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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
ニーベルンゲンの指輪物語
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ニーベルンゲンの指輪物語 その一

今回まったり長く予定

 行き詰った彼女は砂浜を歩いていた。別段海が好きと言うわけでもない。だが何か試験管やデータとは別の景色を見たかった。それから、もっと自分の先について考えなくてはならないと思っていた。

 そろそろ季節は寒くなりかけようとしている。海岸には人通りにようなものはほとんどない。孤独な砂浜は、綺麗だったがあまりにも寂しい。

 ポケットに手を入れて、波風に靡く髪を手で押さえる。それから遠くに見える船を眺める。


「何やってんだか……」


 呟くと、彼女はさっさと踵を返し帰ろうとした。

 すると、足元に何かがある気がした。変な話だが、それは直感のようなものに近い。辺りには空き缶やら貝殻などもある。だが何かそういう類のものとは違うような気がした。そもそも足元には何も見えていないである。

 だが簡単に靴で砂浜を擦ると、何か光るものが見つかった。彼女はそれを拾い上げる。


「指輪……」


 それは土に汚れていたが、綺麗な黄金の指輪だった。宝石の類はついていない。純金ではないと思うが、金メッキが剥がれている様子もない。よく見れば、何か古代文字にようなものが外装に刻まれていた。


 しばらく彼女はそれを眺める。

 それから砂に汚れた指輪を手に収めて歩き出す。

 答えが見つからないことにもやもやとした感情を波の音に重ねながら。




 ヴァルハラの玉座の前には二人の神が集められていた。

 一人はボサボサの黒髪で淀んだ瞳は玉座の少女へ面倒そうな視線を隠そうとしなかった。


「どういうことだ。緊急招集ということで来て見れば、他には居ないではないか。私様も暇ではないのだ」


 玉座の少女……オーディンは前でごねるロキに対し鋭い眼差しを崩さない。


「我が『義理の』妹よ。それほどの事態だということなのだ」

「巨人が動き出したとでも言うのか? しかしまだギャッラ・ホルンの音色は聴いていない。まあ、何かは知らぬがテュール辺りが適任ではないのか。じゃあ私様は帰らせてもらうぞ」

「今回はラグナロク関連ではない。だが……場合によっては、同等の危険性が孕んでおるのだ」

「は? ラグナロクよりも危険? 笑わせるではないか。金の値が暴落してミズガルズでの負債がやばいことになるってことか?」


 今日中に読み切りたかった漫画を中断され、しかも召集されたのが自分だけだということにロキは半ギレ気味だった。


「悪神よ……ともかく、母上の話を大人しく聴けないのか」


 ロキの横に立っている少女……トールはため息を吐いた。


「金の暴落どころの話ではない……ニーベルンゲンの指輪がミズガルズで見つかったのだ」

「……は? あ……はああああああああああ!」


 今以上にロキは耳を疑ったことはここ数百年で無いだろう。まだ明日ラグナロクが起きるという方が希望を持てたに違いない。ラグナロクは訪れるべきものだからである。だが、ニーベルンゲンの指輪の発見など、予言には無い。


「ちょ、あ、あれは、ほら、ジークフリードの事件から、激流で、もう、ほら、な……嘘だろ?」

「我が『義理の』妹よ。私は、既に玉座で確かめてしまったのだ……本物だ。あの魔力は、間違いないのだ」

「いや、あれは……だめだ、アースガルズの手に余る! 私様でもダメだ! もう他の者に頼んでくれ!」

「そういうわけにもいきまい。全ての神々を虜にし、不幸を撒く呪いがかけられた指輪だ。だが愛を一度捨てた者には全知全能の力を与えてしまう。そして……もう指輪は持ち主を見つけてしまったのだ」

「つ、つまり……全知全能の人間が、いるってことなのか」


 一度だけオーディンは頷く。妙な静寂がヴァルハラの玉座を包む。ロキは半分放心状態である。横に立つトールは、事態の大きさに魂がニヴル・ヘルに旅立っているようだ。


「ま、まあ、ほらな、巨人ではないのだし、いいではないか! 放置だ、放置! そうすれば勝手に自爆だ! そうだろ!」

「言ったであろう。全知全能を指輪は与えるのだと。つまり、その者は科学技術を初めとして九つの世界までを全て知り尽くしている。放置すればラグナロク以上のことが起こるのだ。ミズガルズのICBMが全ての世界を燃やし尽くすことになるだろう。そうなれば予言は実現しない。ラグナロクの炎に包まれる前にアースガルズは黄昏を迎えることになるのだから」


「………………」


 何か反論を述べようとしてロキの口からは声が出ない。ミズガルズの技術や軍事力は今でさえ九つの世界では飛びぬけているのだ。そのパワーバランスが崩壊した後は、想像することもできない。


「だから……俺達二人だけを呼んだのですか」


 トールの問いにオーディンは頷く。


「然様。ニーベルンゲンの指輪は呪いと共に憧れの対象でもある。ヴァルキリーにとってはヒロインの象徴のようなもので、知られれば必ず第二のブリュンヒルデを目指すものが現れるだろう。いや……神々の中にも我こそが全能にというものは現れる筈だ。決して知られるわけにはいかないのだ」


 悲劇のヒロインとしてブリュンヒルデの名は知られていたが、それでもヴァルキリーが憧れる物語ランキングの上位にはニーベルンゲンの指輪事件がランクインしている。喜んで呪われる者が現れてもおかしくは無いのだ。


「だが、それでもチョイスってものがあるだろ! ほら、私様も全知全能を手に入れて、アースガルズを征服するとか、ほら、考えちゃうかもしれないだろ!」


 ロキの言葉にオーディンは首を振る。


「大丈夫であろう。我が『義理の』妹は、誰かを愛し、そして愛を失うことの絶望を帯びているわけではないのだから」

「わ、私様も、そ、そんなことがないわけではない! 別に愛とか失ってパワーアップくらいしたことはあるし!」

「アースガルズの神であるロキよ、トールよ。これは最高神としての勅命だ。神々に知られぬうちに指輪を取り戻すのだ」

「…………ファ〇ク!」


 こうなってはロキも口を噤むしかない。アースガルズの最高神としての命令ならば、従わないわけにはいからないからである。

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