~永遠に想う~
プロローグ
この街では夜も明るい。
今日の赤く大きな満月さえ、地上の灯には対抗し得ない。
もう深夜という時間帯にはなっているのだが、ジェットコースターの様に上下に入り組む高速道路には、ヘッドライトとテールランプが白と赤の二連のチェーンのように絡み付いている。
巨大なガラスとコンクリートの塊の群れもまだ光を内包し、人を吐き出しては吸い込んでいる。
鏡貼りのようなギラギラした一際高い高層ビルの屋上、とても人が立てる場所ではないその縁に、ソレは浅く腰掛け、眼下に拡がる地上の星を見下ろしている。
黒いロングコートに黒く長い髪はバタバタと強風に煽られているはずなのに、危なげもなく、黒い瞳は切れ長で、長身。容姿は鋭く整っている。
『見つけたー、。』
黒瞳に映る色とりどりの光を笑みに歪ませたソレは、一言呟くと屋上の壁面を蹴り、フワリと空中に飛び出した。
無重力落下のスピードではない。まるでソレは、、。
ソレの背には、黒く大きな翼が風を切り裂くように出現していた。
舞い降りるソレは、地上の灯に照らされて、美しく、、。
まるで黒い天使のようだった。
1、
12月になったばかりの寒い朝。
特大のため息と共に白い息を吐き出しながら、わたし藤宮 更紗は、通学のために最寄り駅のホームに立っていた。
学校へは、自宅から自転車と電車で58分もかかるのだ。
私立晃聖学園高等部1年C組。身長163センチ、体重…キロ(まぁ、ソコソコのプロポーションかな?)ロングストレートの髪と、ぱっちり大きめ二重の瞳の色素は薄めで、学校ではまず校則違反(染髪やらカラーコンタクトやら)が疑われるので、毎回入学前から生来の色合いなのだという証明書類を用意する事になってしまっている。
かといって、別にハーフやクウォーターとかではないのだが。。
はっきり言ってカワイイ部類だ、と、思う。
成績は、まぁ普通?
友人は、広く浅くソツナク。と、狭く深く趣味を共有。どちらも有りのタイプ。
学校でワイワイ騒ぐいつもの仲間も大好きだけど、なにより!!
趣味を通じて知り合った、魂の友達との交流が、わたしの一番活きてる時間だと感じている。
昨夜は、大好きなインディーズのシンガー「CHIKI」(♂)が、深夜枠で特集されたので、
2学期末のテスト前夜にもかかわらず、魂の友達のYUIちゃんと、
オンラインミーティングしながら夜更かしをしてしまったのだ。
特集は15分と短かったはずなのだが、なぜか延々と彼と歌への愛を語り合い、気づけば明け方になっていた。
というわけで、ただでさえ苦手な化学の試験に何も対策を打てず、すっかり寝不足の重い頭で、コンディションは最悪。
ため息と白い息を何度も吐き出しつつ、学校へ向かっている所だ。
今日も同じ電車を待つのは、だいたい同じ顔ぶれなのだろう。
香水の強めなOLさん、いつも重そうなキャリーバッグを引いて歩くサラリーマンもいる。
反対ホームには、同じ中学から違う高校に通う友達もいて、軽くてを振って応じる。
比較的に空いている車両を選び、乗車位置の最前列に並んでいる。上手くすれば座れるか、乗車口横の手すり付近にハマれるだろう。
そしたら、ワイヤレスイヤホンで『CHIKI』に癒されながら少し眠れる。いや、寝てはいけないのだが。。
電車の到着を報せる軽快なメロディーが鳴った。
―鋭く、風が動いた―
『え?』
足元が、小さな竜巻に巻き上げられたかのようにもつれた。
スピードを落としながら、電車はホームに滑り込んでくる。
わたしは竜巻の回転を反映して、ゆっくり回転しながら、背中から線路にダイブしていく。
スローモーションになった世界で、私の後ろに立っていたであろうOLさんが悲鳴をあげ、隣のサラリーマンがわたわたと、こちらに手を差し出そうとしているのが見える。
やけに大きく聴こえる、自分の鼓動の音――
『ドクン――』
瞬間、目の前の景色が虹色に滲んでうずを巻き、私は光の中に吸い込まれていった。
ゆらゆらと長い浮遊感の後、背中からどこかに着地したようだ。
死んだ。のかな?
