第46話 魔女との別れ
どうしてこんなに減ってるんだ?
「治癒魔法を全力で使ったからよ。それに待っている間にも充電してなったしね」
うっ! 確かに安未さんが喫茶店を出て来るまで充電も何もしてなかったし、受付で待っている間も充電してなかったな。
こんな所で充電してなかった事が響いてくるとは。これじゃあ、何のためにモバイルバッテリーを買ったのか分からない。
「残りは四十パーセントないぐらいかしら。使えて二回。強いのなら一回って所かしら」
マジか。戦いを始める前にもうピンチじゃないか。こんな状態でレメイに勝てるのか?
「やるしかないでしょ。そうじゃなきゃ殺られるだけよ」
そうだよな。充電がないからまた後で。なんて事にはならないよな。
僕は覚悟を決めてさらに一歩前に出るとレメイも前に出てきた。その距離五メートル。レメイなら一瞬で詰められる距離だ。
「死ぬ前に聞いておいてやろう。どんな死に方が良い? 首を刎ねられたいか? それとも内臓をぶちまけたいか? 私としては首を勧めるね。首から血が噴き出る様は何度見ても興奮するし」
どっちもごめんこうむりたい。僕にはまだやりたい事があるんだ。そう。様々な女性のパンツを見る事だ!
まだ大した人数のパンツしか見てないのにこんな所で死ねるか! レメイに攻撃される前に僕の方から距離を詰めていく。守っていても勝てない。そんな考えからだ。
だが、大きく振るった腕は目を瞑ってでも避けられると言うぐらい余裕を持って回避されてしまった。
「何だい? この攻撃は? 折角、体の調子を確かめられると思ったのにこれじゃあ、確認ができないじゃないか」
そんな事を言われてもバンバン魔法を使える訳じゃないからこういう攻撃で隙を作って虎の子の魔法を使うチャンスを伺うしかない。
その後も腕を振るって行くが、当たる気は全くしない。それでも尚攻撃していくとレメイが軽く振った拳が僕の鳩尾にめり込んだ。
ガフッ!
缶コーヒーを飲んだだけで何も食べていないのが良かった。胃から逆流してくる感覚はあったが、汚いものが出る事はなかった。
「はぁ、そろそろ飽きたわね。血も見たくなってきたし殺しましょうか」
『幻想の鋭鋒!!』
レメイが魔法を唱えると、その手には剣が握られていた。日本刀とは違う両方に刃の付いたゲームなんかで良く見る形の両刃剣だ。
ブォン!!
レメイが剣を振ると空間さえ切裂いたのかと思える風斬り音が聞こえてきた。
あんなので攻撃されたら一溜りもない。防ぐことはおろか避ける事でしか無傷ではいられない。
月明かりを浴びた刃が勢いよく僕に振り下ろされる。本当に夏なのかと思えるほど冷たい空気がギリギリで避けた僕の頬を刺激する。
あまりの冷たさに思わず頬を摩ると手にヌルッとしたものが付着した。血だ。剣は避けたはずなのに僕の頬は斬られていたのだ。暖かい血に混じり、冷たい汗が頬を伝わる。
「コーリン、集中して! 次が来るわよ」
レメイはすでに攻撃の準備をしており、このまま動かなければ格好の的になってしまう。
必死になって攻撃を避ける僕に対し、レメイは笑顔を浮かべながら剣を振ってくる。だが、その攻撃は手を抜いている訳ではなく、どこか楽しんでいるように振っているように見える。
「そらそら、どうした? しっかり避けないと首が跳ね飛ぶわよ」
体のリミッターを外しているためだろうか、軽々と振るわれる剣は時々僕の体を掠めながらそのスピードを速めて行く。
ビュンッ!!
横薙ぎに払われた剣を屈んで避けたのだが、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
レメイは振り切った剣を両手で持ち、大上段に構える。
「終わりだ。良い感じに血をぶちまけろよ」
完全に勝ったと思っているレメイだが、僕はこの時を待っていた。大上段に構えた事でレメイはすぐに避ける事はできないはず。
僕はレメイの顔面に向けて手をかざし、フォルテュナに命令する。今だ!!
『岩漿の紅焔!!』
勝負を決める炎が僕の手から放出された。炎は僕の狙い通りレメイの顔面に向かって行くとレメイの頭を吹き飛ばし、結界にぶつかって消えてしまった。
やった! 何とか勝てた。魔法の感じからしてもう魔法は使う事ができないだろうけど、倒す事ができたのだから文句はない。僕は土を払って立ち上がったが、その時、レメイの体が動いた。
「残念。私は死んでませんでした。アハハッ!」
急に頭の現れたレメイが振るった剣で僕は体を斬られ、その場に倒れ込んでしまった。
なんで……? 頭を吹き飛ばしたはずじゃあ……。
「そんなの首を折り曲げて躱したに決まってるじゃないか」
首を折り曲げてだと? あの状態から首を折り曲げるとしたら真後ろに折り曲げるしかない。そんな事が……。
「できるのよね」
僕の近くに寄って来たレメイが実践して見せた。体を反らしたといったレベルではなく、頭は完全に背中についており、どう考えても人間の出来る動きではない。
「さて、良い感じに絶望感も漂ってきたし、そろそろ盛大に血を見せてもらおうかしらね」
クソッ! あんな方法で攻撃を躱すなんて。もう魔法も使えない、体の傷も疼いている、そして倒れてしまっている状態では攻撃を避ける事もできない。
「コーリン! こう一度手をかざして!!」
もう遅い。レメイは剣を振り下ろし始めているのだ。僕は最後の抵抗とばかりに体を小さくしてガードを固めるが、何の意味もないのは僕が一番よく分かっている。
目を瞑って暫くなるのだが、剣が僕の体に当たる感覚が来ない。それどころか僕の頭に雨が落ちてきた感覚がある。
あれだけ晴れていたのにこのタイミングで雨かと思い、目を開けて上を見ると、そこには血を流すレメイの姿があった。
口から血を流すレメイの腹部には一本の土でできた槍が刺さっていた。
誰が……?
