夕焼け小焼けの歩道橋
歩道橋の1番上にたどり着くと、真っ赤な夕日。
少しだけ前に進むと、後ろからぷんすかモード全開の奈緒が最後の1段を上がってくる。
あ~あ、とゆきのは苦笑いしかできなかった。
奈緒はカバンをかけ直すと、制服の短いスカートを怒りで揺らしながら、
「ねぇ、なんで東京なん!?」
こっちでもえぇやんか!
と、詰め寄らんばかりの勢い。赤い顔は夕陽のせいなのか怒りのせいなのか。
ゆきのは困ったなぁと笑うだけ。
ほんの数分前のこと。
ちょうど歩道橋を上がろうかというところで後ろから奈緒に声をかけられた。
2つ隣の家のちょっとやんちゃなかわいい幼馴染。
『あたしな、高校卒業したら東京の学校行くん』
それは一瞬。
『なんで?』
笑顔がぴたっと固まって、目が見開いて、綺麗な黒髪ストレートがブワーっと湧き上がる。
たまたま風が後ろから吹くタイミングの良さはあれども、まさかここまでか怒るかとびっくりした。
それからずーっと『なんで?』の嵐。
東京に染まってまうんか!?
語尾にじゃんとかつくんかいな!
あぁ恐ろしい!!
あたしの来年の高校生活真っ暗や!
なんやねん、それ。
「なんでって、ゆーてもねぇ」
「じゃ…じゃぁこっちでもえーやん! なんで東京なんか行くん?! 新幹線で2時間やで!」
回数券でも1万3千円やで!
詳しいやん。と、ゆきのは苦笑いすると、ちょっと空気を変えるようにうーんと両腕を広げた。
「その学校、やりたいこと勉強できるんよ」
「…こっちじゃ…できひんの? その勉強」
「うん」
「ほんまに?」
「うん。ほんま。だから、もう…わくわくしてる」
振り返ったゆきのの笑顔が夕陽の朱色で儚げで美しい。
遠くに行ってしまうん?
少し先を歩くグレーのブレザーの背中がもう遠く感じてしまうのは夕陽のせい?
「奈緒?」
階段を降りかけているゆきのの声に、ハッと我に返る。
まだ声が聞こえる距離。
手を伸ばせば届く距離。
ゆきのはちょっと心配そうに、だけどやさしい眼差しで奈緒を待っている。
やれやれ。ほんまにこの子は。
「置いてくでぇー」
ちょっとイジワルく笑うゆきのに、
「なっ?! あたしコドモとちゃうで!」
「ウソやん?さっきっからゴネてんやんか」
「そっ…そんなんちゃう!」
早足で追いつくと、階段を3段ほど降りていたゆきのが振り向きながら、
「さびしいん?」
足を止め、まっすぐに奈緒を見つめる。
下の道路を走る車の音。
遠くから聞こえる踏切の音。
靴音、自転車の走る音、電車が去っていく音。
全部遠くなっていく。
小さい頃からずっと見ていた瞳がふといつもと違うような気がした。
少し背の高いゆきのが1段だけ上がって距離を詰めると、ちょうどおんなじ高さになる。
不安に揺れる瞳。
さらりと風に揺れる髪。夕陽の朱で帯びた愁い。
ずっとコドモだと思っていたのに、目を離せなくるほど愛おしい。
「さびしいよ…」
あたしも…。
じっと瞬きもせずに見つめたまま薄く開いている奈緒の唇。ゆきのはそっと唇を重ねた。
遠くなっていた音が消えた。
「……ゆきのちゃん?」
まだ唇に残るぬくもり。目の前にはちょっと照れくさそうに笑うゆきの。
離れへんよ。
そっと奈緒の唇に人差し指を置いた。
「ここにいるから」
そう言って離れた指を捕まると、そのままぎゅっと抱きついた。
「カッコつけ過ぎや」
言葉の代わりにそっと腰に腕が回って抱き返された。
カンカンカン…。
踏切の音が高い空に吸い込まれていく。
少し落ち着いたら、わっと音が帰って来た気がして、目の前の世界もちょこっとだけ違う気がした。
奈緒は少しだけ身体を離すと、まっすぐに見つめた。
「すきや。ゆきのちゃん」
「うん」
「だいすき」
離れへんで。
くすぐったそうにゆきのは目を細めた。
「あたしもすきやで。だいすき」
ここで叫びたいくらい。
それはアカンて。
身体をくっつけながら、お互いにくすぐったそうに笑いあって。
手を繋いで階段を降りる。
ひとしきり怒って笑ったらなんだかおなかが空いてきた。
二人の影が夕陽に照らされ並んで伸びていく。夕飯時の町中は誘惑に満ちている。
何か食べてこうかと話す二人を一番星が見つめていた。