痛くないけど。
死ぬって、一瞬だと痛くないのかな。
じゃ、この意識はなんだろう。
ワタシ、どうなったの―?
とりとめのない思考に耽っていると、さわさわと風の音が聞こえてきた。
駅の喧騒は、ない。
人身事故があったのに?
上半身はボアのコートで包まれているが、むき出しの膝裏がチクチクする。
まるで、芝生にでも寝ているような。
あれ。感覚がある。
生きてるの?
だけど、手足はもちろん、まぶたも開けられないや。
救急車まだかな――
「%#¥&$*@)<§○◆>」
人の声がする。
「§○@◆$&¥」
男の人?何を言ってるの?
「%§&¥$◆@ΦΔΘλНЖел」
聞いたことのない言葉。
身体は動かせないが、感覚はある。
2、3度頬を軽く叩かれ、小さく揺すられるが、身体は動かない。
声の主と思われる人物はわたしを抱き起こすと、どこかに運ぼうと移動を始めたらしい。
誰?
どこに行くの?
風が草木を揺らす音と、小鳥のさえずり。
およそ都内とは思えないほどのんびりとした音に、
わたしを運ぶ人物が草を踏みしめて歩く足音が、身体に感じる振動とリンクして、心地よい。
日差しは12月とは思えないほど柔らかく暖かく、時折木陰を通っても爽やかで涼しいくらいだった。
あれ?
そういえばわたし、お姫様抱っこされてるや。
どうでもいい事実に思い至ったが、
昨日の寝不足せいで、睡魔が急速に意識を覆ってくる。
まぁ。いいか。
どうせ今日はテスト受けられそうにないし。
事故のせいなら、後日に再試験して貰えるだろう。
逆にラッキーかな、なんて考えているうちに、わたしはついに微睡みの中に沈んでいった。
2、
『星の光、地に堕ち行く時。
空は裂け、泉は枯れる。
されど我等、乞い願いたるは、
――――、―――――――。
導かれし者、其は破壊するだろう。
再び―――の謳われる時―――――――。』
千希の歌?
子守唄のようにゆったりとしているが、きらきらと流れるようなメロディーに、
千希の声質を認識したとたん、わたしは目覚めた。
「うそ、生歌?!」
身体の上に掛けられていた何かを撥ね飛ばしながら勢いよく起き上がったわたしは、そこでようやく先程の声の主と対面を果たした。
千希じゃなかった。
わたしを、おそらく介抱してくれていたであろう彼は、長いプラチナブロンドの髪を一つ結びにした、およそ日本人ではない顔立ちの超絶美少年だった。
うわ。すごい。完璧な造りだ。
瞳はサファイアのような深い青。少しつりぎみのアーモンド型の目。睫毛は長く、もう少し幼ければ美少女にも見えたかもしれない。
12,3歳くらいかな。
あれ。でも、千希に似てる?
すっかり見とれていたわたしに、心配そうに眉を寄せた彼は、今度はわかる言葉で話しかけてきた。
「お前、大丈夫か?」
む。まだ見たとこ中学入りたてくらいの坊やに、お前呼ばわりとか。
と思うが、恩人かもしれないこの子に、とりあえず話をきかなければ。
「あなたが助けてくれたの?」
「助けたっていうか、運んだのは俺。あんた、なんであんなアブねーとこに寝てたんだよ?」
「危ないとこって。別に寝てたわけじゃ―…。」
起き抜けのわたしの頭は、目の前の完璧美少年の顔しか認知していなかったらしい。
今更ながら周りの情報が次々に目に飛び込んでくる。
美少年の服装は、白い襟無しシャツの上から、刺繍の入った青い布を左肩からワンショルダーに掛けて、腰を帯のような飾り紐で結んだ物で、下は細身のパンツをブーツにインしている。
どこかの古代民族衣装のようだ。
わたしが寝せられていたのは、重厚感のある深い茶色に蔦模様の金細工を入れられた天涯つきのベッド。
掛けられていた布は、エンジ色に茶と金の蔦が刺繍された一枚織りの厚手の布。厚みはあるのにゴワゴワした感じもなく、滑らかな肌触りだ。
部屋は広く、どこかアジアンテイストなヨーロッパの貴族の屋敷といった感じで、装飾模様は中華っぽくもある。
壁には、ルネサンス時代の絵画のような天使の絵が、大小様々に飾ってあって、床は大理石。中央には金糸の縁飾りのついた凝った柄のラグが敷いてあり、極めつけは天井のシャンデリアだ。
ホテルのロビーでしか見たことないよ。こんなの。
ここどこ?
