15.まずは南!
それから一か月後。
ほぼ”魔の森”の魔物を狩り尽した俺達は、アホ爺さん、黒い杖を持つミヤ、白い杖を持つ彼女の祖母のたった四人で南にいる妖魔討伐に出発した。
「本当に四人で行くつもりですか?」
あの生真面目な守備隊長、いや守備隊長様がわざわざア・ホ爺さんの館に訪ねてくれて、心配そうに言ってくれたのに、どこかの方は彼らの同行を断りやがった。
「な・ん・で、爺さんは断ったんだ。」
俺は後方からものすっごく不貞腐れた声で、前方を疾走する黒い馬に鞭を振るっているアホ爺さんの背中に怒鳴った。
「なんのことだ、バカ孫。」
「なんのことって昨日のことだよ。一緒でも問題ないだろ?」
「問題あるから断ったんだ、アホ孫。」
「どこに問題がある。」
爺さんはめんどくさそうな声で怒鳴り返した。
馬がビクッとして、いきなり走る速度を落とした。
「キャッ。」
爺さんの腰に手をしっかり回して、必死の形相でしがみついているミヤの祖母から悲鳴が上がった。
「くそっ。」
爺さんは彼女の腰を抱え直すともう一度鞭を振って速度をさらに上げ、俺に怒鳴り返した。
「いいかよく聞け、クソ孫。これから行く南はな、敵対はしていないが協力もしていない。そう言う場所なんだ。」
バカ・アホ・クソだと!
なんでこうも否定的な言葉が出てくるんだ。
<ハッハッハッ、血のつながりだな。>
余計なお世話だ、クロ。
お前には聞いてない。
いまは会話に加わってくるな!
「もっと詳しく説明しろ。」
俺の言葉は無視された。
なんでか爺さんはさらに鞭を打って速度を上げた。
「くそっ。このままじゃ馬の方が先に潰れるぞ、爺さん。」
俺は文句を怒鳴りながらもミヤを抱え直すと、前方を疾走する爺さんの馬に遅れないように、さらに乗っている馬に鞭を入れた。
ビシッ
数時間後。
急に爺さんがなんでか速度を落とした。
俺もそれに習う。
さっきから周囲を注意して見ているがここに何かあるんだろうか?
どこか今まで違うような感じはまったくしなかった。
延々と続く乾いた砂地と所々に草が生えているだけだ。
なんで急にここで速度を落とすんだ。
<もうすぐだな。>
はっ、何が?
<知りたいのか?>
ああ、教えて欲しいね、クロ。
俺は刺々しい思いで問いかけていた。
これは完全な八つ当たりだ。
だが、知ったかぶりのクロの言い方が面白くない。
そりゃそうだろう。
今だって妖魔退治を四人でやろうなんてしているだから。
無茶以外のなんでもないだろ!
これは集団、いや四人だから集団というほどじゃない。
結論から言えば自殺行為だ。
<そうでもないぞ。>
なんでそうでもないだ。
<すぐわかる。>
そこで俺はクロの声を聞きながらも無言、いや無心に馬を走らせることにした。
理由は簡単だ。
馬の速度を落としたのにも関わらず、俺の前に乗っているミヤの腕力は緩まず、逆に締め付けが強くなって死にそうだったからだ。
グエッ。
あ・ば・らが折れる。
爺さんに遅れてもいいから馬を止めようとしたところ、なぜか急に地面が盛り上がってうねり出した。
ドッドド、ドーン。
目の前に高層ビルのような物体が立ち塞がった。
俺、絶対にこれが終わったら元の世界に帰ってやる。
俺はそう考えながらも慌てて馬を操って衝突を回避した。
「ばぁーさん。」
「だれがばぁだとぉー。」
爺さんの前に座っていたミヤの祖母が白い杖を振って空中に浮かびあがると、目の前にある巨体に向かった。
「ミヤ!」
しかしミヤに彼女の祖母の叫び声は届かなかった。
俺も慌てて、前に座るミヤに声をかけるが無視られた。
おい、クロ。
何とかしろ!
<フム。では、お前さんがキスでもしたらいいんじゃないか?>
はぁー、こいつこの非常時に何をいってる?
俺が疑問符を浮かべていると、いきなり顎に衝撃を喰らった。
ガッツン。
目から星が飛び散った。
イッテェー
「ちょ・・・ちょ・・・・ちょっと、何を言ってるのよ、クロ。」
ミヤはクロに怒鳴りながらも上空に飛び上がっていた。
間髪入れずにミヤの祖母から攻撃命令が飛んだ。
ミヤがやっと顔を上げると彼女の持つ黒い杖が一際光り出し周囲が真っ白になって、何も見えなくなった。
シーンとした後、腹の底にズッシーンと響く雷鳴が轟いて色が戻る。
そこには消し炭になった黒い物体がこんもりと積み上がっていた。
「ふう、完了。」
空に浮かんでいるミヤがそう宣った。
うそだろ。
巨大ビル崩壊!
妖魔討伐はここに完了したのか?
あれ、俺って馬でミヤを運んだだけ。
これで終わり。
こんなんでいいの?
俺が自問自答して固まっていると、爺さんが隣で何か叫んでいた。
ふと視線を上にあげると空からミヤが降って来た。
げっ、危ない。
慌てて馬を飛び降り砂地に足を踏ん張ると、なんとか彼女を腕に受け止めた。
げっ、重力が加わって、お・・・おもい。
思わず本音を呟いてしまい、またもや顎を強打された。
それからが悪夢だった。
空腹で暴れるミヤを抑えつけて口に飴を放り込み、その間に爺さんが数十人分の料理を用意した。
「ほら、ミヤ。」
俺は爺さんが用意した料理を手渡した。
ガツガツ食べるミヤ。
その隣では同じように飴を噛み砕く彼女の祖母がいた。
それは恐ろしい光景だった。
俺、やっぱり元の世界に帰る。
俺の強い願いは二人の世話を一人ですることになる爺さんに即座に却下された。