真夏の狂犬注意報! その四
ついに列は動き出す。
ラグナロクへと向かうエリンヘリアルのように一歩一歩と列は進んでいく。
真夏の炎天下の中、ロキは店内へと進み、『北欧プリンセス~(略)』の特別版の予約引換券を渡し、購入する。特典はオーディンとトールとロキ三人のヴォイスドラマCDとバルドルのフィギュアである。
「やった……待った甲斐があった……狂犬に睨まれながら待った甲斐が……!」
呟きながらロキはそのCDを眺める。
「お母様は買えたのですね。特別版を」
冷たい声がロキに向かって放たれる。その言葉は、巨人の襲撃を連想させるような恐怖をロキへと植え付ける。
「ひぃ!」
何ということだ!
眼鏡の下から睨みつける形相、フェンリルが持つのは……通常版ではないか!
「な、ななな、おおおおおお、わ、わわわわわ、我がががががむむむむむすすすすすすすめめめめ、そ、それはははははははは…………」
「予約が間に合いませんでしたから。やはり通常版しか買えませんでした……通常版しか……」
「おおおおおお、おちつけけけけけけけけ! わ、私様の、私様のと交換しようではないか!」
「お母様の限定版とですか」
「そ、そうだ! わ、私様はお前の母なのだから、まあ、娘の為にというのも、ほら、普通だろ! はは、ははははは……」
「結構です」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
ああ、ロキは全身から水分を出し切り、既に外へ出す分が残っていない!
もはや今となっては、クーラーにより汗が乾き、風邪をひくのを待つばかりだろう。
「通販なら限定版の購入は出来ますから。オークションもありますし、大丈夫でしょう」
「あ、ああ、ああ……しかし、ほら、な、まあ、遠慮はな、ほらいいから、持っていっても……」
「結構です。お母様の限定版は受け取れません」
「し、しかしだな……」
「いらねえって言ってるだろ、糞餓鬼……喰い殺すぞ」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
「だから静かにしてください。ではそろそろアースガルズに戻るので。お母様もお元気で」
フェンリルはそのままロキの横を通り過ぎた。
店から出る姿をロキは見ていない。だが、自動ドアの開く音がすると、その場にへなへなと腰を下ろし、ニブル・ヘイムを彷徨う盲人のような瞳で虚空を眺めていた。