頭でもひどくぶつけて、幻覚でも見ているのだろうか?
あるいは、まだ目覚めていないのかもしれない。
あたまをブルッと振って現実に戻ろうと試みたが、何も変わらなかった。
「あの、ここ、どこですか?」
忙しなく辺りを見回しながら尋ねると、美少年が状況を説明してくれた。
「ここは白国だよ。俺はトーヤ。今いるのは俺の家で、兄貴のレトと世話役のサンガと、ギザのユラン、ソランと暮らしている。お前は、ここより東北の黒国との境、モノノケ森の辺りに倒れてたんだぞ?たまたま俺が通って良かったなー!」
あと30分もしたらモノノケに喰われてたぜ。と、
トーヤくんはカラリと笑いながら、いかにギリギリ命拾いしたのかを教えてくれたが、
私にはなんの事だがさっぱりだ。
まって。
ついていけない。
まず、名前はわかった。日本人でないことも。
ただ、白国だの黒国だのわからない地名に、あげくモノノケ森ってなんだ?
「お前の名前は?もしかして、黒国から逃げてきたのか?」
ベッド横の背もたれのない木製椅子に座ってカタカタと前後にゆすりながら、トーヤくんは聞いてくる。
だから待ってって。
なぜ逃げて来たとかいうことになるの?
また疑問が増え、頭を抱えた。
「わたしは、藤宮 更紗。日本の女子高生だよ。それより白国って、、具体的に地球のどこら辺の国なのかな?わたし、どうやってこの国に来たんだろう?」
あ、そういえば、地理の試験も今日だったから、教科書を持っているはずだ。教科書には世界地図が載っている。
あれを見せて実際の場所を示してもらおうと思い立って、バッグを探してキョロキョロと辺りを見回すと、トーヤくんは訳がわからないという顔をして、衝撃の事実を突き付けてくれた。
「チキュウってなんだ?」
そのあと、トーヤくんに根気強く質疑応答をお願いして、夕方日が傾きかけた頃には、ようやく自分のおかれた状況が少し(あくまで少し!)飲み込めてきた。
まず、ここは地球ではないらしいこと。
他の星だか異世界だかしらないが、今朝のあの虹色の光に飲まれて移動したらしいこと。
この世界は『シア』と呼ばれる世界で、ここは西の白国。
北に黒国、南に赤国、東に青国。そして中央には神の国があるらしい。
色の名前を持つ国は、国毎に肌の色や瞳や髪色が違うこと。
表立って争ってはいないが、あまり交流もなく排他主義。
特に黒国は好戦的な種族で、国境を侵す者を捕らえて見せしめに晒すこともあるのだとか。
わたしが黒国から逃げてきたと勘違いされた理由はそれだ。
中央の神の国とは、いわゆる神様がいるわけではなく、この世界の唯一神『メイルーア』を祀る神殿があり、神官と巫女達の住む土地という意味だそう。
地球では、唯一神ではないが、バチカン市国みたいなものかな?
そして、なんといっても特筆すべきは、この世界にはモノノケ=魔物?が存在するらしい!
なんてこと。完全にファンタジーの世界じゃないか!
勇者とか魔法使いなんかも、探せばいるのかもしれない。
なぜ日本語が通じるかといえば、どうやらわたしがこの世界の言語を話しているかららしい。自覚はないし、理由はわからないが、普通にこの世界の言葉が話せている。
妙な話だが、この自動翻訳機能?は、色や方角、モノノケ、神、などの言葉は、日本語と共通または、似た意味合いのものが勝手に宛てられるらしい。
だから、白国、黒国、モノノケ森などは、この世界の発音ではなく、意味をストレートに表した翻訳になっているようで、詳しく分かり理解した時点で、それは頭の中で発音の名称に置き換わる。
ここ白国は、発音では『セルトレーン』と言うらしい。意味はそのまま白の国。
共通、似た物が存在しない、または判然としないものは、発音がそのまま宛てられるので、意味がわからない単語も少なからずあった。
あまりの衝撃に、乾いた笑いしか浮かばず、視線を下げた。
コートやブレザーは脱がされていたが、高校の制服の白シャツと薄いベージュのニットベストが目に入る。その下には赤、黒、グレーの、チェックのプリーツスカート。
私立晃聖学園高等部の制服だ。(他にキュロットや、パンツスタイル、シャツの色、ブレザーの色、リボン、ネクタイなど選べるようになっている。)
気に入って着ていたそれらが、今はひどく場違いだと思った。
いや。わたしがそもそも場違いなのだ。
なぜ、こんなことに――?
