08.おばあ様の正体!
大勢の人でごったがえす大通りを通り過ぎしばらく歩いていると、祖母は突然立ち止まると白い杖を出してそれを一振りした。
途端、祖母の容姿がみるみるうちに、ミヤが小さい頃によく見た母の姿になった。
「若返った?」
「あら、やだわ。こっちがこの異世界での私の真実の姿よ。」
「真実って・・・。」
どう見ても三十代前半にしか見えない祖母を前に、ミヤは固まった。
何でと疑問符を浮かべるたびに黒い杖から異世界の知識が流れ、向こう側とこっち側での”時間の違い”が理由だとわかった。
そうなんだ。
納得した所でこの杖がこの世界の”便利グッズ”だったんだと、理解した。
そんなことを考えているうちに前を歩いていた若返った祖母は、振り返りもしないでサッサと行ってしまい、ミヤは慌てて彼女の後を追いかけた。
そこから歩くこと、数十分。
目の前に現れたハッとするような美しい屋敷に、彼女はスタスタと入っていった。
えっ、良いの?
ここに入って。
ミヤは躊躇したが、すぐに思い直して祖母に置いて行かれないように後に続いた。
彼女はそのまま高級そうな扉を開けると、ズカズカと部屋の中に入っていく。
そこに入ると、なぜかそこでは竜のお父さんと魅惑的な美女がソファーに座って、イチャコラしていた。
えっ、浮気?
それを見た祖母は、竜のお父さんに一瞬で近寄るといきなり彼の首を絞めあげた。
あまりのことに呆然としていると、閉めたはずの扉がバタンと開いて遥君がそこに現れた。
「遥君?」
「ミヤちゃん。」
遥君が嬉しそうに走り寄って来た。
よく見ると竜もそこにいた。
やっと会えた。
目がウルウルしてきた所で祖母の傍に向かった遥君が、不思議そうな顔で祖母に話しかけた。
「おばあちゃん、何してるの?」
その声に我に返った魅惑的な美女が立ち上がって、竜のお父さんを締め上げている祖母の手を止めようと彼女の手を掴んだ。
「私の婚約者になんてことするんですか?」
「婚約者!」
祖母の手が離れ、その女性を見て、また竜のお父さんを見た。
祖母の顔付が変わった。
この世のものとは思えない眼差しで彼らを見ると、ドスの効いた声で一言。
「どういうことかしら?」
部屋の空気が文字通り凍り付いた。
「どうもこうもないわ。私が王子様の魔術師になるんだから。」
魅惑的な美女はそう言うと、茶色の杖を手にした。
祖母が目を丸くして竜のお父さんを見ている。
竜のお父さんは、罰が悪そうに目をそらした。
「おい、爺さん。なにがどうなっているんだ?」
竜が自分のお父さんに”爺さん”って呼びかけた。
「えっ、爺さんって、なんでぇー。竜のお爺様って、確か死んだんじゃないの?」
「そこにピンピンしているよ。それより、ミヤの隣の人は誰なんだ?」
竜は私の隣にいる祖母を指して、そう言った。
「私のおばあちゃんよ。」
「えっ。そう言えば、ミヤのお母さんにそっくりだなぁ。」
竜が感心したような目でもう一度、祖母を見た。
祖母はその間に白い杖を出すと、彼女に杖を向けた。
「私に挑む気?」
祖母の威厳たっぷりな言葉に彼女は怯むと、そのまま竜たちが入ってきた扉から飛び出して行った。
「まだ手を出していないのに。」
ボソリと聞こえた言葉に祖母の額に青筋が立った。
思わず肩を竦めると、祖母は杖を一振りして竜のお父さんじゃなかった、お爺さんを凍らせた。
「おばあちゃん、いくら何でも、それはやり過ぎなんじゃ。」
「大丈夫、生きてるから。」
そう言う問題なの?
