~永遠に想う~
8、
「トーヤ…?」
自分が目にした物が信じられない。
目の前で、少年がゆらゆらと蒼く燃えている。
痛みなんて感覚からも、時間の感覚からも、切り離されてしまったようだ。
"人が焦げて、跡形もなく焼失する"場面など…。
まるで現実感のないVRの世界か…。
青く燃えるトーヤから目を離せずにいると、フッと焔が掻き消え、トーヤがこちらに向かって歩いてくる。
わたしはそれを茫然と見ていた。
「サラサ…」
…あ。優しい声。
トーヤだ。
何か言葉を紡ごうとしたが、何一つ言葉にならなかった。
私の傍らに膝まづいたトーヤは、ケガをした左肩に手を当ててくる。
痛みが戻ってきた。
「くっ…ぅ…!」
焼けるような熱い痛みが、徐々に癒されて行くのを感じる。
身体の中を、透き通った優しい水が巡り、充たして行く感覚。
彼を、強く、強く感じる。
こんなにも純粋。
こんなにも優しい。
トーヤ。
トーヤ。
とにかく、彼を抱き締めたかった。
動く右腕を上げて彼を引き寄せようとすると、トーヤはビクッと震えて固まった。
彼には、表情が浮かんでいなかった。
「!!」
無理やりトーヤの左腕を引っ張って、私の上に横から被さるようにして抱き締めた。
片腕で、ありったけの力で。
「トーヤ。…大丈夫だよ!」
何が、とか、何で、とか、そんな事はわからなかった。
何もわからなかった。
ただ、彼を離してはいけないと、強く思った。
思ったのに…。
少年の身体は、私の片腕では捕まえておけなかった。
トーヤは再びフラりと立ち上がると、銀の笛を吹いた。
《ピィ―――――!!》
どこまでも高く澄んだ音を聞いた後、近付いて来た爆風が地面と私を叩く。
「待って!!」
私の言葉が彼に届いたかはわからない。
「トーヤ!!」
空中に音もなく浮かんで行ったトーヤは、上空に待機していたユランに手を触れた瞬間に、蒼いキラメキを残してユランと共に掻き消えた。
トーヤ…?
どこへ行ったの―――?
両頬を意図しない温かい滴が伝う。
それでも、彼らが消えた空を見つめ続けた。
目を凝らしても、次々に溢れだす涙が視界をゆらゆらとゆらし、不確かな物にしていく。
どれくらいの時間がたっただろう?
おそらく、直ぐに、もう一つの爆風が迫って来た。
「サラサ!!」
上空をホバリングするソランからレトが飛び降りて、私に駆け寄って来た。
直ぐ様私を抱き起こし、傷を確認する。
「…処置済みか。トーヤが?」
「…。」
声にならなくて、うなずきで示した。
「…どこへ…。」
「わからな…。っ。」
やっと、嗚咽が漏れた。
トーヤが行ってしまった。
引き留められなかった。
「…ふ…ぅっ…」
心の堰を切って、得体のしれない感情が溢れだしてくる。
私を介抱してくれたトーヤ。
一緒に空中散歩したトーヤ。
私を"嫁"だと言って嬉しそうにしていたトーヤ。
10歳の、やんちゃ盛りのトーヤ。
…人を、怒りに任せて焼き付くしたトーヤ。
レトは何も言わず、私の肩に顔を埋めて、強く抱き締めていてくれた。
レトの守護"モノノケ"の"オズワルド"は、緑の火の玉だった。
『けっ。レイとは別もんだからな。一括りにするんじゃねーっての!ケッタクソわりぃ!』
"オズ"のトンネルで、私達はセルストイ邸へ帰還した。
やはり、トーヤは帰っていなかった。
レトは無言で、私を部屋まで抱き上げて運んでくれる。
壊れ物を扱うかのように、丁寧に。
一頻り泣いた私は、悪い物を全て追い出したかのようで、若干の余裕が戻ってきた。
レトは私をベッドに寝かせると、そのまま立ち上がって部屋を出ようとする。
私はレトの服の裾を掴んで引き留めた。
左肩はまだ痛んだ。
「レト。話をしよう?」
私は何をしていたんだろう。
私がトーヤと過ごしたのはたったの3日弱。
誰も頼りようのない世界で、彼を心底慕っていたのは事実だ。
だが、トーヤはレトの双子の弟。
小さい頃から、大人を頼むことも出来ず、迫害といっていい待遇を受けてきた同士。
"神の力"なんてとんでもないものを分けあった半身だ。
失ってはいけない存在だったはずだ。
そんな彼にすがって泣いてしまうなんて。
そんな事をしては、レトが泣けなくなってしまう。
硬い表情を崩さないレトは、
それでも私に笑みを見せようとする。
その瞳には、光なんて失くなっているくせに。
「サラサ、疲れているでしょう?傷も、トーヤが処置したから痕は残らないハズだけど。まだ癒えきってない。睡眠が必要だよ。」
なによ。なんでなの?
