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スマホの中には魔女がいる  作者: 一宮 千秋
第四章 それぞれの魔女
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第50話 兄弟の魔女

 優成がマウンド上で仁王立ちしてボールを私に見せてくる。

 ホームラン予告ではなく投球予告と言うのでしょうか。


「最後の一球は全力でストレートを投げてやる。打てるものなら打ってみろ!」


 全力って事は速いボールが来るって事でしょうか。

 この言葉を信じて良いのかどうか分からないけど、最後の一球になってしまった私は信じるしかない。

 優成の投球予告に対し、私は左手だけでバットを持ち、大きく上から振り下ろすようにして校舎の方を指す。ホームラン予告だ。

 斜照の光を浴びたバットがオレンジ色に輝く。ホームラン何て打てるとは思っていないけど、どうしても一度やってみたかったのだ。


「お前、それがやりたいだけだろ」


 どこか冷めた感じで静二が言ってくるけど、そんなの当り前じゃない。誰だってこの状況になったらホームラン予告するでしょ。

 格好よく決まった所で私はバットを両手で持ち、最後の一球を待つ。

 優成も丹念にグラウンドを均した後、投球モーションに入る。


 泣いても笑ってもこれが最後の一球。

 今頃になってなんで私がこんな勝負をしないといけないのか疑問に思えてくる。この勝負が終わったら紅凛を殴ってやろう。

 そんな事を考えている中、優成が投球モーションに入る。さっきまでと違い、モーションもどことなく大きく感じる。

 私も負けて居られない。速いボールに対応するため、バットを振り始める。後は何とか当たってくれることを祈るだけだ。


「どぅおっせい!!」


 とても女性が出す声じゃない声を出して私は全力でバットを振る。

 紅凛の事を考えていたからなのか肩の力が抜け、思っていた以上にスムーズにバットが振れている。

 行ける。これなら何とかバットに当てる事ができる。そう感じた私の手に手ごたえがあった。


 ガコッ!!


