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オリエンテーション② 臨床心理士・ミカ(兼イベントプロデューサー)

 指定された10分の休憩時間を終え学生たちが待つ大講義室に、ミカは入っていった。


 「さて、本特論の精神神経科パートの後半では、わたくし、臨床心理士の前山ミカがお話させていただきます。普段は前半を担当したサイトウ先生の治療チームの一員となります。リアリテスの治験では、被検者として参加されている方々からお話を聞かせていただき、皆さんのこころの状況を把握し、必要においてのアシストをすることを任としています。」

 

 前半のサイトウ先生は休憩後に講師が変わることを伝えてはいなかったけれども、話し手が変わったことを学生たちは特に気にはしていないようだった。そう見てとりつつ、ミカは、プレゼンテーションモードを再びオンにして、話を続ける。

 「先程のサイトウ先生のされた話のうち、1点だけ確認と補充させていただきます。サイトウ先生は、リアリテスが使用者の網膜の周辺視野に向けレーザーを照射することで、脳が感じる現実感リアリティ亢進こうしんするといった旨のことを話していましたね。実際になされるレーザー照射は、通常、リアリテスのヘッドセットをかぶってからの数分間だけです。脳が十分に活性化された後は、レーザー照射はなされません。

 レーザー照射を終えた後の脳は、少しずつ活性化の度合いを下げていくものと思われますが、最終的に、どこまで活性が下がっていくものなのかは、治験を通じ、明らかにしていくことを目指しています。」

 

 ミカは、プレゼンテーション画面に、話した概念を説明するグラフを映し出した。横軸が時間軸、縦軸に脳の活性化度合いとなっている。時間軸の前半でリアリテスの照射により、使用者の脳は活性化され、照射を終えると活性化は少しずつ下がっているが時間軸の右の方では、グラフの線は破線となり、定まっていないことを示している。

 

 「来年以降に始まる治験の第Ⅱ相では、ゲーム依存症の患者さんとご家族に同意を取った上で、リアリテスの治験に参加していただくことが本格化いたします。本格化といいますのは、これまで4年近く行ってきました第Ⅰ相治験でも、危険性が少ないことが確認済の5分以内の短時間のレーザー照射は同意を得た患者さんに行ってきたためです。5分以内の照射という条件下での照射試験の結果は、以下となります。」

 

 プレゼンテーション画面が、『第Ⅰ相治験における短時間照射試験の結果(暫定ざんてい)』と第された、比較表に切り替わった。表の左側が健常者、表の右側がゲーム依存症患者となっている。縦軸は脳の活性化度合い(最大値)となっている。

 

 「この表は、現在私達が集計中の試験結果を示しています。まだ、暫定的ざんていてきな値ですが、5分程度の照射の場合、健常者の方々と比較して、ゲーム依存症の患者さんに対する効果は限定的という概ねの結果は得られています。当然に、個人差はありますが。」


 ミカがそう話すと、プレゼンテーション画面が『リアリテス第Ⅱ相治験における目標』というタイトルのものに切り替わる。

 

 「さて、画面に今後の治験の第Ⅱ相で私達が目指すところを列挙しました。

 第一に、試験におけるリアリテスの照射時間を今の5分から10分、15分...と伸ばした場合に、患者さんの脳の活性化がどの程度向上するものなのかを知ることです。

 第二には、治療効果の高いリアリテスの照射間隔を知ることです。これまでも概ね半月毎の照射を行った群と1月毎の照射を行った群等、複数の条件で比較を行って参りましたが、照射時間が変わることで組み合わせが複雑となりますので、その中での最適解を探る取り組みを行って参ります。

 そして、第三に、リアリテス照射の効果が見られ、抑うつ状態等の症状が回復した患者さんに対する社会復帰のモデルケースを得ていくことです。こちらは、前二者と異なり、質的な研究となります。」

 

 ミカは、学生と後ろのテレビカメラの方を向いて言った。

 

 「さて、この第Ⅱ相治験においては、リアリテス照射で懸念されている副作用が本格的に出てくることもありうると考えています。例えば、比較的長い時間のリアリテス照射を通じて、長く続いた抑うつ状態から一時的に現実感リアリティを回復できた患者さんに、その後抑うつ状態が戻ってきてしまい、さらに気分が落ち込み、自殺等を企図してしまうといったことがおこる懸念です。もちろん、こうした副作用は、これまで精神神経科で投与されてきた抗精神病薬でも生じていたことですが。」

 

 「さて、私は臨床心理士です。医療系の学科の学生さんは、ご存知のことと思いますが、サイトウ先生のような精神科医と臨床心理士の最大の違いは、抗精神病薬の処方といった治療的介入を行えるかどうかということになります。私達のチームでは、サイトウ先生が決めた処方や治療方針の中で、私も含め広い意味のコメディカルであるメンバーがベストを尽くすこととなります。例えば、作業療法士の方のサポートの下、患者さんに作業療法を提供するなど、といったようにです。」

 

 ここで、大講義室のスピーカーから、ドラムの低い音が鳴り始めた。プレゼンテーション画面が消え、講義室の照明が落ちていく。ミカの顔を照らしていたスポットライトも消えた。

 

 「ここから先は、臨床心理士として、チームのメンバーの中では、一人一人の患者さんの話を聞くことに一番長く時間を割いている私が、一人のゲーム依存症の患者さんの歩んでこられた人生を振り返ることをさせていただきます。

 私は心理学科を卒業後、アドテク企業や広告代理店でのマーケッターをした後に、臨床心理士になったという経歴を持ちます。

 マーケッターの経歴を活かしイベントプロデューサー的なこともしておりますため、患者さん一人の人生を振り返るという重い課題を、ここからは少しばかり音楽と映像の力を借りて皆さんにイントロデュースしたいと想います。」

 

 スピーカーからは、若い男性の声で『ワン、ツゥ、ワンツースリーフォー。』という

掛け声が聞こえてきた。

 

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