第55話 意外な魔法
確信があった訳でもない。
使えると思っていた訳でもない。
それでも、もしかしたらという思いで僕はフォルテュナが使っていた魔法を唱える。
『草原の鎌鼬!!』
黒い、真っ黒な風の塊が周りの埃を巻き込みながら放出された。
風の塊はハリンの体にぶつかると倉庫の壁まで弾き飛ばし、更に縛られていた千景の縄まで切裂いた。
全く持って僕のイメージした通りの魔法だ。
自分で使った魔法に感心するのは後だ。僕は自分のスマホを拾い上げ、千景の所に走っていく。
魔法で縄が切れ、その場に座り込んでしまっていた千景の猿ぐつわを外して話せるようにすると、千景は僕に勢い良く抱き着いてきた。
「凛、凛兄! ありがとう!! 私……凛兄を信じていた!」
嬉しいって気持ちは分かるんだが、神前とかもどこかで見ているんだから少しは控えて欲しい。って千景は神前が来ているのは知らないのか。
何にせよ僕のスマホと千景は取り戻した。後は千景と澤水さんの二人のスマホさえ取り返せれば僕たちの作戦は終了だ。
「ちーちゃん大丈夫? 紅凛も平……」
隠れていた神前が僕の所に走って来て、強引に僕と千景を引き離した。
「平気なようね。それにしても変な魔法だったわね。何あの真っ黒いの?」
神前の奴、兄妹の事なのに何を嫉妬しているんだ? 千景が何故が物足りなそうにしているが、そこは見ないようにしよう。
あの黒い魔法か。あれは僕にも良く分からないんだ。フォルテュナの真似をしてみたらできたって感じだ。
「その話はあとよ。ハリンがこっちに来るわ」
千景を取り戻した事に少し弛緩していた空気をフォルテュナが引き締め直す。
「今のは効いたよ。魔術とは違うようだな。もしかして魔法……じゃあないだろうな」
多分、魔法だけどそんな事教える必要もない。
千景は取り戻したわけだけど、どうやってスマホを取り戻すかな。そもそもハリンは手にスマホを持っていないしな。
「殴り飛ばして聞いちゃえばいいんじゃない? 少しぐらい痛い思いをした方が良いわよ」
拉致された恨みもあるだろうが、千景が物騒な事を言ってくる。
気持ちはわからんでもないが、それはかなり難しいだろう。単純に身体能力で言えばハリンの方が上だし、魔術を使われたら触れるのも難しくなってしまう。
「私とやり合う気か? 今からでも大人しく魔女を渡せば少し痛い目を見るだけで済むぞ」
どうやら今からフォルテュナを渡しても痛い目を見る事になってしまうようだ。そもそも渡す気がないから良いんだけど。
「私も一緒に戦うわよ。もう、逃がす気もないんでしょ?」
千景を取り戻したと言ってもスマホを取られてしまっている以上、ハリンを逃がす気はない。ここで逃がしてしまえばスマホは戻ってこないような気がするし。
だが、その前に僕は千景と澤水さんには先に帰ってもらう事にする。
「なんでよ。私のスマホなのよ。最後までいるわよ」
「私も自分のスマホの事ですから最後まで居たいと思います」
二人が必死に訴えてくるが、ここに居るのは駄目だ。折角助け出したのにまた捕まってしまったら元も子もなくなってしまう。
かなりごねられてしまったが、最後は僕の意志が固いのを理解してくれたようで、大人しく先に家に帰ってくれることになった。
「絶対に私のスマホを取り返してきてよね。約束だからね!」
「私の……私のスマホもお願いします。どうか気を付けて」
そう言うと二人は倉庫を後にしていった。
もしかしたらハリンが何かをしてくるのかとも思ったが、ハリンが動く事はなかった。
「もう良いかな? あの二人の魔女はもう回収してあるので用があるのは君たち二人の方だ。手荒な真似になるが我慢してくれよ」
こっちは魔女を持った人間が二人だ。そう簡単にやられるはずがない。
そう思った僕の考えは間違っていた。
「ウグッ!」
とても女性とは思えない声を出して神前が両膝を床に付いた。
介抱しようとして神前の方を向いたのだが、お腹を抑えつつも僕に自分の方を見ないようにジェスチャーをしてくる。
それにしてもどういう事だ? 急に神前が倒れるなんて……ハリンが何かしたのか?
「見えなかったのか? 私は制裁を加える時には男も女も、大人も子供も関係なく等しく罰を与える。そして今、その女性は神からの罰を身を持って体験したのだ」
神罰だとか面倒臭いなぁ。要はハリンが見えないスピードで攻撃したって事だろ。
「何……あの速さ……。以前、私が……戦った時より速いわ……」
立ち上がった神前だがまだかなり苦しそうだ。もし辛いようなら後ろで休んでいても良いんだぞ。
「馬鹿言わないで。やられっぱなしで後ろになんて下がれないわ」
神前が袖で口を拭う。本当に大丈夫か? 女性として見せちゃいけないものを出したんじゃないのか?
「見たら殺す」
うん。神前の下に何があるかは見ないようにしよう。ハリンに殺られるより酷い目にあいそうだ。
それにしてもあのスピードは厄介だな。やはり体術では勝てる気がしない。
「私に任せて。エヴァレットに私の体を操作してもらうから」
何? そんな事ができるのか? でも、危険な香りがプンプンするぞ。
「少しの時間なら大丈夫よ。何とか私がハリンを食い止めるからその間に倒してちょうだい」
『虚脱の人形!!』
神前は魔法を行使するとハリンに向かって行った。そのスピードは確かに今までの神前のスピードとは比べ物にならないほどの速さだった。
どれぐらい神前があのスピードを維持できるか分からないけど、神前がハリンの相手をしている間に倒す方法を考えなければいけない。
まず考えた方法として僕も神前と同じようにフォルテュナに体の操作を任せてはどうだろうと言う事だった。
「止めた方が良いわね。『原初の魔女』である私が人を操ったら廃人確定よ。一生生きる屍になっちゃうわ」
そうなんだ。『原初の魔女』魔力ってそんなにヤバいんだ。今までよく無事でいられたな。
「普段は害をなそうとしてないからよ。人を操るのは体だけじゃなく心も支配しちゃうから私の魔力だと人間は耐えられないのよ」
そうなんだ。スマホを取り返したいのは山々だけど、廃人になるのはちょっと勘弁だな。他の方法の方が良さそうだ。
うーん。まずはハリンの動きを止めたいな。だとしたら結界をハリンの所だけ張るって言うのはできるのか?
「できなくはないけど攻撃する時より正確な狙いが必要よ。失敗すればそれだけ充電を消費しちゃうから二回がギリギリじゃない?」
あの速さで動く相手に正確な狙いなんてとても無理だ。充電の事を考えないのであれば試してみる価値があるのだろうが、充電と言う枷がある以上、お試しでやるにはリスクが大きすぎる。
やはりある程度の狙いで大きな魔法を使って何とか当てるって言う方が良いだろう。神前が上手い事避けてくれるのを祈りながら。
「それが現実的でしょうね。当たらない事にはどんな強力な魔法を使った所で意味がないもの」
僕はハリンに向けて狙いを定めようとするが、ハリンの動きは速くなかなか狙いが定まらない。
「早くした方が良いわ。礼華の方がもう限界みたい」
互角で戦っていた神前のスピードが落ちてきており、ハリンに押され始めている。
これ以上時間はかけられない。僕は多分この辺りだろうと思った所で魔法を行使した。
『太陽の紅焔!!』