表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
咲き誇る花に舞う  作者: ばっさ
2/3

春のはじまり

 ──意識が浮上する。雨戸の隙間から漏れる光が瞼を刺し、意識の覚醒を助長する──




──Flühlingsbeginn──




「んあっ」


 おはようございます。いい朝ですね。体の節々に走る重石がのしかかったような痛みと、体を動かす度にバキバキと鳴る程度の不調を意識の外に放り投げればすこぶる快調と言えます。


「あちゃー。不覚です」


 この状況を客観的に見るに、自分は昨夜、机で教材を作りながらそのまま突っ伏して寝てしまったという訳ですか。朝から夜にかけて冷える春に、毛布も掛けずに。

 身体中がちょー痛ぇです。ついでにちょー寒いです。


「……お風呂」


 入浴文化が発達していて良かったと心から思いました。




 浴室の蛇口の上についている黒い板──黒鉄と赤銅の合金──に触れます。するとどうしたことでしょう。蛇口からゴゴゴ、と湯気がぽかぽかと昇るお湯が勢い良く出てくるではありませんか。

 つくづく、技術とは便利だなと思います。


 五分程で浴槽に張り終えた湯に飛び込みたい衝動を抑えながら、先ずは頭と身体を洗っていきます。


 髪は丁寧に、丁寧に洗ってケアしないとすぐに傷んでボサボサになってしまいますから、シャンプーは少し出費が痛いとしても高いのを買うべきですね。昔、安いカゴ売りされている石鹸を使ったらガビガビになってとても後悔しました。


 逆に、ボディソープは匂いのついていない安いもので十分です。よく泡立ててボディブラシで擦れば大抵の汚れは取れますから。


 満を持して浴槽に張られた湯気の立つお湯に、片足ずつ沈めていく。冷えと、無理な体勢で寝た所為で凝り固まった筋肉が解きほぐされていって、なんとも言えぬじんわりとした心地よさを感じます。


 そうして冬の朝風呂を楽しんでいたら白い伝書鳩が壁をすり抜けてお湯に落ちました。

 そう。それは見事に。ぽちゃん、と。


「ええ……」


 お湯にぽちゃんした伝書鳩はその姿を書簡に変え、書いてある文字を滲ませました。


「ああああああぁっ!」


 目の前で起きた光景の間抜けさのあまり、惚けてしまったようです。


 伝書鳩(飛脚式)が相手の目の前で手紙になるのをすこーんと忘れていました。


「デムリ・ヌ・ラハウユム」


 お湯から救出した書簡を赤と青の混合術式で乾かします。


「読めなくは……ない、ですね。セーフ」


 こんな早朝に手紙を飛ばしてくるのは一体どこのどいつなのでしょうか。しばくぞ。




「おう………」


 学園長からの呼び出しでした。簡潔に「来い」というニュアンスだけを含んだ、用件の説明が一切無い飛脚式でした。

 せめて召喚される理由を記して欲しかったです。


 来いと言われれば断れない、ヒラの教師とはつらい身分ですね。


 ワイシャツとスラックスの上からエプロンを着けて朝食の準備をします。


 朝食を取ることで、身体や脳のパフォーマンスが上がるらしいです。それに加えて、寝てる間に使った体力を回復するという意味もあると聞きました。オカン知識です。科学的な根拠とかその辺りの真偽は学者サマに聞いてください。


 冷蔵庫にあった卵をフライパンに落として、軽く味付けをしたスクランブルエッグ。


 昨日の夕方に市で買ってきたそこまで美味しくないパン。


 同じく、市で買ってきたレタスとキュウリ、トマトを使った簡単なサラダ。


 そして、毎朝、小僧が届けてくれる新鮮な牛乳を喉に流し込み、朝食を終えます。


「ごちそうさまでした」


 感謝は大事です。感謝をすることを忘れてしまえば、それはただの傲慢な消費者に成り下がってしまう。


 そして、感謝を捧げるのは神ではない。神には祈るだけです。感謝は、生産者に。糧となった動物達に。植物たちに。


 彼らを蔑ろにし、神にだけ祈っていれば、取り返しのつかない事態に気付けばなっているものです。




 顔を洗う。歯を磨く。そうして日常の中で鏡に向き合って、自分と向き合います。そうして見ることで、日常の変化というものを徐々に感じていくのです。


「すこし髪が伸びましたね」


 いつの間にか、サラサラと流れる艶のある黒髪が肩口より長く伸びています。

 大きくぱっちりと開いた目元、瑞々しいハリのある肌、柔らかな唇と、元々の顔立ちもあって完全に女性の様です。髪を切ったところでその「女顔」という評価が覆るわけではないのでもう諦めました。


 ささやかな抵抗として野暮ったい眼鏡を掛けて目元を隠しましょう。



 ネクタイを締めてローブを羽織れば、準備は完了です。


 いつもは白衣を羽織っているのですが、術学の教師に任命されてから数日後、胸に学園の紋章が入ったローブを渡されました。


 フォーマルな時はこれを着ろということなのでしょう。

 普段から着ろみたいな空気をひしひしと感じてはいるわけですが、未だに普段は白衣を着ています。


 ローブだと、どうしても学者というイメージが先行してしまうんですよね。いえ、教育者という観点から見れば学者というのもあながち間違いではないのですが。


 特にこだわりがあるわけではないのですが、「教育者と言ったら白衣」というしょーもない先入観が自分の中にあるので、惰性で白衣を着ているだけなんですけどね。


 しかしながら今日は飛脚式を使って呼び出されました。つまり、フォーマルな場であるということです。ならばローブを着てしっかりした格好をしていかなければならないわけです。


 めんどくせー。


 このどこまでも沈んでいきそうな気分を少しでも浮かべるためにも、早朝の春の空気というものを感じて午前中は潰しましょうかね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