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春の歌  作者: えぎゅぇあぅたr
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勃発−3

 数日後、昨日まであとを引いていた風邪が嘘のようにすっかり治っていた俺は、何事もなく日常を過ごし、授業の全日程を終えた。週末を挟んだおかげで、学校を休むということはせずに済んだ。ホームルームが終わり、部活に行くものは部室へと急ぎ、それが一つの流れになって教室棟から流れ出す。これがこの高校の放課後の常だ。俺はこの流れの構成員になることはない。第一に、俺は帰宅部だ。第二に、心象的に流れに巻き込まれるのは嫌だし、第三に、急いで帰る理由もない。だから、嵐が過ぎ去るのを待つのが俺の放課後のルールだ。

 今日も例に倣って、俺は流れがおさまるのを待っていた。なんてことはない、ただ席で待っていればいいのだ。

そんなとき、愚かにも教室から溢れ出る流動に逆らって、教室に入ってきたものがいた。洲上だった。

 「いたか、江田。もう元気そうだね」

 息も絶え絶えにこちらに向かう洲上。あの奔流を逆上ってきたのだから、当然である。俺は奴に微笑みをプレゼントしてやった。

 「ああ、もう大丈夫だ。……どうした、そんなに急いで」

 わざわざあの嵐の中を来たのだ。急いでいるに違いない。

 彼は頷き、背負っているリュックを俺の机の上に降ろし、中に手を突っ込んだ。

 「これを渡したくてさ」

 そう言って差し出したのは、何やら白い箱。片手で掴めるほどの大きさで、正立方体の形をしている。差し出されたそれを、受け取る。『割れ物注意』と書かれたシールが貼られている。

 「父さんの会社で仕入れたもんなんだけど、ちょっと余ったらしくてね。社員さんたちにも配ったようなんだけど、それでも余る。そんで、せっかくなら江田にもやろうと思ってさ」

 俺は箱を見つめた後、ゆっくりと自分のセカンドバックに収めた。くれるというのなら拒む理由もない。

 「ありがとう、だが、これだけのために?」

 物を貰っておいて「これだけ」とは失礼な言い方だったな、と思いもしたが、洲上と俺の間柄だ。竹馬の友だ。ギブアンドテイクだ。違うか。

 いや、と言いながらにやつく洲上。表情を見る限り、何か楽し気な話があるに違いない。

 にやけ面のまま、こう持ち掛けてきた。

 「ここじゃなんだし、ちょっとお茶でもしないかい?奢るからさ」

 きょとん、とした。お茶でもしないかい。いつの間にそんな大人なワードを言うようになったのだろうか。

 とはいえ、別に用事があるわけではないし、しかも奢ってくれるというのなら。


 学校からほど近い喫茶店に入る。喫茶『メノウ』。それがこの店の名。

 平日の五時ごろとあって、客はそういなかった。木とコーヒーの香りが漂う店内は、喫茶店らしくシックでおしゃれなつくり。ただの高校生である俺たちは場違いだよな、と心の中で笑ったが、客は客だ。俺にはないがこいつには金がある。お好きな席にどうぞ、と言われたので、窓際の二人掛けテーブルに陣取る。しばらくして、オーダーをとってもらった。

 「ま、とりあえず食べ終わってから本題は話すよ」

そう洲上が言うので向かい合わせに座り談笑していると、頼んでいたコーヒーとケーキが来た。苺のショートケーキと、オペラ。俺はショートケーキを注文していた。

 こうして二人でご飯やお茶を一緒にするのは珍しいことではない。しかし、今日の彼はどこかそわそわしていた。ケーキを食べ終わり、コーヒーをすする頃になると、それはより一層増した。

 これだけ勿体ぶるんだ、今度はどんな面白話か、と期待していたが、まてよ、と嫌な予感が頭を過った。まさか、例の殺人事件の話じゃないだろうな?

 しかし俺の不安はいい意味で裏切られたらしい。

 「実はね」

 と言いながらまたリュックに手を突っ込む。取り出されたのは、何やら二つ折りの白い紙だった。

 「昨日の帰り、靴箱を開いたらさ、ほら」

 そう言って寄越したのはその白い紙。何やら書いてあるようだ。声に出して読んでみる。

 「今日の放課後、体育館の裏に来てください。待ってます。 ……え?」

 整っているが、どことなく女を感じる字。声に出して、読んで、驚いた。なんだと。これはまさに、伝説上に聞く、幻の、

 「ラヴレターってやつじゃないか」

 俺の驚いた顔を見て、奴は満足そうに頷いた。

 取り乱す俺。

 「い、い、い、行ったのか」

 俺からした、奴のイメージと言えば。まず、彼女はできたことはない。これは確実だ。もしできたなら大腕振って自慢しに来るに相違ない。そして少なくとも、これまで生涯通算五人に告白している。下手な鉄砲数撃ちゃあたると言えども、下手は下手に過ぎなかったらしい。彼の悔し涙に、アーメンと心の中で唱えたのも一回や二回じゃない。

 ところが、今日の彼はどうだ。誠に晴れやかじゃないか!

