正義の味方はホームレス その六
不気味な少女とコンタクトした翌日の朝、外に出たとき自分のダンボールの前に不思議な一セットが置いてあることに尚武は気がついた。
黒い覆面と手袋、そして古い型の黒い携帯電話である。まさかこれを被っていけということなのだろうかと尚武は思ったが、確かにジャンパーを被るよりはマシなのかもしれないと一式を茶色の紙袋に入れた。
三丁目のジャ〇コには一つだけ信号があった。辺りは土の見える広い空き地で、青々とした雑草がちらほらと生えていた。そこにある十字路は、なるほど一つの角の方には車のタイヤが嵌まりそうな溝がある。
尚武は携帯電話のメールに指定された通りに動いていた。と言っても指定された時間数分前にジャ〇コの外の駐車場に居ただけである。ただあまり長い時間立っていれば窃盗だと間違われる可能性があることが尚武には怖かった。
少し離れたところから尚武は交差点を眺める。信号は結構な頻度で変わっていて、それなりの交通量があった。
すると、一台の白い乗用車が他に比べてゆっくりと曲がろうとしているのが見えた。そして……何てことだ! そのまま曲がりすぎて溝に突っ込んだではないか!
中からは白髪に染まった髪の小柄な女性が現れるのが見えた。何度かクラクションの音が響き、そこに渋滞が生まれたのが見て取れる。
このことに尚武は恐怖を覚えないわけではなかったし、老人がわざと溝に落ちたのかもしれないとさえ思った。
だが『わざとが何だというのだ』という感情がすぐに生まれると、咄嗟に紙袋から覆面と手袋を取り出した。
目撃証言はあまりにふざけているようにも思えたが、重要な部分は一致していた。
事故を起こした運転主は老人であり、カーブを曲がろうとしてそのまま溝に落ちてしまったようだ。それから渋滞が発生しつつも数人が路駐し、彼女を助ける為に駆け寄った。しかしタイヤはしっかりと嵌まってしまっている。レッカー車の到着を待つ以外に解決法は無いだろう。
誰もが諦めたとき、突然ジャ〇コの方からあの男が現れた。
まるで銀行強盗のような黒い覆面と手袋をした男は、車の前に立つと黙って嵌まった車に近づいた。誰もが不審者を見るように彼を見ていた。
だが次の瞬間、まるで布団を持ち上げるように車は軽々と浮かび、次には道路の上に戻されたのだ!
皆が怪力に圧倒されていると、男は右の人指し指と中指を立て、何かを切るように老婆へその指を向けると言った。
「お気をつけて。ボンネットが若干傷ついていますから、修理をお勧めします。では、失礼します」
そうして覆面と手袋をした男はそのまま去っていった。
後に残されたのは問題なく動く車と、唖然として男の先を見る者達と、なんともいえないような油っぽい男の臭いばかりだった。
ゼイゼイと息を切らしながら尚武はジャ〇コの建物の影で覆面と手袋を脱いだ。そして自分のしたことを改めて思い出すと、不思議な高揚感が尚武の体を駆け巡るようだった。
形は違うのかもしれないし大したことではなかったのかもしれない。
だが尚武は、間違いなく誰かを助けたのである。
突然、デデデデデ……という携帯の音が響いた。聴いたことがあると思えば、シューベルトの魔王の前奏だった。
画面には、『ロキ様』と表示されていた。
『どうかね? 私様の予言は』
取った携帯からはあの少女の声が聴こえた。
「お前は、予言が出来るというのか?」
『私様ではない。だが予言者というのは我々の国には存在するのだ。何ならば宝くじの抽選番号を当てることも可能だろうし、貴様の鼾と無呼吸症候群の回数さえ当てることも容易だろう』
「少なくとも事件に関しては予言が可能か」
『しかも予言は変えることも不可能ではない。変えられないのはせいぜい誓いを立てていないヤドリギにやられる者の運命くらいだろう』
「そうか……」
『ではもう一度貴様に問おうではないか。誓うのだ。《必要無くなればベルトを返す》のだと。《ベルトが私様の手元に戻れば誓いは破棄される》のだと』
「……いいだろう、だがお嬢さんにも誓ってもらおう。《正義において決して嘘の情報は私に流さない》と」
『誓おうじゃないか……さあ、制約は成された! この瞬間お前は、正義の味方、《黒覆面ホームレス》だ!』




