~永遠に想う~
5、
玄関の外にトーヤは待っていた。
「二人とも、ケガはないんだよな?」
低い声音で真面目に聞いてくる彼は、おそらく"精神感応"とやらで事情を把握しているのだろう。
無言でうなずくレト。
しばらく、二人は無言で見詰めあっていた。
トーヤが目をそらし、何かを振り切るようにブルッと頭を振って、長い息を吐き出した。
「は――。まずは食おうぜ。飯できてる。」
「トーヤ。」
何かを訴えるようなレト。
「ん。大丈夫だ。」
そのまま踵をかえし、トーヤは食堂に向かってしまう。
「…サラサ。入ろう。」
「うん。」
少し、先に二人にしたほうが良いかと思い、着替えて行くと伝えると、今日買ったばかりの服を渡された。
「残りは後で運ぶから。とりあえずこれを。」
「ありがとう。」
うん。ひとりでは運べない程の量になったからね…。
「着なれないから、時間かかるかも…先に食べててね。」
なるべくあっさりと告げて、借りている部屋に向かう。
「ありがとう。」
背中にレトの声がかかり、そのまま食堂へ向かう気配がする。
私もそのまま自室へ戻った。
彼らを助けたい。
でも、私に出来る事などあるのだろうか。
知らないままの方が、彼らには都合がいい?
わからない。
わからない。
でも知らなければ、何が出来るかもわからない。
出来る事があるなら、なんでもしよう。
心を突き動かす、この衝動の、答えが知りたかった。
自室でゆっくりと着替えを済ませ、鏡を見る。
レトが選んでくれたのは、ハイネックだが胸元にVカットの入った、ワインカラーのワンピース。上半身は身体に沿うデザインで腰下はさらりと流れるAライン。膝下の上品な丈だ。左胸の上には、淡いピンクの芍薬のような花の刺繍。裾にも豪華な花の刺繍が入っている。
このまま結婚式にも出席できそうだった。
とても普段着には見えないのだが…。
思い返してみると、レトが選んだのはほぼ普段着にはならなそうなデザインだったように思う。
…好みかな?
そうして、たっぷりと時間を空けて、食堂へ向かった。
食堂のドアは開いており、トーヤとレトは食卓についていたが、私が入ると、二人とも立って迎えてくれた。
表情は、晴れている。
なにがしかの結論は出たようだ。
「あぁ、やっぱり。そのワンピース、サラサによく似合ってるよ。」
また甘いセリフをいいながらレトが近付いてくる。
「せっかく、ユランとソランが捕って来た獲物だし、みんなで食べよう。」
また左手を差し出されたので、条件反射で右手を乗せようとすると、先にトーヤの左手に掴まれた。
「もうレトの相手は十分だろ?ディナーのエスコートは、俺な。」
トーヤは勝ち気な笑みをうかべ、右手を左胸に当ててお辞儀をした。彼のそれをみるのは初めてで、レトの優雅さとはちがうが、颯爽とした騎士のようで、また鼓動が騒ぎ出す。
そのまま手を引かれ席まで行くと、トーヤが椅子を引いてくれた。
レトはヤレヤレといった風にあとからついてくる。
席につくと、トーヤは後ろから屈みこんで、私の耳にだけ聞こえる声で、低くつぶやいた。
「レトを守ってくれて、ありがとな。」
トーヤの長い髪が私の首筋にさらりとかかって、ぞくっとした。
振り向いてトーヤを見ると、彼も私を見詰めていて、少し赤い顔で小さく呟く。
「ほんとに、ソレ、似合ってる。」
「っ!」
ほんとに、、なんなの?!この双子。
まだ10歳のくせに、無駄にイケメンなんだから!!
