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わるいこの海《前編》

※おっさん詐欺回です。ご注意ください。

***


いいこにならなきゃ、お母さんに嫌われちゃう。

わるいこは、殺さなきゃ。


わるいこは、死んじゃえ。


《ヤクザの組長の姪っ子のひとりごと》


***


冴崎組の屋敷に姪っ子が泊まりにくると聞いて、ヤクザの組長【冴崎善治郎】は、小学生はもう夏休みの時期なんだなとしみじみ思いました。

それと同時に、相棒である元プロボクサーの外国人【アシュレイ・スターク】と夜通しアニメのDVDを観ながら飲み明かす予定が潰れてしまうことを残念に思いました。


「……つーワケで、すまねェな……その日は姪っ子が泊まりに来るんだ」

「ンー、先約が入ったなら仕方ないネ」


先約は何をどうしても後から入れられるものではありませんが、わざわざ指摘するのも面倒だったので善治郎は放っておくことにしました。


「……だから、一週間後にまた」

「イイヨ。でもネ、次もムリならブチのめす」


こうして、アニメ観賞会は一週間後という約束になったのですが。

約束というものは、得てして守れなかったりずれこんだりするものです。


約束どおり、その日の夜にアシュレイが冴崎組の屋敷に足を踏み入れると。


「は、はろー?」

「アレ?姪っ子ちゃん?」


そこには、一週間前に屋敷に泊まりに来ていたという姪っ子の姿があったのです。


「……わりぃ、アシュレイ。この子がウチに泊まる予定がずれこんだ……さあ俺をブチのめせ、その現役時代ヤバすぎる伝説を作った右ストレートで……」


善治郎は約束を守る男です。

ですから、約束を破ってしまった場合の約束としてアシュレイにブチのめされるために両手を広げ、目を瞑りました。

しかし、アシュレイは一向に殴りに来ません。


「そんなことより、この子、顔色わるいヨ。大丈夫なノ?」

「だ、だいじょうぶ、です……おかまいなく……」


姪っ子は、引っ込み思案なのでしょうか、小さな声で控えめに言います。

それにしても、姪っ子の顔色の悪さは尋常ではありません。

すぐにでも、病院に連れていったほうが良さそうです。


「大丈夫ちがうヨ、顔真っ青だヨ?病院いこ?」

「ほんとうに、だいじょうぶなんです。びょういんでも、なにもいじょうがないって……」


体調不良なのに異常なし、ということは別に珍しいことでもないようで、そういった場合はまだ世に知られていない病気の可能性もあるそうです。


「……真凛よォ……ちょっと前までは、あんなに元気でヤンチャだったのに……オジサン心配だぜ?」

「しんぱいかけて、すみません。でも、やんちゃなまりんは、しにました」


やんちゃなまりんは、しにました。

とても、7歳の子どもが言う台詞ではありません。

これは、どういうことなのでしょう。


「…………」

「…………」


あまりの不穏さに、善治郎もアシュレイも黙るしかできませんでした。

真凛は、遊びもしなければお菓子も食べず、ただ、部屋の隅っこで小さくなって浅く呼吸をするだけです。

善治郎もアシュレイも、このままでは真凛はどんどん弱って死んでしまうような気さえしてきました。


「……なあ、アシュレイ。真凛、もしかしてオバケに取りつかれてるんじゃねェかな……」

「だよネ……これ、オバケだよネ……」


二人がその答えにたどり着いたとき。

真凛は、ぐりんと目を剥き不気味に笑ったのです。

そして、その瞬間。

屋敷の中の景色は溶け、どろどろと剥がれ落ち、真っ赤な空と乳白色の海、枯れ木を十字に組んだ墓の立ち並ぶ白い砂浜が現れました。

それだけではありません。

砂浜には、女性の姿を象った黒いモヤ。

そのモヤは、徐々に二つ首に分かれ、善治郎とアシュレイの母親の顔になり……


「善治郎。あなた、随分悪い子になってしまったのね」

『アシュレイ。あなた、随分悪い子になってしまったのね』


子を叱るにはあまりに憎悪に満ち溢れた口調と表情で、突き放すように言ったのです。

