オリエンテーション②-3 花園倭流日本舞踊「Burning Love」
これまで演台のミカの脇で小さくリハーサルをしていたホログラフィたちの姿が大きくなっていく。演台への照明が落ち、ミカは着ていた白衣を脱いだ。
演台のミカと4体とホログラフィたちは、揃いの和装となった。
「さて、他の人の話ばかりをするのも何なので、ここからは私も演じる方に回ってみたいと思います。私の髪の毛の方をホログラフィで変化させるのは技術的に難しいそうなので。」
とミカは笑い、艷やかなおさげ姿のカツラを被った。演台のミカと4体とホログラフィたちは、揃いのおさげ姿となった。曲が流れ始める。
「こちらの曲は、ご存知の方が多いでしょうかね。そうですね、昨年秋に京都のアニメーションスタジオが送り出した、久しぶりの大ヒット作アニメのエンディング・ソングです。かつて、世界中の多くのアニメファンの皆さんが嘆く悲劇的な事件に見舞われた京都のアニメーションスタジオさんも、長い時を経てですが、立ち直られたことは何よりです。」
と言い、ミカは京都のアニメーションスタジオの亡くなられた人々のために、おさげ姿のまま、黙祷を捧げた。
「本日の、メディアの方へのリアリテスのご紹介を兼ねての特論オリエンテーションで、こちらの曲を使わせてもらうことにしたのには、ふたつの理由があります。和装で披露されるこの曲のダンスの技術指導メンバーに、日本舞踊の所作担当として私も加わっているためです。私の家、前山家は、ソトヘビノミタマという古神を祀る古くからの神職となります。私は、花園倭流という流派の日本舞踊で奉納の舞いを踊る役割を子供の頃から担っていたのです。そんなこともありまして、アニメキャラクターのミコットちゃんたちの母親世代の私が、この子たちと一緒に踊ることを許してくださいね。特に、ミコットちゃんシリーズのアニメファンの皆さん。」
と、ミカはイタズラっぽく笑った。
「さて、こんな格好になってしまいましたので、ここで、花園倭流の振り付けを強くしたバージョンの、ミコットちゃんアニメのエンディングテーマ『Burning Love』を披露したいと想います。本日の特論との関係だけを付言しておきますと、今から披露させていただくバージョンの映像クリエイターには、リアリテス治験に参加してくださっている当院の元患者さんが加わってくれています。」
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照明が落ち、ミカと4体とホログラフィたちにより、花園倭流バージョン日本舞踊『Burning Love』が披露された。所要時間は、1分30秒。
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舞踊が終わり、ミカたちが静止すると、学生たちから拍手が起きた。
ミカは一礼をすると、おさげ姿のカツラを取り、演台に戻る。
「ありがとうございます。
さて、ただいまの舞踊ですが、随分とアニメのエンディングテーマのものとは随分と振り付けも異なれば、ビジュアルイフェクトも異なりますね。
舞踊の方は私が普段行っている奉納の舞いをベースに即興でのアレンジを加えたものなのですが、それに合わせるビジュアルイフェクトの方は、実は先程、剣術ゲームを頑張ってくれたTさんがつけてくれたものです。
Tさんの場合、リアリテスによる現実感向上が非常にうまくいっています。結果、活性化された彼女の脳は、通常は慎重に組み立てられたアルゴリズムによって行われるビジュアルイフェクト付与の処理をほぼリアルタイムで行うことができるようになっているのです。従来の意味での学校生活や社会生活を営むことが難しい彼女は、リアリテスを通じてCGクリエイターとして生きる道を探り始めているのです。
」
ミカと揃いの和装となったTさんのホログラフィが現れた。
「今日の演出はまだ仮のものです。舞いに拙いところとあったとしますと、それは私の振り付けが拙いためです。ただ、現在進行系のビジュアルイフェクトではありますが、Tさんがつけてくれた振りは、リアリテスを通じた社会参画の一つの可能性を示したものとは言えると想います。素敵なイフェクトをつけてくれたTさんにも拍手をお願いいたします。」
とミカが言うと、学生たちの拍手は、ミカたちへのものよりも大きなものとなった。
Tさんはホログラフィは一礼をして、少しうれしそうにはにかんだ後に消えていった。
ミカは、Tさんのホログラフィの残像を見送った後、学生たちとカメラを前に再び話しだした。
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さて、京都のアニメーション・スタジオの手による、昨秋のミコットちゃんアニメでは、いくつかの復活がテーマとして掲げられていました。一つにはもちろん、アニメーション・スタジオが凄惨な事件から復活を遂げてはじめて、地元の京滋圏を正面から舞台としたアニメーションを撮ったということです。滋賀県と京都府とを舞台としたかつての名作アニメの聖地に当たる自治体の皆さんも全面的に協力してくださったとのことです。
第二には、同じく京都のアニメーション・スタジオの手による、兵庫県を舞台としたかつての名作と、兵庫県のとある学園都市をモチーフの一つとした別の名作とのクロスオーバーが行われたスピンオフ作品という意味での復活です。
こうした復活は、概ね好意的な評価を受けることが出来、ミコットちゃんアニメは、先月に第二期の製作プランも発表されることになりましたね。それはうれしいことなのですが、こうした復活は、携わったスタッフの皆さん、かつてのスタッフのご遺族の皆さんに、心理的な負担をかけたりトラウマを思い出させてしまうこともありえます。アニメーションの素人である私が、ミコットちゃんアニメのエンディングテーマの振り付け作成に加わらせていただいたのは、縁あって、臨床心理士となってからの10年ほどの間、私がアニメーション・スタジオの方々の定期的な心のケアを行う医療チームに加わってきたことがあります。私が担当させていただいている方々には、は私と同年代のスタッフの方や、亡くなられたスタッフのお子さんで私より年下の方、さらには皆さんに近い年代の方もおられます。私は臨床心理士をつづけている間、彼らのケアチームの一員でありたいと考えています。なお、リアリテス機器は京都の大学病院にも設置されておりまして、アニメーション・スタジオの何人かは、京都の医療チームの関与の下、クリエイターとしてのモチベーション維持のために、リアリテス機器による脳機能の活性化を試みられています。
こうした、京都のアニメーション・スタジオの皆さんへのケアとサポートは、あの事件後に世界中の皆さんからスタジオに寄せられた寄付金が基金として使われています。
本日の特論オリエンテーションは、後ほどにメディアの特番にもしていただけるとのことですので、ここで、その基金によって、彼らの下支えする医療チームに加わられていただいている私の方から、スタジオに寄付をよせてくださった皆様に心からの御礼をしたいと思います。
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ミコットちゃんアニメ風の和装をしたミカは、深々とお礼をした。
静まり返った大講義室で、顔を上げたミカは再び話し出す。
「さて、この話題の最後に、特論オリエンテーションで、この『Burning Love』というエンディングテーマ曲を使わせてもらうことにした、ふたつ目の理由をお話しましょう。それは、凄惨な焼死事件に巻き込まれてしまった京都のアニメーション・スタジオの復活を告げるアニメーションで、Burning(燃えている)という、危険な言葉とも捉えられかねないタームを採用した監督さんの決断に端を発します。」