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死ノ宮タクシー

***


なあ知ってるか?

韮ノ宮駅前のタクシー。

あそこ、たまに古びたタクシーが停まってるだろ?

あれに乗ると、死ノ宮っていう《この世じゃない》場所に連れていかれるんだって。

ウソだと思うなら乗ってみろよ。

まあ、うちに入院してる患者さんたちの流行りのウソ……かもしれないんだけどさあ……。

いやね、本当に……おかしいんだよ。

みんな廃人みたいな状態なのに、死ノ宮に連れていかれたんだ、死ノ宮に連れていかれたんだって、必死でうわ言のように言うんだよ。

あの調子では……もうずっと退院できないだろうなあ。


《韮ノ宮精神病院院長のひとりごと》


***


雨降りの、夏の夜。

二人の男性が韮ノ宮駅前に停まっていた古びたタクシーに乗り込みました。

一人は、外国人。

金髪に青い眼の、背が高く筋肉質な黒いタンクトップに迷彩パンツの男です。

きっと、彼をテレビで見たことのある人もいるでしょう。

芸能人ではありませんが、彼は昔ラスベガスで名を馳せたヘビー級プロボクサーです。

今は引退していますが、35歳になった今でも引き締まった肉体は衰えていません。

もう一人は、日本人。

黒髪をオールバックにし、派手なスーツをかっちりと着込んだ強面の男。

こちらも長身でガタイが良く、近寄りがたい雰囲気を全身から醸し出しています。

彼はヤクザの組長。先ほどの外国人と同じ35歳です。


「お客さん、どちらまで?」

「……地平線の果てまで」


運転手の問いかけに答えたのは、ヤクザの組長。

心なしか、運転手も困っています。


「地平線の果て、ですか……ロマンがありますよね。でも、このタクシーの行き先は……いえ、なんでもありません」


ヤクザの組長のボケに、律儀にもそれとなく良さげなリアクションを返してから、思わせ振りにタクシーの運転手は言います。

しかし、その余計な思わせ振りのせいで、ヤクザの組長のこめかみに青筋が浮かびました。


「……俺ァな、言いかけて途中でやめる奴が世界一嫌いなんだよ。で?このタクシーの行き先は何処だ?あの世か?あ?」


ヤクザの組長は運転手に迫りながら脅します。

運転手は、困り果てました。

最近はただでさえ死ノ宮タクシーの異名で都市伝説になってしまったのに、ここで行き先はあの世です、だなんて正直に言おうものなら、この男性二人もすぐにタクシーを降りてしまうでしょう。

