正義の味方はホームレス その七
正義の味方 ホームレス
前回までのあらすじ
路上生活を送っていた黒山尚武は不思議なベルトを拾い驚異的な怪力を手に入れた。突如に現れた謎の少女『ロキ』はベルトをいつの日か返すのを条件に、正義の味方《黒覆面ホームレス》こと尚武と協力することを宣言した。
それから尚武の孤独な戦いが始まる。
例えば引越しバイトが重さに耐え切れず高価な家具をマンションの廊下に落としそうになるのを救った。またずさんな工事計画で鉄骨が落ちて来たのを受け止めた。怪力でしか成しえないような人助けを実行したのだ。
それだけではない。
駅付近で無くした電子マネーのマナ〇を人に届けたり、迷子になった犬をゴミ捨て場から見つけ出したりもした。別れ際のカップルの敵役となってその仲を取り持ったりもした。
《黒覆面ホームレス》の噂はたちまちインターネットで広がっていった。だが彼をサポートする『ロキ』の指示は正体を隠す過程も含まれていた。故に、誰も黒山尚武が《黒覆面ホームレス》だと知ることは無い。
ただただ強盗のような黒い覆面と手袋と、形容し難いような臭いばかりしか彼の手がかりはなかった。
その筈だった。
だが、彼の前にあの男がついに現れてしまった。
いつものように尚武はロキの連絡により子供が自販機の下に百円を落としたのを助けると、自販機横のゴミ箱を漁り帰路についた。戻ったら少しだけ休憩してから食べ物を取りに出かけるつもりだ。
心なしか明るい場所を歩くと自分が見つかってしまうような気がして、ビルとビルの間の狭い路地を進んでいく。せいぜい人が二人入れるくらいの場所だ。
夕方の紅く染まった通路に出来た自分の影を追うように尚武は歩いていく。
路地を進んでいくと、対面から誰か歩いて来るのが分かった。
最初尚武はどいてすれ違おうくらいにしか思っていなかった。こういうときは譲り合いが大切だからである。
だがその顔を見た瞬間に、そのような善意はどこかに消え去ってしまった。
「お前が黒覆面ホームレスだな?」
そう発した男は……何てことだ! まるで変質者のような白い覆面と白い軍手をしているではないか! それだけではない。手には何やら紅い物干し竿くらいの太さの棒を持っているではないか!
「誰だお前は。何故私の正体を知っている……!」
尚武は白い覆面男を睨みつける。だが男は余裕そうに口元を綻ばせると、その棒をまっすぐ尚武へと向けた・
「俺は《白覆面ホームレス》だ。お前と同じ正義の味方をしている」
「お前もロキという奴の口車に乗せられたのか?」
「ロキ? いや……俺はこの如意金箍棒を拾って以来、天竺の仏と契約し、正義を行っているものだ。とんだ拾い物だったが、おかげで正義が果たせる」
「別の者に与えられた力か。だが、それを私に向けるのは、違うんじゃないか」
白覆面ホームレスはククっと笑った。
「間違えているものか。俺の正義の行為はお前に先を越されることが幾らかあったからな。ある意味で営業妨害だし、もっと俺ならうまくやったはずだ」
「なるほど。時々だが『ロキ』の予言が外れることがあったが、事前に解決されていたからか」
「ご名答だ……さあ、《黒覆面ホームレス》に変身しろ!」
少しの間尚武に葛藤が生まれた。白覆面も正義の味方ならば、戦う理由など存在しない。そうでなければならないだろう。
だが迷いはすぐに消え去る。このままやられれば、これ以上正義を果たすことは出来ないに違いないからだ。
「……いいだろう! 変身だ!」
そう尚武は叫ぶと、ポケットからベルトを取り出し、それをさっと腰につけ、そして紙袋から黒い覆面と手袋を取ってつけると、ファイティングポーズを取った。
「さあ準備は出来たようだな、黒覆面ホームレス! 俺の如意金箍棒を食らうがいい!」
「来い! 白覆面ホームレス! お前の力を見せてみろ!」
その尚武の台詞は言い終わると共に、その如意金箍棒はいきなりその長さを変え、真っ直ぐ尚武へと先端が向かって来た。
だが、次の瞬間、尚武はその棒を避け、更に掴むとそれを上へ思い切り持ち上げた。
「……グオッ!」
白覆面ホームレスは小さな叫びをあげた。と、同時に彼の手から離れた如意金箍棒はくるくると回り、元のサイズへと戻りながら二人の真ん中に落ちた。
「思った通りだ。白覆面、お前は単に伸びる丈夫な棒を持っていただけだ。だから腕力が増えたわけじゃない。なら簡単だ。力で棒を飛ばせば、簡単に離してしまう」
「……俺の負けだ。この如意金箍棒を持っていけ」
がっくりと白覆面ホームレスは膝を落とした。
その姿を見て尚武は自分の覆面と手袋を紙袋に仕舞うと、ベルトを外してくるりと踵を返して歩き出した。
「待て! 黒覆面! なぜ如意金箍棒を持って行かない!」
呼び止められて尚武は振り返る。そして右手の人指し指と中指を立てて、それを切るように白覆面に向けた。
「お前は手加減をした。如意棒はゆっくりと延びて私の手前で止まった。躊躇ったんだ、私突くことを。もしもそれが無ければ、私のようなおっさんではまともに避けられなかっただろう」
「……そうだ、お前に当てれば怪我をしそうだったからだ」
「それに、私にとってこの力は自分に生きる理由をつけるようなものだ。なら、お前の生きる理由を奪うようなことを私には出来ない……じゃあな」
そう言うと尚武は、夕焼けに向かうように路地から出て行った。