我慢なんてしなくていいのに。
10歳だよ?子供なんだよ?
今泣けないこの子達は、いつ、誰の前なら泣けるの?
神様の力なんて、関係ない。
だれが、こんなところに二人を閉じ込めているの?!
言い様のない怒りが、私の心の在り処を教えてくれた。
私は両手でレトの両頬をしっかり包んで、瞳を覗きこんだ。
「泣いて。レト。…貴方が何者でも、どんな"力"があろうと、関係ないの。」
「…サラサ、傷が痛むよ。」
レトは刹那瞳を揺らしたが、私から離れようとする。
私は離さない。
「そんなことも関係ない!レト、お願い…!ちゃんと泣いて!!」
涙は、心を洗ってくれる。
悲しみを、やるせなさを、後悔を溜めたまま。
濁った心では、最善は掴み取れないんだ。
「ちゃんと泣いて、迷いを晴らして。明日からトーヤを探しに行こう。」
レトの瞳に一筋の光が走った瞬間、私はそれが見えないように、彼の頭を胸に抱き込んだ。
レトは声を出さなかった。
ただ、温かい水分が服を濡らして行く感触に安心して、私はレトの背中を長い時間擦り続けた。
涙の止まったレトと順番にシャワーを使い、遅くなったが、サンガさんの用意したリゾットのような軽食を頂く。
レトは食べたくないと言ったが、食は生活の基本だ。
食堂に連れてきて、レトのすぐ隣に陣取る。
スプーンを持って一口でも食べさせようとする私に、レトは折れた。
「本当に、調子狂うよね。僕達にこんなおせっかい焼くの、サラサが初めてだ。」
「…今までは食べさせてもらったことないの?病気の時とか。…"神様"は、病気しない?」
「僕達は"神様"じゃないよ。"力"があるだけ。普通の人間だ。…病気だって、ケガだってする。死ぬ事もある。」
やっぱり。普通の子供じゃない。
「…それなら、今までは病気の時、どうしてたの?」
「僕達、本当に繋がりが深いみたいで、だいたい一緒に病気になるんだ。サンガはいろいろ用意はしてくれるけど、僕達が"したくない事"はしない。無理にご飯食べろとも言わないし。基本的には、治るまで寝てるかな。」
そんなの…さみしい。
ウチは私が熱を出すと、母はアイス枕やお粥を用意するし、父は果物やらバニラアイスやらを買ってくる。妹は冷ピタをすぐに交換しようとするし、祖父母(近くに暮らしているので)まで見舞いにくるのだ。
"愛されている"と感じるし、家族っていいなと思う。
やっぱり、レトとトーヤに足りないものは、"愛情"だ。
「私、二人のお母さんだもん。ほっとかないよ!
