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オリエンテーション①  主担当サイトウ(医師 兼 認定プロゲーマー)

(2036年12月1日 午前10:40)


 おはようございます、皆さん。

 おそろいのようですので、次世代医療工学特論「超拡散テンソル画像処理技術を応用した、脳由来疾患の治療支援機器リアリテスの現在とこれから」の講義を開始いたします。

 

 今年度の本特論は、大学病院でこれまでリアリテスを中心的に扱って参りました、リハビリテーション科と精神神経科とが合同で担当いたします。本日はオリエンテーションということですね。精神神経科のパートについては、普段は病院で精神科医をしているわたくしサイトウが、リハビリテーション科のパートについては、物理工学と作業療法士の先生方が講義内容をするという、分担で進めていきます。

 

 はじめに私の方から、本特論の全体像を簡単にお話しておきましょう。

 本特論のメインテーマは、『超拡散テンソル画像処理』という技術をベースとしての仮想現実支援リアリティ・クリエイトを行う医療機器について、です。テンソルというのは物理学の世界で広く用いられている数学概念です。お隣の理工学部からいらした学生さん、ええと、オリエンテーション受講者の3分の1くらいですね、は、既に学習済のことかと思います。一方、過半数を占める医学科、看護学・作業療法学科の学生さんのたちと少数派の臨床心理学科の学生さんたちには、なんだか難しそうに思えるかもしれません。大丈夫、医者になって精神科医を選んだ私も元々は数学が苦手な、エセ・リケジョですから。そんな私が講義をする側に回れるわけですから、本特論では数学知識は求められません。ひとまずは、テンソルという数学的な方法が時間に応じて変化する空間を記述するための必要とされているといったことを確認しておくだけでひとまずは大丈夫です。皆さんも高校で学んだベクトル操作を、一般化したテンソル操作が、コンピュータやAIでのリアルタイムの立体画像処理に役立っている、といったところですね。

 講義の中では、そのテンソルを応用した脳の高度な画像処理を通じ、幅広い脳関連疾患の治療支援とリハビリ支援とを行うことを目指して研究開発が進められているリアリテスという機器を中心に扱っていきます。

 

 リアリテスの想定応用分野は、第1に、日常的な諸動作しょどうさを行うことが難しくなってしまった患者さんが取り組んでいらっしゃるリハビリテーションの支援となります。脳梗塞のうこうそく心筋梗塞しんきんこうそくのような疾患から、交通事故などの後遺症、さらには、私達の方で診させてもらっている精神疾患、など、幅広い分野の患者さんが、医療機関などでのリハビリテーションを必要としています。私達の病院では、リアリテスを使うことで患者さんの脳をひとりひとりの状態に合わせて活性化することにより、日常生活、社会生活を送るために必要とされる動作の習得マスター支援アシストできることを目指した取組みが進められています。

 そして、第2の応用分野が、ゲーム依存症を始めとした精神関連疾患により、日常生活、社会生活に現実感リアリティを感じられなくなってしまっている患者さんに対しての、現実感リアリティの回復支援となります。この現実感リアリティの回復支援は、前述の生活動作のリハビリテーション支援と重なり合います。特に、病を悪化させてしまい長期の入院・通院生活を送らなければならなくなってしまった患者さんでは、精神科における治療と並行しての作業療法士の先生によるリハビリテーション支援が不可欠となる場合も多くあります。

 さて、医療系の学生さんたちは、リハビリテーション科出身の綾瀬先生が院長が務められております当院が、都内の病院の中でもリハビリを売りとしていることをご存知と思います。現代のチーム連携医療において、リハビリ科の方々は幅広い診療科と関わりを持ちます。本特論で取り上げるリアリテスによってリハビリ支援が容易となれば、多くの診療科の患者さんの助けとなることでしょう。

 都心に位置し手狭となってしまっている中、数多くの患者さんにお越しいただいている当院へのリアリテス導入を決断なされた院長をはじめとする、病院経営層の先生方も、このリハビリ支援用途に期待を抱いています。

 

