死後の世界に安息を! その六
トールが幸三郎の部屋の前に戻ったとき、黄昏の時刻が近づいていた。部屋を覗けば、中であの老人が寝顔を見せているのが見える。もしも辺りの精密機械が心拍を伝えていなければ、既に息を引き取っていると誰もが思ったのかもしれないほどに弱々しい寝顔だった。
「ちょっと、あんた! 何やってんの!」
いきなりトールを叱る声が頭上から響いた。見れば、ロキを叱っていた看護士だった。彼女はアースガルズを滅ぼす巨人のような形相でトールを見下ろしていた。
「……幸三郎を見ていた。あいつのことはよく知っているのだ」
「あんた、あの爺さんの知り合い?」
「一方的に知っているだけだ。知り合いというわけじゃない」
「ふうん……病院で見かけたからってわけじゃないの」
「違う。あいつが入院するずっと前から知っている」
「じゃあこんな場所に隠れていないで見舞ってやりな。まったく誰も来ない人だけど、悪い爺さんじゃないから」
「…………」
「但し入る時はちゃんとあそこの消毒剤で手を洗って、マスクするんだよ! 薬で黴菌に負けやすくなってるんだからね!」
強引に看護士はトールの肩を押し部屋に入れさせる。言われた通りトールは手を消毒用エタノールで洗いマスクをつけると満足したように看護士は離れていった。
単調な電子音だけが響く。ただ変動する数字が機械の画面に続いていた。
トールは幸三郎に近づく。そして一度肩の力を抜き、屋上での出来事を、悪神の言葉を思い出す。
「まったく、あいつは何なのだ……結局俺にやらせるのか……まったく、何故あいつが絡むとこういう結果になるのだ……」
自分にはまったく幸三郎の信仰心を失わせることが出来ないことをトールはわかっていた。だが、トールは逃げずに向き合わなければならないと、黄昏の近づく男の寝顔を見ながら覚悟をした。