じっと手元を見つめていたわたしに、トーヤくんは顔を寄せて元気付けるように言ってくれた。
「フジミヤサラサは、帰りかたもわかんないんだろ?しばらくはうちに居ていいぜ!」
まだあどけない少年ながら、男前な発言が、かっこよすぎる。
実際に男前でカッコいいのだが。
「サラサでいいよ、トーヤくん。フジミヤはファミリーネーム(名字)なの。」
わたしの名前を一まとめに覚えてしまったらしい彼に訂正を入れる。
藤宮はわたしの家の姓だ。
家は日本にある。
そうだ。混乱しまくって、すっかり忘れていた。
わたしには、この世界に帰る家がないのだ。
これからどこに行けばいい?
どうすれば帰れるのか?
また焦燥感がせりあがってきたが、
とりあえずとはいえ身の置き場が決まると、ホッとして涙腺がゆるんだ。
「ありがとう。本当に。…お世話になります。」
どんな感情なんだろう。これは。
悲しみ、焦り、混乱、さみしさ、やさしい心使いへの感謝。
いろいろなものがない交ぜになって、温かい涙が頬を伝う。
「…ぅっ…」
口元に手をあてたが、嗚咽が小さく洩れてしまった。
トーヤくんは、そんなわたしの背中を、涙が止まるまでやさしくなで続けてくれた。
完全に日が(太陽と言っていいのかはわからないが)沈むと、コンビニも街灯も、ご近所の家もないトーヤくんの家の周りは、深い闇に包まれる。
トーヤくんは先ほど、世話役のサンガさんに呼ばれて行ってしまった。
いつもなら、テレビでバラエティー番組―を見ながら夕ごはんを食べている時間。
人間て、こんな時にもお腹は減るのかと考えていると、部屋の入り口から控えめに声がかけられた。
「サラサさん。でしたね。夕食を一緒にいかがですか?」
ベッドから身体を起こしてそちらを見ると、声の主はトーヤくんと同じ年頃に見える、これまた絶世の美少年だった。
髪色はトーヤくんと同じプラチナブロンドを、マニッシュなショートヘアにしている。瞳は少しグリーンの混じった澄んだ青。
目元はつり目のトーヤくんより若干柔らかなカーブを描いていて、こちらは声を聞かなければ、完全に美少女に見える。
服はトーヤくんと似ているが、掛けている布の色はエメラルドグリーンで、右肩から掛けていた。
「えぇと。レトくん…ですか?」
先ほどトーヤくんから聞いた同居人の情報を思い出しながら聞いてみる。
「そうです。初めまして。トーヤの双子の兄で、レト=セルストイです。」
レトくんは優雅にゆっくりと、まるで執事カフェ?のように右手を左胸に当ててお辞儀をした。この国の挨拶なのかもしれない。
セルストイは、ファミリーネームかな?
そういえばトーヤくんに聞くの忘れてた。
さっきは自分の状況を整理するのにいっぱいいっぱいで、恩人のトーヤくんたちに対して、名前以外まるで情報を持っていない事に気づく。
失礼だったかなと考えていると、レトくんの方が申し訳なさそうに話し始めた。
「あの…実は、僕達双子は精神感応が強くて、強く考えた事など、情報や感情を共有してしまう事があるんです。」
「え?」
「すみません。ですから、サラサさんの身の上の事などを僕が知っているのは、けして立ち聞きとかではなくて、トーヤから流れてきた情報で、。あ、でも、トーヤが悪いわけでもなくて、本当に勝手に流れてきちゃうので仕方なくて…。」
聞いたことはあった。
双子は、片方がした体験や感動を共有したり、片方が感じた傷みを同じように感じてしまうことがあると。
でも、話の内容まで伝わるものなのか。
この世界では、ということかな?
