しみ
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家に人の顔をしたシミが浮かぶとですね。
その家の人はみんな、死ぬんですよ。
《リフォーム会社社長のひとりごと》
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「……お」
その日、善治郎は屋敷の中の部屋の壁に、人の顔をしたシミを見つけてしまいました。
怨みの表情を浮かべるシミ。
不思議なことに、どの角度から見ても、シミは善治郎だけを睨んでいるのです。
「……トリックアートかよ」
善治郎は、すごいものを見たとばかりにスマホを取り出し、シミに向けました。
写真を撮るようです。
アプリを起動すると、顔認識機能が反応しました。
「……顔、か」
善治郎は、何かを思い付いたようで別のアプリを起動してみます。
人の顔を認識して、口元と頭に動物の口と耳を盛るアプリです。
「……おお」
善治郎のスマホの画面には、ウサギの口と耳を盛られた、怨みの表情を浮かべる人の顔をしたシミ。
かわいいのか、恐ろしいのか、まるでわかりません。
善治郎が人の顔をしたシミで遊んでいると、暇をもて余したアシュレイが背後から近づいてきました。
「何してんノー?」
「……顔みてェなシミで遊んでんだ」
そう言って、善治郎はアシュレイに写真を見せます。
そこには、可愛く盛られた怨霊がいました。
アシュレイは写真を見て、なるほどと頷くと。
「どうせだから、顔採点してみようヨ」
壁のシミ本人の了解も得ず、残酷な提案をしたのでした。
「……顔採点か。いいな」
「じゃ、撮るヨ」
無情にも、シャッターが切られます。
それと同時に、壁のシミ本人が望んでもいない顔の絶対的評価が画面に現れました。
「……70点か。フツメンだな」
「可もなく不可もなく、ダネ」
決して悪くはないのに、さりげなく傷つく数値でした。
心なしか、壁のシミも少しだけ悲しそうです。
「……少し線を書き加えてイケメンにしてやろう」
「壁に書いちゃってイイノ?」
「……この壁はなァ、真凛が落書きしてもいいようにと数年前に特殊な壁紙に張り替えてあるんだ」
「じゃあ、心置きなくイケメンにできるネ」
いらない親切心を全開にした二人は、近くに置いてあったペンに手を伸ばし、壁のシミに整形メイクを施していきました。
徐々に、イケメンに変わる壁のシミ。
完成した頃には、シミはかなり女性にモテそうな仕上がりとなっていました。
やり遂げた顔をする善治郎とアシュレイ。
そして、壁のシミをイケメンにした二人は、こんなことを思い付くのです。
「……なァ、せっかくだから顔交換アプリやってみようぜ?」
「せっかくだから善治郎の顔と交換してあげるヨ」
「……何さりげなく遠回しに嫌がってんだ」
言いながらも、善治郎は遠慮なくアシュレイにカメラを向けました。
アシュレイは、カメラに写っても顔を認識されないように両手で拳を構え、まるで何者かのパンチを避けるかのごとく上半身を高速で動かし、善治郎のカメラの顔認識機能から逃れます。
「……おい、それはずりぃだろ」
「ズルくないヨ!善治郎のカメラの性能が悪いんダヨ!」
「……お。今一瞬顔交換できた」
「ウワァァァア!ヤダァァァア!」
こんなことなら、横に逃げればよかったと思ったアシュレイでしたが、もう後の祭り。
しかも、顔交換できたと喜んでいいはずの善治郎も、どこか浮かない顔をしています。
「……なぁ、アシュレイ。やっぱり、この壁のシミ……白黒のままじゃいけねェと思うんだ」
「このままでイイヨ」
「……そうだ、ちょうど真凛の置いていった画材もあるし……色塗ってみるか」
「真凛ちゃん、怒るヨ?」
アシュレイが止めるも、善治郎は「……バレねぇようにやる」とだけ言って、画材を取りにいってしまいました。