それだけではありません。

死ノ宮タクシーが都市伝説ではなく、実在のタクシーであるとSNSで拡散されたりなどすれば。

それはもう、大変です。

今度こそ誰もタクシーに乗ってくれなくなってしまいます。

それはもう、困ったことです。

あの世に人を運べなくなる、などということなどあってはならないのですから。


「ヘイ、おにーサン、エアーコンディショナー効いてないヨ」


たどたどしい日本語で外国人は言います。

夜中で、雨が降っているとはいえ、夏場は暑いのでクーラーは必須です。

けれど。


「ああ、すみません。このタクシー古いもので……」


なんということでしょう。

このタクシーには、クーラーなどついていなかったのです。

さらに言うならば、カーナビもなければ、客と運転手のあいだの透明な仕切りもありません。

このタクシー、本当に大丈夫なのでしょうか。


「……なあ、アシュレイ。こんなタクシー降りようぜ?」

「そダネ」


タクシーから降りようとする二人の男。

運転手は、そんな男たちを必死で止めます。


「あああ待ってくださいお客さん!安くしておきますから!」


その必死さが、墓穴を掘りました。


「……安く、ねぇ?」

「ウマイ話にはウラがある。だったよネ、善治郎?」

「……おう、よく覚えてたなァ、アシュレイ。またひとつ、日本語が上手くなったな」

「フフン。というワケで、ウマイ話おことわりデス」


二人の男は、タクシーのドアを開け、降りようとします。

運転手はさらに焦り、こんなことを口走りました。


「何もうまい話なんてないですから!もう普通の料金でいいから乗っていってください!」


しっくりこない話です。

もちろん、二人の男は降りようとします。

けれど。

男二人の意思など関係なく、運転手はドアを閉め、タクシーを発車させました。

よく見れば、タクシーの中は爪で引っ掻いたような痕がたくさんあります。

千切れたレースのカバーを縫い直した痕も。

これは、ただ事ではありません。


「……おい。どういうつもりだ」

「オレたち、別のタクシーのるヨ」


二人の男がそわそわし始めたとき、運転手はにやりと笑って言いました。


「お客さん……知りませんか?このタクシーは一度乗ればもう、この世では降りられないんですよ」


そう。

このタクシーは死ノ宮タクシー。

生きた人間をあの世へ連れていくためのタクシーなのですから。


「……この世では降りられねぇだァ?ヤクザに喧嘩売るたァ命知らずだなぁ?なんだ、俺たちを殺して山にでも埋めるか?ん?」


ついにキレたヤクザの組長。

彼は懐から拳銃を取り出し、運転手のこめかみにゴリゴリと押し付けました。


「いいえ?山に埋めるだなんて無粋な真似はしませんよ。ただ、冥府へと送り、そこで魂を肥え太らせ、ぶくぶく太った魂を肉体から引きずり出し喰らうだけですよ。ああ、心配しないでください。肉体だけは元の世界に戻して差し上げますから。まあ、廃人にはなるのですが」

