死後の世界に安息を! その五
幸三郎の部屋から戻ってからロキが妙に静かであることにトールは気がついていた。散々騒ぐだけ騒ぐような悪神であるのに、まったく似つかわしくないように静かだ。
ロキの報告を待つトールは、黙って歩くロキの背中についていった。ロキは進む。そして黙ってエレベーターで最上階にまで上り、暗い階段を登って屋上に出る。外は真っ白な陽射しに包まれている。肌寒いがアースガルズの冬ほどではない。春という季節が近いということだとトールは思った。アースガルズには春と秋は無いので不思議な感覚だった。
「どうした? あいつが何か他人に聞かれたら不味いことでも言ったのか? それより、うまく言ったのだろうな。まあ貴様にしてはいい案だった」
「脳筋幼女よ。誓いを果たそうではないか」
ロキは俯いたままくるりと回り、そしてざっと床に手をつき、コンクリートに前頭をつけた。
「……どうした、うまくいったということか?」
「私様は、信仰を消すことが出来なかった。すまなかった」
この土下座の意味をトールは少しだけ考えた。いや、期待した土下座なのだと思い込もうとしたのかもしれない。だがロキの表情が既にトールへ言葉以上に幸三郎の意思を語りかけていた。
「……やめろ、貴様」
「私様は、あいつのオーディン信仰を消すことが出来なかった。申し訳ない」
「やめろって!」
「私様には無理だった。申し訳ない」
「やめろって言ってんだろが!」
思わずトールは土下座しているロキを起こすと、その顔にストレートパンチをぶつけた。二度、三度、それから腹パンも三度ほどした。それから、トールの手が動かなくなった。
それでもロキは何も言わなかった。三度のパンチでロキの顔は腫れたのだろうが、フリッグのリンゴの効果によりすぐに収まることだろう。
「今のは見なかったことにしておいてやる……だから、またすぐ行って来い。貴様には幾らかの策略があるはずだ……少しくらいはアースガルズの神としての自覚があるなら、オーディンの娘である俺との誓いを果たせ!」
「確かに誓いは果たした。土下座をして三度謝ったのだ……これで、もう私様にはこの件は関係が無い」
「何度も言わせるな。すぐに、行くんだ。また殴られたいのか」
「無理だ……無理なのだ! あいつをニヴル・ヘルより救う手段は無い! まだ幾らも案はあるだろうが、決して奴は意思を変えることがないだろう! ってか、私様には無理だ! もう私様は帰るからな! これでこの件は終わりだ!」
「帰らせんぞ……決して、帰らせん。貴様が一番の適任者なのだ……さっさと提案しろ、早くしなければ……!」
「だから無理って言っているだろうが! そんなにニヴル・ヘルに送りたくなければ自分で話をつければいいだろう! これ以上、この件に私様を巻き込むな!」
「…………」
トールの手から力が抜け、胸倉から手が離れた。ロキは血の付いた唇を手で拭くと一度トールを睨むように見てから、視線を落とした。
「終わりだ。私様はアースガルズに帰らせてもらう」
そう言うとロキは屋上の出入り口に歩いていった。後に残されたトールは拳を握り、何か言い知れないような感情に耐えた。