真面目な話が待っているはずだったのに、すっかり気が削がれてしまった。
二人の食事は相変わらずで、すごいスピードと量。
部屋の中央では、ユランとソランが自分たちで狩った肉やら魚を食べている。
鹿肉はもっと癖が強いかと思ったが、意外にあっさりとしていて、やはり馬肉のようなかんじだった。臭み消しの木の実がとても良い香りだ。
なまずとトーヤが言っていた魚だが、ウロコがあったので、地球のソレとは別物(当たり前だが) だろう。
白身の肉には臭みはなく、弾力があり、白いとろみのあるソースがかかっていて、とてもおいしかった。
「すごい。鹿肉もなまずも、こんなに美味しいんだ!」
「鹿肉はさ、火の通しかたが難しいんだよな。サンガはいつもパーフェクトに焼いてくれるけど、この間自分等で焼いた時は酷かったな!」
「だね!命を頂くんだからって、スパイスでごまかしてなんとか食べたけど、臭くて固かった。」
こんな屋敷に居ながら、食生活が狩りと自炊だなんて。
二人は、今まで狩った食材の美味しかったもの、料理の失敗作など、いろいろと教えてくれた。
デザートまで食べ終えて食堂を出ると、応接室のような部屋へ移動した。
サンガさんが紅茶を運んでくれる。
彼が退出すると、しばらくの沈黙があった。
最初に口を開いたのはレトだった。
「サラサのいた世界には、神様って、いる?」
「…え?」
なんの事だろう。
さっきの襲撃と、双子が誰に狙われているかとか、そんな話をするのではないのか?
「え…あ―。むずかしいな。
神様って、人が信じるから"いる"のであって…少なくとも、私は会ったこと無い。地球には、196個も国があるの。それぞれに違う神様を信じてたり、ある国では人が神様のところとか、死んだら神になるとか、または多神教で、自然界の万物に神が宿ってるとか、いろいろな信仰があるから…。」
「そんなに沢山の国が?」
レトもトーヤも、桁の違いに驚いたようだ。何せ"シア"には5つしか国がない。
「そっか。…"シア"とは全然違う世界なんだね。」
レトは静かに続ける。
「この"シア"には神様がいるんだ。たった一人のね。」
それは聞いている。唯一神"メイルーア"
トーヤは、話す役目をレトに譲っているらしく、大人しく話の行方を見守っている。
「"メイルーア"は、実在する人なんだ。」
「え?」
現人神というやつか?
「え…、あの、誰かから生まれて来た、普通の人間?」
「うん。」
「あの…。だって、今日借りてきた本にも、大昔から崇められてたって。」
「"メイルーア"は、代替わりする。」
「代替わり…。」
――なるほど。
ずっと、"神の名前"を継いで行くわけだ。
でも、ただの人間を、5ヵ国の、この星全ての人間が総じて信仰するなんて、あるのだろうか。
「そんなにスゴイ人なの?」
今まで聞いたなかでも、今日図書館でパラパラと見たなかでも、"シア"の"メイルーア信仰"はかなり揺るぎないものという印象だった。
カリスマ性があるとかいう問題ではないような。
「サラサは図書館で、"星の祈り~メイルーアの役割~"っていう絵本を読んでたでしょう?
あれはこの国、いや、多分シアに生まれた子供が、みんな読み聞かされる絵本なんだよ。」
それで、刷り込みのように信仰を持つということ?
「"メイルーア"は星を守る力を持って生まれる。
そして、身体にその印を刻まれて産まれてくるんだ。
代わりのきく存在じゃない。
だから、"シア"の神はたった一人なんだ。」
身体に印?生まれる前から?
地球にも、生まれた時にアザがあるとか、遺伝子欠損や両性具有、アルビノとか。
そういった、目に見える形の特異性を持って産まれてくる人たちはいる。
「そのシルシって。。本当にそんな力があるの?
たった一人にだけ?」
「うん。普通はね。」
トーヤが立ち上がりながら、なぜか上着を脱ぎ始める。
「え、え?!なに…」
「見てもらったほうが早い。」
トーヤの声に、もはや聞き慣れた音が重なる。
《バサッ…》
翼―――――?
