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スマホの中には魔女がいる  作者: 一宮 千秋
第四章 それぞれの魔女
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第56話 神前の挑戦

 私はエヴァレットに体の操作を任せてハリンに迫って行った。

 前回は完全にエヴァレットに体の操作を任せていたのだけど、今回はある程度私も体が動かせるほどの自由は残してもらった。


「大丈夫?」


 何とか大丈夫。前に一回経験しているのが良かったかもしれない。

 だけど、これに慣れてしまうと心も体もエヴァレットに支配されちゃうのか。

 ちょっと良いかもしれないと思ってしまった。エヴァレットならもっとお淑やかで可愛い女の子として振舞ってくれるし。


「馬鹿」


 エヴァレットに怒られてしまった。

 まあ、魔女に操られた人がそんなお淑やかに生活できないのはレメイを見ていれば良く分かる。

 馬鹿な考えは置いておいて、今はハリンとの戦いに集中しましょう。

 それにしてもハリンは良く魔法も使わずにこんな早く動けるわね。


「身体強化の魔術」


 予想通りと言うかそれしか考えられないわよね。何の方策を行わずにこんな事ができるならオリンピックに出た方がよっぽどましだもの。

 何とか互角に戦えているけれど、それだと拙いのよね。何とか隙を突いて他の魔法を使おうとしているのだけど、その隙がなかなか見つからない。

 やっぱりここは私がハリンを抑えている間に紅凛に魔法を使ってもらうしかないのだけど、紅凛は私たちの動きが速いためかなかなか狙いを定められないみたい。

 前使った時だとそろそろ魔法を解かないと拙いような気がするんだけどどうなんでしょう。


「ギリギリ」


 やっぱりそうよね。もう、紅凛早くしてよ。無限に体をエヴァレットに操ってもらえる訳じゃないんだから。

 焦る私をよそに紅凛はまだ魔法を使ってくれない。どうしたの? 早く使ってよ。


「限界」


 待って。待って待って。もう少しだけ。もう少しだけこのままの状態にしておいて。今魔法を解除されてしまえば私も紅凛も危ないから。


「廃人になっちゃう」


 分かってる。分かってるわよ。

 駄々をこねる子供のように言う私にエヴァレットも渋々了解してくれた。

 心を素手で掴まれているような感覚がする。これが長い時間エヴァレットに体を預けている影響でしょうか。確かにこんな感じが続いたら心を壊されてしまうような気がする。


「どうした? 限界か? スピードが落ちてきたぞ」


 私の状況とは反対にハリンの方はまだまだ余裕がありそう。魔術ってずっと使っていられるものなのでしょうか。


「……」


 エヴァレットからの返事はない。どうやら私の支配を調整するために集中して私の事など構っていられないみたい。

 さっきまで互角で戦えていたはずなのに今はハリンのスピードに付いて行けなくなっていっている。

 押されている私は徐々にダメージが蓄積されて行くけど、何とか体は動いている。

 もう少しだけもって。紅凛が魔法を使うまでは。


「もう駄目」


 体から一気に力が抜けた。それが功を奏したのか私の顔面を狙ったハリンの攻撃は空振りに終わる。

 座り込む私の所に紅凛が放った魔法が飛んでくる。何とか時間が稼げた。私は自分の役割を果たせた事で安堵し、巨大な炎が迫ってきているのに動く事ができなかった。

 あぁ、このまま炎に包まれて焼け死んじゃうのかな。



草原の鎌鼬(ウェンスール)!!』



 声が響いた。その攻撃はハリンを狙ったものではない。床に手を付いていた私の体がふわりと浮くと一気にその場から弾き飛ばされた。

 私が座り込んでいた場所は炎に包まれ、ハリンがどうなったのか宙を飛んでいる私からは見えない。

 轟々と燃え上がる炎を見る限り、そのままあの場に居たら私の体は黒焦げになっていたでしょう。

 宙を飛んでいた私は倉庫の柱に当たってようやく止まる事ができた。ただ、柱に当たって下に落ちた時にお尻を打ってしまったのでお尻が痛い。


「大丈夫?」


 何とか大丈夫。エヴァレットが魔法を使ってくれなかったら私は今頃炎に包まれ、死んでいたでしょう。それを考えればこれぐらいの痛みは許容範囲内と言った所だ。

 エヴァレットに体を操作されていた事もあり私の体は全く動かない。お尻が痛いので摩りたいのだけど、それもできないぐらいだ。

 だけどそんな私に紅凛は近寄ってきて介抱してくれた。


「神前大丈夫か? 今日のパンツは縞模様なんだな」


 柱に叩きつけられて下に落ちた時にスカートが捲れてしまっていたようだ。

 昨日だったら紅凛の好きな薄緑色の下着を着けていたのだけど、なんで違う色の下着を着けている時に私のパンツを見るのよ。って言うかもっと私の体の事を心配しなさいよ!


 ジャリッ


 体を動かせない私に倉庫の砂を踏む音が聞こえた。

 もしかしてハリンはまた生きているんでしょうか。紅凛の体が壁となってしまっていて私からではその姿が見えない。

 だけど、紅凛の顔を見る限りハリンはまだ生きているんでしょう。


 紅凛が私を優しく抱え上げてくれる。嫌だ。これってお姫様だっこじゃない。

 紅凛の大して発達していない骨ばった胸がどこか心地いい。このまま――もう少しこのままでいさせてという私のあっけなく潰えてしまった。

 木箱のような物の近くまで来た紅凛は私を優しくもたれかけさせてくれた。

 そこでやっと私はハリンが生きていると言うのが分かった。

 私がここまでボロボロになっているのにハリンがほとんど無傷なのが悔しい。


「大丈夫だ。後は僕に任せてゆっくり休んでいてくれ。必ずスマホは取り返して見せる」


 紅凛の声が私の心に染み入り、魔法の影響を受けて黒くなりかけていた心を洗い流してくれる。

 あぁ、私はやっぱり紅凛の事が好きなんだ。

 動かない体がもどかしい。真面に動かない口に苛立ちを覚える。


 紅凛がハリンの方に向かって歩き始めた。

 私にできる事はもうないし、エヴァレットに体を支配され、戦いで追ったダメージのせいで意識を保っているのも難しい。

 だけど、私は何とか動かない口を動かして声を出す事に成功する。


「無茶……しないでね……」


 こんな事を言っても紅凛は無茶するんだろうな。それでも言わずにはいられなかった。

 薄れゆく意識の中、私が最後に見たのは紅凛が背中を見せたままサムズアップする姿だった。

 格好つけちゃって。私が起きた時負けていたら承知しないんだから。

 そう思いながら私はそっと意識を手放した。


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