別に隠すような内容ではないし、知り合いも誰もいない中、状況を知っている人が増えるのは単純に心強い。
美少女と見間違う容姿で、一生懸命上目遣いで言い訳をしてくれているレトくんは、思わず抱きしめたくなるほど可憐だった。
思わず身体が動く。
ベッドから降りて、足早にレトくんの側に寄る。
「いいの。わたしもまだ上手く説明出来ないし、レトくんが事情を知ってくれているのは、逆にありがたいよ。」
不安すぎて、何かに抱き着きたい気分だったのだろうか?
実際にレトくんをムギュっと抱きしめている事に、後から気がついた。
なんだか小学5年生の妹を思い出して、じんわり浸っていると、レトくんは顔を真っ赤にしながら、わたわたと空間を掻きむしっている。
わたしの身体に触らないように、逃れようとしているようだ。
あ。そうだよね。
いくら見た目美少女でも、彼、男の子だったんだ。
「あ、ごめんね!」
腕を緩めると勢いよく離れていったレトくんは、若干舌ったらずの発音で食堂に誘ってくれた。
「ごあんにゃいします。こっちです。」
本当にカワイイなぁ。レトくん。
彼らの家は非常に大きかった。
というか、内装や調度品からおよそ見当はついていたが、はっきり言って『城』レベル。
歩くと少し弾力さえ感じる深紅のカーペットが、長い廊下に延々と敷いてあり、天井は高く、こちらにも小ぶりのシャンデリアがずらっと並んでいる。
いくつも並ぶ窓には繊細なレースのカーテンがかけられ、各まど毎に花や美術品が飾られている。
ドアはどれも立体的な彫刻を施された、重厚なもので、ノブは豪華な金細工だ。
もしかして彼らは相当に身分の高い方々なのだろうか。
それとも、これがこの世界のスタンダードなのか。
同居人は世話役を入れて3人ときいた。あとペットが2匹。ご両親はどうされているのかな。
これだけの邸宅の管理が世話役一人ということはないだろう。
あとは通いのメイドさんとか?
身体を動かすことで、大分周りを見る余裕が生まれたらしい。
すっかり、珍しい豪邸訪問のつもりで観察をしていると、二回曲がった突き当たりが食堂になっているようだった。
「こちらです。」
レトくんはドアを開けると、また執事よろしくドア脇に畏まって、わたしを先に通してくれた。
「ありがとう。」
なんか、こういう扱い慣れないな。
食堂にはドーンと長いテーブル(あの、映画やアニメなどで出てくる、端と端で声が届くのかと心配になるような、アレ)があるのかと思ったが、意外にも5人掛けくらいの丸テーブルだった。
内装はやはり豪華で、全体的に暖色で統一されていて落ち着いた印象。窓は中庭に面して、一面ガラス張りになっているサンルームのような造りで、広さはとても広い。うちの高校の学食並みだが、テーブルはなぜか窓際の右手に1つしか置いていない。
「サラサ、こっち!」
先に席に着いていたトーヤくんが、立ち上がって手招いてくれる。
部屋には既に食用をそそる美味しそうな匂いが充満していた。
指定された席に行くと、またレトくんが椅子を引いて座らせてくれる。まだ少年なのにすっかり紳士だ。
テーブル中央には、アフタヌーンティーの3段皿を大きくしたような仕組みが付いていて、下段に5皿(おそらく前菜2品、サラダ、パン、スープ)中段に3皿(メインと思われるボリュームの、肉2品、魚一品)、上段に1皿(小さめの、色とりどりのケーキや、グラス入りのデザート)が、それぞれ中華の回転テーブルのように、回して取り分けられるようになっていた。
飲み物はそれぞれの席に、赤い液体の注がれたワイングラス(のようなもの)と、発泡している淡い緑色の液体のシャンパングラス(のようなもの)、赤茶色い濁った液体の入ったエスプレッソカップ(のようなもの)が1つずつ用意され、さらに伏せられた空のグラスが2つ置いてある。
卓上ビュッフェといった感じだが、内容はフルコースが一度に興されている状態。とても4人分とは思えない量だ。
お客人でもくるのだろうか。
わたしが席に着くと、レトくんが赤い液体が入ったグラスを手にして立ち上がった。
トーヤくんが座ったまま同じグラスを手にしたので、わたしも同じように赤い液体のグラスを持ち上げる。