トーヤの左肩の向こうに、純白の翼が出現した。
「え?!………羽根?」
なんども瞬きをして、確認してしまう。
左側、片方だけだった。
「まったく、まだ話の途中だよ。トーヤ。」
《バサッ…》
レトを見ると、レトからも純白の翼が、右肩の後ろに出現している。
まるで対のように。
「僕達は、女神の息子なんだよ。」
「―――!?」
情報の処理が追い付かない。
女神の息子…?
トーヤが後ろを向き、背中をこちらに向ける。
「これがシルシ。半分だけどな。」
トーヤの背中、左の肩甲骨をなぞるように、なにやら文字のような刺青が入っていて(いや、生まれつきだと言うのなら、アザというべきか…)そここら翼は生えていた。
紛れもなく、生えていた。
「うぁ……え…?」
身動ぎすることも出来ず、
ただ、間の抜けた声が出る。
「僕達は、女神のシルシをなぜか半分づつ継いで生まれてしまった、男の双子、なんだよ。」
レトが立ち上がり背を向けると、レトの服、肩から斜めに掛けていた布の下の服に、スリットが入っているのがわかった。
そこから白い翼が生えている。チラリと布地の隙間からは、トーヤと同じ刺青(アザ?)が羽根の付け根あたりに見える。
「女神のシルシを…半分ずつ…?」
「そう。本来、女神は娘しか生まないはずだった。
それが、生まれて来たのは息子で、シルシは半分に引き裂かれていたんだ。」
トーヤとレトが、女神の息子?
まるっきし…思考がから回っている。
…でも、翼が。
片方ずつある。
確かに、翼が現人神のシルシなら、
これだけ顕著なシルシならば、
人心を集める偶像にはなり得るか。
でも、歴代は女神だった。
それじゃ、二人は―――?
レトが話を続ける。
「僕達は"神の国"で生まれて、白国に追放された、"神のなり損ない"なんだ。」
神の国を、追放――――。
レトは翼をしまうとソファーに座り直し、静かに紅茶に手を伸ばす。
相変わらず優雅な仕草だ。
トーヤも翼はしまって服を着たようだ。
のどが、カラカラだった。
「サラサ、紅茶をどうぞ。…冷めちゃったけど。」
「ぅ…うん。」
彼等から視線を逸らせずに、手探りで紅茶を取ろうとしてカップを倒してしまった。
《カチャン…》
「あ…」
紅茶は冷めていた。
テーブルの上を伝った液体は、そのまま端から床へこぼれ落ちる――。
思考がマヒしていて、対処が遅れた。
「あぁ、ごめん!」
金縛りがとけたように布巾を取ろうとした所で、紅茶がこぼれ行く先を見ると…
床に溢れるはずの液体が球のようになって、ふよふよと空中を漂っているのを見つける。
いつか見た、宇宙飛行士がやっていた実験。
無重力の中、ストローから押し出された液体は、球の形のまま、空中を彷徨っていた…。
「え…」
再び身体が硬直する。
ふよふよと漂っていた球状の液体は、重力に逆らって空中を昇り、集まり、一塊になると、
何事も無かったかのように、カップへと戻って行った――。
「驚かせてごめんね。僕たちはシルシだけじゃなく、力も半分ずつ受け継いだんだ。」
もう、無理でも納得するしかない。
理屈じゃなく、彼等の言うことを真実として受け取ろう。
「うん。…わかった。」
この世界の事、私自身にわかることなど一つもない。
あり得ないと言うなら、私がここにいる事だってあり得ない事だったのだ。
なら、彼等を疑う事に何も意味はない。
どんなに不自然だろうと、あり得なかろうと、彼等が言うなら受け止めよう。
