真相−3
昇降口を出れば、外は薄っすらと赤みがさしていた。保健室に向かう前は、空はまだ真っ青だったのに。そんなに長い時間、俺は話していたのか。
春の暖かな陽気が三人をつつんでいる。俺、洲上、星原は、俺を真ん中に歩き出した。裕子先生は村田を連れて、先に学校を去っていた。
「大体は分かったんだけど、頭がこんがらがってるんだ。もう少し話してくれないかな」
洲上の言葉に、星原が同意の意を込めて何回も頷いている。
歩きながら、少し考える
「そうだな、たぶん分かっていると思うが、Aさんとは、容疑者・田村洋介のことだ」
俺の言葉に二人が頷く。
「そしてさっき話した通りに、田村さんは、村田を探すため、裕子先生にお願いした。実際に探され始めたのは新学期が始まってからのようだがな。まあ、それは仕方あるまい。事件があってしばらくは春休みで、どうしようもなかったのだから。それで、先生はラブレター事件を起こした」
うん、と洲上は頷き、次に話し出す。
「先生が回りくどい方法をとらざるを得なかったことも、茶室から写真を撮っていたことも分かった。そして急にペースアップした理由も、分かった気がする」
洲上は納得していたようだが、星原は違ったらしい。
「なんで途中から二人ずつにしたの?」
と尋ねられた。
「さっき言った通り、田村さんは捕まった。それは月曜日の夕方ごろ。それが先生に伝わっていたころには既に放課後だったんだろう。そして次の日は火曜日で、実行できない。そこで焦っていた先生は、水曜日から、二人ずつに出すことにした」
「ふうん、なりふり構ってられない、って感じかな」
星原が、真面目な顔して言う。本人が意識しているか分からないが、意外と毒舌家らしい。
「でも、江田」
と洲上。
「どうして解けたんだい?」
「ああ、根拠か」
一番大事なことだな。
「犯人は茶道部の一員だと疑ったのは今更言わなくても分かるだろう。一番、犯人が裕子先生だと考え付いた根拠は、昨日の張り込みの成果だよ。俺たちは生徒が犯人だと疑ってやまなかった。だから五時間目終わりの休み時間、犯行がすでに行われていたことに不思議を感じた。だが、犯人が先生であると考えたなら。先生はほとんどの時間、保健室にいて、保健室は昇降口に近い。授業時間内に犯行を起こすことは極めて簡単だ。それに、茶道部員から話を聞いて、茶室は自由に携帯電話を使える場所だと知った。写真を写すなら、携帯電話が一番便利だ。それで茶道部員の中に犯人がいる可能性は高まったが、あの茶室に行く前には既に、裕子先生が犯人ではないかと考えていた。生徒にとってあそこが自由な場なのならば、先生にとっても同じなはずだろう?茶道部は普段はおしゃべりなんかをしているようだから、先生が窓の外をこっそり撮っていたとしても、わいわいと盛り上がっている生徒たちは気づかないだろうし、気にもしないと思った。だから、先生にとって都合のいい場所だったんだ」
「ああ、なるほど。でも、先生が、あの殺人事件にかかわる人物を探していたっていうのは?」
「それは、お前がくれたあのマグカップのお陰だな」
「マグカップ?」
星原が顔を寄せてくる。そうか、こいつは知らないのか。
「洲上商事の売れ残り商品のマグカップを、ただでもらったんだ」
「へえ」
「ただ、そのマグカップ自体のお陰ではないが。というのも、俺は保健室で全く同じものを保健室で見つけたんだ」
「えっ」
洲上が声を上げる。
そう、俺が風邪で保健室に休みに行ったとき、見た。同じ黄緑色のマグカップを使っている裕子先生を。
「あれは恐らく輸入物で、しかも、ユーゴスラビア製だ。あんなもの、その辺に売ってあるものではないだろう。そこで俺は、裕子先生の知り合いか、身内が、洲上商事の関係者だとにらんだ。しかも丁度少し前、先生のお姉さんが、会社の同僚と付き合っているという話を聞いていた。もしかしたら、とこじつけてみたが、正解だったようだな。
それに、さっきも言った、あの突然のペースアップだ。俺は最初に、犯人の趣向でも変わったんじゃないかと思ったが、もう一つの可能性として、それをせざるを得ない状況になってしまったんじゃないかと考えた。犯人の個人的な変化なら俺の想像も及びつかないから、知っていることから考えようと思った。つまり、月曜日夕方から水曜日の昼までで起きた、変化。俺は最初に、殺人事件の容疑者逮捕を思いついた。あれのせいだと仮定するなら、二つの説が思い浮かんだ。一つは、知っての通り、容疑を晴らすための人探し。もう一つは、容疑者は実は真犯人で、犯行の証人となるような者を探していた説だ」
ここで言葉を切った。
「それで、前者が正しいと思ったのはなぜだい?」
洲上が聞く。
「それを説明するには、後者の説の否定から入ろうか。犯人が捕まったのなら、犯人は犯行の証人を探し出せても、留置所の中からじゃあどうすることもできない。もし協力者がそいつを誘拐して監禁したとしても、そいつが捕まって真相が判明すれば、罪が重くなるリスクが高まるだけだ。それに、これが一番大きな理由だが、もしそんな証人がいたとしたら、とっくに警察なりに話しているはずだろ?」
