一本道の攻防
※今回は珍しくシリアス(?)です。たぶん。
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死んだ人間よりも、生きている人間のほうが怖いのです。
場合によっては。
《とある死んだ人間のひとりごと》
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夜。
コンビニで酒のつまみを買った善治郎とアシュレイは、冴崎組の屋敷へと続く人通りの少ない道を歩いていました。
この道は、最近よく変質者が出るとの噂があります。
けれど、善治郎もアシュレイも男性であり、ガタイも良く力だってあるので、もし変質者が出たところで返り討ちにすることも容易いでしょう。
そしてこの道には、もうひとつの噂があります。
事故死した、女の幽霊が出るというものです。
「……なあ、アシュレイ。あれって……」
「女の幽霊、ダネ」
善治郎とアシュレイは、前方を歩く白いワンピース姿の長い髪をした女を見つけてしまいました。
その女は、時々うしろを振り返りながら、ゆらゆらと歩いていきます。
「……手ェ振ってやれよ。アシュレイのこと見てたぞ」
「違うヨ。善治郎のこと見てたんダヨ」
「……いや、アシュレイだな」
「善治郎ダヨ」
二人は、オバケらしき女からの視線の押し付け合いをしながら、道を歩きます。
女は、またうしろを振り返りました。
そして、にっこりと笑ったのです。
「…………」
「…………」
背筋が凍りました。
善治郎も、アシュレイも、黙り込みます。
それから二人は、もしかしたら自分の後ろにも人がいるのではという可能性を考えました。
あの女は、後ろの人に笑いかけたのだと。
そんなわけはないだろうと薄々勘づいていながらも、善治郎とアシュレイは、僅かな可能性に賭けて後ろを振り返ります。
すると、そこには。
「………………いたな」
「………………いたネ、変質者が」
予想を斜め上に反し、夏だというのにトレンチコートを着込んだ女がいました。
変質者をブチのめすこともできますが、いくら変質者でも、善治郎もアシュレイも女性を殴るのは気が引けます。
「……痴女だな」
「トレンチコートの下、ゼッタイ裸だよネ」
「……だな。見なかったことにしよう。しっかし……」
「まさか一本道でオバケとヘンタイに挟まれるなんてネ……」
オバケと変質者。
どちらがマシかを考えて、善治郎とアシュレイは前を向くことにしました。
途端、また振り向いて小さく手を降るオバケらしき女。
「……おいアシュレイ。あの女、本当にアシュレイのことが気になってるみてェだぞ。隣行ってやれよ。そうすりゃ成仏すんだろ」
「………………I can't speak japanese」
「……アシュレイてめェ、都合のいいときだけアメリカ人になるんじゃねェよ」
「チョット何言ってるかワカンナイ」
立ち止まって言い合っている間にも、後方の変質者が近付いてきます。
前方のオバケもゆっくり歩くので、オバケと変質者との距離もだんだん縮まっています。
もう、どこにも逃げ場はありません。
「……くそっ、どうすりゃいい……!」
「あ、そうダヨ!警察に通報……」
「……ダメだ。んなことしたらヤクザの俺が真っ先に捕まる」
「ンー、こうなったら、牛歩戦術でいくヨ!」
牛歩戦術。
それは、行軍において何の意味もないとされる、ただゆっくり進むだけの問題の先送りです。
「……なるほど、変質者は一定の距離を開けてついてくるからな。それがいいかもしれねェ」
けれど牛歩戦術は、対変質者戦としては有効な場合もあるでしょう。
ただ、それもチキンなストーカーに対してのみですが。
「……アシュレイ。ダメだ、牛歩戦術は通じねェ」
「ウワー!もう追い付かれてトレンチコートの中見せられるんだ!もう終わりダヨ!」
もう、ダメだ。
そう二人が思ったとき。
トレンチコートの女は、善治郎とアシュレイには見向きもせず、すぐ横をスルーしていきました。
「……えっ」
「アレ?」
そしてそのまま、前方へ歩いていきます。
「……た、助かった……」
「デモ、あのトレンチコートの女……何が目的なんダロ?」
オバケらしき女は未だ、善治郎もしくはアシュレイに対して色目を使っています。
そしてそのオバケの元に、トレンチコートの女が駆け寄り。
バサッ、とトレンチコートを全開にしました。
「キャアアアアアア!」
オバケらしき女が、甲高い悲鳴を上げ、逃げていきました。
変質者のターゲットは、最初からオバケだったのでしょう。
「……そりゃ、俺達みてェな野郎を狙った変質者なんざいねェわな」
「よくよく考えてみれば、そダネ」
けれど、善治郎とアシュレイは、そんな光景に違和感を覚えます。
いくら変質者に襲われたとはいえ、女性の裸を見たところで、女性がこのような大げさな悲鳴を上げるでしょうか。
答えは否です。
「おじさん達、もう大丈夫ですよ」
トレンチコートの前を閉じ、振り返った変質者が言いました。
「……大丈夫、って……あんたこそ大丈夫か?」
「そのコートの中身、どうなってるノ?」
アシュレイが恐る恐る訊ねると。
「コートの中身は見ないほうがいいですよ。車に轢かれて死んだときのままですから」
ここでようやく、話が見えてきました。
「……つまり、あの白ワンピが変質者で、あんたが幽霊ってことか」
「そそ。そゆこと」
詳しく話を聞くと、白ワンピの女は男性を狙った変態であり、近付いてきた男性の顔に酸をかけるという犯行を繰り返しているのだとか。
真相を知った善治郎とアシュレイは、腕や背中に鳥肌が立つのを感じました。
「幽霊サン、助けてくれてありがとネ。お礼にコレ、あげるヨ」
「……こんなので悪ィが……俺からも、礼だ」
アシュレイと善治郎は、コンビニの袋からおつまみを取り出して、トレンチコートの幽霊に渡します。
幽霊は、とても嬉しそうに、おつまみの袋に頬擦りし、瞳を潤ませながら喜びました。
「わー、嬉しいなぁ……嬉しいなぁ……!私、人から何かを貰うの初めてでさぁ……うん、いい思い出になったよ。これで成仏できそう!」
幽霊が悲しいことを言います。
そういえば、善治郎もアシュレイも、この辺りで交通事故があったことは知っていますが、花が供えられているのは見たことがありません。
善治郎が、確認のため訊ねました。
「……花とか、菓子とか、供えてもらってねェのか?」
「ないよー。だって私、嫌われ者だったもん。いらないお節介焼くからって」
笑いながら言う幽霊。
善治郎とアシュレイは、思わず絶句しました。
「でも、今回初めて感謝された」
今度は、柔らかい笑み。
「オー、よかたヨ!」
「……成仏しても元気でな」
善治郎とアシュレイに言葉をかけてもらうと、幽霊の体がだんだん透けて、薄くなっていきます。
「うん、バイバイ。おじさん達も元気でね」
やがて、幽霊の体は消え、辺りには夜の静寂だけが残りました。
次の日の朝。
一本道の端、見通しの悪い交差点に花束とおつまみが供えられているのを、近所の人たちが見つけました。
「誰だろうね、お花供えたの」
「確かここって、だいぶ前に事故があったのよね。その時は、お花なかったけど……」
「嫌われ者だったからねぇ。でもいい子だったのよ?ただ、ちょっと空気が読めないだけで」
そうやって、思うがままに話してから、近所の人たちは去っていきました。
花束とおつまみを供えた人たちは、今日も冴崎組の屋敷の中で、夜になればアニメでも観ていることでしょう。
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人間は、怖いです。
それでも、私は人間が好きです。
《とある死んだ人間のひとりごと》