一つ深呼吸して、もう一度背筋を伸ばして座り直す。
「うん。――それで、あなた達の敵は誰なの?」
ようやく知りたかった情報にたどり着く。
二人は目を合わせて、ホッとしたように表情を和らげた。
「ありがとう。サラサ。僕達、この事を自分たちから話すのは初めてだったんだ。」
「ちょっと、びびったよな。頭の変なヤツと思われるかって。」
あぁ、やっぱり。
まだ10歳だもの。
誰にも受け入れられなくて、頼れるのはお互いだけなんて…
きっとすごく張り詰めてたんだよね。
私はなるべく穏やかに笑みを作って言う。
「そんな訳ないでしょ。そんな事言ったら、異世界から来たなんてゆう私の方が、よっぽどじゃん。」
「だな!」
トーヤが弾けるように笑顔になる。
レトも、嬉しそうに笑っていた。
「僕達の敵は、言ってみれば、"神の力を利用したい者"全てだ。」
…なんとなくはわかっていたが…
「それって…かなり膨大な人数にならない?」
顔がひきつりそうだ。
「いや。そこから、自分たちなら僕達を捕らえられると思えるほど権力や魔力のある組織。白国だけに恩恵があることを妬む国の組織に絞られる。手に入れたくても、力が及ばないヤツラは、除外していいだろう。」
「あと、ただ"欲しい"ってヤツな。気持ちわりーけど。いただろ?『金はいくらでも出すし、どんなことでも叶えてやるぞ』とか言ってたおっさんが。」
「まじですか…」
「いたね。たしかミュータントフリークだった。僕達に、片方だけの翼をずっと出しっぱなしにしてて欲しいんだって。"神の力"はいらなかったみたい。」
「笑っちゃうよな!」
なんと…
そんなコアな趣味の方までいらっしゃるんですか。
「じゃ、今までもしょっちゅうあんな事があったの?」
トーヤが答える。
「いや…俺達、メイヤードからは追い出されたけど、白国に下げ渡されて、一応手厚く"保護"される事になってるはずなんだよな。そりゃ、年に数回はあったかもだけど。」
「いやいや。年に数回も"誘拐未遂"あったら大事でしょ…。」
レトも考えこむように言う。
「でも、今回のは明らかに変な襲撃だった。…だいたい刃物使って来るなんて…"傷をつけてでも"っていうのは無かったよね。今までは。」
そうだ。
それは私も変だと思っていた。
彼等の力が欲しいなら、ケガをさせたり、ましてや背後からナイフで狙って、なんて…もし死んでしまったら、力なんて手に入らないのに。
「サラサ、今日はごめん。僕が助けなきゃいけなかったのに。」
レトは少し眉根を寄せてうつむいていた。
「レト。私は一緒に居られて良かったよ。あなたを助けられて。もしもレトが一人で襲われたなんて、後で聞いたら後悔しちゃうと思う。」
「サラサ…。」
レトが視線を上げたので、見つめあう形になった。
と、トーヤが間に体ごと割り込んだ。
「おい。いつの間に二人親密になってんの?…サラサ!明日は俺と出かけような!」
ちょっと焦ったような声に、笑ってしまう。
姉独占欲?ふふ…かわいい。
レトは余裕で
「サラサは僕の妻ってことに、街ではなってるからね!」と、トーヤを煽る。
「え!なんだよ?なんでそんな事になってるんだよ!」
「だって、図書館は身分証がいるだろ?知り合い程度じゃ、身分証の提示を求められる。僕の妻なら、戸籍が無い以上怪しまれない。」
レトは得意げだ。
「くそ。搦め手で来やがって。だいたい、レトはエロいんだよ!
」
ん?なんだか変な方向に話がいってないか?