「今日の糧を、母なる空の女神に感謝します。チアーズ!」
『ブッ…』
(心の中で、盛大に噴いた。)
「チアーズ!」「ち、チアーズ!」
二人がするように、グラスを額に当てる。
チアーズって。。
途中までは『アーメン』の流れだったのに、乾杯の音頭ってことなのか…。しかも額に当てるんだ。
しかし『乾杯』じゃなく『チアーズ』って。
『いただきます。』じゃダメだったのだろうか。
この翻訳機能は、たまにスゴイ変換をぶっこんでくるようだ。
液体を口に含む前で良かった。吹き出すとこだ。
どう見ても未成年の二人がお酒を飲むとは思えないが、赤い液体は、入っているグラスからしてもワインに見える。
少し怯みながらも口をつけると、甘酸っぱい爽やかな果実の味が広がる。
「美味しい…!」
思わず目を見張ったわたしに、トーヤくんが自慢げに言う。
「だろー?それ、今日北の森で採ってきたばっかりの、黒イチゴのジュース。鮮度が違うからね。」
「全く、トーヤはいつも勝手に出掛けるんだから。お前ばかりが外に行くから、僕がいつも留守番になるんじゃないか。たまには譲ってよね!」
軽く睨みながら、レトくんが釘をさす。
「あ、でもでも、そのおかげでサラサ助けられたんじゃん?人命が助かったんだし、今日の所は良いことにしてよ!」
トーヤくんは、わたしのことをだしに交渉する。
「わかった。でも、明日は僕の番ね。」
そうこうするうちにも、二人は成長期の子供らしくすごい勢いで食事を始めた。
ガツガツと、ともすれば散らかりそうなワイルドな食べ方のトーヤくんに対して、レトくんはどこまでも優雅にスマートに食事をしている。が、スピードはやはり脅威的だ。
「サラサ、早くしないと無くなるぜ。」
「ちょっとトーヤ、レディにちゃんと気遣って食べてよね。あ、サラサ、これ美味しいよ。」
「ん。うまい。サラサ、これもやる。」
二人とも凄まじい食事スピードの合間に、わたしの皿にも次々に料理を給仕してくれる。
あわててわたしも食事を始めた。
カトラリーは普通にナイフ、フォーク、スプーンだったので、戸惑うことはなかった。
「んー!美味しい!」
「だろ!」
「サンガは天才シェフなんだよ。」
空腹は最高の調味料とは言うが、どの料理も本当に美味だった。
あれだけのことがあったにもかかわらず、二人のテンポのよい掛け合いと温かい食事で、わたしはずいぶんと癒された。
そして、彼らにもいろいろと聞いてみることにした。
「そういえば、サンガさんは一緒に食べないの?」
二人目を合わせてから、トーヤくんがふてくされたように答える。
「あいつ、『自分は世話役だから』とか言って、絶対一緒に食わねーんだよ。」
「僕達はほとんどサンガに育ててもらったから、家族だと思ってるのにね。かたくなだよね。」
レトくんはさみしそうにため息をつく。
「えっと、ご両親はどちらにいらっしゃるの?この家かなり広いと思うんだけど、本当に3人で?」
「「……」」
悪い事を聞いてしまっただろうか。二人とも言いずらそうに目線を下げた。
まだ保護者の必要な歳に見えるので聞いてみただけだったのだが、何か事情があるのかもしれない。
気分を害してしまったかと、あわてて違う話題を探す。
「あ!そうだ、ペット!2匹いるって言ってたよね?会いたいな!」
二人とも少しホッとしたような顔で、話に乗ってくれた。
「そう。ギザのユランとソラン。俺達の家族なんだ。」
「サラサは、動物はすき?いつもは僕達と一緒にに食事をとるんだけど、怖がるといけないと思って、今日は部屋に置いて来たんだ。」
「けっこう大きなヤツらなんだけど。人懐っこいから、きっと仲良くなれるぜ!」
二人の会話の熱量が上がる。
どれだけ可愛がっているかありありとわかって、
ほっこりした気持ちになる。
動物は全般好きだ。
家では紀州犬と黒猫とオカメインコを飼っていて、2ひきと1羽は種族の壁を超え、重なりあって眠るほどの仲良しだ。
祖母の家ではグレートピレニーズ(超大型犬)を飼っているので、大きいのにも抵抗はない。
「うん。動物は好きだよ。二人がいつも一緒に食べているなら、遠慮しないで、いつもどおりにしてあげて。」
「いいのか?」「いいの?」