「確かに。確かにそうだ」
「消去法的に前者を採用し、考えてみると、探している証人は、自分を証人だと自覚していないんじゃないかと思った。犯行の証拠ならともかく、犯行をしていない証拠を自分が知っているなんて、思いもしないだろう。だから探す必要があったんだ」
「そ、そんなところから答えを当てたの?」
星原は唖然としてこちらを見ている。
「確かに少々強引だったが、まだ証拠がないわけでもない」
洲上が食いつく。
「え、なんだい?」
しまったな。こいつがこんなに食いつくとは思わなかった。
星原を一瞥。彼女は困惑した表情でこちらを見ている。
「ああ、そうだな、あるにはあったんだが、いろいろと考えてたら忘れてしまったよ。思い出したら言う」
そう洲上に話す。
「まったく、ドジだな」
と洲上は笑っていた。
星原は、複雑そうな表情をしていた。
なんとか話題を変えなければ。
「そういえば」
俺が言い出すと、二人ともこちらを向いた。
「裕子先生はなんで、顔写真を撮るためにわざわざラブレターなんか使ったんだろうな。他にも方法なんていっぱいあると思わないか?」
洲上は、不思議そうな顔をした。
「それしか思いつかなかったんじゃないの」
なるほど、お前はそう考えるか。
「お前はどう思う」
俺は、星原に言葉を向けた。彼女は少し考えた。そして、恥ずかしそうに言い出した。
「それはね、女の子にしか分からないと思う」
顔をほんのり染めて話す彼女に、笑みがこぼれた。
それからしばらく、話に花を咲かせながら歩いた。
「じゃあ、私はこっちだから」
星原と俺たちの通学路は途中までは同じだったようだが、ここが別れ目らしい。
星原は右手の道を指さしていた。
「そうか」
「今日は面白い話が聞けてなんだか楽しかった。じゃあ、また今度」
そう言って彼女は手を振った。
「うん、じゃあね」
と洲上は手を振る。
「ああ」と俺は言ったが、それではあまりにそっけないか、と思い直す。
「また今度」
ちょっとそっけない言い方だったかな。まあ、いいか。思い詰めていたような星原の顔も、幾分か緩んだようだし。
星原は角に入って見えなくなるまで、笑顔でこちらに手を振っていた。
「もう一つ疑問があるんだけど」
歩きながら、また洲上が言い出したので、俺はぎょっとした。根拠はほとんど告げたはずだ。それなのに何かまだ聞きたいことがあるのか?もしやこいつ、あのことに勘づいたのではないか。
「なんで江田は被害に遭わなかったのかってことなんだけど」
俺の心配は杞憂だったようだ。内心ほっとして答える。
「そのことか。……覚えてるか?俺は新学期二日目、風邪をひいて保健室に行った」
「うん、覚えてる」
「俺はあの時、一時間きっかり熟睡したんだが」
少しの間。
「あの時、撮られたんだろうな。寝顔を」
洲上は笑い出した。
「なるほど!そりゃ面白い!つまり、先生の画像フォルダの中には、江田の寝顔が収められてるってわけだ」
そう言われればそうかもしれない。だが、もう消されている可能性もある。俺と村田の顔はだいぶ違うし、寝顔でも別人だと判別できるだろう。判別された瞬間に削除されててもおかしくない。是非そうしてもらいたいところだ。
笑い続ける洲上を尻目に、俺は呟く。
「借りは返したからな」
「え、借り?なんだっけ」
腹で笑いながら聞く洲上。
「忘れたのか。ケーキとコーヒーだよ」
そうだ、ことの発端はあの喫茶店だ。あそこから始まり、俺はこの事件の犯人を暴くに飽き足らず、それに付随する問題をも解決に導てしまったらしい。ラブレターから殺人容疑の面晴れ、か。思えば遠くに来たもんだ。
事件を解決し、これですっきりしたはずだが、俺はどこかに、わだかまりを感じていた。正体は何となくわかっている。
保健室で推理を披露するときも、さっき三人で歩いていたときも、ずっと考えていたのだ。だが、それを解くことで誰が救われるものか。考えたが、分からない。
洲上は最初、俺に言った。
「誰が犯人なのか、俺たちで突き止めないかい?」
殺人事件の件だ。俺は義務感から『全件送信ラブレター』事件を解いたが、その中で、この事件に関する糸口をいくつか見つけ出してしまったようだ。
だが、材料が足りない。俺自身が納得するだけの、材料が。
真剣に考え込んでいる俺を見て、洲上は真顔になる。
「どうしたんだい」
俺は洲上を見る。
「聞きたいことがあるんだが」
彼はきょとん、とする。
「籔島さんと山城は、親戚か?」
洲上はしばらく空を見仰いだ。
「なんでそんなこと知ってるの。そうだよ、藪島さんは、山城のお父さんの妹さんの旦那さん、つまりは叔父さんだよ」
「いや、実は確証はなかったんだが。そうか、ありがとう」
不思議そうに見る洲上をよそに、俺は夕焼けに染まる遠い空を見つめた。