「は?僕のどこが?」
「サラサの服!お前、胸の開いた、上がピタッとした服好きだもんな!サラサの服、そんなんばっか選んだろ?」
…たしかにそうだったが、この世界のスタンダードなのかと思っていた。
レトは意識していなかったのか、顔を赤くして反論する。
「と、トーヤだって好きでしょ!双子だもん。わかるよ。しかも、トーヤなんて、女性がピタッとしたパンツスタイルの時の、足腰のラインが好きでしょ!その方がエロいと思う。」
うわぁ…。
トーヤ、フェチだったか。
今度はトーヤも顔を赤くして言い返す。
「うるせえ!サラサに4回も抱かれたくせに!」
うわわわ!言い方!
これには、私があわてて反論した。
「や。"抱かれた"って…それじゃ犯罪になっちゃうじゃない!
ハグね!ハグ!妹と同じ歳だし、なんだかレトかわいいから…」
そして、いきおいよくこちらを振り向いたトーヤは、あろうことか、私の椅子に覆い被さるように背もたれに両手をつき、椅子ドンしてきた。
ドキ!
端正な顔が、またまたアップ!!
「ね。サラサ、俺じゃダメか?」
少し拗ねたかんじで瞳を覗き込まれて、鼓動が爆走している。
なんなの?!
だから、君たちは10歳だけど、イケメンなんだってば!!
トーヤは、レトよりは"男の子"ってかんじだったので、"妹"に見えなかっただけなのだ。
こんな"超絶美男子"に両耳の横を腕で囲まれて、すがるように『俺じゃダメか』なんて?!?!?
「ダメとかじゃなくて…ただ、トーヤには"妹"が被らなかっただけ、だよ?」
トーヤが、ホッとしたように表情を緩めたので、私も少し落ち着いて…
とおもったら、爆弾投下。
「じゃぁ、サラサ。俺にもハグして。」
そのままトーヤは覆い被さるように、抱き締めて来た
"ハグ"と彼は言った。
でも、これは…。
これは、やっぱり"抱き締められて"いる?
でも、彼等はきっと、愛情に餓えているのだ。
例えそれが16の私の手でも、母の手に代わるなら、今度からはトーヤも抱き締めてあげよう。
そう思ったので、私も下から手を伸ばしてトーヤを抱き締めた。
うぅ。異国(異世界だが)の男の子って、発育がいいな…。
レトの背中は筋肉が引き締まってて逆三角形で(さっき見ちゃったし)、なんだかレトと違う。
どう考えても"妹"には思えない…。
でも!だけど、10歳だって。問題ない。
いきなりの展開に混乱しつつも、トーヤをハグしていると、
「僕だって、そんなに長く抱いてもらってないよ!」
レトがトーヤを引きはなそうとする。
だから、言い方ね!"ハグ"だから!
「レトは4回もしてんだから、いいだろ!」
だから、"ハグ"をね!
「でも、サラサからされただけで、僕からはしてない!」
「だから!"ハグ"だってば!!」
ついに声が出てしまった…。
いや、しかしこのままでは…私の心が、衛生的、倫理的にヤバい。
「ちょっと、整理しよう。」
なんだか、この双子の人生における大きな問題について話し合っていたはずなのだか、すっかり矛先が変わってしまった。
「まず、呼び方は"ハグ"に統一。朝夕の2回、挨拶の"ハグ"をすることを提案します。」
これは、二人に足りない"保護者とのスキンシップ"の代償行為なのだ。
「えー!サラサは、そんなの関係なしに抱い…」
「"ハグ"ね!」
「ハグしてくれたじゃない!そんな、形式的にするなんて…」
「だいたい、今はレトの方が回数が多いんだし、明日から回数同じにするなら、今日、あと3回抱か…」
「"ハグ"!」
「ハグさせろよ!」
「トーヤなんて、自分から抱…ハグしたくせに!時間だって長かったでしょ!」
「レトの方が先にして…ハグしてもらったんだからいいだろ?」
終わりの見えない不毛な言い争いに、何も言えなかった。
そんなにスキンシップに餓えていたんだね?
