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置き手紙


「親愛なるシルヴィア


ハッピーバースデー、シルヴィア。この手紙を読んでいる時、私は貴女の隣にいないでしょう。

私は長旅をしてきます。ええ、きっと長い旅になるでしょう。

貴女の父様が遺した爵位や財産は貴女に譲ります。聡明な貴女ならきっと大丈夫よ。

何か困った事があったら私の弟……貴女の叔父を頼りなさい。貴女の予想以上に役に立つわ。血が繋がっているから贔屓している訳ではなく、本当に。

貴女のウェディングドレス姿が見れなくて残念で仕方ないわ。薄情な母を許してね。

そして貴女に謝らなければならないことがもう一つ。単刀直入に、私と父様は魔術師でした。私なんて稀代の魔術師と言われた天才よ。そんな私達の娘である貴女もきっと、素敵な魔術師になるわ。

そんな貴女に母様と父様から最後のお願いです。どうか私達が見つけられなかった「鍵」を探してください。貴女が魔術師として生きる為に必要な「鍵」を……見つけられなかった私達の代わりに見つけて。

この手紙を読んで冗談だと思っても良し、でも信じてくれたら嬉しいわ。この手紙は破り捨てて。

最後に、貴女のこれからの人生に幸あらん事を願って。愛しているわ、シルヴィア。


エリザベス・カークランド

貴女の母より愛を込めて」



7年後。


「これはどういうことだ、母上……!」


朝起きて支度を済ませ、朝食を取ろうと広間へ出た私は、テーブルに置いてあった一通の手紙を震える両手で持ちながら声を怒らせた。

本日、めでたく17歳の誕生日を迎えたシルヴィア・カークランド。私は今しがた、大変不本意ながらノースベリー伯爵となったようだ。私はその手紙をテーブルに叩きつけるように乱暴に置き、背後に控えていた男を睨みつけた。


「お前は知っていたのか、エドワード⁉︎」


肩の位置まで伸びたストレートのブランドヘアをハーフアップにまとめ、モーニングコートに黒のベスト、蝶ネクタイをきっちり纏った優男。我が家の家令(ハウススチュワード)、エドワード・キャンベルだ。

エドワードは申し訳なさそうに顔を俯かせるが、朝食を準備する手は止めない。


「申し訳ありません、シルヴィアお嬢様。奥様……エリザベス様から決して口にせぬように言われておりましたから」


私が幼い頃より屋敷の使用人は大分減った。今は職種問わず男女合わせてざっと20人前後。その中で両親が若い頃から仕えていた者はこのエドワードと、1人の老いたメイドしかいない。それでも最低17年は過ぎているはずだが、この男は昔から変わらず20代ぐらいに見える。青い瞳の光も衰えることはない。


「……まさかとは思うが」

「……ええ、そのまさかですよ、お嬢様」


そこで初めてエドワードの手が止まった。エドワードは私を真正面から見据えた。まるで支柱が身体に埋まってるかの如く背筋が伸びた6フィート弱の優男は、自分より20インチ低く更に椅子に腰掛けた私を見下ろした。

その青い双眸は何もかも見透かしているかのように深く、吸い込まれそうだ。

私も何かおかしい、とまでは思ったんだが。まさか人間ではないとは……この科学のご時世にまさか人ならざる者がいるとは誰も思わないだろう。私は大きく溜息をついて額に手を当てた。


「私は貴女のお父上とお母上……ヘンリー様とエリザベス様の友人でした。特にヘンリー様とは、彼が幼い頃から親しくさせて頂いていました」


私の父は、私が12の頃に亡くなった。元々体が弱く、風邪を拗らせてしまい、肺炎を起こして亡くなった。

父は誰にも慕われる優しい方だった。体の弱さ故か或いは優しい性分故にか、酒も煙草も嗜むことはなく、このエドワードの入れる紅茶と、メイドの焼いたスコーンが好きな方だった事を覚えている。

陶器のカップに紅茶が注がれる。紅茶特有の香りが周りに立ち込め、私はそれを掬うようにカップを手に取り一口飲む。喉から胃へ温かさが下へ降りていくのを感じると、少し落ち着いた。


「元々この地は私の父が所有していたので。屋敷もここから3ヤード程離れた地に。しかし500年程前に父が亡くなり私が相続した際にお嬢様のご先祖に当たる御方と一悶着ありまして」


私は呆気なく彼に負け、カークランド家の家令に。そうエドワードは懐かしそうに、しかし悲しそうに微笑んだ。


「その一悶着とは?」


私が問うと家令は「それはまた追々に」と唇に白い手袋をした長い人差し指を当てて、悪戯がバレた子どものように笑って聞いてくれなかった。


「ところでお嬢様。本日のご予定は?」


エドワードが切りのいい所で話題を変えてきた。朝食に手をかけた私は少し唸る。誕生日ではあるが祝ってくれる家族もいないし、盛大に祝われるのがそう好きなたちでもない。爵位が譲られたとして、何をすればいいのか分からない。

そういえば、私は母が日中何をしているのか、はっきり知らなかった。

知っている母といえば、読書や得意な歌を口ずさんだり、時々庭で乗馬をしている姿か。外に出て、領地に住む者達と談笑する姿も一度か二度は見た。


「……昼を過ぎたら、久し振りに領地を周ってみるか。住んでる者達にも挨拶をせねば」

「おや、それは良いご提案です。昼食が終わり次第すぐに馬車をご用意しましょう」

「いや、いい。ちょうど馬に乗りたかったのでな」


置き手紙の件で幾分か食欲が失せた私は、せっかくコックが作ってくれたいつもより少し豪華な朝食を少し残して、置き手紙を手に取って席を立った。


「お嬢様、今日の晩は私共がお誕生日のお祝いをさせて頂きますので」


家令の言葉に適当な返事をして、私は自分の部屋に戻った。

置き手紙について、先程までの怒りは嘘のように消えたが、反対に悲しみ、寂しさが込み上げてきた。

何故、母は当然手紙を残して消えたのか。何故、魔術師であることを隠していたのか、どうして今になって私に魔術師になれと、知りもしない鍵を探せと言うのか。

今朝起きたことが急過ぎて、さすがに頭が追いつかない。安楽椅子に座って天井を仰いだ。

珍しく、何も頭に浮かんでこない。頭の中が真っ白とはこういうことか。


「父様、母様」


私の悲痛な呟きは、明るい朝日が差し込む広い部屋に響くしかなかった。

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