努力を惜しまず
「それは大変だな。」
A氏は、特に慌ててなかった。
「いや、大変だなって、A氏、」
「うt主は、どれくらい記憶にないの?まさかタイトルとかまでか?」
「タイトル。。。。」
記憶にない。いろいろタイトルが送られてくるが、全く持って記憶にない。
詰んでる。盤面詰んでる。なんで。なんで。
悲壮感漂う電話の対面には、悟ったのか、ゲラゲラ笑うA氏。
「ょ、ょ、よみ、読み直そう、かな。」
「おぉ、今から、一から読み直すか? レ○ェンドなんて2469話もあるぜ。」
「はぁーーーーーーーーーっ!!!」
なにそれ、化けモンかよ。思わず本音が漏れてしまった。
一話5分で読むとして一体何分かかるだろう。
そんなの読んでたら・・・
「いい作品だぜ。お前もそれ読んで、ラノベの勉強したら?」
2469話、考えるだけで恐ろしい。
「いや、そんなの読んでたら、何年たっても・・・・・」
ん?今、恐ろしいことに気づいた。
「なぁ、自分って、、、、、」
「それくらい書かんといかんってか?まあ、ちゃんとした作品作るってのは、そういうもんだな。」
「それだけ書いても、、、」
「売れるとはかぎらんね。」
改めてこの病気の恐ろしさを知った。
「だって、自分、これ書くのにすでに丸二日かけてんだよ。ここまでの約6000字を。」
「何年かかるか、計算してやろうか?」
「いや、結構です。」
そのあとの会話は、断片的にしか覚えていない。思考が停止したまま、スマホをテーブルに置いていた。
なろう初心者のうt主が、売れるまで家に帰れま10
とかいう作品を作れそうな状況である。もちろん10は最短で10年ということだろう。詰んでる。詰んでる。詰んでる。
頭の中で、自分を客観視した実況が響いた。
≪あぁ~、うt主のマシンからエンジンブロー!白煙が、白煙が上がっている!≫
その時のうt主にできたことは、すべてのエンジンを止め、ただ車体をベッドの真ん中に緊急停車することだけだった。
四日目の目覚めも、ため息から始まった。
昨日の電話で、十時に遊びに行くとA氏が伝えてくれていたので、その時刻まではただただ某小説サイトのタイトル一覧を眺めて、現実を実感するだけだった。
長針の針がじりじりと伸びて、短針を交わしきり、それを秒針が一気にまとめて差しきる。
その秒針のウイニングランを見つめていると、ノックと同時にA氏の顔がこちらを覗く。
「おは、よう」
いつものA氏とは違う、つらそうな趣である。
「おはようA氏。君こそ、大丈夫かい?なんか顔色悪いけど。」
「い、いやぁ、だってうt主の方は、記憶喪失だぜ。他の記憶は、大丈夫なのか?」
首を縦に振る。そう、不思議だ。なぜか、その記憶だけが消えている。
「他は大丈夫、本当によくわからん。それより気遣ってくれてありがと。ふつーにしても大丈夫だよ。」
そう言うが、彼の心配りには感謝している。
「い、いゃぁ、それよりうt主。なんか。ゴミ箱。んくぃ?」
「?」
訳わからんが、ゴミ箱のある机の下を指さすと、
「んgえ、う゛づみ、ごrぇ、がりぅぞ、」
呪文を唱えたA氏は、魔王城の最上階に住む竜の、最後の最後の攻撃のような血相で、その口から技を繰り出した。
「グェRrrrrrrrrrrrrrrrrrォーーーーーーーー!」
「ゴメンうt主。昨日呑んでて、それで今日、、、」
「二日酔いで人の病室訪ねてきて、開幕火炎放射をしかけてきたと。」
聞けば、あの電話の最中も呑んでたらしい。無駄にポジティブだったあの発言も、今日のあのつつましい態度も、全ては昨日の酒が理由だとさ。
「おい、A氏。この小説は子供もみるかもしれないんだよ。そんなR指定されそうな行動は控えてほしい。」
「R指定?じゃあR18だな。」
グェRrrrrrrrrrrrrrrrrrォーーーーーーーー!
1,2,・・・・・16,17,18。くそ野郎、狙ったのか?
