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春の歌  作者: えぎゅぇあぅたr
19/20

春−1

後日、俺は体育館裏の芝生を踏みしめていた。

ここに来るのも、少し振りだった。ラブレター事件の手掛かりを探していたとき、山城の兄が亡くなったと洲上から聞いたとき。まだ一か月も経っていないのに、なぜだかそれが随分昔のことのように感じられる。

裕子先生はあの頃は毎日放課後にこの場所を覗いて写真を撮っていたことだろうが、それももうなくなったことだろう。当然だが、俺たちを騒がせたあのラブレターも、あの日を境にぱったりとやんだ。

遠目から茶室の窓を見れば、明かりが点いている。中には天草率いる茶道部の面々や、裕子先生もいるんだろうな。

俺がここに来たのは、在りし日の記憶に心を擽られたからではない。とある約束のために来たのだ。

昨日の学校からの帰り道。この日も洲上と二人で歩いて帰っていた。いつも通りの、談笑も交えて。

その会話の途中、俺は前から気になっていたことを思い出した。結構前の出来事だったが、折角なので聞いてみることにした。

「お前、あのとき、『俺と江田ならできる』とかなんとか言ってたよな」

「あのとき?」

なんだっけ、と洲上は考える。

「あの、殺人事件を二人で解決しよう、とか馬鹿を言っていた時だよ」

「ああ、そうだったね」

そう言って笑う彼を、細めた目で見る。

「あれ、どういう意味だったんだ」

そのことが、ずっと気にかかっていたのだ。

あー、と呟き、記憶を辿るように洲上は話す。

「うんとね、あれだよ。中一の時の数学プリント紛失事件。あれ、江田が解いたじゃん。あの印象が強くてね」

「お前、あんな昔のことを」

「まあ、やっぱり変わらず、ずば抜けた推理力だったね、今回の事件についても」

「あ、ああ、まあな」

乾いた笑いとともに、同意する。予想はしていないわけではなかった。だがどいつもこいつも、あの事件に固執しすぎだろう。

「どうしたの」

「んー、そうだな。もう時効だろ、一つネタバラシをしよう」

「ネタバラシ?」

三年前の事件の正体を、紐解く。

「ああ、実はあの時の犯人、俺なんだ」

「なんだって?」

俺の暴露に、洲上は面食らった。

さあ、説明しようじゃないか。

「俺、あの時宿題やってきてなくてな。丁度一番上にあった花菜のプリントを拝借して写させてもらってたんだ。そしたらあんな騒ぎになって、名乗り出るのも憚れたから、丁度終わった俺のプリントの下に花菜のを重ねて、プリントの束を捜索するふりをして、シャッフルして、こう言った」

「たしかに、ないな」

「よく覚えてるな。そして適当なこと言って、みんなを外に出し、まあ、俺も出たが、みんなが教室を出てプリント探しに行く前には既にあいつのプリントはあの束の中に戻っていたんだ。そして帰って来てみるとあら不思議」

「なるほどね。よくできた犯人だね」

「犯人の経験があるから、ラブレター事件も解けたんだよ」

「ふうん、そうかい」

洲上は何か悪戯でも思いついたように、にやにやしている。

「なんだよ」

「じゃあ俺から、最後の謎を出してあげようか」

 「お前から?まあいいけど、なんだ」

 「ま、これは謎を解いてくれた江田へのお礼とも言えるんだけどね」

 「なんだ、勿体ぶるな」

 この勿体ぶった感じ、なんだかこいつが悪戯のラブレターに引っかかったことを話されたときのことを思い出す。

 「そう焦らないで。そうだな、明日の放課後、体育館裏に来てみてよ」

 「なんでだよ」

 わざわざ日をまたぐ必要があるのか?

 「そこで出題するよ」

 「んー、まあ、暇だからいいが」

 それを言った時、俺は自分で違和感を覚えた。前までの俺なら、「めんどくさい」の一言で突っぱねていたようなことなのに。

 「じゃあ決定!明日の放課後ね。絶対だよ」

 やけに念を押してきやがる。

 「はいはい」

 そう言ってこの日は、別れた。

ということで俺は今日の放課後、体育館裏へ向かったのだった。

 体育館裏には、洲上はまだ来ていない。ちょっと早すぎたか。仕方ない、待とう。

洲上の出題する最後の謎とはなんだろうか。まさか、あいつは例のあのことに勘づいていて、それを俺から聞き出そうかという魂胆じゃないだろうな。

と思っていると、ひょっこりと体育館の陰から誰かが出てきた。

 「ほ、星原?」

 長い黒髪をたなびかせ、星原が颯爽と現れた。

 「ごめん、待たせたかな」

 来るなり、そんなことを言われる。

 「え?」

 きっと困惑の顔を見せている事だろう。

 そんな俺の顔を見た星原が首を傾げる。

 「あれ、洲上君から聞いたんだけど。江田君が体育館裏で呼んでるって」

 そのとき、やっと現状を把握した。あのやろう、一体どういうつもりでこんなことを。

 キョロキョロ見回すが、洲上の姿はどこにもない。そのとき、携帯電話にメッセージが届いたことを知らせるバイブレーションが唸った。。

 「もうそろそろ星原さんが来た頃かな?最後の謎を出題するね、星原さんが江田に会うたびに焦っていたのはなんででしょうか?」

 洲上からだった。携帯電話を片手に震える。

 どうやら奴に諮られたらしい。くそ、なんで俺はこうも簡単に引っかかるのか!

 星原を見る。何やら下を見てもじもじとしている。いや、違う、違うんだ星原。

 くそ、考えろ。呼び出した理由を、なんとか、考えるんだ。付け焼刃でもなんでもいい、知恵を働かせなければ。

そうだ、第一、あいつは勘違いをしている。こいつが俺たちと会った時、決まって焦ったようにしていたのは……。

 星原がちらりとこっちを見る。

 していたのは……。

 目が合う。が、合ったと気付くと同時に二人とも目を逸らす。

 真実、そうだ、真実を、俺は知っている。こいつが焦っていた理由を。もう観念するしかないのか。俺が現来持っていた気質を殺してまで封殺していた、あのことを、俺は話さなければならないのか。

 少し考えた。俺は、決心した。

 「あ、あのな」

 思わず声が上ずる。あら恥ずかしい。

 「は、はい」

 あっちも上ずった。これで対等だ。

 「あの、俺は」

 「は、はい」

 「お前の」

 「……はい」

 「お、おまえが」

 お前の、おまえが。言おう。ここまで来たんだ、言うしかない。

 俺は星原を正面に見据え、口を開いた。


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