 一方で、この特論に興味を持ってくださった学生さんの多くはご存知と思いますが、最近、リアリテスが主にゲーム依存症との関係でメディアで大きく取り上げられるようになっています。報道の方では、リアリテスがゲーム依存症を始めとしたネット依存症の治療に向けた特効薬になることが期待される摩訶不思議まかふしぎな機械であるといったニュース、患者さんの脳内に脳内麻薬をドバドバ大量生産させる機器であるという取り上げ方をしてくだらったバラエティ番組、はたまた、当病院の治験の支援にゲーム企業さんが加わっていることを、業界との癒着ゆちゃくであるとか、ゲーム業界関係者の自作自演であるなどといった批判記事まで、ですね。

 そんな中開催される本特論ですので、綾瀬院長から「特論のイントロダクションでは、責任を取って、精神科の側からリアリテスと当病院に関する報道の関係を説明しておくように。」と命じられましたもので、私サイトウが精神科のリアリテス・チームを代表いたしましてトップバッターを務めさせていただいております。

 

 今日の講義はオリエンテーションですので、本特論の話しを聞くのは本日限りとなる学生さんもいらっしゃることでしょう。折角せっかくですので、ゲーム依存症っ何?、その治療支援機器だというリアリテスって何?といったところの基本的なイメージを、講義室まで来てくれた皆さんにつかんでもらえるように話したいと思います。 

 まずは、私が勤務する大学病院で行われているリアリテスの実用化試験の内容と、その目指すところを紹介いたしましょう。


 

 さて、こんな調子で、年の瀬の大安吉日に年に一度の集中講義をはじめた私。ふだんは、精神科医として、患者さんと小さな部屋で話すことが多い。久しぶりに大講義室で話しているのだけれど、とりあえず無難に話しはじめられたというところだろう。

 

 本特論での講義は、リアリテスの治験支援に予算をつけてくれている文部科学省の外郭団体さんとの関係で二女医大と略称される国立大の附属病院付きの特任准教授という立場になっている、私の義務となっている。講義は今回で、2年目となる。

 昨年の講義の日から本日に至るまであったリアリテス関係の主なアップデート事項は、医療機器としての認可を目指すリアリテス等の仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターの活用ガイドラインの作成を目指す審議会が霞が関のお役所で立ち上がったことだった。本特論でも、医療リハビリ系の専門誌に取り上げられていただいた、要支援患者等へリハビリ支援から精神症状への非薬物的治療まで幅広い応用分野が見込まれる医療機器が実用化に向けた省庁ガイドライン作成、といった記事を紹介しつつ講義を進めていく予定であった。マスコミさんたちが大騒ぎを始めるこの秋までは。

 最後には、「仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターリアリテスについての、当二女医大病院関連の一連の報道につきまして。」というタイトルで行われた、綾瀬院長自らが壇上の真ん中に座られての先月半ばに記者会見に至るまでの一連の騒ぎがなかったならば。

 そして、その騒ぎを招いた張本人が、今、オリエンテーションをしている私サイトウであることを、おそらく、この大講義室に詰めかけた学生さんたちの大多数が知っているところだ。そう、それは、今年3月に行われた、世界最大のチャリティ・ゲームカップにして、世界六大ゲーム大会と呼ばれるまでの成長を遂げている《SAKURA eスポーツ大戦》のフリー格闘ゲーム部門において、私が第一位になってしまったことを端に発した、マスコミさんたちを通じた空騒ぎなのだった。

 《SAKURA eスポーツ大戦》に、私はかつての腐女子仲間たち3人と、参加チャリティ金額の最高額3万円を払い参加した。仲間たちと約束したことは、当日はお互いにそれまで着たことがないコスプレ姿で参加すること。私は、知り合いのチャリティ尼僧レスラーのリズカのリング衣裳をまんま借りた女子覆面のレスラー姿で参加した。リングに上がる時のガウンの下の、ガチのレスラー水着は私のスリーサイズに合わせた特注品だったが。

