆう事を話して良いものか…。
いや、この世界には彼ら以外に頼れるアテは無いのだし、彼らは"知識"は全て頭に入っていると言っていた。
性差の知識も含まれるだろう。
ここは恥をかくまえに確認しておこう。
「あの、ね?…女の人が、一月に一度来るヤツの事なんだけど…。」
あれ?
それって、この世界の女性も同じ…かな?
疑問に思った瞬間、レトが分かりやすく真っ赤になった。
「あ、うん。…用意する…。」
「あ、うん。…お願いシマス…。」
「えっと、他には?
…まぁ、出発してからでも、サラサにはなるべく不便の無いようにするつもりだけどさ。」
どんな旅になるかわからないけど…お風呂かシャワーは使えたらいいな。アメニティを頼んでおこう。
あとは…願わくば日焼け止め欲しいな…。
この世界、何が常識かわからないので、
素直に色々とリクエストだけはしてみた結果、ほとんどの事が
「なんだ。そんなこと?」
と、叶えられることになった。
バックパッカーのような過酷な旅を予想していたが、かなり快適かもしれない。
「"オズワルド"で移動すると、ショートカットした所に"探し物(人)"があったら困るし、"オズ"で繋ぐ空間は出口が安全な場所じゃないと。
今回は国境も越えるし、あまり移動には使えない。」
「…国境、越えるの?」
確か、白国と他国は王城でしか交易していないと言っていた。
「…僕、元々"戸籍"ないもの。"国籍"だって関係ないよね?」
あっけらかんと言われて、なんとなく納得してしまった。
「あ、そうか。」
いや、でも…、
「トーヤ、もうこの国に居ないの…?」
「…無事は、分かってる。ただ、凄く凄く遠いんだ。
今まで、僕達はこんなに離れたことは無い。
それに。」
少し言い淀んだレトは、傷付いた瞳をしていた。
「トーヤは、"もう戻らない"と決意していたんだ。
"白国の保護下"からは脱出を考えるはずだ。
危険を省みないなら、トーヤには"レイ"がいるしね。」
ずっと一緒だった大切な人が、"もう戻らない"なんて…。
でも、私たちは先に進むって決めた。
「そういえば、サンガさんは白国の人なの?
髪色とか、色々違うみたいだけど。」
思いきって話題を変えてみる。
「サンガはね、元々は"青"の出だよ。珍しいけど"青"と"黒"の混血。」
「なるほど。」
黒髪は"ゴング・ベラ・ジグレダ"の特徴。
緑の瞳は"クィンブルート"の特徴だと聞いた。
「"クィンブルート"は交易が盛んで、個人にパスポートを発行し、国が身分を保証している。比較的他国に入りやすい。
サンガには個人のパスポートで陽動して貰う。」
「え?別行動を?」
「いや、"国籍の無い3人組"。しかも部族特性がバラバラじゃ、いかにも怪しい。
サラサは偏光バレッタで髪色を変えて、僕は偏光グラス (メガネ)で瞳の色を変える。
二人とも"セルトレーン人"を装う予定だ。
元々、セルトレーンは国民にパスポートを発行しないから、ただの国民は他国には航れない。
だが、サンガが"セルトレーン"で"セルストイ家の執事"として労働していた事は事実としてパスポートに記載されている。
今回は"セルストイ家のお家騒動"の体で行く。」
「…え?…お家騒動??」
何を言っているのだ?レトは。
「元々、各国…まぁ、青以外は、まともに他国の内情なんて見ようともしていない。
"セルストイ"が僕達を匿うための偽の家名だとは誰も気づかないはずだ。
そこで"セルストイ家"の御隠居が"愛人に産ませた隠し子達"、つまり、サラサと僕。
が、セルストイの家督争いの結果、命を狙われている。
そして執事のサンガは"戸籍の無い隠し子達"を、秘密裏に他国に亡命させる命を受けるのさ。
"セルストイ"は偽の家名ではあるが、"白国"内で家格は最高位。
そういった問題が起こったとしてもおかしくはないし、国外から調べようとしても、"家格ランクに家名があるか"くらいしか照合出来ないだろう。」
…私とレトが、架空の人物の"隠し子"…。
「白国は"保護対象"の僕を国外に出したくはないだろうが、
僕はこの屋敷の時間を"封鎖"して行く。
国が監視しているのは"この屋敷"に僕達のエナジーが通っているかを視ているだけだ。
時間を封鎖してしまえば、"直接確かめに"来ない限りは気づかないだろうね。」
…時間を"封鎖"…。
「問題は"僕の容姿を知っている組織"のヤツらだね。
ただ、出国に際して例え気づいたとしても、おそらく他国に渡るまでは手を出しては来ない。
"白国の保護下"から、僕が自分から出て行く方が、都合がいいから。」
「………。」
何て言うか…。
レト、やっぱり普通の10歳じゃないんだなぁ。
すごいストーリーが出来上がっている。
滔々と不法出国のシナリオをつくりあげるレトを、放心して見守っていると、
トーヤは一度言葉を止めて、子供らしく小首を傾げて言った。
「サラサおねぇちゃん。一緒に逃げようね?」
…くぅっ。かわいい!
