わるいこの海《後編》
※おっさん詐欺回です。ご注意ください。
※本日、前編も更新しております。まだ読んでいない方はそちらからどうぞ。
善治郎とアシュレイは早速、真凛の一部を取り戻すために近くにあった墓を掘り返そうとしました。
その瞬間、母親の顔をした化け物から伸びたツルのようなものが二人に巻き付き、墓から引き剥がしました。
「ンー、ジャマされたヨ。アイツ、たいした力じゃナイのに……」
「……どうにかして、化け物の動きを止めねェとな」
7歳の体と心でできることなどたかが知れています。
けれど、知識と知恵だけは35歳のまま。
真凛の墓を掘り返し、亡くした《悪い子》の部分を取り戻すにはどうすればいいか。
考える頭はあるのです。
「動きを止めなくても、二手にわかれてコイツのツルのとどかないキョリにあるお墓をほりかえしちゃえばいいヨ」
「……そんな上手くいくかよ」
とは言いつつも、ふたりは反対側に走っていき、お互いに遠く離れた真凛の墓を目指しました。
善治郎のうしろを、母親の顔をした化け物がついてきます。
今になって気づいたことですが、どうやらこの母親の顔をした化け物、直接命にかかわるような攻撃はしてこないようです。
けれど、どうせ分裂したもう一体がアシュレイのことを追いかけているんだろうなぁ。
善治郎が、そう思ったときでした。
「掘ったどー!」
何かのサバイバル番組を思わせる、アシュレイの雄叫びが聞こえてきました。
「……上手くいったのかよ。つーかもしかして、コイツ分裂できねぇのか」
どうやら、母親の顔をした化け物は分裂できないようです。
「……ということは、今は化け物は真凛のそばにいねェってことだな」
善治郎は、より化け物を引き付けるために遠くへ遠くへ走りました。
やがて、その先に海しかなくなったので、善治郎はばしゃばしゃと海へ足を踏み入れます。
するとどうでしょう。
化け物は、波打ち際でその足を止めたのです。
「……コイツ、水がダメなのか」
こうして海で時間を稼いでいれば、墓はすべてアシュレイが掘り返してくれそうです。
善治郎の足元を、魚影がくぐり抜けました。
こんなオバケの世界にいる魚ですから、きっとまともな魚ではないでしょう。
よく見れば、魚の体は腐っていました。
「……痛っ!」
腐った魚が、善治郎の足に噛みつきました。
それを手で掴み、持ち上げると。
魚はでろりと形を崩し、ぼろぼろと手の隙間からこぼれていきました。
そして、崩れた魚の匂いを嗅ぎつけ、大量の魚が肉片に群がりました。
「……これァ、使えそうだ」
善治郎が海でにやついていると、墓を掘り返し続けていたアシュレイが悲鳴を上げました。
波打ち際の化け物に近づきすぎて、ツルに巻きつかれたのです。
「善治郎!ヘルプ!」
この状況は、もはや利用するほかありません。
「……アシュレイ!そいつ海にブン投げろ!」
「オケィ!せりゃあああ!」
アシュレイは化け物を、大きく振り回して海に投げ捨てました。
途端、群がってくる魚群。
どうやら、化け物が海に入らなかったのは水が苦手というわけではなく、この魚たちを恐れてのことだったようです。
「……なんか、拍子抜けだなァ」
「映画とかじゃナイから、現実なんてこんなもんダヨ」
魚に食われる化け物を眺めながら、しみじみと二人は言いました。
「そいえば、善治郎。今日はオバケ怖がらないんダネ?」
「……オバケはオバケでも、ありがちな怪談みてェなヤツ以外なら大丈夫なんだよ」
「基準がワカラナイヨ」
さて。
化け物が動けなくなればもう怖いものはありません。
あとはゆっくり、残りの真凛の墓を掘り起こしていくだけです。
「おお、お菓子が出てきたヨ」
「……こっちは画材だ」
「オシャレな服ダネ」
次々に掘り返せば、今まで化け物に殺されてきた真凛の《悪い子》な部分がどんどん出てきます。
それらは《悪い子》というには、あまりにも普通の子どもに必要な欲求でしかなく。
「……真凛は、アイツにほとんどの心を殺されてたのか」
「ひどいよネ。お菓子たべたいとか、好きな絵をかきたいとか、ぜんぜん悪いことじゃないのに」
全ての墓を掘り返しても、本当に憎むべき《悪い子》など、出てきませんでした。
「……さて、これで真凛は元気になったはずだ」
なんの危険もなくなった砂浜で、善治郎は大声で真凛の名を呼びます。
アシュレイも、善治郎と同じように。
そして、しばらく呼び続けていると、まだ怖がっている真凛が草の蔭から出てきました。
「おかぁさん、いなくなった……」
話を聞けば、どうやら真凛の《おかあさん》はどこかへ行ってしまったようです。
何時なのかは、あのときしか思い当たりません。
おそらく、善治郎とアシュレイの目の前に化け物が現れたときです。
「……あー。アイツ分裂できなかったからな」
「今回やけにロースペックなオバケだったよネ」
真凛は、まだ状況を理解できていないようです。
そして目の前の少年二人が誰なのかも、知りません。
「きみたちは、だぁれ?」
顔を赤らめて、もじもじする真凛。
善治郎とアシュレイが、
「……俺ぁ……」
「オレは……」
口を開いたとたん、辺りの景色が揺らぎ。
赤い空も、乳白色の海も。
白い砂浜も、墓標を一本残し。
冴崎組の屋敷へと、変わっていきました。
ゾンビ魚に食われていた化け物が、力尽きたのです。
そして、屋敷の窓からは、朝の日差しが漏れていました。
「……もう、朝か」
「もしかして、オバケの世界と現実世界は時間の流れが違うのカモ」
善治郎も、アシュレイも、大人の姿に戻り。
真凛は、あの少年たちがどこへ行ったのか、きょろきょろしながら探しています。
「……着替えてから、アニメでも観ようか」
「そダネ」
もぞもぞと、着替えだす善治郎とアシュレイ。
真凛は向こうを向いています。
そして、アシュレイは丁寧に脱いだものを畳み。
善治郎も、脱いだものを馴れない手つきで畳みました。
「善治郎、今日は珍しく脱いだの畳むんダネ?」
「……あれ?」
そういえば。
善治郎は、何か忘れているような気がしました。
そういえば。
白い砂浜に、墓標がひとつ。
「…………あっ」
***
おじちゃんの家から帰って、お母さんに《怖いおかあさん》の話をすると、お母さんは泣きながらわたしを抱きしめてくれたの。
それで、お母さんは「真凛が元気になってくれてよかった」って言ってくれたの。
お母さんは、お母さんだった。
《怖いおかあさん》じゃなかった。
でも、あのとき助けてくれた男の子たちは、だれだったのかな?
あとね、おじちゃんがやっと、脱いだものをたためるようになったの。
それはどうでもいいよね。
《真凛の絵日記より抜粋》