 とにかく、あくまで昔の仲間たちと久しぶりにバカ騒ぎすることが目的で参加した本大会。私はろくに規約も読まない中で、黒ビールを飲みながら仲間たちとプレイにいそしんだ。結果、まさかの8万人以上が参加する本大会で、まさかの世界1位となってしまっていたのである。三十路半ばを過ぎたただの精神科医せんせいに過ぎない私にその時思い浮んだことは、治験準備の関係で私自身を検体としたリアリテスの事前検証を散々行ってきたこととの関係であった。そう、その時点で、おそらくは世界でもっとも長時間に渡り、リアリテスを用いたあの手この手の活性化検証試験の結果、その時の私の脳は、おそらくはいわゆる超覚醒状態にあったのだった。

 優勝賞金の全てを指定した寄贈先に寄付する旨の書面した私は、ほろ酔い気分で、恵まれない子どもたちにおいしい食事やハレの日の服を寄贈するためにリングに立ち続ける尼僧レスラーリズカになりきって、優勝トロフィーを大会の表彰式で掲げたのだった。

 

 ☆

 

 事が表沙汰になったのは、それから数カ月後のこと。大会の優勝賞金を寄贈するかしないかを決める書面には、日本円換算で5,000万円を超える優勝賞金の送金先を私が自由に指定できるようになるためのプロゲーマー契約の条項が含まれていた。その後、その賞金を合わせることで形の上では高額所得者となってしまった私からの寄付について、税務署の方から問い合わせを受けた赤十字関係者が、病院の方に問い合わせたことなどがなぜかマスコミ関係者に流れ、治験に参加しているゲーム会社などのくだりなどで尾ひれがついていった。いわく、ゲーム依存症治療機器となることを目指すリアリテスが実のところ超絶ゲーマーやゲームジャンキーを生み出すゲーム業界の秘密道具であるとか、リアリテス治験担当き女医Sは、二女医病院精神科の女帝と呼ばれてとり秘密裏にスタッフをゲーム漬けにさせているなど、どちらかといえば夜勤歓迎の疲労困憊系M女であり引きこもり休日は腐女子ゲーマーである私サイトウにとっては、ナンノコッチャの噂話がメディアに流れ...。結果、文部科学省予算の下での国際共同治験第Ⅰ相にあるリアリテスについて、二女医大並びに治験参加教員にやましところは何もない旨の記者会見を病院長自らが開かねばならなくなった次第。

 70歳を過ぎ、すっかりと好々こうこうやといった風情の綾瀬院長は、精神科一の酒豪であろう私の飲み仲間でもある。だが、今、外に出て私とどこかのお店で話したのでは、スクープを追いかけるメディアの餌食となりかねない。ということで院長室で私と話すことになった院長は、まずは会見を開いて院長自ら問題の火消しを進めるので、その後をメディア対応をこの特論の中でやってくれるようお願いするのだった。



 そんなこんなで、本日の特論オリエンテーションでは、院長自らが事前面接を行い独占取材を認めた民間のテレビ局さんたちのカメラが3台ほど回り、演台に立つ私を写している。ニュース用が1台と特番用が2台。

 よく見もせずに大会入賞者向けの書面にサインした私は、生涯獲得賞金は実入り0円ながらも、競技ゲームの世界六大大会のタイトルホルダーして、年数千万円の賞金獲得者。立派なプロゲーマーである。しかし、文部科学省の科研費関連で雇われている私、公務員年金がもらえない非正規雇用である準公務員という立場上、兼業は許可されている。少なくとも法律上、やましいところは、何一つとしてないのである。くわえて、リアリテスが治療機器として世に認知され、ゲーム依存症等への医学者による予防的介入が容易となることで救われる人は数多い。

 

 こうなってしまったからには、リアリテスをまっとうに世にプレゼンしてしまおう。今の私はそう思っている。そう私は、やる時はやってしまうデキる腐女子おんな、そして、そしてそんな私を支えてくださる治療チームの面々は優秀なのである。

 

 一呼吸し、私のオリエンテーションに参加した学生さんたちを見据える。テレビ局のカメラたちは撮影を続けている。私は、背面のプロジェクターをプレゼンテーションモードにして、マイクに向かう。


参考 サイトウ先生がプロゲーマー認定を受けてしまうまでにやらかしてしまった数々は以下にて記載。


https://ncode.syosetu.com/n9020fy/

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