はい。食べて!」
リゾットをすくい口元へ運ぶと、レトはしぶしぶと言った感じに口を開けた。
「あつっ…」
「あ!ごめん。」
湯気がそんなに立っていなかったので油断した。
まだ熱かったようだ。
《フーッフーッ》
息を吹きかけて冷ました。
「はい。今度は大丈夫!」
今度は素直に口を開けてくれたレトは、それを咀嚼して飲み込んだ。
『…どう?羨ましいでしょ。…早くかえっておいで。トーヤ。』
レトが小さな声で何かを呟いた。
「え?なに?」
「ううん。なんでもない。サラサ、もっと。」
ようやく食欲が出てきたようだ。
その後はレトにねだられ、次々にスプーンを運んだ。
と言っても、レトのいつもの食事量からすればほんの少し。
私と同じ皿の量で終えてしまった。
ソランには、いつもの半分量(1羽分)が用意されたようだが、こちらも半分近く食べ残したと、サンガさんは言っていた。
片割れと離れてしまって、やはり心細いのかもしれない。
「ごちそうさまでした。」
レトはお行儀良く左胸に手を当てた。
この国の礼なのだろう。
「ねぇ、サラサ。お願いがあるんだけど…。」
レトは少しモジモジしながら、言いずらそうに言った。
…かわいい!
「ん?なーに?」
内容を聞く前から、聞いてあげたくなっちゃうかわいさ。
「今日は…一緒に寝て?」
え…?
今日、"妹には思えない身体の厚み"に気づいたところだ。
まだまだ幼さは残るものの、"男の子"。
でも、だけど。
私は"お母さん"として、愛情を注ごうと…。
「僕達…、今まで一度も離れたことがないんだ。僕にはトーヤしかいなかったし、トーヤにも僕だけだった。…不安なんだ。」
レトを見ると少し唇が青いようで、握り締めた拳は小刻みに振るえていた。
「うん。一緒に寝よう。」
レトが私の手を引いて、彼等の部屋へ向かった。
彼等は同じ部屋、同じベッドで眠っていたようだ。
中へ入ると、そこは普通の部屋ではなかった。
部屋へ入ると同時に扉は掻き消え、窓や壁、床、天井などは、無かった。
足元が浮くわけではないのだが、部屋という枠が失くなっている。
球体の中心部分に、とても広いベッドが浮かんでいるように見える。
周囲は、淡いブルーの海の底のようでもあり、空の藍色を集めたようでもある。果てしないようであるし、狭くも感じた。
「………。」
観察し、驚きはあるが、なぜだか違和感は少なかった。
彼等が"神様の子供"であることを、理解し始めたのかもしれない。
「ビックリした?」
「うん。…少し。」
「僕達、寝ているときは無防備だからね。この部屋は強力な"結界"なんだよ。」
こんな風に、いつでも備えて生活しなければならないこの子達。
その身の内に"神力"をやどし、"神"に祈ることすら出来ない。
今頃トーヤは…。
「サラサ。来て。」
レトと共に、中心のベッドへ横たわる。
空間内は温かく調えられているようで、上掛けは必要なかった。
「今頃…トーヤは眠れているのかな。」
"この部屋"は無いのに。
彼には、無理やり食事を与えてくれる人もいないだろう。
「トーヤと僕は繋がっている。…今は、感情は伝わってこないけど、ケガをしたり、弱ったりはしていないようだ。」
「そっか。」
今日あったこと。レトは、どこまで知っているのだろう。
「ねぇ、レト。今日の事。…私に聞きたい事はないの?」
「だいたいは、トーヤから伝わってる。…けど、サラサが撃たれてからは…意識が真っ赤に混濁したようで…。慌ててユランとソランを連れて、近くまで"オズ"で飛んだんだけど…。」
「じゃあ…。」
トーヤが"人を焼いた"所は知らない…?