そんなもんはどうでもいい。
「A氏っ、頼む。この作品にR指定がつかないかどうかは、今後の自分にとっての死活問題なんだよ。」
「まあまあうt主、落ち着けって。昔二人でゲーム攻略した仲だろ」
ん?記憶にない。
「何の攻略か忘れたか、うt主。俺は記憶してるぜ。」
攻略、こうりゃく、、、、、ぬはっ!
A氏の口が開く瞬間。音速を超える末脚が、全ての時間を追い越した。
「むぁぁぁぁっぁっぁたストップストップsとうpsつっぷすとっぷ!あれの名前なんか出したら、レッドカード一発退場!お前は生きてスタジアムを出られないと思え!」
「わかったわかった。アレの名前はださn」
「デァーーーーーーーーマレ黙れだまれdamare。アレとかゆううううううううな!レッドカードの赤は、血の、血の赤だぞ。」
「わかった、分かった。分かってる。まあ、悪かったよ、うt主。」
「オレ、オマエ、ユルサナイ。」
「落ち着けって!」
秒針が一周する。9、10、11、12。少しだけ気分が落ち着いた。
あの時、あの、秒速をとらえた瞬間、うt主は少しだけ、人知を超えた世界を感じた。
「さて」
A氏は状況を見計らって、本題に入り始めた。
「問題は、何を書くかだ。いつまでもそんな誰得日記書くわけにもいかねーだろ。」
確かに、それは薄々とは感じていた。
「けど、あんまりいい作品が思いつかないんだよ。それだったらむしろ、日記にステ全振りしてみてもいいかなって。」
「やめとけ、日記なんかに全振りしたら、うt主マジで早死にするぞ。」
「それは、売れないからってこと?」
ゴメン、データベースがすべて消えた自分にとって、何が売れるのか皆目見当もつかない。
「違う、縁起的に。」
ゴメン、まったくわからん。なろうは縁起を担ぐの?
「日記ってダイアリーっていうだろ、DIARY、DIE EARLY」
「なるほど、die earlyで“早死に”ってことね。」
なんか腑に落ちた。こいつ、頭いいな。
「それにいつまでたってもこんな日記書いてたら、時間的にもロスってこと。」
「Oh, I see.」
「・・・・・」
正論を取られた上に、座布団まで持っていかれた。悔しいが、呆れたA氏に申し訳ないので、真面目に思ったことを聞いた。
「とはいっても売れる作品なんて急に思いつくの?」
「思いついたらぇ、こんなダラダラしてられんだろぇ。」
そう、発想を思いつかない現状、うt主は進もうにも進めない。
「だからぇ」
A氏から何かを感じる。
A氏がばっぐから何かを取り出した。
オーバーアクションから、ものすごい勢いで何かを召喚しようとしている
「ぐォーーーーー!」
A氏がわざをくりだそうとしている
「ぐ、ぐをぉーーー」
A氏がなにかくるしそうにしている
A氏がなにかくりだそうとしている
「や、やめろ~~~~~~」
A氏がなんとかもちこたえそうだ
A氏が渾身のドヤ顔から放つ一撃
バーーーーーン
「ほらよ、うぇけとれ。」
白い袋がテーブルに現れた!
「?」
「・・・・・」
「・・・・・?」
「・・・・・・!」
「これは・・・」
「とれよ・・・。」
中をのぞくと、黒いノートと目が合った。それも一冊じゃない。5、6、7、8、9、10。
10冊も。
「アイデアノートだよ。これにバンバン、シーン表書き込んでいけ。」
「俺もやっぱ忙しくってね。親が俺を派遣会社に登録しやがって、週末しか来れねーんだ。だから、毎週そのノートにアイデア書いといて、週末に俺に提出。」
一冊両面30ページのノート達。
「ありがとう、A氏」
うt主に、9年ぶりの宿題が出た。やらなくてもよかった今までの宿題と違う、やらないといけない、やらなきゃやられる宿題。
「ご褒美とかある?」
「お前の学校は、宿題やったらお菓子でもくれたのか?」
現状アイデアは思い浮かんでない。この黒いノートに、すぐの出番を用意できない。けど、何故か少しばかりワクワクしてた。
このノートは埋めなきゃいけない。
このノートを埋めてやりたい。
「期待しないで欲しい。変なアイデアばっかりになると思う。」
「期待しとくよ、うt主」
そう言い残して、A氏は帰っていった。