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オリエンテーション①-3 開発中の剣戟ゲーム『キュクロプス』

 「はじめに言いましたように、リアリテスは、仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターです。リアリテスのレーザー照射を何度か受けリアリテスAIをパーソナライズさせた後は、ユーザーは、装置が映し出す仮想現実《VR》をリアルなものとして受け止められるようになります。そのひとりひとりの現実感リアリティが、リアリテスを併用することで、仮想現実《VR》内での行動をアシストする方法の研究が別途進められています。そのため、リアリテスによるレーザー照射は、短時間のものについては、医師の立ち会いなく行うことができるようにする方向で、現在、政府の審議会で検討が進められています。その一つが、リアリテス併用型の仮想現実《VR》ゲームです。こうしたゲームでは、提供される仮想現実をよりリアルに感じてもらうために、アシストモードの準備が進められています。これまで少し格闘ゲームもしてきた私も、アシストモードのありがたさは分かりますかね。」


 私の話の途中から、学生が少しどよめいた。まぁ、チャリティイベントとはいえ、世界レベルと目されるようになっている高額賞金付きのゲーム大会で私か、私のチームのスタッフが、リアリテスのおかげで優勝した話を聞きつけてきた方面だろう。

 事実、それは私の話ではある。おそらくは、リアリテス機器によるパーソナライズを経て現実感リアリティ認知力亢進こうしんさせることで、かなりの確率で実際にゲームの腕は有意に向上することだろう。ただし、当然ながら、ゲーム依存症治療機器がゲーマー育成装置のように伝わりかねない話であるし、副作用と呼ぶべきかも未だ定かではないが、同時に他の精神作用の亢進も見られていることも事実ので、メディアのカメラを前にした今日のイントロダクションで話すことではない。

 

 私は淡々と話を続ける。

「ここでは、現在、実証試験段階にあるという剣戟けんげきゲーム、『キュクロプス』を少し紹介したいと思います。」


 私の脇で待機してくれていた山田さんが講義室の入り口付近に移動すると共に、山田さんが立っていた位置に、今度は男性のエルフ姿のホログラフィが浮かび上がる。

 

 「『キュクロプス』という名前に、思い当たりがある方はどのくらいいますかね。『キュクロプス』という名前を最近聞いたことがある人、手を上げてください。」

 ゲーム依存症治療機器の授業に、ゲームのキャラクターのようなホログラフィがさらに登場して戸惑いを見せる学生が多い中、4分の1くらいの学生が手を上げてくれた。

 

 「そう、最近、命名権を売って去年から名前を変えた『仙台キュクロプス国際空港』、ですね。最近、次世代産業特区になった仙台空港のあたりでは、現在、リアリテス併用型の仮想現実《VR》ゲームが開発されています。空港の命名と合わせ、ゲームの開発コードの方も『キュクロプス』というわけです。単眼のキュクロプスの名は、地元仙台の英雄、独眼竜政宗にもちなんでいるのだとか。」

 

 私は、男性姿のエルフの方を見ながら、続けた。

 「さて、こちらのエルフ男子は、今は仙台空港にあるリアリテス装置の治験に参加してくれているユーザーによって操られています。ユーザー名はYUKI。少し前から、ホログラフィ系のゲームの方では、ちょっとした有名ゲーマーなのでしょうね。せっかくなので、TさんのエルフとYUKI君との間で行われる『キュクロプス』の剣戟けんげきバトルを少し見ていただきましょう」

 

 実際に有名ゲーマーとなりつつあるYUKIを、《SAKURA eスポーツ大戦》のホログラフィ系のゲームの場で、2度もぶっ倒した私だったが、まぁ、それはサイトウおねえさんが酔った勢いでしでかしたことの一つとしておこう。

 

 YUKIとTさん、二人のエルフのホログラフィは、互いに向き合い、構えを取った。

 

 ☆


 「さて、キュクロプスの剣戟けんげきの方、まもなくバトルが始まりそうですが、バトルの方は、ホログラフィ系ゲームのプロゲーマー登録済のYUKI君が勝つことでしょう、とだけ言っておきましょうか。私のオリエンテーションの方は続けていきますね。バトルを見ながらでも良いので。」

 と言って、皆の注目を少し私の方に戻す。

 

 「ここからは、キュクロプスのような仮想現実《VR》ゲームと、仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテス、それに、ゲーム依存症などの精神疾患の予防や治療との関係を、精神科医としての立場から、少しお話したいと思います。」

 二人のエルフが剣戟けんげきを始めるのを横目に、私は話を続ける。

  

 「さて、改めてYUKI君と向かい合っている、今はエルフのTさん。私は、彼女をDIDと略される解離性同一性障害とかつて診断した、と先程言いました。いわゆるDIDの患者のかたは、いくつの人格を内に秘めている、いわゆる多重人格状態にあることがしばしばあります。彼女の場合、異国の地で次代の王となるべく育てられた姫君というのが人格の一つとなります。

