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アースガルズの私様  作者: 富良野義正
ネトゲは戦争に入りますか?
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ネトゲは戦争に入りますか?その四

 ロキが随分と若い女子であることを秀樹は知らないわけではなかった。というのはVCボイスチャットでの声が幼い少女であったからである。ロキの知り合いもそんな感じだった。しかしこの異常な金の使い方は子供ではないということの証拠であるようにも思える。だが大人だからとて非現実的な金の使い方には恐怖さえ覚えるほどだった。そのことを詳しく誰も聴けなかったのは現状が崩壊することを恐れているということと彼女の知り合いがけろりと大丈夫だと断言したからだろう。もしも本人だけなら疑念ばかりが浮かんだのだろうが、第三者の保障は信じないわけにはいかない。


 そんなロキと秀樹が現実で会うことになったきっかけは、偶然済んでいる場所の会話になったからだった。偶然だがロキは秀樹と同じ愛知県の名古屋市に住んでいた。そこでまた冗談のようにリアルで会わないかという話になると、何の躊躇いもなくロキは承諾したのだった。


 そういうわけで秀樹は久しぶりに地下鉄に乗って待ち合わせの御器所のコーヒーチェーン店で彼女を待っていた。自分の服は大学生の時代に着ていたものだ。飾り一つ無い黒のシャツとジーンズが随分みすぼらしかった。しかし新しく服を買いに行く時間もない。現にここに来る一時間前までロキと仲間達と共に幻想の巨人クエストをこなしていたのである。


 彼女がどのような容姿なのかを聞いていないが、携帯の番号は知っているので問題はないのだろうと秀樹は落ち着こうとしたが無駄だった。それにしても落ち着かないのだ。思えばネットの知り合いと会うことなど初めてだったし母親以外の女性と話すのも二年ぶりだろうか。


「お待たせしましたよ、さらまんどさん」


 突然かけられた言葉に秀樹は驚いて声の方を向いた。


「は……ロキさん?」


 驚きは続く。それはまさに少女というにはあまりにも小さい。声優のように何歳になっても幼い声を出す者はいるのでロキはその類なのかと想像していたが、まんま幼女である。服装はまだ夏には早いというのに半袖の無地の白シャツと黒の短パンだった。黒く長い髪はぼさぼさで、その瞳は酷くどよんとしていた。


「どうしたんですか、ジロジロみたりして」

「いや……思った以上に子供だったから」

「大丈夫ですよ、ほら」


 コーヒーをテーブルに置くと、ロキは短すぎる短パンのポケットから財布を取り出して一枚のカードを出した。それは免許書だ。名前は指に隠れていたが、確かに年齢は18と書かれていた。


 それからロキはぴょんと跳ねるように秀樹の前へと座ると、小さな手でコーヒーをブラックのまま飲んだ。

会話をしなくてはと秀樹は思ったが、どうしても浮かばない。ふと自分にトークをする能力がないことを思い出して汗が沸くのを秀樹は感じた。焦りは恐怖を生み出す。嫌われる、気持ち悪いと思われると手が震えさえした。


「ねえ、さらまんどさん。どうです、最近」

「知ってる通り。ずっとボスを狩りだよ」

「そうじゃなくて、楽しくありませんか」

「ん……どうだろうな」


 確かに今は楽しみとは別の理由で『ヨトゥン・ヘイム』やっていることには大分昔から気がついていた。仕事をしているように、これさえやっていればいいというような安心感をゲームから得ているのである。だからとて今の生活を崩そうとは思わない。


「でもまあ……楽しいよ。ロキさんと出会ってからは特にね」

「もっとペースを上げても大丈夫ですか?」

「狩りの?」

「色々とね。だって、9つの国を制覇するにはペースをあげないと間に合わなくなりそうだから」


 にやりと微笑むロキのぬめりとした笑顔を見て、秀樹ははっとするような感触に囚われた。この暗い瞳の中には確かな暗く狡猾な輝きがある。それは曲がりに曲がり切った信念の色に他ならない。現実を見ないような先に待つのは狂信的な感情と行動は証明に他ならない。ロキは本気で『ヨトゥン・ヘイム』を支配しとうとしているのだと確信するほどに。