「うん。」
うれしそうな二人を見てわたしも楽しみになる。
そういえば"ギザ"ってどんな動物なんだろう。
トーヤくんが突然、服の内側から笛を取り出して吹いた。鎖のようなもので首から掛けていたようだ。
笛は金属製で、直径5ミリ長さ5センチくらいの筒状のもので、高く澄んだ音がした。
レトくんは、入ってきたドアではなく隣の部屋、多分厨房のドアをあけ、中にいるらしいサンガさんに話しかけている。
「サンガ、ユランとソランの分も用意お願い。」
「かしこまりました。」
すぐに返事が聞こえた。
突然の強風で、庭に面した大きな窓がバリバリと震え出した。
バサッバサッと大きな翼をはためかせて、それらは中庭へと降り立った。
暗がりから窓に寄って来たそれらを、室内の明かりが照らし出す。
―――――――。
「ユラン!ソラン!ごめんな。今から一緒に食事しよう。」
「こら、ソラン。おうちに上がる前に、足拭かなきゃでしょ!」
「ユランも、はしゃぐなって!羽しまわなきゃ、中に入れないだろ。そんなに寂しかったのか?」
二人は、大きな、羽根の生えた何かに揉みくちゃにされている。
まさに、開いた口がふさがらなかった。そのままの意味で。
それらは"ギザ"という動物(鳥類?)らしい。
体長は頭から尾羽根までが3メートル強。翼を開くと優に5メートルは越すだろう。
色は、ユランが主に赤、黄、緑。ソランが主に青、黄、紫の羽根。2羽とも嘴と足は、オレンジっぽい茶色。
羽根の色は地球の"コンゴウインコ"のようなカラフルさだが、サイズ感がまるで違う。
ファンタジーで言うところの、いわゆる"ドラゴン"のサイズだが、ウロコはない。
そう。これは、あれだ。
一度図鑑で見たことがある、"始祖鳥"。
例えるなら、あれが一番シックリくる。
"ギザ"が翻訳されないわけだ。元の世界にはこれに当てる言葉は存在しない。
大きいのも大丈夫と思っていたが、さすがにこのサイズは予想だにしなかった。
ペットが自分の2倍サイズだと、だれが考えるだろう。
やはり未知の生物への恐怖から、フリーズしながら凝視していたが、2羽の頭部にあるものを見つけた。
うちのオカメインコと同じ、冠羽だ。
「…カワイイ!!」
金縛りが溶けたように、声が出た。
とたんに二人が振り返り、うれしそうに笑う。
〈クルルルルー。〉〈キュイキュイ。〉
ユランとソランは、まだ二人に甘えるように寄り添っている。
その目はとても優しかった。
「ユラン、ソラン、サラサに挨拶して。」
レトくんが言うと、2羽はこちらに向き直ってお辞儀した。
〈〈キュー。〉〉
「触ってみろよ。サラサ。コイツら、お前に全然警戒心無いみたいだ。」
トーヤくんに言われて近づいて行くと、2羽はうれしそうに、わたしにも頬擦りしてくれた。
「ふふっ…温かくて…くすぐった…」
固そうなイメージの外羽根はすべすべとしていて、鼻周りは体温が伝わり温かい。
初対面のわたしにこんなにも懐いてくれるとは思わなかった。
恐怖はあっという間になくなり、ユランとソランがとてもかわいく思えてきた。
「なんか、サラサってすごいね。2羽ともあんなに…。」
「あぁ。…確かに人懐っこい性格ではあるけど、まるで俺達といるときみたいだもんな。」
ドアが開いて、サンガさんが大きなワゴンを押して入ってるくる。一抱えもあるタライのような大きさの器に、生肉と、生野菜、果物が山のように乗っていた。
トーヤくんとレトくんが二人がかりで下ろすと、2羽はわたしから離れて、我先にと食べ始めた。
「さ、僕達も食べよう。」
その後、今度は二人にいろいろとこの世界の事を聞きながら、夕食を楽しく終える事が出来た。
あの量を本当に3人で完食したのだ。主にあの二人だが。
食後は、シャワーと着替え(スモックのように被るタイプの長めの服だ。)を借りて、先ほどの部屋に戻って来た。
これからもこの部屋を貸してくれるようだ。
明かり(芯の長さを出し入れして調光するオイルランプのようなもの)を消してベッドに入る。
泣いたって、喚いたって、解らないものはわからない。
明日からどうするかは、明日考えよう。
二人と2羽のおかげで、わたしはやっといつものわたしに戻れたのだった。