「そのあと…"殺してやる"って思念に支配されていた。そして…"悲しみ"と"決意"…もう、戻らないって。」
"戻らない"…やっぱり。
「でも、そんな事、私は認めないよ。絶対に連れ戻す。」
レトは暗い瞳を、少しだけ和らげた。
トーヤは嬉々としてソレをしたわけじゃない。
怒りに我を忘れてしまっただけだ。
言ってみれば、私が怪我をしたからだ。
彼の自爆スイッチを、私が押してしまった。
一人で苦しむなんて、許さない。
彼を、いろいろなしがらみから、解放してあげたい。
「サラサは、怖くはならないの。…トーヤの事。…僕の事。」
少し怯えたように聞いてくる。
怖がっているのは、彼の方だ。
きっと、トーヤも。
「怖いわけないでしょう?こんなにかわいいのに!」
わざと明るく言って、レトを抱き締める。
しばらくおとなく腕の中に収まっていたレトは、
《はぁっ》
『…分かってない。』
ため息と小さな呟きを一つ吐き出すと、体勢をクルリと入れ替えて、私に覆い被さって来た。
「え?!」
焦って起き上がろうとしたが、やはり男の子。
力が強い。
真上から瞳を覗き込まれる。
相変わらずキレイなブルーグリーンの瞳。
「ええっ?!」
レトは妖しくにやりと笑った。
「僕は、怖くないんでしょう?」
「レ…レト?」
そのままレトは右手を私の左肩に滑らし、耳のそば、低めの声で囁いた。
「…おとなしくして?」
「§ΦゐΒ仝%Ψ&θ?!」
レトの右手が熱を帯びる。
「う…んっ…」
あ…。
痛みが。…引いていく。
「トーヤが外側は治療してたけど、まだ内側はもう少し治療が必要だからね。明日からもしばらく、怖がらないで大人しく治療を受けてね。」
そう言って、今度は悔しいくらいに完璧な"エンジェルスマイル"を浮かべるのだった。
9、
翌朝起きると、私はレトを抱き締め、レトは私にすがりつくように眠っていた。
その寝顔は、歳なりの間の抜けた寝顔だった。
あ、ヨダレでてる…。
「うふふっ…。」
いつも紳士然としたレトも…まだ子供だよね。
昨夜の妖しい微笑みも、すっかり払拭出来ちゃうわ。
まったく、困ったイタズラちゃんね!
鼻をツンとつついてみたが、レトは起きなかった。
意外。寝起き悪い方なのかな?
今、何時なんだろう。
時計もない青い球体状の部屋だが、なぜか出口がわかった。
レトを起こさないようにそーっと腕を抜いて、ベッドから降り、部屋へ戻って着替えを済ませる。
昨日セロさんが選んでくれた服は、なぜだか既にクローゼットに収まっていた。
「どんなテクノロジーなの…。」
てゆーか、魔法か。
動き易さで言ったら、昨日の"感動ストレッチ"デニム一択だ。
今日は薄いブルーのストーンウォッシュ。
トップスは、クリームイエローのオフショルフリル、盛り袖、裾レースの、前ボタンシャツ。裾は敢えて全部止めない。へそが見えるか見えないか…
ソコが萌えポイントですよね?!セロさん!
よし。
動き易さ良好!
昨日は食材もスパイスも選べなかった。
いっそ、"スパイス"は鬼門な気もする。いや、服屋か?
…うん?カフェだな!
とりあえず、部屋の時計でまだ朝の5:30だった。
サンガさんはもう厨房にいるだろうか?
とりあえず"お母さん業"を諦めていなかった私は、厨房へお邪魔した。
《コンコン…》
ノックをしてからドアを開ける。
「サンガさん。いますか?」
中では、コックコートを着こなしたサンガさんが、ブランチの仕込みをしているようだった。
「サラサ様。このような時間に、何かございましたでしょうか?」
そういえば、今までサンガさんについて特筆することはなかったが、彼は彼でスゴイ"イケメン"いや、若干歳はイッていそうなので"イケおじ"なのだ。
ただ、トーヤとレトの整い具合からしたら普通に見えてしまうだけ。
歳は40代前半くらいか。
クラスメイトの花ならば、間違いなく食い付く物件だ。
渋センなのだ。(渋谷センター街ではない)
クセの強い、肩まである黒髪(そう言えばセルトレーン人ぽくなく)深緑の瞳。ワイルド系アゴヒゲ。
背は高く、185はありそうだ。
体つきは細マッチョ。
あと15年若かったらな。
いや、それはいい!
