赤いメール
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赤いメールって知ってます?
ある日突然、PCとかスマホに増えてるメールボックスなんですけど。
それ、クリックすると死ぬらしいので気をつけてくださいね。
まあ、僕はSNSしか使わないから平気なんですけど。
《焼き鳥屋『とり将軍』店長の助言》
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この夜も、アシュレイは冴崎組の屋敷に居座っていました。
屋敷のシアタールームで、買ったばかりのアニメのDVDを善治郎と並んで観ています。
「ン?」
「……どした?」
「なんか、スマホに変なアプリ増えたヨ」
最初、アシュレイはそれを新手の迷惑アプリだと思いました。
赤いメール。
インストールした覚えのないメールアプリです。
「めんどくさいナー」
アシュレイは、赤いメールを長押ししてアンインストールするつもりでしたが、操作を誤り赤いメールをタップしてしまいます。
すると、画面に現れたのは、差出人名のないメールでした。
本文には、こう書かれています。
【あなたは今夜2時に死にます】
不穏なメールです。
けれど、使い古されたイタズラの手口のようでもありました。
アシュレイは子どものイタズラと思い、軽い気持ちでこう返信しました。
【残念だが、オレは今期のアニメ全部最終回観るまで死なないよ】
赤いメールからの返信は、2秒で来ました。
【赤いメールを開いた以上、死ぬのがルールです】
どうやら、多少の意思の疎通ならできるようです。
アシュレイの中で差出人は、死にとりつかれた中二病のイメージで固まりつつあります。
【どうやってオレを殺すつもり?オレは強いよ?】
楽しくなってきたので、アシュレイは差出人を煽ってみました。
すると、また1秒足らずで反応が返ってきました。
【一瞬で殺します】
死にとりつかれた中二病イキり少年。
アシュレイの中で、完全にイメージが固まった瞬間でした。
「……アシュレイ、何にやにやしてんだ?」
「見てヨ、このイタズラメール」
善治郎は、アシュレイのスマホを覗き込みます。
そして、ヒッ、と喉をひきつらせました。
「善治郎?」
「……おい、そのメール……見たら死ぬやつじゃねェか」
明らかに怖がっている善治郎。
それもそのはずです。
あからさまなホラーが苦手な彼には、この手のものは恐怖でしかないのです。
「死ぬヤツ?どゆコト?」
「……知らねェのかよ。これは赤いメールだ。間違って開いたら死ぬんだよ。焼き鳥屋のオヤジが言ってたぞ……」
「焼き鳥屋?とり将軍サン、怖い話集めるの大好きだからナー。とり将軍サンが言うならホントなのカモ」
「……アシュレイ、今から焼き鳥屋行くぞ。オヤジなら対処法も知ってるかもしれねェ」
時刻は深夜1時30分。
焼き鳥屋はもう店じまいをした頃でしょう。
しかし、今は緊急事態なのです。
善治郎は屋敷で寝ている部下を叩き起こし、車を出させました。
「善治郎、オレが運転してもよかったんダヨ?」
「……いや、運転はヤスの仕事だ。ヤスの仕事を取っちゃいけねェよ、アシュレイ?」
「そっすよアシュレイさん。車といえば俺!俺といえば車!この黒塗りの高級車を運転する権利は誰にも渡さねっすよ!」
「起きたてでテンションおかしくなってナイ?」
ヤスこと、轟ミキヤスが血走った目でハイになるのでアシュレイは心配になりました。
そんなヤスの様子はいつものことなので気にせず、善治郎は焼き鳥屋の店長【戌神翔】に電話をかけます。
「……おう、オヤジか。実はな、アシュレイが大変なんだ。例の赤いメールに引っ掛かりやがってよォ。で、オヤジ何か知ってたら教えてくれ。お、おう……マジかよ……被害者は全員一瞬で絞殺……アシュレイなら首鍛えてっからなんとかなるかもしれねェ。突然悪かったな。今から喫煙席空けといてくれ……」
「ン?いつも禁煙席なのに」
「……今日はな、アシュレイに貰った葉巻吸いながら飲むって決めたんだ……」
「ウワー!オレ死亡フラグ!」