善治郎はスマホを置き忘れたまま。
アシュレイは、まだロックのかかっていない善治郎のスマホを手に取り、カメラを起動し壁のシミを連写しました。
善治郎が戻ってくる寸前まで、連写し続けました。
「……アシュレイ、画材取ってきたぞ」
「ホントにやるノ?」
「……やる。この壁のシミを、世界一のイケメンにしてやるよ」
「もう知らナイヨ」
とは言いつつも、アシュレイも善治郎以上にわくわくしながら筆を握ります。
そして二人は、善治郎の持ってきたA4用紙で色を試しつつ、まずは肌から塗っていきます。
「……肌はたぶん、この一色で塗りつぶせばいい」
「濃淡はつけなくてイイノ?」
「……濃淡は、元々のシミの白黒の濃淡を活かしてだな……」
「グリザイユ画法ダネ。髪は黒にしようカナ」
善治郎が肌を塗り、アシュレイが髪を塗ります。
「……唇は青にしよう」
ここまで真面目に色を塗ってきたのに、真面目に塗ることに飽きた善治郎が、ついにふざけ出しました。
そうなると、アシュレイも悪ノリするのが常。
「じゃあオレは左目を赤にして、と」
「……俺は右目をあえて黒にする」
こうしてカラーになった壁のシミは、黒髪に肌色の顔、右目が黒で左目が赤、唇が青といった仕上がりになりました。
なまじ顔が良いだけに、何かのゲームキャラのCGのようです。
「ワー……すごい中二病になったネ」
「……よし、これでもう一回顔交換するぞ」
「次は善治郎の番ダヨ」
「……そいつァ困るな……よし、アシュレイの顔用に新しいフォルダを作って、んん?なんだこの写真の数…………うわっ……アシュレイ、テメェ……俺の写真フォルダが壁のシミだらけなんだが……これァどういうことだ?」
めんどくさそうに大量のシミ画像を削除する善治郎に、アシュレイは笑いを堪えながら言います。
「それはさっきの仕返しダヨ」
「……なァ、アシュレイ。知ってるか?日本にはなァ……人を呪わば穴二つって言葉があってだな……」
「オレその言葉キライなんダヨネ。だって先に仕掛けてきた方は仕返しされるだけで済むのに、仕返しした方は先にやられただけじゃなくて仕返し後にもひどい目に遭うんダヨ?不公平ダヨネ?先にやったもん勝ちダヨネ?」
熱弁するアシュレイ。
その後ろで、壁のシミが、ずるずると這いながら気付かれないように逃げようとしています。
それに最初に気付いたのは、善治郎でした。
「……おい、アシュレイ。仕返し云々は後だ。シミが逃げようとしてやがる」
逃げようとするシミは、落書きされたままの状態で移動しています。
「善治郎、この壁って落書きしてもすぐに汚れが取れる壁だったよネ?」
「……おう。そうだが……」
「なら、この試し書きの紙でバーンって叩けば紙にシミが移るよネ?」
「……そう、なるだろうな」
善治郎が言うや否や、アシュレイはA4用紙を手に取り、壁のシミに叩きつけました。
途端、壁のシミから上がる呻き声。
アシュレイはそのまま、紙をシミに押し付け、擦り、勢いよく剥がします。
「よし、移ったヨ」
「……壁、きれいになったなァ」
壁が綺麗になった代わりに、A4の紙にはべったりと顔のシミが貼り付いています。
「コレ、もういらないよネ」
「……そうだな。燃やそう」
善治郎は懐からライターを出し、A4の紙を庭まで持っていくと、なんのためらいもなく火をつけました。
A4の紙から、人が焼け死ぬような悲鳴が上がり、それはすぐに灰となり消えていきました。
それ以来、壁のシミに殺される人間はいなくなったのですが、それを知る人は誰もいません。
***
今日もどこかの家で、人の顔をしたシミに誰かが殺されているのでしょう。
でも、我々にはどうすることもできないのです。
なぜならあのシミは、どんな手段を使おうと、壁から離れることはないのですから。
《リフォーム会社社長のひとりごと》