「ごめんなさい。お邪魔でなければ、レトに朝食、あ、いやブランチを作ろうと思ったんですけど…。」
サンガさんは、少し驚いたような顔をした。
いつもは、食事の給仕の時くらいしか見かけないが、表情を変えたところを見るのは初めてだ。
「私のお出しする食事に、なにか不備でもございましたか?」
「ううん!!とんでもない!サンガさんのご飯、凄く美味しい!!本当に、将来、お嫁さんに欲しいレベルで!」
慌てて否定した。
「では…?何か召し上がりたいお料理でも?」
「ううん…。そうじゃないの。」
彼の台所をお借りするのだから、本当の理由を言おう。
「レト、家族にご飯作って貰った事無いのかなって…。私も、そんなに料理が上手いわけじゃないんだけど、でも、"彼の為に"作ってあげたいと思って。…本当は、トーヤにも食べて欲しかったけど…。」
しどろもどろに説明すると、
サンガさんはほんの一瞬優しく微笑みを作った。
が、直ぐに無表情に戻り『そう言う事でしたら。』と、快く厨房を案内してくれた。
とてもじゃないが、レトの食事量を一人で作れる気がしなかったので、サンガさんのお料理に加えて一品だけ作らせて貰うことにした。
スパイスもそんなに要らないソレなら、こちらの食材でも比較的再現しやすいと思ったのだ。
ざっと30を超えるスパイスを、少しずつ嗅いだり味見したりして行く。
「あ!コレって…。」
「"シナモン"でございます。」
びんご!現代と一致する風味に、"翻訳"も付いてきた。
「あと、"バター"と"ミルク""卵""砂糖""塩"を使っても良いですか。あと、コレも。」
「ご随意に。」
手早く卵液を作り、切り分けたパンを浸す。
バターを溶かしたフライパンでじっくり焼き色をつければ、フワフワじゅわーの、フレンチ・トーストの出来上がり。
こちらの世界にも"メープルシロップ""ジャム"などが有ることは、初日のブランチでわかっていたので、このメニューにした。
サンガさんは、自分の作業を確実かつ迅速にこなしながらも、こちらの料理が気になるようだ。
「良かったら、サンガさんも召し上がりますか?」
「…い、いえ…私は…。」
珍しく、動揺している?
初めて見る料理に家令としての儀礼より、料理人の好奇心が勝ってしまったらしい。
「今焼いたのは、レトが起きる頃には冷めちゃうから、温かいうちに、味見してくれたら嬉しいです。」
そう言って勧めると、
「…ご相伴に預かります。」
と言って、こわごわとフォークを受け取ってくれた。
「"フレンチ・トースト"と言います。甘いのお嫌いでなければ、"ハニー"や"メープル""ホイップクリーム""ジャム"なんかと、果物を添えます。甘いの苦手な方は、溶かしたチーズや、フレッシュトマトのサラダなんかも合います。あとは、半熟のポーチドエッグ、カリカリベーコンなんかも!」
サンガさんは、一口大に切ったフレンチ・トーストに、シンプルに"メープル"をつけて食べた。
「!…これは。優しい味ですね。確かに様々な食材に合いそうだ。」
彼の敬語が一瞬取れた。
「!…失礼致しました。大変美味しゅうございます。」
私は良いものを見ちゃった気分で、少し笑った。
その時…
《バン!》
厨房のドアが勢い良く開け放たれた。
「サラサ!!」
「レト?おはよう。どうしてたの?慌てて…」
何も言わずに駆け寄ってきたレトは、そのまま私を抱きすくめた。
「何も言わずに居なくならないで!」
レトは必死だった。
「ごめん!…レト、ごめんね!」
間違った。
今日してあげなきゃいけなかったのは、ブランチを手作りすることじゃなかった。
起きたときに隣に居て"おはよう"を言ってあげる事だった。
「ごめん…。」
後悔しながらレトの背中を撫でていると、サンガさんが、私の作ったフレンチ・トーストの、フライパンに残っていた方を皿に乗せて持ってきた。
「レト様。サラサ様が、貴方様のためにお作りになられました。是非お召し上がり下さい。」
サンガさんの飾ってくれたフレンチ・トーストは、横にホイップクリームが美しく飾られ、ベリー系の果肉が残ったジャムと、生の果物が美しく並んで、本職のシェフ仕様に仕上がっていた。
さすが。私作なんて言えないレベルになっちゃってるよ?