 当たり所が悪かったのかバットを持っている手が痺れてしまっている。

 だけど、何とかバットには当たってくれた。ホームランと言うにはほど遠いほどだ球で、三塁線をコロコロと転がっている。


「走って!」


 ボールがバットに当たった事が嬉しくて小躍りしそうになった私だけど、エヴァレットの声で正気に戻った。

 そうだ。まだボールが前に転がっただけ、一塁まで走ってセーフにならなければいけない。


「ファースト!!」


 静二が大きな声を出して一塁の方を指す。どうやら優成がマウンドから降りて来てボールを処理するようだ。

 速く走らなければとは思うのだけど、普段運動をしてないせいもあって足が思うように動いてくれない。

 そして予想外だったのは意外と一塁までは距離があることだ。見ていた感じだとすぐだったのだけど、実際は知ってみるとこれが遠い。

 優成の方はすでにボールを拾い上げ、一塁に投げる態勢に入っている。


 待って、待って、待って。まだ投げないで。


 その思いが通じたのか優成は踏ん張った足が滑ってしまっている。

 これはチャンス! 残り半分なら私の方が絶対に速いはず。

 体勢を立て直した優成が慌ててボールを一塁に投げてきた。その投げたボールがこれまた速い。

 唸りを上げてボールが私の方に迫ってくる。実際には一塁に投げられているんだけど、そんな風に感じる。


 大丈夫。後二歩。私の方が絶対に速いはず。


 バチーン! とボールが一塁ミットに収まるのと一塁を駆け抜けた私はほぼ同じタイミングだった。

 だけど私の方が一瞬速かったはず。全力で走った事で荒れている息のまま黙って判定を待つ。

 緊張も加わり、酸素が足りない。早く、早く結果を教えて。


「アウトー!!」


 一塁の審判をしていた部員からアウトのコールが校庭中に響いた。

 判定を待っていた野球部員から大きな歓声が上がり、飛び上がって喜んでいるけれど、私は今の判定に納得がいっていない。

 絶対に私の方が早かったはずだ。一塁で審判をしていた部員の所に駆け寄ると私はビデオ判定と言う名のスマホで撮影していた動画を確認する事を要求する。


「おいおい、往生際が悪いぞ。諦めて全員にキスをしてマネージャーになれよ」


 そんなの嫌よ。絶対に私の方が速かったんだし、わざわざ条件を飲んでまでスマホで撮影をする事にしたんですもの。

 私が頑としてスマホでの確認を譲らずにいると他の部員たちも集まってきた。


「まあ、条件に入れていたからな。仕方がねぇ、スマホで確認するぞ」


 撮影していたスマホに全員が群がり、今か今かと再生を待つ。

 スマホは部員の荷物や野球道具で作った脚立のようなもので撮影していたので私が打った場面とかは撮影されていない。

 あっ、私が写って来た。まだこの時点では私はベースについていないし、ボールもファーストに届いていない。


 ここからはコマ送りにして一コマずつ確かめて行く。

 何コマか進めると私は後一、二歩の所まで来ている。その時、微かにだけどボールが写り込んできた。

 次のコマに進むと確実にボールが画面に映り込んできた。次よ、次。あと一歩で私はベースに到達するはずだ。

 そして運命のコマになった。周囲にいる部員も誰も言葉を発する事がなく、唾を飲み込む音さえ聞こえて来る程だ。


 私の足がベースに届きそうになっている。見ようによっては着いているようにも見えるけどこれはどうなんでしょう。


「これはまだ着いていない。判定はまだだ」


 むう。このコマで私がベースに着いているんだと思ったけど、次のコマを確認しなければいけない。

 審判役の部員の言葉に次のコマを催促する。一コマで凄い進んでいるボールが次のコマでグローブに収まっているかが気になる。


 問題のコマ。私の足はベースに着いているように見る。対してボールはグローブの直前まで来ているがまだ画面に映っているって事は捕球はしていないって事だ。

 これは私の足の方が早かったって言う事で良いのではないでしょうか。

 審判役の部員の方を見るけど、真剣に画面を見ており、まだジャッジを下していない。

 スマホを確認する限り私の方が早く着いているように見える。

 私の迫力に気圧されたのか審判役の部員は恐る恐ると言った感じで声を出した。


「セ、セーフ」


 小声だったけど確かに審判役の部員はセーフと言った。


 やったぁ! 勝ったぁ!


 いろいろと大切な物を失いそうだったけど、これで回避できた。

 あまりの嬉しさに私は年甲斐もなく飛び跳ねて喜びを爆発させる。地面に手を付いて項垂れている部員をジャンプしながら見下ろすのは気持ち良い。

 気持ち良いのだけど、部員全員が地面に顔が近いのが気になった。


 喜びを表して飛び上がったのは良い。そこまでは何の問題もないのだ。

 しかし、飛びあがった後には当然、着地をする訳でその時に私のスカートは空気の抵抗を受けて捲れ上がっているのに気が付いた。

 このエロ部員ども。顔を地面に近づけていたのは私のパンツを見るためだったのか。

 私は慌ててスカートを抑えるが見られてしまった後ではもう遅い。

 だったら部員を一人ずつ殴りつけて記憶を消していくかと思って歩き出そうとした所、優成と静二の兄弟が私の前に立ち塞がった。


「俺たちの負けだ。約束通りにしてやるよ」


 優成が部員に後片付けを命令すると、部員たちは私のパンツを見たせいか満足そうな顔をして後片付けをしにグラウンドに行ってしまった。

 優成たちはポケットに仕舞ってあったスマホを取り出すとアプリの削除画面まで操作をする。


「この力があれば甲子園も夢じゃなかったのにな……」


「静二。俺たちは正々堂々と勝負をして負けたんだ。スポーツマンならちゃんと約束は守ろうぜ」


 流石兄弟。二人は敢えてタイミングを合わせた訳ではないのだけど、同時に削除ボタンを押してアプリを削除した。

 一応確認のため、私は二人のスマホを見るが、ちゃんとアプリは削除されており、魔女の姿もどこにもなかった。


「これで良いのか?」


 私が無言で頷くと二人も後片付けをするためにグラウンドに走って行ってしまった。

 スポーツマンって潔くって良いな。私なら絶対に駄々をこねて何とか削除しなくて良いようにすると思う。


 夏の夕暮れにグラウンドで後片付けをする部員たちの声が響く。

 いろいろと大変だったけど終わってしまえばすぐだったように思える。

 今も最後に打った時の痛みが私の手を襲って来ており、なかなか痛みは引いてくれそうな感じがしない。


「大丈夫?」


 エヴァレットの言葉にはいろいろな意味が込められていると思う。

 だけど、その全ての意味において私は「大丈夫」だ。

 グラウンドで一生懸命後片付けをしている部員を残し、私は家に帰る事にした。


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