ミヤは、自分の隣で目を丸くしている遥君を見て、慌てて祖母にもう一度、魔法を解くよう説得した。
祖母は、ものすっごく嫌そうな顔で渋々白い杖を振ると魔法を解いた。
「すっごいね、ミヤちゃんのおばあちゃんは。」
「そうだろ。この国一番の魔術師は私だからね。」
「はぁ、そうか?その割に、すぐにこの国に帰れなかったがなぁ。」
ガタガタ震えながら竜のお爺さんは、しっかりと毛布に包まりながらもぼやいた。
「なに言ってるの。すぐに戻れなかったのは、どこかのアホ王子が異世界で子供を作っちゃったせいでしょ。」
「はぁ、儂のせいだと言いたいのか?」
「違うって言うの、この節操なし。」
「なんだと。お前も向こうの世界で子供を作っておきながら、なんで儂にばっかりそんなことを言うんだ。」
「先に裏切ったのはそっちよ。」
いきなり痴話げんかを始めた二人に唖然としたが、遥君がいるのを思い出して慌てて二人を止めた。
子供に聞かせていい話じゃない。
ミヤが祖母を止めに入ったので、竜も仕方なしに彼の祖父を止めてくれた。
「ねえ、わかったからおばあちゃん。今はこの状況を一刻も早く説明して頂戴。それと遥君を元の世界に戻さなくっちゃ。」
「はぁー、まあ、確かに。」
祖母が白い杖を振ろうとすると、それを遥君自身が止めた。
「待ってよ。ぼく帰る前になんでこんな状況になったのかを知りたいよ。」
「遥。そりゃ気になるのはわかるが義姉さんが心配してるだろうから、戻ってやれ。」
「いやだぁー。」
泣き出した遥君を見て溜息を吐いた祖母が、竜の祖父を見た。
「そうだな。まあ巻き込まれたのに説明を聞かずに帰るのは、納得出来んだろ。」
そう言って、祖母と竜の祖父が異世界に行くことになったきっかけを話してくれた。
今から遡ること、こちらの世界での数十年前。
五人の王子による王位継承争いが始まった。
最初は白い杖を持った祖母が側近にいた竜の祖父が、最初は継承第一位だったそうだ。
ところが、継承第五位の王子がこの国にいる妖魔と契約を交わして他の王子とその側近である魔術師を次々に殺し、最後には継承第一位の王子である竜の祖父と彼の側近である魔術師の祖母までをも殺そうとしたらしい。
ところが、祖母が白い杖の持ち主だったためなかなか二人を殺せず。
結局、祖母と妖魔は熾烈を極めた魔力戦で争そった末、最後は彼女の方が負けそうになった。
慌てた祖母は、竜の祖父と彼の警護役である近衛隊の隊長の三人を連れて、妖魔の力が及ばない異世界に逃げ出したそうだ。
「なるほどね。俺の聞いた話と大分違うようだけど、それが真実なんだよね、爺さん。」
「はぁ、お前に最初に話したのとどこが違うんだ?」
「俺が聞いたのは、大分はしょってあっただろ。」
竜の文句は無視された。
「まあ、こんなところだよ。」
「なら、なんで今はここにいられるの?」
遥君の鋭い突っ込みが飛んだ。
そうだ。
魔物と契約した第五王子はどうしたんだ?
「ああ、それなら。この爺さんが向こうの世界で死んだように見せかけた時に、私がこっち側に飛んで来て、魔物と一緒に結界に閉じ込めたのよ。」
「ああ、そうだぞ。儂が向こうの世界を離れてこの世界に一緒に戻って来た時にな。だが、その妖魔の力も完全に封じ込められなくて、今まで儂がせっせと魔物退治をしてたんだが、ここ最近、その妖魔の数が多くなったんで大変でな。」
「面倒になったから俺を呼んだと。」
「おい、面倒ではないぞ。だが、まあ、そんなところだ。」
「だそうだから、事情が分かった所で義姉さんの所に帰れ、遥。」
「うん、わかった。」
遥君が頷いたので祖母が白い杖を一振りした。
遥君は、ミヤたちに手を振りながらそこから消えた。
「さて、話の続きを聞かせてくれ、爺さん。」
「はて、何の話かなぁ。」
「そんな簡単な話じゃないんだろ。」
えっ、そうなの。
ミヤは驚いて二人を見た。
二人はヤレヤレと肩を竦めた。