「さらまんどさんには期待していますからね。クリス=J=クリスみたいにヴァルハラに行くのに十分な素質があると思っていますから」

「クリス=J……ああ、なるほど、世界大会の。確かにクリスはヴァルハラに行ったのだろうね」

「ニヴル・ヘルに行く資質じゃないのは確かですよ」


 不意にロキは機嫌を悪くしたのか顔を大きくしかめた。そして少女には大きすぎる白いコーヒーカップを両手で持ってこくこくと飲んだ。


「ねえ、ロキさん。何でそこまで拘るんだ? 確かに課金は個人の自由だからどうこう言う立場じゃないけど……それでもすごい額使ってるじゃないか。

「資金のことは気にしなくて大丈夫ですよ。あと100億くらいは余裕ですからね」

「ひゃく……」

「嘘じゃないですよ、ほら」


 ロキは恥ずかしげもなく首元から自分の服の中へと手をいれたので秀樹は視線を大雑把に逸らした。しばらくそうしていると何かノートのようなものがテーブルへ無造作に放り投げられて床に落ちる音がぱちんとした。その落とした手帳を拾うと、秀樹は慌ててロキの前においた。


 それは預金通帳だ。源銀行という聴いたこともない銀行の通帳で、名前の欄は空白になっていた。


「中身を見てください」

「いいの?」

「さっさとしてください」


 人の通帳を見るという行為に躊躇いが無いわけではなかったが、ともかく開かないわけにはいかないと秀樹は仕方なく人肌の温かさが残る手帳を開いた。


 驚きは既に無い。なるほどという感想が最初である。次に現れるのは多量の数字への虚無感だ。細かい数字の羅列は、まるで永遠と書かれた円周率を見ているような感覚さえ与える。


 笑いさえ起きないそれを閉じると、さっと通帳を返した。その額はロキの言う通りだった。秀樹が何十人に分裂し一生働きつめても手に入る額ではない。


「どうしたんだ、それ」

「気前のいい姉がくれたんです。私様のものとして使っていいってね」

「資産家なのか、そのお姉さんって」

「まあそんなところです。ヴァルハラで構えるお偉いさんは金よりも重要なことが沢山あるそうで」

「大事にされているんだね。だから、君の思う通りに動いて『ヨトゥン・ヘイム』を攻略したいのか」

「別に。ただオーディンに一泡吹かせてやりたいだけですよ」


 オーディンとは姉の比喩なのだろう。なるほど、だからロキという名前にしたのだ。


「よく分からないけど、9つの国を統一したらそのお姉さんに一泡吹かせられるのか? お姉さんはプレイヤーなのか?」

「目的の為ってだけです……さて、そろそろ時間ですね。さすがに糞嫁とワンコロだけじゃさすがにギュミルは倒せませんから」


 糞嫁とはアングルボザ、ワンコロとはフェンリル@狼というロキの友人のキャラの名前だった。秀樹とロキが留守をしている間ヘルを狩っているのは彼女達だったが、二人だけではギュミルを倒すことは不可能だ。課金アイテムでは時間を短縮することの出来ない特殊ポップモンスターなので次に回すわけにもいかない。


 通帳をまたシャツの首から入れると、もう話が終わったという風にロキはぴょんと椅子から降りた。


「じゃあ、またヴァルハラ前で」

「あの!」


 少女が背を向ける直前に秀樹は不意にロキへと声をかけていた。少女は引き止めるなというようにぎどりとした瞳で秀樹を見た。そうなって初めて秀樹は何を話せばいいのかと考えるに至った。


「必ず、オーディンに一泡吹かせてやろうな」

「当然です。私様の策略は完璧なのですから」


 ロキは口元だけを綻ばせて姿を消した。残された秀樹は、ロキの残したカップと自分のカップを返却場所へと運んでいった。

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