さて、シナリオは出来上がり、サンガさんとも打ち合わせは済んだ。
いよいよ出発だ。
「サンガ、サラサ、あと3メートルくらい離れて。」
レトに言われて、私とサンガさんは後退りながら彼を見守った。
生まれて間もなくから10年を過ごした場所を、レトは静かに見詰め、手をかざした。
「………。」
何か小さく呟いたあと、蜃気楼のような揺らめきがレトの周りに発生し、屋敷を徐々に半球状に包み込んでいく。
それはシャボン玉の幕のような光彩で固定した。
何かを考えるように暫く動かなかった。レトも、サンガさんも。
サンガさんにとっても、きっと思い入れのある場所なんだろうな。
「さ、行こう。」
振り返ったレトは、もう先を見ているように見えた。
レトは私に"鞍"を渡して来る。
「え?…でも、サンガさんは"ギザ"いないんじゃ…」
てっきり馬車かと思っていたのだ。
「ご心配なく。サラサ様。私は自前で翔べますので。」
そういったサンガさんを見ると…
「え?!…え??…羽根?」
サンガさんにも翼が!!
黒い翼だ!
え?でも、今は空の部族でも、翼は失くしたって?!
「サラサ、落ち着いて。
サンガは"黒"の血が濃くてね。"鳥"の能力が使えるんだよ。」
あぁ!そう言えばそうだった。
『特性は"身体変化能力"。体の一部に動物の特性を付加できる。』
あれはこういう事だったのか!!
そう言えば、レトとトーヤの翼は背中から生えたが、
サンガさんは腕が翼に変わっている。
「驚かせてしまったようで申し訳ございません。
あと、一点、お願いがございます。」
黒い翼を観察していて反応が遅れた。
「あ!いえ…何ですか?お願いって。」
「私のことは、どうぞ"サンガ"と呼び捨てて頂きたいのです。
"セルストイの御隠居のご落胤"であれば、"家令"にはその様に接して頂いた方がらしいかと。」
「あ、はぁ。」
「練習だよ。サラサ、呼んでみて。」
「え、でも。」
「どうぞ。」
「…サンガ。」
「はい。サラサ様。」
うーん。
日本人のサガかな。年上の方を"呼び捨て"は抵抗あるな。
結局そーゆう設定なら、サンガさん…いや、サンガは敬語やめる必要ないよね。
「サンガも。出入国の際には"敬語"良いけど、探し回る時は市井に混じるからね?脱敬語、練習してね!
年長者に傅かれてたら、一般人には見えないから。」
…なるほど。
たくさんの設定を使い分けなきゃいけないのか。
武術、体力には自信あるが、演技なんてしたことないしなぁ。
「さ、サラサ、ユーリーに鞍着けて。」
「あ、うん。」
「じゃ、目立たないように出国ゲートの南側、"忘れじの森"まで翔ぶよ。」
「レト様…いえ。レト、私は先行します。
道中"セルトレーンの監視の目"が無いか確認しながら行きますので、私の飛行ルートを辿って下さい。」
「うん。わかった。よろしくね!」
「はい。」
そう言って、サンガは翼を力強く羽ばたかせて鋭く飛び立って行った。
うわ!凄い、本当に翔んでる!
「サンガはさ、"鷹"の鳥人なんだよ。かっこいいよね!」
「うん!」
元々長身で細マッチョ。顔の作りもイケてて、さらに鋭い身のこなし。
なんか"スマート"な人だとは思ってたんだよね。
おじさん好みではなかったんだけどな。
でも、声は低くてイイ!