なんだか、両親に怒られて、私の部屋に来たときの妹を思い出した。他に頼る人間がなく、不安そうで…抱き締めてあげて、一緒に謝りに行ったっけ。
二人は、何歳から二人きりなんだろう。
女神サマって、育児するのかしら?お父さんは?
追放って、言ってた。いつから?
度々寂しそうな陰りを帯びる瞳。
癒してあげたいと思った。
この気持ち、本当に、なんなのだろう――。
一つ、思い当たった。
これが、"母性"か!
そうか。
二人に足りないものも、"母の愛"だ。
「私、二人のお母さんになるね!」
「「…は??」」
言い争いを続けていた二人は、声を揃えて振り向いた。
「大丈夫!ここに居るあいだは、私をお母さんだと思っていいからね!」
そう宣言すると、二人を右手にレトの頭、左手にトーヤの頭を、同時に抱き締めた。
「喧嘩しないの!ちゃんと二人とも同じくらい大好きだから。甘えていいんだからね!」
「あ…おぃっ…んむっ」「さら…シャ…んんっ」
むぎゅーっと、いつも抱いて寝ているひつじのぬいぐるみのように、力一杯抱き締めて、もしゃもしゃとあたまをなでてあげる。
よし!
帰る方法はぼちぼち考えつつも、ここに居る間は恩人の双子を、精一杯可愛がって、労ってあげよう!
「写真撮ろう!」
二人を解放するとスマホを起動させて、インカメにする。
二人はなんだか赤い顔をして、気まずそうにお互いを見ていたが、バグの効果か喧嘩は止まったようだ。
「ほら、こっち寄って!写らないよ?」
二人に立ち位置を指定すると、興味深そうに身を乗りだし始める。
「うわ!なんだよコレ!…俺ら動いてんじゃん!」
「カフェで出してたヤツだ!サラサ、どんな魔具なの?」
「鏡じゃねーし。」「絵でもないね。」
ふふっ。かわいいなぁ。
「はい!撮るよ。いい顔してね!3.2.1」
《カシャッ》
「「!」」
二人とも音に反応してビクッてなってる。
「いま、一瞬止まったよな?」
「で、今のがどうなるの?」
撮れた写真を見せると、二人とも興味深そうに覗き混む。
「へぇ!時が切り取れるんだ。…あ、トーヤ、緊張してる!」
「レトだって、右頬ひきつってるぞ!」
魔法文化に慣れ、自分たちは"神の力"とやらを身に秘めているくせに、反応は初めてスマホを持つ小学生みたい。
あ、実際小学生の歳だけど。
あんまり面白がるのでムービーも撮って見せてあげた。
アプリによっては、通信出来ないと動かないものもある。
「あ!充電が…もう10%しかないや。」
通信は繋がらなくとも、何となく現代との繋がりのような気がしていたので、心細くなった。
「魔力切れ?」
レトがそれならと、スマホに手をかざそうとする。
「ううん。魔力じゃないんだ。私のいた世界には魔力は無かったの。その代わり、必要な物はみんな、人間が考え出した技術で出来てて…動かすのは、電力っていう力。」
「使うと減るんだろ?戻せばいいんじゃね?」
トーヤが、簡単だというように手をのばす。
「え?待って、戻せるの?」
「あぁ。…今朝までくらいなら?」
そっか!充電できなくても、"今朝まで戻せば"充電70%だ。
「なら、お願い!…あ。待って!」
今撮った写真は消えちゃうもんね。
カメラの保存先はSDカードにしてあったので、一度取り出して、本体だけを"戻して"もらう。
「うわ!本当に70%だ!すごい!…これって、何度も出来る?」
「あぁ。まあ…100年前にとか言われたら、ちょっとどうかと思うけど。まぁ、24時間くらいなら直ぐに。明日はまた24時間戻せばいいだろ?」
「おねがいします!」
思わずトーヤの手にすがってしまう。
やっぱり、繋がらなくてもスマホの充電がきれたら落ち着かない。現代っ子なのである。
レトは私が取り出したSDカードをマジマジと見つめている。
「サラサの世界には、すごい細工師が居るんだね。こんなに小さい物に、さっきの"シャシン"と"むーびー"が入っているんでしょ?しかも、魔術じゃなくて。」
なるほど。
当たり前に享受する側からは、考えたことが無かった。
「そうだね。…まぁ、人が手で作ってる訳ではないけど。工場で、機械がね。」
「"コウジョウ"?って何?」
それからは、私の世界の事なんかを、レトとトーヤに聞かれるままに話をして……
そのまま私たちはウトウトと眠りこんでしまったらしい。
ぬるい、トロトロの泉のようなものにダイブして、揺蕩う感触。
衣類は着けていないようだ。
とゆうか、何処までが"私"なんだっけ…?
