真相−2
「先生いたよ!」
「江田、わかった、六組の村田だ!」
二人の報告はほぼ同時だった。
「よし、洲上、今からそいつを保健室に呼べるか?」
洲上は携帯電話で何やら送信。そして数秒後、
「まだ学校にいるから、すぐに来れるってさ」
よし、滞りない。
あとは、俺の力量次第か。
「行こう」
そう言って俺は立ち上がった。
二人は目を丸くした。
「え、どこに」
洲上が聞く。ああ、そうだった。肝心なことをすっぽかしてしまった。
俺は二人を見る。
「保健室だ」
保健室には既に村田も来ていた。村田は小太りな低身長で、年中汗っかきだった記憶がある。まだ春だというのに、彼の額には数滴、汗が浮かんでいた。見たところ、彼の表情には、なぜ自分はここに呼ばれたのか、という不安が彼の中に垣間見える。もしかしたら気温のせいというよりも、その影響の方が大きいのかもしれない。
保健室にはその村田、俺、洲上、星原、そして裕子先生が、保健室中央に設置してあるテーブルを囲んで座っていた。
役者は揃った。あとは、俺の弁が立つか。
「で、どうしたの?こんなに皆を集めて」
切り出したのは裕子先生。笑顔に努めているが、戸惑いを隠しきれない様子。
俺は息を吸った。さあ、まずは何から話そうか。
右を見れば、洲上と目が合った。奴は小さくうなずいた。左を向けば星原と目が合った。彼女はにっこりと笑いかけてくれた。
少人数とはいえ、こうやって人の前で話すのには慣れていない。心がムズムズする。ああ、緊張しているのか、俺は。
回りくどく話すのは得意ではない。だから、まず、率直に言おう。
大丈夫、俺の推論は間違っていないはずだ、と自分に言い聞かせ、口を開く。
「急に押しかけてしまって申し訳ありません。こうやって来たのは、確認したいことがあったからです」
「確認したいこと?」
「そうです。……いや、率直に言いましょう」
少し考えるために間を空ける。落ち着け。
「裕子先生、先生が、いや、先生のお姉さんが探しているのはこいつです。村田です」
洲上のえっ、という声、星原が驚いてかこちらを凝視する様子、何が何だかわかっていない様子の村田、そして。
「なんでそのことを」
と唖然とする裕子先生。やった、大当たりらしい。
とりあえず俺の推論が間違ってなかったことに勇気が出る。俺は続けた。
「先生は、お姉さんの頼みで、ある人物を探していた。その人物は、九嶺高校の元一年三組の男子、それと……先生のお姉さんの彼氏は、その人物の顔を、知っている」
ここで先生の顔を見る。信じられない、という表情だ。他の三人は事情がつかめないようで、顔を見合わせている。無理もない、これは、この場では俺と裕子先生しか知らないことだ。俺はこの事件の特性上、早めに片を付けてやった方がいいと考えている。だから先生に分かるようにだけ説明するのが先決だ。
「その人物を探すためにした行為、それこそが、あのラブレターだ」
「ああ」
洲上の声。何となくイメージが浮かんできたのかもしれない。
「俺は最初、悩みました。なぜこんな悪戯めいたことを、何日にもわたってする必要があるのかを。だけどやはり、それは意味のあるものでした。あなたは、ある人物を探すためにあんな周りくどいことをした、いや、するしかなかった。
あなたのお姉さんの彼氏、仮にAさんとしましょう。そのAさんは、ある人物、村田ですね、村田を探す必要があった。その理由はまだ伏せておきましょう。さっきも言った通り、Aさんは村田が九嶺高校生の一年三組だったこと、そして村田の顔は知っている。だが、名前は知らなかった。彼は、Aさんの恋人の妹、つまり裕子先生が、九嶺高校で養護教諭をしているのを聞きつけ、恋人越しに先生に頼んだ。恐らく、『一年三組男子の顔が分かるものが欲しい』と」
先生が息を呑む音がする。
「すぐに用意しようとしたが、俺たちは高校に入ってから、個人写真を撮られたことはない。集合写真はあまりそれぞれの顔がよくわかるというものではない。学校内で生徒の写真を撮りまわるわけにもいかず、おおっぴろげに個人的なことで校内で人探しをするわけにもいかなかった。
そこで思いついたのが、このラブレター作戦。先生が顧問を勤める茶道部は、体育館裏の茶室で活動している。実際に内側から見てみましたが、茶室の窓から体育館裏はよく見えそうでした。それに、程よい距離感だったでしょうね。写真を撮るには」
ちらりと先生の顔を見る。否定しない。まっすぐこちらに目を向けている。
続ける。
「火曜日は決まってラブレターを出されなかったのは、茶道部の定休日だったからだ。茶室に入れなければ、堂々と撮るほかなくなる。それは少しまずい。だから火曜日はしなかった。そうやって写真を集め、姉に送っていた。
……そして肝心の、村田を探している理由ですが」
俺は四人を見渡した。
「先生、これはこいつらの前でも言ってもいいことでしょうかね」
まっすぐこちらを見ていた先生は、一つ瞬きをした。そして目線を逸らさずに、
「ええ、いいわよ。みんな近からずとも、関係者なのに間違いはないから」