 勿体ぶっていたようにしていた彼が、おずおずと口を開く。

 「来なかった」

 来なかった?いったい何の話かと思った。

 「行かなかったのか?」

 「いや、行ったさ。喜び勇んで」

 「じゃあどういうことだ」

 少しの間。

 「だから、来なかったんだよ」

 「誰が」

 「誰も」

 思わずあんぐりと口を開いていたようだ。次いで、笑いが出てきそうなのをこらえた。ここで笑い出すのはあんまりにもかわいそかろう。そうか、ただの悪戯だったか。内心面白がっていたが、どこかほっとしている面もあった。こいつに先を越されたら、と想像するだけで悔しい思いがあるのだ。

 「そうか、残念だったな」

 それが、彼にかけられる精一杯の言葉だった。

 「いや、別にそれはいいんだ」 

「なんだか面白い奴」で通っている彼がこういう冷やかしの対象にされるのはまあ、分からんでもない。かわいそうにも思うが、少しうらやましいのも事実だ。奴もそれには慣れているらしく、ケロッとしている。自分にされた悪戯話を笑い話にできる点で、彼の人柄が知れるというものだ。

 「でも」

 洲上は続ける。

 「俺にこんな悪戯を仕掛けた犯人を、見つけ出してやりたいって気持ちはあるね」

 ああ、それはまた厄介だな。

 「まあ、頑張れよ。応援はしてるから」

 じゃあ帰ろうか、と言って立ち上がろうとする俺の肩に、ぽん、と手を置かれる。

 「そういうことだから、ね、手伝ってよ。友達のよしみで」

 なんで俺が、と言いかけたところで、先ほど食べ終えたケーキの空き皿を人差し指で示される。

 「ほら、これ、ね。お土産もついてるし」

 ああ、奢ると言ったのはそういう意味だったか。すっかりはまってしまった。「いや、俺が出すから」と言って切り抜ける方法も考えたが、思い出した。今日は家に財布を忘れてきたのだった。なんてツイてない。

 しかしながら今から食べたものを口から戻して、「はい、返しましたよ」とすることもできるわけがない。

 しかも先ほど貰った『割れ物注意』の箱。あれすらこいつの計画の一部だったというのか。しかし、親の会社の在庫処分品を持ってきてお土産と言い張るとは。思いきりの良さがこいつの良さではあるのだが。

返そうと思えばお土産は返せる。だが、奢ってもらう事実は変わらない。

 コソクナ奴メ、と心の中でぼやき、目の前の、ほんの少しだけ生クリームの残った皿を見て、ため息をつく。

 「しかし、この全校生徒1,000人ちょいのこの学校で、悪戯の犯人を捜すというのか?」

 無理がある。というか、無理だ。

 洲上はさも当然というような顔で頷く。

 「まず俺が考えたのはさ、字だよ」

 「字?」

 「この手紙は手書きだよね」

 「ああ、そうか、犯人は女というわけか」

 字を見た様子では、確かに犯人は女である可能性が高い。

 「ほら、これで候補者が半分になったでしょ」

 得意げに洲上は言う。だが洲上よ、千が五百になったところで候補がとんでもなく多いということに変わりはないんじゃないか?それに、

 「だが、犯人が複数である可能性も考えられるな。それならその中に女がいた、もしくは何も知らずに頼まれたから書いた、ってこともある」

 だがどちらにしろ、女生徒が関わっていることは間違いない。考えれば当たり前だが。洲上の靴箱に入れられていたというのなら、女からじゃないとラブレターとは言えないだろう。

「うーん、そうだな、思ったより難しいな。しかもこれ、ただの悪戯ってわけではなさそうなんだよな」

 「どういうことだ?」

 洲上が真剣な顔になる。

 「この悪戯の被害者、俺だけじゃないみたいなんだ。同じ三組の伊崎、一組の佐藤、八組の木山がやられてるんだ」

 なるほど、洲上を含めれば四人か。

 「それでね、被害は同時じゃないんだ。一日一人ずつ、呼び出されている。始業式の日から、昨日まで」

 うん、呼び出された二人が鉢合わせして、二人並んで来もしないだれかを待っているのはそれはそれで面白い。しかし犯人は、それを目的としないらしい。

 情報を与えたことに飽き足らず、洲上はこちらを覗き込む。

 「どうだい」

 いきなり聞かれても、さっぱりわからない。

 「手紙の内容は、おなじか?」

 「見比べてみたけど、全く一緒だったよ」

 「やられた順番は、どうだったんだ」

 「ああ、確か、伊崎、木山、佐藤、そして俺だよ」

 見事に五十音順に並んでるな。ん、待てよ。

 今の洲上が言った言葉。何かが俺の記憶の淵を撫でた。なんだろう。

 「ん、洲上。もう一度言ってくれないか」

 「ん、ああ。えっと、伊崎、木山、佐藤、俺」

 ああ、そうか。やっぱり。聞き覚えのある羅列だと思ったはずだ。

 「そうだよ、洲上。これは俺たちが去年まで聞いていたことだ」

 洲上は顔をしかめる。

 「去年まで?んー」

 考え込んでいる。分からなさそうだったので、答えを明かす。

 「去年の俺たち、一年三組の出席番号順だよ!」

 あっ、と洲上が声を上げた。

 「ああ、そうか! ん、待てよ?」

 彼はまじまじと俺を見た。まあまて、言おうとしていることはわかる。

 「俺が入っていないんだよな。二番、江田」

 言いながら、考える。なぜ自分は抜かされたのか。単に忘れられたのか? 確かに自分は目立つ存在ではないが、それを言えば佐藤だって隅でこそこそしているような奴だった。去年の三組全員に仕掛けた悪戯にしても、一人すっぽかしてちゃ芸が足りない。

 ふむ、と考えていた洲上が顔を上げた。

 「江田がやったのかい?」

 呆れた。

 「なんで俺がそんなことしなくちゃならないんだよ」

 というと、

 「それもそうだね」

 納得したようだった。

 「とりあえず、成り行きを見守ってみよう。偶然これまでに三組が揃っているだけかもしれないし、何か分かってくるかもしれない」

 俺たちはこの事件を『全件送信ラブレター事件』と呼称し、捜査を続けることにした。しかし、遅ればせながら俺は気づいた。まんまと俺が、奴の好奇心に乗せられてしまっていることに。



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