「サラサは、"獣人"に偏見ないんだね。」
「うん。地球にはいないからね。ただ、"凄いなー"って感じ。」
レトは少し嬉しそうにしていた。
「そっか。…サンガもさ。いろんな差別とか受けてここに来たんだ。サラサはそのままで接してあげてね。」
なんと。
この世界は、ただでさえ"他の色"が混じるのを嫌うらしい。
混血のサンガは、きっと苦労したのかな。
「あったりまえだよ!サンガ、かっこいいし優しいもん!」
「ふーん。そうなんだ…。」
あれ?不機嫌?
レトを安心させようと思ったのに?
「ソラン、行くよー!」
レトは急に舞い上がった。
「あ、待って!」
ユーリーは心得たように、すぐに飛び立ってくれた。
時刻は午後3時過ぎ。
上空は風が強いが、朝よりは日差しが幾分暖かい。
出国ゲートは王城の裏手らしく、飛行ルートは今朝とあまり変わらない方向のようだが、牧草地帯を迂回するように、少し南に回り込んでいるようだ。
先を行くサンガは既にマメ粒程度にしか見えないが、レトはそのルートを正しく辿っているようだった。
屋敷の裏手の崖近くを掠めるように翔ぶらしい。
いつも森で隠れていた滝の流れ、下の方まで見下ろせる位置にくると、恐ろしい程の高低差がある事に気付く。
さらに、驚くことに"滝壺"が無かった。
山を切り崩しダイナミックに流れ落ちる滝は、落下途中から水量を減らし、小さなしぶき飛沫となって空中に霧散している。
そこにやや傾きかけた日が入り、大量の飛沫の靄がゆらゆらと、オーロラのごとく虹を映し出していた。
「すごい!!レト!"エンジェル・フォール"だ!!オーロラの虹だ!!」
私の中の"一生に一度は見たい世界の絶景ランキング"中、一二を争う景色が異世界で見られるとは!!
「ひやぁっ!!すごい、すごい!ちょっと、スマホ。待って!」
あわててスマホを構え!ムービーを撮影し、写真を撮る。
本当に。もう。空を生で翔ぶって最高!!
胸が苦しいくらいの感動的光景に、つい我を忘れ夢中になってしまう。
すると、ユーリーは空気を読んで
高度を下げ、滝周辺をゆっくり旋回し始めた。
「え?ユーリー。私の気持ち、分かるの?」
ユーリーは顔を傾け、美しい片目を優しく細めてくれた。
「ユーリー。あなたも優しいね。」
ソランも、私を温めるために動いてくれたし、"ギザ"には、本当に人の気持ちを感じ取る生き物なんだな。
つい、体勢を傾け、ユーリーの首に抱きついてしまう。
遠くからレトの声がする。
「サラサー!!」
「あ、ヤバ…。」
レトは私を迎えに戻ってくれたようだ。
「ごめん!レト。ちょっと景色に見惚れちゃって…。」
「違うんだ!!サンガが墜ちた!!」
「え?!」
「ここから6キロくらい先で何かに襲われた!おそらく"狙撃"だ!」
「っ!!」
「とにかく"翔ぶ"のは目立つ!サラサ、降りるよ。付いてきて!」
レトは手早く指示するとソランを降下させて行く。
私はあたまが真っ白になってしまって上手く従えなかったが、ユーリーがソランを追いかけてくれた。
"エンジェル・フォール"下の、深い深い森。
木々の切れ間から地表へ降りる。
着地すると、レトが言った。
「ユーリーからは降りないで。"ギザ"に乗っていれば、余計な獣には絡まれなくて済む。」
「レト!サンガは?!」
声が震える。
「………。おそらく、遠目に見た限りは、今はまだ無事だ。」
6キロ先を"遠目"で見て?
「ただ…。森は深い。サンガも身を守る備えは持っているが、肉食獣に血の臭いを嗅ぎ付けられたら…今のサンガは戦えないかもしれない。」
「急ごう!!早く助けなくちゃ!!」
脳裏に、血を流して肉食獣に囲まれるサンガが浮かんでしまった。
ユーリーを走らせようとすると、レトが止める。
「森を荒らしながら進むのは危険なんだよ!