 DIDの方は、おそらくは何からの遺伝的な背景からそのように生まれついた方となります。そして、私たち医療者がそうした別人格にお話をさせていただく機会を得た場合には、その別人格を否定することは基本的にありません。そうした人格と共に生きていけるよう、継続的な支援をすることが精神科医の役割となります。

 さて、Tさん。彼女は、中高一貫の有名な進学校に進み入学当初はトップクラスの成績だったそうです。その後、1年もたたずに学年最下位に近くに成績が落ちてしまい、また、冬になると不登校が悪化していきました。学校医の紹介を受けた私は、彼女と話しました当初はゲーム依存症を疑いました。

 結果として、彼女はゲーム依存症ではないことが分かったのですが、同時に、私達のチームによる精神医学的面接を経て彼女は通常の学生生活を送ることが決定的に向いていないことが判明しました。DIDによる複数人格が現れていることの影響の一つとして、彼女の精神年齢の進み具合といいますか、脳全体の発達が、いわゆる健常者の皆さんに比べると決定的なハンディを追っているのです。中学でも高校でも、そしてその先でも、普通の意味の学業や仕事をすることについては、Tさんは常に落ちこぼれてしまいます。そして、残念ながら、そのことは解離性同一性障害という診断をTさんに下した私のような者が治療対象とできるものではなく、高い確率で予測可能な事柄なのです。」

 私は、淡々とした口調で、ここまでを一気に話し、一呼吸をおいた。

 

 今更ながら、私は、内心で、私自身がここまで話してきた事柄に憤っていた。私が今日はTさんと呼ぶ、今は実年齢より少しばかり幼い異国・異世界の姫君、そして、その姫君にこの世界を依代よりしろを与えている少女、コウ。彼女たちはすでに、私が今話したことには、彼女らなりに折り合いをつけられている。あいも変わらず、社会的には希少な医療資源であるところの精神科医としての私は、コウの症状が落ち着き、医療的介入を必要としない寛解かんかいの域にあると、1年以上前に彼女のカルテに記している。

 そこから先の私と彼女との付き合いは、医師と元患者としての個人的なもの。そして、仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテスの治験担当医と被検者との関係にして、母と娘に親しい年齢差のある中での、母校の中高一貫校の先輩後輩の関係にある。ただ、私の憤りは、そのいずれにもない。

 

 リアリテスの治験に必要とされる、リアリテス被検者のメンタルヘルス・チェックの面談の場で、コウの中の異世界の姫君は、言ったのだった。

 『のう、サイトウよ。かつてのコウが生きていた18歳という年を越えてまで、ちんは、生きても良いものなのかのう。』

 、と。

 

 ここから先を、生きても良いものかという、姫君、つまりTさん、のためらいは本物だ。

 

 異世界の辺境の国の王となるべく育てられ、王になるものとして、ちんという一人称を教えられ、それをそのまま素直に受け入れたTさん。彼女の依代にして、中高一貫の御三家女子校をトップ数%の成績で突破した優等生のコウ。そのコウが、Tさんの言う通り、前世に18歳でこの世界から消え、その時の記憶のみを頼りにこの世界に仮初めの身体を得ただけの存在であるかどうかは、その実のところは私には分からない。そして、その話が、解離性同一性障害を抱えて生きる、一つの身体を共有するTさんとコウの間で取り交わされた設定にすぎないのかどうかも、もちろん、私には分からない。それらを知ることは精神科医のなすべきことではない。

 

 ただ、彼女たちには、切にその命を断ってほしくなかった。それは元患者を見る一精神科医の立場からでもあるし、娘のような年代の後輩を想う立場からでもある。

 でも、そんな関係とは関わりなく、サイトウという私個人として、彼女たちを絶対に、絶対に失いたくない。

 

 ☆

 

 私が、下を向いて二呼吸か三呼吸するうちに、キュクロプスゲームの方では、エルフのTさんは、同じくエルフYUKI君に斬られて、あっけなく消え去った。

 

 私は顔を上げて言った。

 「残念ながら、Tさんは、やはりYUKI君には勝てなかったようですね。

 その間に、私もいろいろと話しました。ここで一旦トイレ休憩を入れます。10分後くらいに、オリエンテーションの方を再開したいと思います。ここまでTさんには、頑張ってもらいました。ここから先はTさんのような方が社会生活を送る上で、今後、リアリテスのような仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターがどんなお約に立てるのか少しばかり趣向をこらしまして、お伝えしたいと考えます。」

 務めて淡々と口調で、私は、そう言った。今日はじめてテレビカメラの方を向きながら。

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