僕はレメイのさらに奥を見るとこちらに手を向けている安未さんの姿があった。
「クソッ! あのメス豚が!! ビビって動けないと思って油断した」
レメイは憎々しい表情で安未さんの方を見るが、体が上手く動かないようだ。
今の内に兎に角距離だけは取って置かなければと思い、傷を抑えながら立ち上がり、レメイから距離を取る。
「あぁ、真面に体が動かないじゃないか。忌々しいねぇ」
レメイは腹部に突き刺さった槍を握りつぶすと槍は粉々に砕け消えて行った。
「まあ、どれだけ動けるか確認できただけ良かったとするか。だが、お前たちは必ず殺すからな。せいぜい夜に怯えて暮らすが良い」
結界を解いたレメイは僕たちを襲う事なく、フラフラと消えて行った。
何にしても助かった。安未さんが加勢してくれなければ今頃僕は死んでいただろう。
「動かないで! 今治療してあげるから!」
いや、フォルテュナの方が動かないでくれ。この充電量で治癒魔法を使ったら充電がなくなってしまうかもしれない。
僕は持っていたモバイルバッテリーを繋ぎ、充電を始める。
充電をしてフォルテュナが魔法を使うまで動けない僕の所に安未さんがやって来た。
「ありがとう。紅凛君。助かったわ」
助かったのは明らかに僕の方だ。安未さんが魔法を使ってくれなかったら死んでいた所だからな。
それにしても良く攻撃魔法を使ってくれたものだ。安未さんはてっきり治癒魔法しか使った事がないと思ってた。
「初めてだったわよ。今まで人を攻撃する魔法なんて使った事なかったもの」
普通に生活していればそうだよな。僕みたいに攻撃魔法を使いまくっている方がおかしいんだ。
「どうしましょう。ここは病院の駐車場だからすぐにお医者さんに見てもらえるけど行く?」
多分大丈夫。フォルテュナの魔法が使えるようになれば病院で治療してもらうより早く治るし。
暫く充電されるのを待ち、治癒魔法を使っても大丈夫なほど充電がたまった所でフォルテュナに傷を治してもらった。
「本当にその魔法凄いわね。病気やケガだったらどんなものでも治せちゃうの?」
「えぇ。魔女業界一可愛い私に治せない物わないわ。あっ、でも欠損しちゃったら治すのは難しいかな」
と言う事はフォルテュナは皮一枚でも腕が繋がっていれば再び腕を使えるようにできるって事だ。とんでもない魔法だな。
フォルテュナに治療をして貰って立ち上がった僕に安未さんは真剣な表情を向けてくる。
「じゃあ、約束だからね。アプリを削除するわ」
安未さんは僕から視線を外し、握っていたスマホに目を向ける。
寂しくないようにと思い、無理に笑顔を作っているのが見ている僕にも分かる。
「エルバ。今までありがとう。別れるのは心苦しいけど、分かってくれると嬉しい」
「大丈夫よ。安未。私も今まで楽しかったわ。あなたの事は忘れないから。お母さんを大事にしてね」
「……っ……!」
安未さんの目からは堰を切ったように涙が溢れだしているが、安未さんは笑顔を崩す事はない。
「それじゃあ……、さようなら。エルバ」
安未さんはスマホをタップする。僕の位置からは「はい」を押したのか分からないけど、安未さんは間違いなくアプリを削除しただろう。
「うぅ……。エルバ……」
エルバを自分の手で消してしまった事に安未さんは項垂れ、暫く悲しみに暮れていたが、涙を拭って立ち上がった。
「見て。ちゃんとアプリは削除したわよ」
スマホの画面には魔女はもう居なかった。わざわざ見せてくれなくても僕は削除したと信じていたのだが、安未さんはちゃんと画面を見せてくれた。
しかしこれは堪えるものだな。分かってはいたんだけど、かなりきつい。何も悪さをしていない魔女を削除してもらわなければいけないと言うのは。魔女と離ればなれになってしまうと言うのは。
「まだほかにも魔女を持っている人っているんでしょ? 紅凛君はこれからもこんな事を続けて行くの?」
今の安未さんの別れを見てしまうと正直言って魔女を削除していくのは止めてしまいたいとすら思えてくる。
だが、僕は心に決めたんだ。すべての魔女を削除して元の世界に戻すんだと。
「そう。私にできる事があれば何でも言って。微力ながら力になってあげるから」
そう言った安未さんの顔からはもう涙は消えており、それが逆に僕の中に罪悪感を生じさせた。