…下手したら、逆にサラサを守れなくなる。」
「!!」
"神の力"をもつレトが"危ない"と言うのだ。
私たちは、今、人間の傘下にはない土地にいる…。
「"モノノケ"とか、居るの?」
「いや。この森には。
でも、"ギザ"より大きいヤツも居る。
とにかく、あまり森の生き物達を刺激しないスピードで進むしかない。」
方針を語るレトの手は、手綱を握りながらも小刻みに震えている。
きっと、レトは本当は駆け出したいんだ。
レトとトーヤは、ほとんど彼に"育てられた"と言っていた。
家族で、もしかしたら"父"でも"母"でもある存在。
絶対に、失わせたらだめだ。
「いや!レト。最速でサンガを助けなきゃダメ!森を"走れない"なら、空を翔ぼう!」
「どこから狙撃されたのかわからないんだよ?!的になるだけだ!!」
「大丈夫。低く翔んで、逆に森の力を借りる!」
「…え?」
「低く飛んで、ギザの羽ばたきで小鳥達を飛び立たせる。これだけの森なら数千か、万は居るでしょ。
群れなす鳥は、一羽が飛べばみんな飛び立つ。
そろそろ巣に帰る時間だし、ちょうど良いハズだよ!」
「…危険だよ?」
「サンガの方がもっと危険だよ。
迷ってる時間、もったいない。」
「…分かった。」
「私とユーリーが周りの木々を刺激しながら飛ぶから、レトはなるべく低く真っ直ぐ翔んで!」
「囮になるつもり?」
レトの目が鋭くなる。
「違う。戦略的な役割分担。
私はサンガの位置を知らないし、癒すことも出来ない。」
そう。真っ先にサンガに辿り着かなきゃいけないのは、レトだ。
一瞬、強い視線を交わして、私達は無言で行動に移った。
ソランとユーリーは力強く飛び立ち、ソランは森の上スレスレを低く飛び始める。
「ユーリー、危険な役割させてごめんね。一緒に頑張ろう!」
そう語りかけると、ユーリーはソランに先行して蛇行し、その翼で木々を打ち付けるように飛び始める。
すると、最初の一群は雀のようなちいさな鳥。
数は100か200か。
次もまた150くらい。
少し大きいのが100…。
まだ足りない。
《《ぐえ――――――っ!!!》》
ソランとユーリーは、同時に雄叫びを上げた。
すると、周囲何百メートルという範囲から、大小様々な鳥たちが一斉に飛び立った!
ユーリーは鳥達を誘導するように、ソランの周りを旋回する。
鳥の群れは空を黒く染める勢いで集まり続ける。
そして、1つの流れになってソランを囲うように飛び始めた。
小さいものは蜂鳥クラスから大きいものでは"ダチョウ級"に大きなものまでが、みんな1つの群れになった。
「みんな!騒がせてごめんなさい!
ありがとう!!」
《チチチチ》《ピルルル》《クェーッ》《ガァ―ガァー》《グルルル》
不思議な光景だった。
茶色い鳥も、カラフルな鳥も、白も、黒も。
地球では見たことのない奇妙な姿の鳥もいる。
大きさ、姿、色、鳴き声。
そういった違いは関係なく、一群になっているのだ。
自分で言い出した事だが、もしこの子達が撃たれたら私のせいだ。
狙撃手が居ないか辺りを警戒しながら進む。
と言っても、周りは鳥で埋め尽くされ、眼下は緑の木々ばかり。
それに、狙撃手がわざわざ見つかるような場所にいるハズはない。
木々の隙間から上空を見上げて、虎視眈々と狙っているのだろう。
狙いはレト。
前二回は気づけた。今度もちゃんと守りきれる?
正直、不安だった。
でもレトに、サンガを助けさせてあげたかった。
もし私とサンガに何かあったら、今度はレトまでどうにかなっちゃいそうで…。
どうか!間に合って!
まだ旅は始まったばかりなんだから!
一心に祈りながら飛んでいると、レトが声を張り上げる。
「サラサ、あそこだ!降りるよ!」
レトはそのまま隙間のほとんどない木々の間を縫うように降りて行く。
二度目の狙撃は無かったようだ。
ほっとして、今作戦の功労者たちを見回す。
「ありがとうね!あなたたち!気をつけて帰ってね!」
一緒に飛んでいた鳥達に別れを告げて旋回し、ソランが降りた隙間へ飛び込む。
瞬間―――。
「?!」
こちらに向いた"視線"のようなものを感じた。
そのままユーリーはソランを追って、再び深い森に降下していった。