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春の歌  作者: えぎゅぇあぅたr
8/20

それからいつもの交差点で洲上と別れ、家への短い道を歩いていると、懐かしい顔にばったり会った。ショートヘアで活発そうな見た目な女の子だ。

「拓人じゃない」

元々向かいから歩いて来ていた彼女は俺の姿を見るや否や、こちらに駆け寄ってきた。

 「花菜」

 こちらに向かってくるその幼馴染に声をかける。宮田花菜。ミヤタハナ。小学から中学まで同じ学校だったが、高校では別々のところに進んだ。かれこれ十年来の付き合いになるのか。ちなみに正月に会ったきりだから、四ヵ月ぶりの再会になるのだが。

「久しぶりだな」

 彼女はセーラー服に身を包んでいる。この町からは少し遠い高校の制服だ。背中には背丈ほどの大きな黒いバッグ担いでいて、頭の上に飛び出ている。時間からして、部活帰りだろうか。

 花菜は笑顔を浮かべながら話す。

 「本当にね。家近いのに、こんなに会わないものなのね」

 俺と花菜の家は同じ通り沿いにあって、間は五軒ほど。俺たちは両家の丁度間あたりで会ったのだった。

 立ち話も何なので、すぐ近くにある、九尾公園という小さな児童公園に移動する。木製のベンチに並んで腰かける。

 「懐かしいね、この公園。小さい頃はここでよく遊んでたな」

 花菜の言葉が示す通り、俺たちは昔よくここで遊んでいた。大勢集まって鬼ごっこをしていたこともあったし、時には二人だけで砂場遊びをしたこともあった。そう言われてみれば懐かしい。

 「俺たちも大きくなったもんだな」

 俺が呟くようにそう言うと、彼女はフフッと笑った。

 「ねえこの話、去年もしなかったっけ」

 はて、そうだったか。まあ、毎年毎年歳をとったことを実感するのだろうな。

 花菜の隣に置いてある、巨大で長いバッグが目に入った。ずっと担いでいたあれは、ギターケースだ。中にはアコースティックギターが入っている。何回か見せてもらったことがある。

 「頑張ってるみたいだな」

 その薄汚れたギターケースを見ると、なんだかこちらまで嬉しくなる。

 彼女はギターを弾く。歌も歌う。作曲もする。平たく言えばシンガーソングライターだ。といってもまだアマチュアだが。どうやら高校でも音楽関係の部に入っているらしい。これまで何回か歌ってもらったが、同い年とは思えないほど上手い。プロと名乗ってもいいのではないかと俺は思うのだが、そう甘くはないらしい。「私より上手い女子高生なんていっぱいいるんだから」と彼女は言っていた。

 俺の視線に気づいたのか、花菜はケースを撫でた。

 「うん、頑張ってるよ。将来は東京ドームで歌うんだから」

 目標は東京ドームか。相変わらずすごいな。

 俺が言うのも烏滸がましいが、こいつには歌の才能があると思う。いつかきっと、そうなる日も来るだろう。だが、そう考えるほど、俺は劣等感に押しつぶされそうになる。

 そんな思いを振り払うように、少し無理をして笑った。

 「じゃあ俺がファン一号になってやるよ」

 花菜は悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 「残念ながら、その席は埋まってるの」

 ああ、そうか。

 「山城か」

 こいつは中学の時から、山城光一という同い年の男と付き合っている。ヤマキコウイチ。二年から三年にかけて、俺たち三人は同じクラスだった。ちなみに洲上とは三年間同じクラスだった。腐れ縁だった。

花菜が山城と付き合ったと聞いたとき、「ああ、やっぱりな」と思った。山城は何を隠そう、同じ陸上部で、県トップのスプリンターだった。中学に上がってぐんぐん記録を伸ばしてきた彼に、俺はまた劣等感を感じていた。そして中三になり、県大会優勝とほぼ同時に、二人は恋仲になった。