電話口の向こうでは、とり将軍の店長戌神がわくわくした様子で声を弾ませています。
曰く、赤いメールの差出人による絞殺がどのように行われるのか目の前で見られると思うと興奮する、とのことです。
それから、昔の血が騒ぐから釘バット用意しとく、とも。
とり将軍に着いた頃、時刻は1時50分。
普段なら閉店しているはずの店内には、今日は煌々と明かりがついています。
善治郎とアシュレイ、それからヤスは、とり将軍の年季の入った引き戸を開け、慣れた様子で中に入りました。
「いらっしゃい、待ってましたよ」
とり将軍の店長、戌神は大人しく気の弱そうな男ではありますが、ことホラーに関しての情熱においては凄まじいものがあります。
今も困ったようなハの字眉の下で、ピュアそうな目を輝かせています。
「……殺害予告の時間は2時だ」
「2時ですか。果たしてどんな奴がどんな方法でアシュレイさんを絞殺しに来るんでしょう?あ、もちろんそのときは助けに入りますよ。ああ、でも差出人さんは防犯カメラに映ってくれるでしょうか?絞殺なので実体はあるのだと思いますが、一瞬ということなのでやはり映らないかも……ああ、それと」
「……いいから、焼き鳥を焼いてくれ。あと芋焼酎ロックで」
まもなく、2時。
ようやく焼き鳥が焼け、食べ始めた頃。
「……フー。この葉巻ヤベェ」
「どっちの意味でヤベェなノ?美味すぎるノ?それともマズイ?」
「……これァなんつーか」
それは、一瞬のことでした。
アシュレイの背後から、凄まじい勢いで黒い腕のようなものが現れ、首に絡みつきました。
「っぐ!?」
「……気持ち悪ィな」
そして、腕が完全に締まりきる前に。
善治郎が火のついた葉巻を黒い腕に押し付けたのです。
「ギャアアアアア!」
黒い腕が暴れ、逃げ出そうとします。
けれど、隙をついてアシュレイは黒い腕を引っ張りました。
ずるり、と黒い人間のような体がどこからともなく引きずり出されました。
アシュレイは、黒い体を殴り飛ばします。
黒い体は吹き飛び、戌神の前に転がりました。
「先程善治郎さんが葉巻を押し付けたときに叫び声を上げたということは痛覚はあるのですね、なるほど。ということは痛みを感じるための器官があるということですね。興味深いですね。捕獲したいですね解剖したいですね中身はどうなっているのでしょう?っと、逃げてんじゃねぇよクソがぁ!」
豹変した戌神。
戌神は逃げようとする黒い体を釘バットで殴り抜きました。
「戌神サン、ヤンキーに戻ってるヨ?」
「おっと、いけませんね。僕が元ヤンだとバレたらお客さんたちが怖がります」
「……オヤジ。オヤジが乱愚怒射の元総長だなんてこたァ、周知の事実じゃねェか」
「ラングドシャ?なんのことでしょう美味しそうですね」
黒い体はぴくりとも動かなくなりました。
その黒い体を、戌神は持ち上げ、冷蔵庫にしまいました。
「……それ、冷やしてどうすんだ」
「いえ、腐らないようにね。あとで解剖するんで。あ、焼き鳥焼けてますよ食べてください」
こうして、善治郎たちは深夜3時まで飲み明かしました。
ヤスだけは運転を任されているので飲めませんでしたが、彼は運転に誇りを持っているので大丈夫でしょう。
帰りの車の中で、アシュレイは感慨深そうに言います。
「にしても、死亡フラグだと思った葉巻がまさかの生存フラグだったナンテ」
「……死亡フラグってなァ、たぶんアニメの中限定なんだよ。現実には存在しねェんだ」
善治郎も、肩の荷が降りたようです。
「そいえば、オバケさん大丈夫カナ?メール送っとくヨ」
「……おいおい。お前のことを殺そうとした奴だぜ?心配してやる筋合いねェよ」
「もう送っちゃったヨ」
アシュレイがメールを送ってから10秒。
いつもなら、もう返事が来ていてもいい時間です。
けれど。
「……なんて返ってきた?」
「…………ブロックされたヨ」
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やった!
赤いメールの差出人、まさか捕獲できるなんて!
よし、これから解剖だ!
あ、これってNASAとかに贈ったらどうなるんでしょう?
《戌神翔のひとりごと》