謎のボール
打席で櫻井が固まったままだ。
(何だ、あの球…揺れながら落ちた。ナックルか?)
渡邊の投じた一球は、ゆらゆらと揺れながらバッターの手前でストーンと落ちた。
ナックルボール。
メジャーでもこれを投げる投手はあまりいない。
爪を立てるようにボールを握り、投げるのだが、ボールが無回転の為、空気抵抗により不規則な変化をする。
行き先はボールに聞いてくれという感じで、曲がったり落ちたりする変化球なので、キャッチャーもナックル専用の一回り大きいキャッチャーミットを使用する。
しかし、渡邊の投げた球はナックルにしてはおかしい。
渡邊の持ち味は、スライダー、ツーシーム、チェンジアップ。ストレートの球速は145前後である。
そして二球目を投げた。
アウトコースに外れるスライダー。
櫻井は見送った。
「ボール!」
カウントはワンボール、ワンストライク。
(あの球を投げてこられたらやっかいだな。しかしいつの間にあんな変化球を…)
櫻井は一球目の球が頭から離れない。
三球目、ストレートがインコース低めに決まった。
「ストライク!」
ツーストライクになった。
(次で決めてくるか…それとも一球外すか)
櫻井は多分一球外してくるだろうと思った。
だが、コースギリギリのスライダーだ。
見送ったらストライクになるかも知れない、櫻井はバットを出した。
「ファール!」
三塁線を襲う打球だったが、惜しくもラインを越えた。
次だ…
五球目を投じた。
「まただっ!」
ゆらゆらしながらストーンと落ちた。
櫻井はバットが出なかった。
「ボール!」
「なにっ?」
キャッチャーの朴が主審に詰め寄る。
「入ってたろ、今のは?」
「ボールだっ、下がれ!」
あまりしつこいと退場になる。
開幕戦から退場になるなんてシャレにならんと思ったのか、仕方なく主審に従った。
そしてフルカウントになった。
(今の球を投げてくるだろうか…フルカウントだからボールになる可能性がある。ここはストレートしかもアウトローだ!)
櫻井はストレート一本に絞った。
そして六球目、櫻井の読み通りアウトコース低めのストレートだ!
(もらった)
櫻井は鋭くバットを振り抜いた。
【カァーン!】
乾いた音を立て、ストレートを捕らえて打球は左中間に伸びる。
(行ったな)
櫻井は確信した。
センターがバックする。
!!
急に打球が失速した。
フェンス手前でセンターが捕った。
「アウト!」
「バカなっ!」
確かに打球は芯を捉えた。
あの当たりはスタンドに入る当たりだ。
なのに何故失速した?
球が重いのか?
櫻井は腑に落ちない。
「何だ、あの初球といい、あの打球は?」
櫻井はベンチに戻った。
「あのピッチャー、変なボール投げてきます」
監督に告げた。
「仕掛けてきたか」
ヤマオカはこのドームがありとあらゆる細工を施している事を知っていた。
しかし証拠がない。
何としてもこのカラクリを見破らないと。
エンペラーズは開幕早々ピンチになった。




