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18.洞窟出現とあっけない結末

 それから数日間は何も起こらなかった。


 なので俺たちはミヤの祖母を手伝って魔力回復用の飴を作ったり、食料の買い出しや剣の手入れをして過ごした。


 そんな変化のない日々が続いたので、俺はクロが予言していた洞窟の件を忘れていた。



「今日もいい天気ね、竜。」


「ああ、そうだな。」


 俺とミヤは彼女の祖母に言われ、台所で下ごしらえをしていた。


 そこにいきなりクロの声が頭の中に響いてきた。


<出現したぞ。>


「ふーん、出現したんだ。」

 ミヤが鶏肉を串に刺しながら呟いた言葉を俺が慌てて頭の中で聞き返した。


 おい、何が出たって?


<むろん洞窟だ。>


「ど・・・洞窟が現れた!」

 俺は刺そうとしていた鶏肉を途中で放り投げると、食堂から庭に駆け出した。


 そこにはシンイチ叔父さんがミヤの祖母を手伝って、洗濯物を干していた。


 シンイチ叔父さんの顔には満面の笑みが広がっていた。


 そこに俺が飛び出してきたので、シンイチ叔父さんにギロリと睨みつけられた。


 シンイチ叔父さん、気持ちはわかるけど今は非常事態だ。


 だから俺を一思いに殺そうとするような目で睨むなよ。


 俺を睨みつけるシンイチ叔父さんとは対照的に、ミヤの祖母は飛び出してきた俺を見てすぐに頷くと、視線を馬屋に向けた。


 俺も頷いて、すぐ後ろから遅れて現れたミヤを連れ、そのまま馬小屋に走った。


「どうした?」

 爺さんがちょうど外から戻ってきたところだった。


 いいタイミングだ、爺さん。


「洞窟が出現した。」

 俺の一言に爺さんが馬上で固まった。


 俺は固まっている爺さんを馬から引きずり降ろすと、その馬の背にミヤを押し上げ、自分もその後ろに跨った。


「いくぞ、ミヤ。」

 俺の声にミヤが頷いた。


 俺達は爺さんをその場に残してまっすぐに守備隊がいる建物に向かった。


 街を駆け抜け、屋敷近くにある守備隊の訓練場にそのまま飛び込んだ。


 物凄い勢いで駆けこんできた俺に驚いた隊員たちと副隊長が手にした剣を握ったまま、俺の所に集まってきた。


「隊長は?」


「今、呼んで来る。」

 副隊長がすぐに部下を振り向くが、俺はそれを止めた。


「いや、洞窟が出現したと伝えくれ。場所は予言通り”魔の森”だ。」

 俺の話に全員が息を飲んでいた。


「俺達はこのままそこに向かう。」


「分かった。こっちもすぐ後を追う。」

 副隊長がそう言ったのを聞いてすぐに俺は馬を反転させると、そのまま”魔の森”に向かった。


 ”魔の森”に近づくにつれ、明るい日差しが燦々と差し込んでいるにもかかわらず、体を悪寒が走り抜けた。


 濃い妖魔の気配に意識したくはないが、体が重くなってくる。


「ミヤ、大丈夫か?」

 思わず目の前にいるミヤに自然と声をかけていた。


「何が?」


 そうだった。


 こいつはなんでか、やたらにこういう気配に疎かったんだ。


 俺はガックリしながらも何でもないと首を横に振ると、さらに重くなった体を叱咤して馬を急かし目的地に進んだ。


 やっと”魔の森”が視界に見える位置まで来たが、さすがに馬も怯えて前に進まなくなった。


 どんなに俺が横腹を蹴っても馬はその場で足踏みし、クルクル回るだけで前進しない。


 俺は諦めて馬を止めるとミヤを降ろし、自分も馬を降りた。


 もうここからは徒歩で行くしかない。


 俺が馬を降りた途端にミヤは先にスタスタと歩き出していた。


 俺はそんなミヤの後ろを黙ってついて行った。


 だが体が重いのでノロノロとしか歩かない俺にミヤが苛立ったようで、前方から怒鳴ってきた。

「ちょっと、竜。運動不足なんじゃないの?遅すぎ!」


 鈍感ミヤめ。


 こんなに濃い妖魔の気配が周囲に漂っているのに、それにまったく気がつかない野郎には何も言われたくないわ。


 俺が心の中でそう愚痴ると、前から怒鳴り返された。


「私は野郎じゃないわよ。」


 なんでわかった?


<一応、通訳しといたぞ。>


 余計なことを・・・。


 俺は頭の中でクロを罵倒した。


 そこに後方から馬の嘶きが聞こえて来た。


 どうやら隊長たちか爺さんたちが追いついてきたようだ。


 俺がそれを確認しようと後ろをちょっと振り返っているうちに、はるか前を歩いていたミヤの気配がぶつりと消えた。


「ミヤ!」

 俺は前にいたはずのミヤに大声で呼びかけた。


 くそっ、無視かよ。


 おい、クロ。


 俺は心の中で今度はクロに向かって怒鳴った。


 返事をしろ、クロ。


 クロ!