そして、黒いモヤは善治郎とアシュレイを包み込み。

モヤが晴れた頃には、善治郎もアシュレイも、真凛と同じくらいの歳の少年の姿に変わっていました。


「ナンテコッタイ、どうやらオレは子ども返りしたようだ……アァ、息子よオマエもか……」


そう言って、パンツの中を覗きこみ、ショックを受けたように肩を落とす7歳くらいの金髪の少年。


「……この体じゃ、なぐったりけったりするのもままならねぇ……」


同じく7歳くらいの黒髪の少年も、顔や体をぺたぺた触ります。


「善治郎。あなたは悪い子」

『アシュレイ。あなたは悪い子』


母親の顔をした化け物が迫ってきます。

そして、冷たい声でこう言います。


「善治郎。あなたは家から出ていきなさい。それが嫌なら《悪い子のあなた》を殺しなさい」

『アシュレイ。あなたはもう、ずっと家から出しません。それが嫌なら《悪い子のあなた》を殺しなさい』


善治郎とアシュレイは、お互いに顔を見合わせました。


「……なぁ、アシュレイん家って、悪いことしたら家にとじこめられるのか?」

「善治郎の家こそ、悪いことしたら家からほうりだされるノ?」


真逆の教育方針です。


「……うちはうち、よそはよそってヤツか」

「オー、うちはうち、よそはよそ!日本人、そのことばよく使うネ!」


何がアシュレイの琴線に触れたのかはわかりませんが、アシュレイは「うちはうち、よそはよそ」と歌いながら変なダンスを始めました。

母親の顔をした化け物は、アシュレイのダンスを二つの首をかしげながら眺めています。

アシュレイが謎のダンスに飽きると、母親の顔をした化け物は再び冷たい表情に戻り、善治郎に鬼婆を思わせる声色で命令を下しました。


「善治郎。いい子になるために《服を脱ぎ散らかしたままにするあなた》を殺しなさい」


母親の顔をした化け物は、善治郎の目の前に何かを出現させました。

今の善治郎と全く同じ姿をした、人影のようなものです。

善治郎には、それが自分の一部であるとはっきりわかりました。


「……で?そいつを殺したら、俺ぁどうなるんだ?」

「悪い部分のなくなった、いい子になるわ」


善治郎は、一瞬考えて。


「……よし殺そう」


服を脱ぎ散らかしたままにする自分を殺すことに決めました。


一方、アシュレイは。


『アシュレイ。いい子になるために《子犬を拾ってきては内緒で飼うあなた》を殺しなさい』

「じゃあ、マムは《ダディにマッサージされてるときに「アーン!アーン!」って喘ぐマム》を殺してヨ」

『あなた……今なんて言ったのよ!』

「さあネ。日本語覚えればわかるヨ」


と、アシュレイの隣から銃声が聞こえてきました。

常に拳銃を持ち歩いている善治郎の仕業です。


「……よし。これでせんたくものをたたまねェ俺とはオサラバだ……」

「善治郎!なにやってんノ!?」

「……なにって、せんたくものをたたまねェ俺を撃ち殺したんだよ」


砂浜には、7歳の善治郎の姿をした人影が倒れています。

その人影はやがて砂に吸い込まれ、その上に母親の顔をした化け物が墓を建てました。


「これであなたはひとつ、いい子になったわ。でも、悪い子のお墓は二度と掘り返しちゃダメよ。そんなことをしたら、あなたは悪い子に戻ってしまうから」


墓からは、脱ぎ散らかした血まみれの洗濯物が飛び出しています。

とても、掘り返したいとは思わないでしょう。


「せんたくものくらい、オレがたたむのに!」

「……いや、いつまでもアシュレイに甘えてないで、さすがにそろそろ自分でせんたくものぐらいたたもうかと……じゃなくて、見ろよ」

「なにを?」


善治郎は、砂浜を指差し。


「……墓だ。今、俺が俺の一部を殺したとき、化け物が墓をたてただろ?それに、俺の一部が死んだとき、ちょっとだるくなったんだ。だから、つまり……」

「そっか……真凛ちゃんも、さっきの善治郎みたいに……ここで自分を殺しつづけていたんダネ」


二人はようやく、答えを見つけました。



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