 やはり才能のある者同士がくっつくのだ。何のとりえもない俺に花菜が傾くわけもなかった。思いを告げられないまま、手を繋いで俺から離れていく二人を、遠目から見ていた。

 「うん、そう」

 花菜は恥ずかしそうに俯いた。俺の心は澱んだ。そんなに恥ずかしいなら言わなければいいのに。

 「そ、そういえば」

 照れ隠しなのか、突如切り出された。

 「どうした」

 「山城君のことなんだけど」

 なんだ、またあいつのことか。

 「山城がどうした」

 彼女はこちらを向く。

 「二、三週間くらい前にさ、殺人事件、あったじゃん?」

 「あったな」

 あったな。だが、それと山城はどう関係が。

 「実はあの事件があったとき、学校の帰りに寄り道してたらたまたまその時間帯に現場の近くを通ってたらしいのよね」

 ほう、そうか。

 「それで?」

 俺がそう聞くと、花菜は目を丸くした。

 「それでって、うん、まあ」

 彼女は目線をギターケースに移した。

 「危なかったよねって話」

 そう呟くと、ギターケースを撫でた。どうやらそれだけの話がしたかったらしい。話はうまく着地しなかったが、変な話から間を空けるのを避けるのには十分だったのだろう。それにしても俺には乙女心がまだ理解できないようだ。

 なんで俺はイライラしているのだろう。ふと思った。

 俺の気持ちは終わったはずだ。あれから何年経った?俺の特殊な気持ちは消え失せて、存在しない。全て消して、別の高校に進んで、なにごともなく過ごしているはずだ。それなのに、なぜ。

 奇妙な心地の悪い感情が俺を包んでいた。これはついさっきも味わった気がする。しかし今回のこの感じはもっと不快だ。

 俺は頭を振った。隣の花菜は俯いたままこっちを見ていない。澱んだ感情を処理しながら見つめていると、視線に気づいたらしく、こっちを見た。その純な目に何故だか罪悪感を得て、何か言わねばという義務感に駆られた。

 「なんか、久々にお前の歌が聞きたくなったな」

 目線を逸らしながら言う。

 花菜は戸惑った。

 「え、ここで?」

 そう言ってあたりを見回した。

 空は赤い。まだ日は沈んでいないが、人はいないようだ。

 「小声でいいなら」

 諦めたように呟くと、ケースのジッパーを開き、ギターを取り出した。弦に指を滑らせ、軽く音を出す。頭の方に刺さっているペグを回し、調弦する。それを繰り返すと、済んだようだ。

 「どんなのがいい?」

 顔を上げてそう聞いてくる。

 そうだな、と考える。見上げれば、すっかり花びらの散ってしまい、わずかに薄桃色の花弁を残すのみとなった、裸同然の桜の木が目に入った。

 「春っぽいのがいいな」

 ぽん、と頭に出てきたのが、春だった。

 花菜は笑む。

 「丁度最近できたばかりのがあるよ」

 「新曲か、じゃあ、それを頼む」

 頷くと、彼女はギターを奏で始めた。確かに春らしい、暖かなメロディーだ。続いて彼女の声が乗ってくる。いつも通りの、華やかな声だ。俺は彼女が歌い終わるまで、何も考えずに聞き入っていた。


二人並んで歩いて、公園の出口へ向かう。彼女が歌い終わり、暗くなるからさあ帰ろうという話をしてからしばらく会話はなかった。唐突な花菜の質問がそれを破った。

「拓人は、もう陸上しないの?」

胸の中をばちっと、何かが駆け抜けた。直後に苛立ちが込み上げてきたが、なんとか抑える。

「ああ、しない」

「あんなに頑張ってたのに」

無神経なその一言で、心の抑えにひびが入った。

「うるさいな」

俺の言葉を受けて、花菜は悲しそうな目でこちらを見た。なんでそんな目をするんだ。罪悪感が胸を打ち、俺は彼女から目を逸らした。

「私ね、昔は拓人のこと、凄いなって思ってた」

驚いて花菜を見る。俺がすごいだって?

花菜は続ける。

「覚えてる?中一の時、忘れてきたと思ってた数学のプリントを探し当ててくれたこと。私、嬉しかったし、まさかあんなこと、見当もつかなかったから、拓人のこと凄いなって。他にも昔は陸上にも一生懸命だったし、それに」

 彼女は言葉を噤んだ。心なしか涙声だった。

 俺は何も言えずにいた。数学のプリントを探したのは覚えている。だがあれはたまたま運が良かっただけで、俺の力じゃない。

 「ううん、いいや、もう帰るね。またね」

 早口で言うと花菜は駆け出した。

 「花菜」

 引き留めようとしたが、ごく小さな声は赤焼けの景色吸い込まれるように消えた。無意識に前に伸ばしていた右手を虚しく降ろす。虚無感が胸を突く。下を向けば、夕日によってできた俺の影が見えた。なんて小さな陰だろうと思った。体を反転させ、家へと向かう。残りの帰り道が短いのが、今日はやけに嫌だと感じた。


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