苦しくはない。
暗くもない。
まぶたの裏には、温かな木漏れ日のような日差しを感じている。
自分を包み込む全てが、ユラユラとキラキラと、美しい光彩を湛えているのがわかる。
柔らかい波状の振動が私を蕩揺する。
身体は動かない。動かしたくない。
自分が周りの全てと一体になって、うっとりと、愉悦の時間が未来永劫約束されていると感じる。
私はここにいればいい。
ここは、約束された場所―――。
ユラユラ。
ゆらゆら。
あれ―。これ、夢だっけ?
醒めたくない。あそこにいたかったのに――。
あ。コレ、あの時と一緒だ…。
目が薄く開いて、トーヤを下から見上げている事に気づく。
あれ…。トーヤ、こんな顔してたっけ?
なんだか大人の男の人みたい。
ついさっきまで見ていた少年の顔じゃない。
骨格が逞しくなり、もうどうやったって少女になんか間違いようがない。
私を抱き上げる腕は逞しく、肩幅もがっしり。
あぁ。やっぱり…こんなにかっこよく、男前に育ったんだねぇ。
見とれちゃう。
何処の国の騎士様かって。
あれ…。神様だっけ…。
あれ…なにか?
トーヤの頬に、光る雫。泣いてるの?
あぁ、トーヤ。泣かないで。
だめ、待って…。
強烈な睡魔が、急速に意識を吸い込み始める。
目が…閉じてしまう。
待っ…て。トーヤが泣…いて…るの…に…。
手を持ち上げて、涙を拭いてあげたかったが、ピクリとも動かせず…。
急にまぶたが軽くなり、また再び目を開くことが出来た。
やっぱり、私を抱き上げて運んでいるのはトーヤ。
手を伸ばしてその頬に触れる。
「…泣かな…いで。トーヤ。…ちゃんと…傍にいる…から…。」
掠れた声が出た。
「なに。サラサ…ねぼけてるのか?」
あれ。少年のトーヤだ。
トーヤは泣いていなかった。
私の言葉に微笑んでいる。
私が伸ばした手に頬擦りして、唇を当てた。
《チュッ》
リップ音がして、手のひらがくすぐったくなる。
「ふふ…」
「サラサ。大好きだよ。」
優しい声。少し大人になりかけの少年の。
「私も大好きだよ。」
トーヤが、とても嬉しそうに笑っている。
《キィー…》
扉が開いて中に入る。私の部屋だ。
トーヤはベッドまで運ぶと、とても丁寧に私を横たえた。
極上の沈み心地に、すぐにまたまぶたが落ちて来てしまう。
まだ。
もう少し話したいのに…。
「トーヤ。ありがと。」
「どういたしまして。…?」
トーヤが息を飲む音。
どうしたの?
まだ思考は動いていたが、すでに身体の操縦権は睡魔に乗っ取られている。
「泣いてるの、サラサじゃん…。」
少し困ったような優しい声と共に、両の瞼に順番に温かい何かが触れて行く。
《チュッ…》
え?
今の――――。
そこで、今度こそ思考も睡魔に明け渡してしまった。