 クロからも何もかえって来なかった。


 いきなりバクバク言い出した心臓をフゥーと息を吐いて一旦静めると、俺はすでに”魔の森”に入って消えたミヤの気配を追って、応援も待たずに洞窟が出現した森に足を踏み入れた。


 入った瞬間にものすごい重圧と濃い妖力が漂ってきて、思わず吐きそうになった。


 苦いものを飲み込みながらもなんとか進むと、ミヤの背中とその前に立っている爺さんによく似た小柄な人物を見つけた。


「遅かったな、王子。アイリスは捕らえたぞ。」


 王子にアイリスって、なにいってんだこいつ?


「積年の恨みを晴らしてやるから覚悟しろ。」

 黒い靄に囲まれたそいつは口の端をあげてニヤついていた。


 覚悟もくそもないわ。


 俺は爺さんじゃない。


 俺の悪態は前方で上がったミヤの悲鳴にかき消された。


「いやぁーん!」


「えっ?」

 よく見ると身悶えているミヤの全身を黒い靄が覆っていた。


「ミヤ!」

 俺は飛びかかって背後からミヤの腰を掴むと、その黒い靄から引きずり出した。


<よくやった!>


 クロの声がやっと聞こえた。


 その間にも黒い靄が蠢いて俺達を追って来た。


 右に左にミヤを抱えたまま避けるが狭い洞窟内の為、捕まるのも時間の問題だ。


<主!>


「わかってる。」

 ミヤがそう言った瞬間。


 何を思ったのかミヤは先程の黒い靄に向け、俺を蹴り飛ばした。


 グエッ。


 俺は変な声を出して黒い靄に突っ込んだ。


「ごめん、すぐに助けるから。」


「お・・・。」

 俺は振り向いてミヤに怒鳴ろうとしたが全身を走る快感にその場から立ち上がれなかった。


 なんだこれ!


 黒い靄が這い回る箇所からゾクゾクとした何かが這い上がってくる。


 やめろ!


 その靄は俺の背中からじわじわと下半身に降りていった。


 その黒い靄は洋服の上からモソモソと動いて、今度はその中に這いこんで来た。


 肌の上を冷たい感触が触っていく。


 なんだか尻の辺りがモゾモゾしてきた。


 くそっ。


 俺はゾクゾクとした快感を極力気にしないように自分に暗示をかけると、生まれたての小鹿が立ち上がるようにヨロヨロと足に力を入れ、起き上がった。


「竜、ボール上げて!」

 やっと立ち上がった俺に向け、非常識にもミヤからなぜか白いボールが飛んできた。


 お前、なにげに信じられんことをするな!


 俺はゾクゾクを我慢しながらも内股で飛んできたボールをミヤに向かって打ち返した。


 ミヤは俺から打ち返されたボールに向け思いっきりジャンプをすると、それを渾身の力で俺の後ろに叩き付けた。


 アタッーク!


 ボールはミヤの叫び声と共に、爺さんによく似た人物の顔面を強打した。


 バッコーン!


 もろにそんな音がして俺にまとわりついていた黒い靄が、一気に剝がれた。


 あっぶなぁー。


 俺、男としてあり得ないことを経験するところだった。


「ミヤ!」

 そこにミヤの祖母が飛び込んで来た。


<結界魔法を解け!>

「おばあちゃん、魔法を解いて!」


 ミヤの祖母が頷いた瞬間に後方が白く輝いた。


 次にズシーンと重い音が響くと俺の周囲は真っ白になった。


 さらに何かが爆発して物凄い暴風が吹き荒れ、今度は何も見えなくなった。


 音がしなくなってふと気がつくと、周囲は初級クラスの妖魔で溢れかえっていた。


 うそだろ。


 弱いとは言えなんでこんなにいるんだ!


 俺が固まっていると、そこに隊長と副隊長たちが現れ、俺の周囲に弓矢が降り注いだ。


「こっちに動け。」

 俺は我に返るとミヤを抱きかかえて隊長たちがいる方に駆け出した。


 ミヤは俺に抱えられながらも周囲にいる妖魔に魔法を放っている。


 やっと隊長たちのところまで駆け戻ると、今までいたところにはぽっかりとした穴だけが残っているだけで何もなかった。


「おい、どうなったんだ?」

 隊長が俺を見るが俺にはわからない。


 クロ。


<ふむ、どうやら消滅したようだ。>


 えっ、もう終わったの?


<だれにものを言っとる、小僧。当然だ。>


 よくわからんが終わったようだ。


 なので、おれはそれを隊長たちに伝えた。


「よくやったな。だがなんでいなくなったはずの妖魔が、またこんなにここにいるんだ?」


<これは消滅した本体から零れた妖魔だ。もう本体は消滅したから、こいつらを退治すれば、もう後は現れん。>


 俺はクロが言った言葉を隊長たちに伝えた。


「そうか。」

 隊長たちは弓矢を片手に初級クラスの妖魔退治に奮闘した。


 しかし初級クラスとはいえ、数が数だけにそれから一昼夜、交代で俺達は妖魔退治にかかりきりになった。


 ちなみにお腹を空かせた二人の相手は、異様に張り切ったシンイチ叔父さんがこなしていた。


 良かった、俺。


 シンイチ叔父さんが戻るのを反対しなくて。


 俺は自分の英断を自分で褒めた。


 クロもシンイチ叔父さんの料理の腕前を褒めちぎっていた。


 それにしても、この戦いのさなかに笑顔で給仕できるシンイチ叔父さんって、ある意味すごすぎる。


 その戦いから、俺のシンイチ叔父さんを見る目に新たな1ページが加わった。

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