その言葉に少し危機を感じた。洲上をちらりと見る。「どうした?」と言いたげな表情でこちらに顔を向けてきた。どうやら不自然さは感じていないらしい。
気づいていないならよかった。安心して、続ける。
「では、理由ですが、まず、前提として、三週間ほど前、三月十七日か、その午後五時ごろに、この市内で殺人事件が起きたことは、みんな知っていることだと思う」
みんなが無言で頷いた。
「そしてこの前、その事件の容疑者として、ある人物が捕まった。その人物は、被害者である籔島さんの会社の同僚。ここまではニュースで全国放送された」
そう、ここまでは周知の事実だ。だがここからは、材料をもとに想像した、確証のないものだ。事実に即しているかどうかは、いまだ判断はついていない。「恐らくこういうものだろう」という頭で考えたことだけで、話を進める。
「容疑者は恐らく、籔島さんとの間に確執か、何らかの不仲の原因があったのでしょうか、この殺人事件が起きたとき、自分が怪しまれるのは時間の問題だ、と思った事でしょう。そこで容疑者は、自分の身の潔白を証明するためのものを探し始めた。しかし、何も証拠となりえるものがなかった。そこで、事件が起きた当時の、自分の状況を思い返した。そこで、思いついた」
そこで俺は言葉を一旦切り、村田の方を見た。村田はぎょっとした様子でこちらを見返す。
「村田、お前、事件があった日の同じ時間帯、どこにいた」
村田は明後日の空をキョロキョロ見回した。
「どこって、確か、あっ」
そう言うとポケットから長財布を取り出し、中をガサゴソと探った。
「えっと、たしか、……あった」
しわくちゃのレシートを差し出される。
そのレシートはドラッグストアのもの。しかも、隣の市のショッピングモール内の支店だった。印字されている時刻は、三月十七日の十六時四十一分。
「そこで部活の帰りに買い物してたんだ。家の近くだから」
証拠を出してもらえるとは、ありがたい。
「そうか、その時お前はそこで」
レシートから目を離し、村田を見る。
「去年の組章を失くしたんだな」
え、と村田。
おどおどと話し始める。
「う、うん、たぶん、いや、確かにそうだ。帰ったらなくなってたと思う。どうせ春休みだったし、来年は違うものが配られるからいいかって思ってた」
星原も洲上も、驚いた様子でこちらを見ている。
俺は生徒会室から帰る最中にした星原との会話から、犯人は、名前だけを知らないだれかを探しているのではないかという推論に辿り着いた。しかし、裕子先生には恐らく、二年生の顔と名前が全員一致させる方法なんていくらでもあると考えた。ならば裕子先生はほかの誰か、Aに頼まれて人探しをしているのでは、と予想した。だが、そこから、なぜAは、探している生徒のクラスと顔だけを知るということになったのかという謎が生まれた。
そして飽くまで偶然ではあったものの、洲上が示してくれた「組章を落とす」という行為のお陰で、俺の最後の疑問は晴れた。Aが村田の顔を見た。さらに何かによって、彼の年組を知ることができたのだ。俺は組章こそがその方法足りえるものだと判断し、それに賭けた。賭けには勝った。こうやって村田を連れてくることが出来、裕子先生は俺の推理をまったく否定しないのだから。
俺はまた、村田に問う。
「その時、そのショッピングモール内にいるとき、組章を落としたであろう場所や状況の心当たりはないか?」
「んー、心当たりか」
と考えていた村田だったが、すぐに「あ」と閃いたようで、続けた。
「その買い物をした、十分後くらいだったかな。男の人とぶつかったんだ。僕がケータイに集中して前をよく見て歩いていなかったから、僕が悪いんだけど。もしかしたらその時じゃないかな」
「その男の顔は覚えてるか」
俺は目を裕子先生に向けた。裕子先生は慌てて携帯電話を手に取り、さらさらっと操作した。そしてすぐ横の村田に画面を突き付け、
「こんな人じゃなかった?」
と聞く。
村田は画面をまじまじと見ていたかと思うと、声を上げた。
「この人だよ、間違いない、鼻の横にほくろがあるし」
俺は先生を見た。先生はほっとした様子だった。先生が見せたのは、恐らくAの写真だろう。間違いない、村田はショッピングモールでAと接触している。
殺害の推定時刻は午後五時ごろだとニュースで伝えていた。村田とAがぶつかったのも午後五時前ごろ。隣の市のショッピングモールからから殺人現場までは、どう急いでも一時間はかかる。つまり、アリバイ成立だ。
先生は俺を見た。
「ありがとう、江田君。お陰で見つかったわ」
俺はむず痒くなって鼻の頭を掻いた。
「急いだ方がいいと思いますよ。そんなに時間、ないんじゃないですか」
「ええ、そうね。本当にありがとう」
と言うなり、裕子先生は村田に話しかける。
「悪いけれど、ついて来てもらえないかしら。あなたに証人になってもらいたいの」
村田は自体がうまく呑み込めなないらしく、「ええ、ああ、はい」としどろもどろだった。
俺は彼にレシートを差し出し、
「これはとっておけ。大事なものだ」
と告げた。