レトは、まだ拗ねた顔をしつつも私から離れ、フォークを取ると、一口食べた。
とたんに眉間のシワが取れ、驚きを越えて笑顔になる。
「美味しい!!」
よかった…。
レトの笑顔。
これが見たかった。
それから、すっかりフレンチ・トーストを気に入ってしまったレトは、まだいつものブランチの時間ではないのにおかわりをし、食パン、おそらく一斤分近くぺろっと平らげた。
「それじゃ、ソランを待たしちゃってるから、とりあえず朝の散歩に行ってくる。」
そう言って、手綱(鞍に変わる紐)を持ってきた。
いつもはトーヤと二人で行く散歩だ。
「レト。大丈夫…?」
「うん。大丈夫だよ。帰ったら、これからの事を話そう。」
レトの表情には、もう"迷い"は無いように見えた。
もう、大丈夫。
あとは進むだけだ。
「じゃ、行ってくる、よ…?」
あれ?語尾が…?
「うん。気をつけて…ね?」
???
まさに、今。銀の笛を吹こうとしていたレトは、手にした笛を取り落とし(ネックレスでぶら下がっただけだが。)
私は、見送りに続こうとした足を止めた。
ガラス越しに見える庭に、すでにソランが居た。
ソレだけならばこんなにも驚かなかっただろう。
ソランは、もう一体の"ギザ"とじゃれあっていた。
その"ギザ"は、赤、紫、黄色がメインになっていて、ユランやソランよりも、少しだけ体が大きいようだった。
ソランは、もう一羽の"ギザ"にとても懐いているように見える。
「ユーリー?!」
レトの口から初めての名前がこぼれた。
え?知っているの?
レトは大股で窓に近づくと、開け放ち、そのまま庭へ出て行く。
「あ!」
スリッパ、と言おうとしたら、すでに靴を履いている。
うーん。なれない。
ともかく、知り合いなのかな。
新しく来た"ユーリー"と呼ばれた"ギザ"を眺める。
ユランやソランより、大人っぽい?
「サラサ、来てごらん!"ユーリー"を紹介するよ!」
私はそのまま庭に出ようとしたが、靴を履き替えなければ、と思い直した。
ところが、何故か意図せず一歩踏み出し、スリッパは靴に変わっていた。
レトがやったらしい。
ま。そんなもんだよね。
慣れだ。慣れ。
近づくと、ユーリーは心得たように、優雅に深くお辞儀をしてくれる。
慌てて私も礼をした。
「は、はじめまして!サラサです!」
鳥(?)に向かって、自己紹介をしてしまった。
でも、なんてゆうか…とても神秘的な何かを感じる。
まつげが長くて、キレイだな。
つい見とれていると、レトがとんでもない事を言い出した。
「サラサ、ユーリーは、"現・メイルーア"のギザなんだよ。」
「え?」
「で、ユランとソランの"お母さん"だ。」
「…え?」
また何か、私達を取り囲む運命の輪が回った気がした――――。