「…………」


外国人は下を向き、動かなくなりました。

そして、頭を抱えました。


「おや、怖気付きましたか外人さん?」

「……むずかしい日本語ワカラナイから、英語で説明ぷりーず」

「えっ?あ、はい。this is not in the mountain……あの……私、英語わかりませんので、勘弁してください……」


運転手はひどく凹み、あのとき英語を勉強しておけばと、あの世の者らしからぬ後悔をしました。


「英語ヘタだネ」

「うっさいわ。あ、お客さん……そろそろ、外を見てください」


知らぬ間に、外の音は聞こえなくなっています。

外には、六車線の車道に古びたタクシーが、たくさん走っています。

景色はビル群と、あまり変わっていないように見えますが……どこかこの世のものではないような違和感を感じます。


「……っ!」


そして、ヤクザの組長は見てしまいました。

外の古びたタクシーのナンバープレートを。


「どしたノー?」

「……アシュレイ……」


ヤクザの組長の体はぶるぶると小刻みに震えだし、隣に座る外国人に寄りかかって恐怖をやり過ごそうとしています。


「ンー?」

「……外の車のナンバープレート、全部……地名が《死ノ宮》だ……」

「それって変なノ?」

「……ああ……死ノ宮なんて地名……日本には存在しねぇはずだ……それなのに……」


怖がるヤクザの組長をミラー越しに見て、運転手はいじわるな笑みを浮かべます。


「あらー、ヤクザさん。もしかして、怖い話とか苦手ですか?」

「……はっ、怖い話?怪談なら大好きだぜ?なんなら、今から百物語でも……」

「善治郎……涙目ダヨ……?」


ヤクザの組長が、怖い話が苦手なのは一目瞭然。

その証拠に、運転手に再び突きつけた拳銃を持つ手もカタカタ震えています。

なぜ強がって見せたのかはわかりませんが、強がりついでにヤクザの組長は拳銃のセーフティを外しました。

撃つ気満々です。


「……さて、茶番はここまでだ」


銃声。

運転手の頭に穴が開きました。

しかし。


「あはっ、私は死にませんよ。なぜって、あの世の存在ですから」

「……く、っ!」

「残念でしたね。私を殺して脱出する気だったようですが……ここからは出られません。諦めてください」


運転手の頭の穴が塞がります。

もう、勝ち目はないのでしょうか。


「善治郎、善治郎、オレ、いいこと思いついたヨ」

「……いいこと?」

「この車の中、よく見て?」

「……おう。特に変わったものは無ェが……」


車内にあるものは、普通の車とさほど変わりません。

むしろ、タクシーとしては壊滅的に少ないくらいです。

エアコンもなければ、カーナビもないし、客と運転手のあいだの透明な仕切りもない。

あるとすれば、古びた広告に、ぼろぼろのレースのカバー、灰皿くらいのものです。


「変わったものはたしかにないヨ。でも、このぼろぼろのレースカバー……」

「……こんなん、何に使うんだ?」

「ンーン、そうじゃなくて。このレースカバーがこれだけぼろぼろになってるってことは、このタクシー自体は壊せるってことだよネ?」


外国人は、レースカバーからはみ出た糸を引っ張り、ぷつりと切り取りながら言いました。

とてもとても、脳筋な発想でした。


「……おい、まさか……」

「そのまさかダヨ。善治郎、このタクシーこわせば外に出られるヨ!」

「……よし、じゃあ壊そう」


そう言うや否や、二人の男は目の前にあるヘッドレストを無理やり外しました。

そして、窓と車体の隙間にヘッドレストの二本の棒を差しこみ、テコの原理で見事、窓ガラスを割って見せました。

それから、ヘッドレストの二本の棒で、窓ガラスを砕いていきます。


「ああっ!やめてっ!私のタクシーを壊さないでっ!」

「あのネ、ジャパニーズゴースト。人のモノを壊すのはわるいコトだケド……それ以上にわるいヤツのもちものを壊すのはオケィってネ、グランマが言ってた」

「それで!?どうせ爆発させるんでしょう!?ハリウッド映画みたいに!ハリウッド映画みたいに!」

「……あの世の住人も、ハリウッド映画観るんだなァ……でも、爆発なんざさせねェよ……」


外国人が運転手の頭を数発殴り付け、動きを止めてやります。

それから、力任せに軽々と運転手を運転席から引きずり出し、後部座席へと移動させます。

そして、ヤクザの組長と二人で運転手を軽く持ち上げ。


「やめて!やめてぇえ!ウソでしょやめて……ッアー!」


窓の外へ、ぽいっと捨てました。


「ヒャッハー!タクシー乗っ取ってやったゼ!」

「……あとは、来た道を帰るだけだなァ」


ヤクザの組長が運転席に座り、来た道を逆走します。

そして、しばらく道を往けば。

景色は、見慣れた韮ノ宮のものに変わりました。


その後、二人は韮ノ宮で《死ノ宮ナンバー》の古びたタクシーを見るたびに壊して回りました。

他の人が乗ってしまっては、大変ですから。


「あのー……私のタクシーを壊さないでくださいって言いましたよね?何台壊すんですかあなたたち?このタクシーたちはね、みんな私と一心同体なのですよ!?壊されたら痛いんですよ!?」


たまりかねた運転手は言います。

けれど、男二人はにやりといじわるな笑みを浮かべました。


「……もしかして、あのタクシー全部……お前一人と繋がってんのか?」

「そうですよ。あれらは、全て私の胃袋みたいなものですから」

「ネー、気になったんだケド……タクシー壊したときにフワーって出てくる魂みたいなのって、ナニ?」

「魂ですよ、私が食べた魂。だから壊さないでくださいよ!壊されるとすぐにお腹空くんですから!ね!?」


運転手の必死の訴えを聞いた二人は決めました。

心置きなく、死ノ宮ナンバーのタクシーを壊して回ろうと。


***


最近、もう二度と治らないと思われていた、廃人のようになってしまった患者さんたちが次々に健康を取り戻しつつあるんだよね。

これって、奇跡なんじゃないかな。

患者さんたちも、みんな今まで「自分はわるい夢を見ていたんだ」と言って大泣きしてさ。

よほど怖かったんだろうなあ、その夢。

まあ、何はともあれ退院できそうでよかったよ。


そう言えば最近、韮ノ宮駅前で古びたタクシー、見なくなったなあ。

別にいいけどね、俺、あのタクシー乗らないし。


《韮ノ宮精神病院院長のひとりごと》


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